プラス的 異世界の過ごし方

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11章 学園祭

第452話 月が見ていた

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 えっ。

「イシュメル!」

 アイデラの叫ぶような声。

「君は僕と行こうか」

 オスカーの声がする。

 輪に加わり、イシュメルと向い合って、お辞儀をする。
 進行方向に向かい手を組んで、ツーステップを始める。

「劇、俺たち頑張ったよな?」

 イシュメルを見上げると、赤い顔でそっぽを向いた。

「……うん、すっごく頑張った!」

 イシュメルがわたしをくるりと回した。強く引き戻される。
 目が合うとニカっと笑うから、わたしも笑った。
 お互いに礼をして、パートナーチェンジ。

 ニコラスだった。

「学園祭、楽しかったね」

「うん、すっごく楽しかった!」

 知ってる子とは一言、二言話す。そしてパートナーチェンジ。

「君、1年生の劇の、妖精やった子だろ?」

「そうです」

「面白かったよ」

「ありがとうございます!」

 背の高い先輩に言ってもらったり。
 オメロと踊ったら足踏まれたり。
 フォンタナ家のビクトンには、くるりと回るとき上に放り投げられた。
 ケラも見ていたのかやろうとしたので、あんたは落ちてきたわたしを抱えるの、まだ無理でしょ、と先に釘を刺したりした。

 兄さま!
 パートナーチェンジで兄さまが相手となる。

「初めての学園祭はどうたった?」

「とっても楽しかった!」

「それはよかった」

 ひとりひとりのパートは短い。くるっと回ればすぐにチェンジだ。

「リディー、抜け出そう」

 くるっと回らせられたかと思うと、お互い礼をするところで手を引っ張られた。
 え?
 そのまま輪を抜けて走っていく。

「に、兄さま」

「輪に入るのも、抜け出すのも、絶対に相手と一緒になんだ」

 ふたりで踊るものだから、急に片側だけ人が増えたり減ったりするのは困るものね。

「に、兄さま、どこ行くの?」

 輪から出るのはわかるけど……。

「ふたりきりになれるところ」

 え。
 兄さまがわたしに合わせてゆっくり目に走ってくれる。ふたりで手を繋いで。
 え、中庭突破? いいの? 完全に抜け出すことになるよね?

「兄さま、いいの?」

「恋人たちは、こうやって抜け出すんだ。それから告白に使われたりもする」

 兄さまは人差し指を立てて、茶目っけたっぷりにウインクした。
 そんなところもキュンとしちゃう。わたし、重症だな。

 あ、もふさまついてこない。またふたりきりにしてくれたのかな。
 半分嬉しく、半分ドギマギする。
 うわぁ。つまづきそうになる。すると兄さまに抱っこされた。お姫さま抱っこだ。何のご褒美?

 え、え、兄さまはそのまま軽く走って跳んだ!
 うえぇええええええ、中二階の渡り廊下だ。
 わたしを抱えたまま2階まで飛ぶって……。
 兄さまが渡り廊下の柵にわたしを座らせた。

「将軍孫はどうだった?」

「普通の子だった」

 柵に置いた左手の上に手を合わせられる。ち、近い。
 いつも見下ろされているのに、今は同じ目の位置だ。

「リディーのそういうところが心配だ」

「そういうところ?」

「すぐに気を許してしまうところ」

「気を許してなんか……」

「いいよ、そんなリディーで。わたしがリディーの代わりに周りに目を光らせて守るから」

 なんか一瞬で甘い雰囲気になったんですけど。

「私はいたみたいだね。……警戒されてる」

 兄さまに左手で鼻を摘まれた。
 ええ?
 兄さまはいつもの優しい顔で笑った。

「どこからその自信は出てくるんだって、いつもイザークに言われてる」

 え?
 兄さまは少しだけ切なげに目を細めた。

「どうも私は自信過剰気味らしいけれど、リディーのことだけには余裕がなくなる。周りには凄い奴しかいないから、リディーが誰かに惹かれてしまうんじゃないかって怯えている」

 初めてみる兄さまの怯えたような表情。

「そう思うといてもたってもいられなくなる。怖くて、恐ろしくて。リディーに触れて安心したい。嫌われてない、嫌がられてないって確かめたくなる。胸にずっと抱いていたくなる。少し触れると、もっともっと深く触れたくなる……。嫉妬したんだ。ロサ殿下にも、ラストレッド殿下にも。それからエンター君にも。それで急いて、リディーを怖がらせてる」

 わたしは片方の乗せられた兄さまの手をとった。そのまま、兄さまの手を自分の頬に持っていく。

「怖くないよ。は、初めてだったから驚いたし、恥ずかしくていっぱいいっぱいになっちゃったけど、兄さまは怖くない」

「……ああ、リディー、口付けていい?」

 兄さまを見たまま、小さく頷く。
 兄さまが近づいてきて、今日はどこまでも優しい唇が重なる。
 物を言わない月だけが、そんなわたしたちを見ていた。



 手を繋いで会場に戻った。もふさまやみんなと合流して、知っている人と会えばちょっと話して。小さくなっていく篝火を見ていた。
 最初は学園祭と言われてもピンとこなかった。意見を出し、少しずつまとめていって、初めてのことに戸惑うこともあったけれど、やっぱり楽しかった。
 お祭りがこれで終わっちゃうんだと思うと、淋しい気持ちに揺すられる。
 この2日のために時間をかけて用意してきた。それをその日のうちに壊して、焼いちゃって。潔いというか……。

「またいるときは作ればいいんだから」

 イシュメルの言葉が蘇る。
 でも、そうだ。必要なときにまた作ればいい。

 目に見えるところになくなっても、わたしたちの中に残ったことがいっぱいある。クラスが一丸となったよね。みんなで助け合って。寮の先輩たちともギュッと仲良くなった。クラブもそうだ。新しいことをやると、人の新しい面も見えてきて、またそれで仲良くなった。
 終わってしまうのは淋しいけど、残ったものはいっぱいある! 胸の中に確実に。
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