プラス的 異世界の過ごし方

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12章 人間模様、恋模様

第469話 火種⑧何をしなかったのか

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 次の日、夕方寮に帰り、ローマンおばあちゃんから報告を受けて、鞄を落とした。身を翻すと、リズ先輩に言われる。

「どこ、行くのよ?」

「……会いに」

「やめなさい。ガネットは私たちを見るのが辛いの。だから、家を選んだの!」

「そういうことにすれば、会わずに、自分は傷つかずにすみますよね? でもそれ、逃げてるだけですよ」

 リズ先輩の顔が赤くなって、わたしに向かってくる。
 手を振り上げて。
 あ。間一髪でシールドを解いた。パーンと小気味いい音がわたしの頬で鳴る。
 あ、という顔をして、自分の赤くなった掌をリズ先輩は見ている。
 もふさまも、わたしを見上げた。

「向き合う相手、間違ってますよ」

「リ、リディア、大丈夫?」

 ダリアに頷く。けっこう痛かったけど。
 いつもシールドに守られているから、こういう痛みは久しぶりだ。

「ガネットは決めたら覆さないわ。今から何を言ったって無駄よ」

「そうやってここで手を離したら、永遠に会えませんよ? 次に会う約束ぐらい取り付けておかないとでしょう?」

 先輩たちは泣きそうなのを我慢している顔だ。迷い子みたいな表情。

「光魔法でも治せないものがあります。……心の傷。光の使い手だって、魔法で心の傷は治せない。けど、人の思いだけがそれを癒せるんです」

「どうしたら、ガネットを癒せるのよ?」

「わかりません」

「わかりません?」

 リズ先輩は、わからないくせに、じゃあなんでそんな話をしたのよと言いだけだ。

「わからないから。わからなければ、今の精一杯でぶつかるしかないでしょう? わからないなら、知らないなら、今ある自分の知識やら経験を総動員して、やれることを、思うことを精一杯するしかないでしょう? それ以外に方法あります?」

 なんだってそうだよ。いつだって正しい対処法というのがわかるものなら、解決方法というのが決まっているなら、いいよね。それをすればいいんだから。
 でもわからなかったら、知らなかったら、今ある自分の精一杯のことをするしかないじゃないか。

「ほら、行きますよ。帰ってくる日を聞かなくちゃ」

 大股で歩き出すと、泣きながらも、みんなついてきている。
 わたしはズルをしてもふさまに大きくなってもらって、背中に乗る。学園へ。ガネット先輩のいるところへ導いてもらう。


「ガネットは、休園することになりました。家で療養すると」

 ローマンおばあちゃんの声が蘇る。

 後ろを向くと、みんなすぐ後ろを走ってついてきていた。

『リディア、迷い子は学園から出たようだ』

 多分もふさま、聖樹さまとコンタクトをとった。
 ……帰るとしたら転移門か。

「転移門に向かったみたいです。先に行って引き留めます」

 わたしは首だけ後ろに向かって言って、もふさまに早く走ってもらった。
 
『あれだ』

 保健医の神官の魔力を感じるそうだ。メリヤス先生が付き添いなんだろう。
 その馬車に並走してもらって、ガネット先輩を呼んだ。
 というか、もふさまに乗って走っているわけだから、馭者さんたちには、わたしが見えているわけで。
 ガネット先輩が乗っている馬車は止められた。

 メリヤス先生が降りてくる。

「シュタインさん、何事ですか?」

「挨拶をさせてください」

 先生はわたしの正面で、膝に手を置いて少し屈む。

「ガネットさんは体調が悪いんです。今はそっと……」

 馬車のドアが開いた。

「ガネットさん?」

「挨拶、します」

 ガネット先輩がよろよろと降りてきた。
 その憔悴ぶりにわたしは息を飲んだ。
 目の下のくまもだけど、頬がげっそりしている。目だけがぎょろっと目立つ。
 たった1日でこんなに……。

「シュタインさん、私、具合が悪くて……」

「ガネット!」

 叫ぶような呼びかけに、先輩が後ろをみた。
 制服姿のドーン寮生が、次々と到着する。みんな肩で息をして、まだ話せない。

「……みんな……」

 リズ先輩がガネット先輩の両肩を掴んだ。

「……あんた、……逃げるの?」

 荒い息の合間に言葉を紡ぐ。
 ガネット先輩の顔がくしゃっとした。

「……どうしていいか、わからなくなっちゃった」

 ガバッとリズ先輩が、ガネット先輩に抱きついた。

「言うなって、止めてごめん。私を叩いて!」

「リズは私のためを思って止めてくれたの、知ってるよ」

「ガネットのためじゃない。私たち、知ってたの、とっくに。最初から知ってた。でも、何も言えないから黙っていただけ。それをガネットに知られたら嫌われると思ったから止めたの!」

「え? 知ってた?」

「私たち5年も一緒にいるのよ? ガネットの成績だって知ってるわ。よりによってあの時の試験でのあの点数、なんでわからないと思うの?」

 ガネット先輩の顔が歪んだ。

「ご、ごめんなさい。私、あの時」

 口元に添えられた手がブルブル震えている。

「ガネット、言わ……」

 止めようとしたリズ先輩をわたしは止めた。首を横に振ると、リズ先輩も泣き出しそうになっている。

「わざと、答えをずらして書いたの。負けた……勝負の差は5点だった。あの時、私があんなことをしなければ、みんな大変な思いをすることはなかった!」

 ボロボロと涙が溢れている。

「……なんで、そんなことしたんですか?」

 4年生のリコ先輩が静かに尋ねた。

「辛かったの。勝ったら、また寮長会議で槍玉にあがると思って。それなら負けて従えば、許されると思った」

「……私も同じことをしたと思います」

 リコ先輩がそう言えば。

「私だったらもっと前に挫けてます」
「手が出てたかも」

 いくつもの意見が飛び出す。

「ごめん、ごめんなさい」

 ガネット先輩が崩れて、地面に膝をつく。

「先輩が謝るなら、私も謝らなきゃです。私、知ってました。会議で辛くなっているのも、いろんなことにガネット先輩が耐えているの知ってました。でも私が寮長を変わる勇気はなかった。怖くて、できなかった。だから、見て見ぬふりしてました。ごめんなさい」

 代わる代わる懺悔が続く。
 そうだよね。一緒の学園に通い、一緒の寮に住んでいる。
 ガネット先輩がどんな目にあっていたか、みんな知っていた。
 シヴァルリィ寮長であるカラ先輩だけじゃない、ドーン寮のみんなも辛かったんだ。ガネット先輩を見ているのも、何もできない自分も。

「ガネット先輩、私たちの謝罪を受け入れてくれますか?」

 リコ先輩が不安そうに聞いた。

「受け入れるも何も、あなたたちが謝るような……」

「謝罪を受け入れてくれますか?」

 強い調子でガネット先輩の言葉を遮る。
 ガネット先輩は頷いた。

「……受け入れます。許します」

「ガネット先輩、私たちも、ガネット先輩のしたことを許します」

 ガネット先輩が〝無〟表情になる。それから目と口のあたりが揺れて、涙が溢れた。
 リズ先輩が再びガネット先輩を抱きしめた。
 今度はガネット先輩の手がリズ先輩の背中に回って、ぎゅーっとした。

 ああ、もう大丈夫だ。そう思えた。
 あ、ここ、普通の道だった!
 あれ、薄い幕に覆われている?

『その神官が魔力を使った。外から干渉されにくくなっているようだ』

 わたしの〝路傍の石〟と同じような、神力なのだろう。
 みんな泣きまくったので目が真っ赤だ。
 ふたりが手を解いて、顔を見て、ぐちゃぐちゃの顔で笑った。

「……メリヤス先生」

 ガネット先輩は、先生を振り返った。

「私、寮に帰りたいです。だめでしょうか?」

「あなたが望むなら、そうするのが一番いいでしょう」

 わたしたちはその言葉で湧きあがり、慌ててお互い静かにするように制しあった。
 メリヤス先生の路傍の石が解かれて、周りの目があることに気づいたからだ。
 でも薄暗いから、制服の女の子たちがいっぱい何してんだ? って感じだったけどね。うん、この時間でよかった。
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