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10章 準備が大切、何事も
第429話 囚われのお姫さま⑦アダム
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わたしが口を開きかけると、アダムは自分が話すと言った。
「婚約者が行方不明となり、リディア嬢は参っていました。それは端から見ていても気の毒になるぐらいに」
アダムはそう言ってから隣のわたしを見て、にこっと微笑んだ。
それを見た向いの兄さまの口の端がますますあがった。笑顔なんだけど、何だか怖い。隣のブライは何も感じてないようだけど、その隣のジェイお兄さんはわたしと同じ気持ちとみた。
「ランディラカ先輩の強さは聞いておりました。それなのに、行方不明はおかしいと思いました。自警団が探しても目撃情報もない、何かがおかしい。ということは、どこかに自ら隠れているんだろうと。隠れているのなら、婚約者が行方不明になれば探しに出てくるとそう思いました」
「君、本当に1年生?」
ジェイお兄さんが目を大きくして言う。
「出席日数が足りず留年しています。入園した後もしばらく意識が混濁しまして、最初の1年も見送ったので、本来なら3年生となります」
えーーーーーーーーー、2年の留年……そうだったんだ。ひとつ上って先生が言ってた気がするけど。
「これは失礼した。でも納得だよ。3年生と言わず、君もフランツも5年生でも通るよ」
うん、確かに。ジェイお兄さんと同じぐらいに見える。ジェイお兄さんは5年生でも体の大きい方なのに。
「ランディラカ先輩たちは〝気づいて〟隠れていたと思ったけど、違ったんですね」
アダムは失望したと言いたげなため息を落とした。
「何に気づいてだい?」
やっぱり笑顔だけど、兄さまの声の調子が怖く聞こえる。
雰囲気を変えたくて、わたしは思わず口を挟んだ。
「ロジールナ令嬢の狙いよ」
「さっきも言ってたね。ロジールナ令嬢が修道院には行かずに、私の監禁をしたと思ったんだね?」
兄さまが確認してくる。
「本当にメロディー嬢の自作自演だったの? 脅かしていたのはロジールナ令嬢じゃないの?」
「なぜ、ロジールナ令嬢がメロディー嬢を脅かすんだい? 修道院に行くことになってしまったから?」
「兄さまが護衛をしているときにメロディー嬢に何かあったら、兄さまが傷つくから」
兄さまはチロリとアダムに視線を走らせてから
「話を総合すると、エンター君はリディーが行方不明になれば、隠れている私が出てくると思い、実践したってことだよね?」
すこぶる笑顔で兄さまが問いかける。アダムが言ってたことそのままだし、話を総合するとと大きく端折られた気がする。
「ハハ、ドンピシャだったな」
ブライが愉快そうに笑った。
でも、本当にそうだ。わたしが行方不明になったから探しにきてくれたのだから。
「リディーは王都の家に一度帰ろうか」
「え?」
「後片付けがすんだら迎えに行くから」
「学園に戻る」
「行方不明になって、アルノルトたちが心配してる」
「兄さまも同じでしょ。わたしたち、すっごく心配したんだから!」
わたしと兄さまの言い合いになる。
すると、アダムが静かに、けれど通る声で言った。
「僕に話があるなら、今ここでどうぞ。それにリディア嬢もいるところで話しましょう。囚われの婚約者を自ら救いに行こうとする勇ましい彼女です。危険のないところで何も知らせず守りたいのもわかるけれど、彼女はそれをよしとしないのでは?」
また雰囲気が険悪となる。
「リディーのことがよくわかっているようだね。私としては君の立場を思っての提案だったんだけどね」
兄さまが冷たく言った。
え? え? どういうこと?
「僕のことはお気になさらずに」
アダムがにっこりと笑う。
兄さまとアダムは和やかに冷たい火花を散らしていた。
「兄さまは、わたしを蚊帳の外にして、エンターさまと何を話そうとしたの?」
「それはもちろん、婚約者として、婚約者のある者とふたりきりになるのはいけませんよと教えてあげようと思ったんだよ」
「エンターさまは万が一わたしまで狙われたら大変だから、そうならないよう学園からつれだしてくれたの!」
「なぜ、リディーが狙われると?」
冷たい眼差しで兄さまがアダムに尋ねる。
「リディア嬢は狙いから外れたとは思いますが、確かではありません。それにリディア嬢がいなくなれば先輩はきっと探しに出てくるから合理的だと思ったんです」
「リディーが狙いから外れたとか、今まで狙われていたとかは何故そう思った?」
「狙いはあなたを傷つけること。あなたの婚約者を狙うのは、わかりやすいことだ」
! 空気が凍った。
ビクッとすると、膝の上にもふさまが飛び乗ってきた。
「君は誰だい?」
「ゴーシュ・エンターとリディア嬢から紹介があったと思いますが、誰だと思ったんですか?」
アダムはどこか挑発的だ。捨て鉢ともいう?
兄さまはチラリとわたしを見た。
「この茶番に乗り込んでくる関係者、尊い身分の御方では?」
関係者? 尊い身分?
「まわりくどいな」
吐き捨てるようにアダムが言う。
「メロディー公爵令嬢の婚約者、第1王子殿下、ゴット・アンドレ・エルター・ハン・ユオブリアさまではありませんか?」
アダムが第1王子殿下?
何言ってるの?
「……兄さま、何言ってるの? エンターさまの瞳は紫じゃない。髪の色は変えられても瞳の色だけは変えられないって!」
「一般的にはそう言われているね。けど、王族だけには瞳の色を変えられる秘技があると聞いたことがある。ずっとではなく、かけ続ける必要性があるそうだけど」
ジェイお兄さんが教えてくれた。
王族は目の色も変えられる?
心臓の音が少しずつ大きくなってくる。
……この件の関係者。兄さまに思いを寄せていたのはロジールナ令嬢だけじゃない。
メロディー嬢。元の兄さまの婚約者で、今は第1王子の婚約者。婚約者に想い人がいる……婚約者はメロディー嬢……。
アダムが第1王子? 母さまに呪いをかけた王妃さまの息子?
映像が蘇る。アイリス嬢から見せてもらったシアター。
「亡くなったよ」
表情のない顔で振り返る兄さま。
「誰も立ち直っていない。この話は双子の弟たちの前で絶対にしないでくれ」
アイリス嬢にそう告げた。
兄さまが去った後、イザークはアイリス嬢に哀しい目を向けた。
「フランツもまだ悪夢の中にいる。シュタイン伯が形だけでも、立ち直ってよかったよ」
え? とわたしは思った。
父さまも母さまが亡くなってから2年、まともではなかったそうだ。家も領も荒れた。火の酒を浴びるように飲み続け、体を壊した。双子に「父さままで死んじゃったらどうしたらいいの?」と泣かれて改心したと聞いた、と。
現実とは違う。どこかの誰かのことだと、ただの映像を見ているだけだと思え。そう一生懸命唱えてた。
でも〝なんでもないこと〟にするには、土色の母さまの顔を見て、母さまの中に蠢く黒い何かを見てしまったわたしには難しかった。
……そしてその欠片は今もわたしの中に巣食っている。
母さまは、大丈夫。母さまは生きている。
目の前の人が、母さまの未来を奪ったかもしれない人の子供……。
それに、子供。王妃さまじゃないんだから。たとえ子供を守りたくてやったことのひとつだとしても。
青く見えるアダムの瞳。整った顔立ち。なんでもできて、能力が高い。魔力も多いってもふさまが言ってた。驚くぐらい情報通。
ああ、もうそれこそ、どこまでもわかりやすく〝ドンピシャ〟じゃないか。
その可能性を一度も考えなかった? 本当に? 紫の瞳じゃない、それも否定してきた理由ではある。
でもそれだけじゃなくて……。
ハーハー聞こえる。荒いのはわたしの息?
わたしの中で膨らむ何か。
『……ア! リディア!』
もふさまの声で覚醒する。魔力の暴走! だめ、収まれ!
いつの間にか床に座り込み、兄さまに抱えられていた。
みんなが心配そうに見ている。アダムが泣き笑いのような表情を浮かべていた。
「あんた、第1王子だったの?」
ずいぶん冷たい声が出た。自分がそんな声色を出せると初めて知った。
「第1王子殿下は2年前毒を飲み、ほぼ寝たきりだと聞きましたが、操作された情報でしたか……」
ジェイお兄さんが呟く。
「さすがエイウッド家。ご子息はご存知でしたか。王室の中の者もただの陰謀説と思わされているのに。……操作された情報ではありません、そちらが事実です」
アダムはわたしを見た。
「リディア嬢にわかってしまうのはいささか辛いなと思っていましたが。いいように誤解してくださったので、押し通せるかと期待しました。が、やはり周りの方には気づかれてしまいましたね。第1王子というのは半分正解です。僕は第1王子の〝影〟です」
「婚約者が行方不明となり、リディア嬢は参っていました。それは端から見ていても気の毒になるぐらいに」
アダムはそう言ってから隣のわたしを見て、にこっと微笑んだ。
それを見た向いの兄さまの口の端がますますあがった。笑顔なんだけど、何だか怖い。隣のブライは何も感じてないようだけど、その隣のジェイお兄さんはわたしと同じ気持ちとみた。
「ランディラカ先輩の強さは聞いておりました。それなのに、行方不明はおかしいと思いました。自警団が探しても目撃情報もない、何かがおかしい。ということは、どこかに自ら隠れているんだろうと。隠れているのなら、婚約者が行方不明になれば探しに出てくるとそう思いました」
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「出席日数が足りず留年しています。入園した後もしばらく意識が混濁しまして、最初の1年も見送ったので、本来なら3年生となります」
えーーーーーーーーー、2年の留年……そうだったんだ。ひとつ上って先生が言ってた気がするけど。
「これは失礼した。でも納得だよ。3年生と言わず、君もフランツも5年生でも通るよ」
うん、確かに。ジェイお兄さんと同じぐらいに見える。ジェイお兄さんは5年生でも体の大きい方なのに。
「ランディラカ先輩たちは〝気づいて〟隠れていたと思ったけど、違ったんですね」
アダムは失望したと言いたげなため息を落とした。
「何に気づいてだい?」
やっぱり笑顔だけど、兄さまの声の調子が怖く聞こえる。
雰囲気を変えたくて、わたしは思わず口を挟んだ。
「ロジールナ令嬢の狙いよ」
「さっきも言ってたね。ロジールナ令嬢が修道院には行かずに、私の監禁をしたと思ったんだね?」
兄さまが確認してくる。
「本当にメロディー嬢の自作自演だったの? 脅かしていたのはロジールナ令嬢じゃないの?」
「なぜ、ロジールナ令嬢がメロディー嬢を脅かすんだい? 修道院に行くことになってしまったから?」
「兄さまが護衛をしているときにメロディー嬢に何かあったら、兄さまが傷つくから」
兄さまはチロリとアダムに視線を走らせてから
「話を総合すると、エンター君はリディーが行方不明になれば、隠れている私が出てくると思い、実践したってことだよね?」
すこぶる笑顔で兄さまが問いかける。アダムが言ってたことそのままだし、話を総合するとと大きく端折られた気がする。
「ハハ、ドンピシャだったな」
ブライが愉快そうに笑った。
でも、本当にそうだ。わたしが行方不明になったから探しにきてくれたのだから。
「リディーは王都の家に一度帰ろうか」
「え?」
「後片付けがすんだら迎えに行くから」
「学園に戻る」
「行方不明になって、アルノルトたちが心配してる」
「兄さまも同じでしょ。わたしたち、すっごく心配したんだから!」
わたしと兄さまの言い合いになる。
すると、アダムが静かに、けれど通る声で言った。
「僕に話があるなら、今ここでどうぞ。それにリディア嬢もいるところで話しましょう。囚われの婚約者を自ら救いに行こうとする勇ましい彼女です。危険のないところで何も知らせず守りたいのもわかるけれど、彼女はそれをよしとしないのでは?」
また雰囲気が険悪となる。
「リディーのことがよくわかっているようだね。私としては君の立場を思っての提案だったんだけどね」
兄さまが冷たく言った。
え? え? どういうこと?
「僕のことはお気になさらずに」
アダムがにっこりと笑う。
兄さまとアダムは和やかに冷たい火花を散らしていた。
「兄さまは、わたしを蚊帳の外にして、エンターさまと何を話そうとしたの?」
「それはもちろん、婚約者として、婚約者のある者とふたりきりになるのはいけませんよと教えてあげようと思ったんだよ」
「エンターさまは万が一わたしまで狙われたら大変だから、そうならないよう学園からつれだしてくれたの!」
「なぜ、リディーが狙われると?」
冷たい眼差しで兄さまがアダムに尋ねる。
「リディア嬢は狙いから外れたとは思いますが、確かではありません。それにリディア嬢がいなくなれば先輩はきっと探しに出てくるから合理的だと思ったんです」
「リディーが狙いから外れたとか、今まで狙われていたとかは何故そう思った?」
「狙いはあなたを傷つけること。あなたの婚約者を狙うのは、わかりやすいことだ」
! 空気が凍った。
ビクッとすると、膝の上にもふさまが飛び乗ってきた。
「君は誰だい?」
「ゴーシュ・エンターとリディア嬢から紹介があったと思いますが、誰だと思ったんですか?」
アダムはどこか挑発的だ。捨て鉢ともいう?
兄さまはチラリとわたしを見た。
「この茶番に乗り込んでくる関係者、尊い身分の御方では?」
関係者? 尊い身分?
「まわりくどいな」
吐き捨てるようにアダムが言う。
「メロディー公爵令嬢の婚約者、第1王子殿下、ゴット・アンドレ・エルター・ハン・ユオブリアさまではありませんか?」
アダムが第1王子殿下?
何言ってるの?
「……兄さま、何言ってるの? エンターさまの瞳は紫じゃない。髪の色は変えられても瞳の色だけは変えられないって!」
「一般的にはそう言われているね。けど、王族だけには瞳の色を変えられる秘技があると聞いたことがある。ずっとではなく、かけ続ける必要性があるそうだけど」
ジェイお兄さんが教えてくれた。
王族は目の色も変えられる?
心臓の音が少しずつ大きくなってくる。
……この件の関係者。兄さまに思いを寄せていたのはロジールナ令嬢だけじゃない。
メロディー嬢。元の兄さまの婚約者で、今は第1王子の婚約者。婚約者に想い人がいる……婚約者はメロディー嬢……。
アダムが第1王子? 母さまに呪いをかけた王妃さまの息子?
映像が蘇る。アイリス嬢から見せてもらったシアター。
「亡くなったよ」
表情のない顔で振り返る兄さま。
「誰も立ち直っていない。この話は双子の弟たちの前で絶対にしないでくれ」
アイリス嬢にそう告げた。
兄さまが去った後、イザークはアイリス嬢に哀しい目を向けた。
「フランツもまだ悪夢の中にいる。シュタイン伯が形だけでも、立ち直ってよかったよ」
え? とわたしは思った。
父さまも母さまが亡くなってから2年、まともではなかったそうだ。家も領も荒れた。火の酒を浴びるように飲み続け、体を壊した。双子に「父さままで死んじゃったらどうしたらいいの?」と泣かれて改心したと聞いた、と。
現実とは違う。どこかの誰かのことだと、ただの映像を見ているだけだと思え。そう一生懸命唱えてた。
でも〝なんでもないこと〟にするには、土色の母さまの顔を見て、母さまの中に蠢く黒い何かを見てしまったわたしには難しかった。
……そしてその欠片は今もわたしの中に巣食っている。
母さまは、大丈夫。母さまは生きている。
目の前の人が、母さまの未来を奪ったかもしれない人の子供……。
それに、子供。王妃さまじゃないんだから。たとえ子供を守りたくてやったことのひとつだとしても。
青く見えるアダムの瞳。整った顔立ち。なんでもできて、能力が高い。魔力も多いってもふさまが言ってた。驚くぐらい情報通。
ああ、もうそれこそ、どこまでもわかりやすく〝ドンピシャ〟じゃないか。
その可能性を一度も考えなかった? 本当に? 紫の瞳じゃない、それも否定してきた理由ではある。
でもそれだけじゃなくて……。
ハーハー聞こえる。荒いのはわたしの息?
わたしの中で膨らむ何か。
『……ア! リディア!』
もふさまの声で覚醒する。魔力の暴走! だめ、収まれ!
いつの間にか床に座り込み、兄さまに抱えられていた。
みんなが心配そうに見ている。アダムが泣き笑いのような表情を浮かべていた。
「あんた、第1王子だったの?」
ずいぶん冷たい声が出た。自分がそんな声色を出せると初めて知った。
「第1王子殿下は2年前毒を飲み、ほぼ寝たきりだと聞きましたが、操作された情報でしたか……」
ジェイお兄さんが呟く。
「さすがエイウッド家。ご子息はご存知でしたか。王室の中の者もただの陰謀説と思わされているのに。……操作された情報ではありません、そちらが事実です」
アダムはわたしを見た。
「リディア嬢にわかってしまうのはいささか辛いなと思っていましたが。いいように誤解してくださったので、押し通せるかと期待しました。が、やはり周りの方には気づかれてしまいましたね。第1王子というのは半分正解です。僕は第1王子の〝影〟です」
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