373 / 930
9章 夏休みとシアター
第373話 シアター②悠久の記憶
しおりを挟む 目の前にアイリス嬢がいる。わたしの目の前のカップの氷は溶けていない。
「い、今のは?」
もふさまが耳をピクッとさせて、片目だけ開けてわたしを見上げた。
「観ていただけたようですね。リディアさまがぼーっとされてから3分も経っておりませんわ。でも、とても濃い物語ではありませんでしたか?」
アイリス嬢はにこりと笑った。
どういうこと?
アイリス嬢は冷たい紅茶をひと口飲んだ。
「あたしのギフトは、世界に存在するあらゆる物語を読むことができる力、〝アカシックレコード・リーディング〟」
アカシックレコードっていったらあれじゃん。世界のあらゆる記憶、未来も記憶されているっていう。
「世界の悠久の記憶をアカシックレコードと呼んでいます。あたしはそれを読むことができるのです」
ごくっとわたしの喉が鳴る。
「ギフトを手にしたのは5歳のとき。まだ文字は読めませんでした。読むことができなくて残念に思うと、物語の映像があたしに流れ込んできたのです」
ああ、それがさっきの映像だ。主人公の中に入って自分に起きたことのように感じられる体験型シアターみたいな。
「世界に存在する物語……」
あまりの重たいギフトに爪を噛んでいた。
アイリス嬢は頷いた。
「わたしが観たのはアイリスさまの過去と未来ですか?」
「いいえ。そうなっていたかもしれない過去と未来です」
そうなっていたかもしれない、過去と未来?
「未来は枝分かれが激しく、どれに行き着くかはわからないということだと思います。いいえ、もしかしたら、存在していると思っている今のあたしも、こうしてリディアさまと今考え今話していると思うことさえ、世界の記憶で、物語なのかもしれません」
胡蝶の夢……現実の儚さをそう表した人がいたな。
世界の記憶する物語をいくつも読めたら、自分の存在が曖昧に思えるかも。
「アイリスさまは……世界が記憶するあらゆる未来を読むことができるのですね?」
「いいえ、未来に関しては、あたしが関係することだけしか読めないようです」
どこかほっとしているわたしがいた。
だって他人事ながら、そんな能力をひとりで背負うには途方もなく重たいと思えたから。
「あたしは自分のいっぱいの未来をみました。リディアさまに観ていただいたのは幸せな未来のものです。小さい頃はそういったものばかり見てました。先程のはあたしが1番最初に観たものです。
……実際はそんなことありませんけど、ロサ殿下がとろけるような笑顔で笑いかけてくださって。あ、勘違いしないでくださいね。あたしはロサ殿下が好きなわけじゃありません。でも、客観的にみて、殿下はカッコ良くて素敵じゃないですか! そんな人があたしにだけ笑ってくれて、助けてくれて、愛を語ってくれるんです! み、観ちゃうでしょう?」
率直だね。うん、その心理はわかる気がするよ。
「それが、お相手がロサ殿下、ダニエルさま(宰相子息)、ブライさま(騎士団長子息)、イザークさま(魔法士長子息)、ルシオさま(神官長子息)と、それぞれにあるのです」
頬をうっすら赤く染めて、恥ずかしがって目を閉じている。
イケメンたちの豪華ラインナップだ。
「皆さまとの、その……恋物語ですの?」
尋ねるとアイリス嬢は頷いた。そして両手で顔を覆う。
「あの素晴らしく整った顔で、あたしに笑いかけ愛を語ってくださるんですわ!」
そりゃ本で物語として読むより、映画みたいに見せられたらインパクトは大だね。なんならそれを見て惚れるもあるだろう。
アイリス嬢が静かにため息をつく。
「でも、全部、夢物語でした。入園して5人のお方とあたしは接点がありません。でも問題ありませんでした。だって、あたしには好きな人がいたから」
わたしをみつめる。
「このお気に入りの〝あたしがひたすら愛されて全てがうまくいく物語〟は、小さい頃読んで〝記憶〟しておいたものです。というか、一度観たものはその履歴が残るので。そのうち……新たにあたしの未来の物語をみようとすると様子が変わってきました。〝桃色の髪の聖女が現れた〟と噂がたった頃でしょうか? それからみるあたしの未来は〝聖女候補〟になり、早い段階で〝聖女〟になるようになりました。聖女になりますが、……けれど瘴気を閉じ込めておけなくて、瘴気が暴走し……世界の7分の6の地を失うことになるのです。動物も植物も弱いものから消えていき、人も含め7分の1に。生き残ることができるのはほんのわずか」
!
「いろいろな聖女への目覚め方があり、そして授かる力も万別です。けれどどれも結末は一緒。あたしは聖女として世界を救うことができないんです!」
その悲痛な叫びは胸を抉ってくる。
「……でも、その未来も不確かですよね?」
アイリス嬢は瞳の端にたまった涙を指で拭き取る。
「気づいたことがあります。その未来が変わっていく〝きっかけ〟が全てリディアさまでした」
な、何をいうんだ。
「リディアさまの行動で、リディアさまが何かしたことにより、未来の分岐が変わっていくのです。だから思いました。あたしは聖女じゃない。聖女になるべきは運命を変えていくリディアさまだと」
「ひ、飛躍しすぎかと……」
「あたし、本当にいろいろな未来を見たのですわ。そのどの未来もあたしは救うことができない! あたしは聖女になんかなっちゃいけないんです!」
それはアイリス嬢の心からの叫びだった。
彼女は聖女になる未来と向き合っての拒絶だったんだ。わたしみたいに大変そうとか面倒くさそうとかそう思って、誰かがなるべきって押しつけようとしていたんじゃなくて、世界を救える聖女には届かないから、それができる〝誰か〟を求めたんだ。そして世界を救えない憂いごとがなければ、聖女の役割を受け入れられる娘なんだ。
だとしたら、それなのにどんな未来でも世界を救えないのをまざまざと見せつけられたら?
「……そんな映像を見て、辛かったですね」
未来と思えるものを見て、いつもどうやっても絶望的な未来しか見えなかったら、それはとても辛い。
アイリス嬢の瞳からハラハラときれいな滴が落ちた。
彼女が落ち着くのを静かに待った。
やがて氷が静かに溶けた時、わたしは言った。
「でもアイリスさま、聖女はやはりアイリスさまがなるのだと思います」
アイリス嬢の顔が歪む。
「わたしは身体的問題からも聖女になることはありません。けれど、アイリスさまの話を聞いたり、一緒に悩むことはできると思いますわ」
「……リディアさま」
アイリス嬢の目からブワッと涙が出てきて、また止まらなくなる。
「い、今のは?」
もふさまが耳をピクッとさせて、片目だけ開けてわたしを見上げた。
「観ていただけたようですね。リディアさまがぼーっとされてから3分も経っておりませんわ。でも、とても濃い物語ではありませんでしたか?」
アイリス嬢はにこりと笑った。
どういうこと?
アイリス嬢は冷たい紅茶をひと口飲んだ。
「あたしのギフトは、世界に存在するあらゆる物語を読むことができる力、〝アカシックレコード・リーディング〟」
アカシックレコードっていったらあれじゃん。世界のあらゆる記憶、未来も記憶されているっていう。
「世界の悠久の記憶をアカシックレコードと呼んでいます。あたしはそれを読むことができるのです」
ごくっとわたしの喉が鳴る。
「ギフトを手にしたのは5歳のとき。まだ文字は読めませんでした。読むことができなくて残念に思うと、物語の映像があたしに流れ込んできたのです」
ああ、それがさっきの映像だ。主人公の中に入って自分に起きたことのように感じられる体験型シアターみたいな。
「世界に存在する物語……」
あまりの重たいギフトに爪を噛んでいた。
アイリス嬢は頷いた。
「わたしが観たのはアイリスさまの過去と未来ですか?」
「いいえ。そうなっていたかもしれない過去と未来です」
そうなっていたかもしれない、過去と未来?
「未来は枝分かれが激しく、どれに行き着くかはわからないということだと思います。いいえ、もしかしたら、存在していると思っている今のあたしも、こうしてリディアさまと今考え今話していると思うことさえ、世界の記憶で、物語なのかもしれません」
胡蝶の夢……現実の儚さをそう表した人がいたな。
世界の記憶する物語をいくつも読めたら、自分の存在が曖昧に思えるかも。
「アイリスさまは……世界が記憶するあらゆる未来を読むことができるのですね?」
「いいえ、未来に関しては、あたしが関係することだけしか読めないようです」
どこかほっとしているわたしがいた。
だって他人事ながら、そんな能力をひとりで背負うには途方もなく重たいと思えたから。
「あたしは自分のいっぱいの未来をみました。リディアさまに観ていただいたのは幸せな未来のものです。小さい頃はそういったものばかり見てました。先程のはあたしが1番最初に観たものです。
……実際はそんなことありませんけど、ロサ殿下がとろけるような笑顔で笑いかけてくださって。あ、勘違いしないでくださいね。あたしはロサ殿下が好きなわけじゃありません。でも、客観的にみて、殿下はカッコ良くて素敵じゃないですか! そんな人があたしにだけ笑ってくれて、助けてくれて、愛を語ってくれるんです! み、観ちゃうでしょう?」
率直だね。うん、その心理はわかる気がするよ。
「それが、お相手がロサ殿下、ダニエルさま(宰相子息)、ブライさま(騎士団長子息)、イザークさま(魔法士長子息)、ルシオさま(神官長子息)と、それぞれにあるのです」
頬をうっすら赤く染めて、恥ずかしがって目を閉じている。
イケメンたちの豪華ラインナップだ。
「皆さまとの、その……恋物語ですの?」
尋ねるとアイリス嬢は頷いた。そして両手で顔を覆う。
「あの素晴らしく整った顔で、あたしに笑いかけ愛を語ってくださるんですわ!」
そりゃ本で物語として読むより、映画みたいに見せられたらインパクトは大だね。なんならそれを見て惚れるもあるだろう。
アイリス嬢が静かにため息をつく。
「でも、全部、夢物語でした。入園して5人のお方とあたしは接点がありません。でも問題ありませんでした。だって、あたしには好きな人がいたから」
わたしをみつめる。
「このお気に入りの〝あたしがひたすら愛されて全てがうまくいく物語〟は、小さい頃読んで〝記憶〟しておいたものです。というか、一度観たものはその履歴が残るので。そのうち……新たにあたしの未来の物語をみようとすると様子が変わってきました。〝桃色の髪の聖女が現れた〟と噂がたった頃でしょうか? それからみるあたしの未来は〝聖女候補〟になり、早い段階で〝聖女〟になるようになりました。聖女になりますが、……けれど瘴気を閉じ込めておけなくて、瘴気が暴走し……世界の7分の6の地を失うことになるのです。動物も植物も弱いものから消えていき、人も含め7分の1に。生き残ることができるのはほんのわずか」
!
「いろいろな聖女への目覚め方があり、そして授かる力も万別です。けれどどれも結末は一緒。あたしは聖女として世界を救うことができないんです!」
その悲痛な叫びは胸を抉ってくる。
「……でも、その未来も不確かですよね?」
アイリス嬢は瞳の端にたまった涙を指で拭き取る。
「気づいたことがあります。その未来が変わっていく〝きっかけ〟が全てリディアさまでした」
な、何をいうんだ。
「リディアさまの行動で、リディアさまが何かしたことにより、未来の分岐が変わっていくのです。だから思いました。あたしは聖女じゃない。聖女になるべきは運命を変えていくリディアさまだと」
「ひ、飛躍しすぎかと……」
「あたし、本当にいろいろな未来を見たのですわ。そのどの未来もあたしは救うことができない! あたしは聖女になんかなっちゃいけないんです!」
それはアイリス嬢の心からの叫びだった。
彼女は聖女になる未来と向き合っての拒絶だったんだ。わたしみたいに大変そうとか面倒くさそうとかそう思って、誰かがなるべきって押しつけようとしていたんじゃなくて、世界を救える聖女には届かないから、それができる〝誰か〟を求めたんだ。そして世界を救えない憂いごとがなければ、聖女の役割を受け入れられる娘なんだ。
だとしたら、それなのにどんな未来でも世界を救えないのをまざまざと見せつけられたら?
「……そんな映像を見て、辛かったですね」
未来と思えるものを見て、いつもどうやっても絶望的な未来しか見えなかったら、それはとても辛い。
アイリス嬢の瞳からハラハラときれいな滴が落ちた。
彼女が落ち着くのを静かに待った。
やがて氷が静かに溶けた時、わたしは言った。
「でもアイリスさま、聖女はやはりアイリスさまがなるのだと思います」
アイリス嬢の顔が歪む。
「わたしは身体的問題からも聖女になることはありません。けれど、アイリスさまの話を聞いたり、一緒に悩むことはできると思いますわ」
「……リディアさま」
アイリス嬢の目からブワッと涙が出てきて、また止まらなくなる。
127
お気に入りに追加
1,379
あなたにおすすめの小説

転生貧乏令嬢メイドは見なかった!
seo
恋愛
血筋だけ特殊なファニー・イエッセル・クリスタラーは、名前や身元を偽りメイド業に勤しんでいた。何もないただ広いだけの領地はそれだけでお金がかかり、古い屋敷も修繕費がいくらあっても足りない。
いつものようにお茶会の給仕に携わった彼女は、令息たちの会話に耳を疑う。ある女性を誰が口説き落とせるかの賭けをしていた。その対象は彼女だった。絶対こいつらに関わらない。そんな決意は虚しく、親しくなれるように手筈を整えろと脅され断りきれなかった。抵抗はしたものの身分の壁は高く、メイドとしても令嬢としても賭けの舞台に上がることに。
これは前世の記憶を持つ貧乏な令嬢が、見なかったことにしたかったのに巻き込まれ、自分の存在を見なかったことにしない人たちと出会った物語。
#逆ハー風なところあり
#他サイトさまでも掲載しています(作者名2文字違いもあり)

さようなら、わたくしの騎士様
夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。
その時を待っていたのだ。
クリスは知っていた。
騎士ローウェルは裏切ると。
だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。


悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

転生した愛し子は幸せを知る
ひつ
ファンタジー
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
宮月 華(みやつき はな) は死んだ。華は死に間際に「誰でもいいから私を愛して欲しかったな…」と願った。
次の瞬間、華は白い空間に!!すると、目の前に男の人(?)が現れ、「新たな世界で愛される幸せを知って欲しい!」と新たな名を貰い、過保護な神(パパ)にスキルやアイテムを貰って旅立つことに!
転生した女の子が周りから愛され、幸せになるお話です。
結構ご都合主義です。作者は語彙力ないです。
第13回ファンタジー大賞 176位
第14回ファンタジー大賞 76位
第15回ファンタジー大賞 70位
ありがとうございます(●´ω`●)

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる