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8章 そうしてわたしは恋を知る
第350話 巣立つ雛
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父さまはケインに乗って迎えに来てくれていた。
カトレアたちにお世話になりましてと頭を下げる。わたしも感謝を込めてペコリとする。
ミニーを家まで送ると言ってみたけれど、ミニーは後で馬車に乗って帰るから大丈夫と言った。
ふたりとカトレアの旦那さまにもう一度お礼を言ってさよならした。
ケインにも抱きつく。ケインはフンフン鼻を鳴らした。
もふさまを抱えて、ケインに乗せてもらい、父さまとふたり乗りだ。
父さま、怒っている顔ではないけれど……。
「フランツたち、アルノルトからリディアが〝帰る〟と言っていなくなったと伝達魔法が来た」
揺られながら父さまが静かに話し出す。
「それから雑貨屋の亭主からリディアがわんわん泣いていると連絡がきた」
「……ごめんなさい」
「何があった?」
「ごめんなさい。話すけど、一番に話さなくてはいけない人がいるの。話したら、父さまにも話す」
後ろから頭を撫でられる。
「それはフランツか?」
わたしは頷いた。なんで兄さまってわかったんだろう?
「子供はいつの間にか大きくなるのだな」
パカラ、パカラとケインはゆっくり歩く。
「何かあった時、怖かった時。リディーが最初にすがりつくのはいつも父さまにだった」
え?
「イダボアで保護されていた時も、お茶会を主宰して拐われた時も、馬車に物盗りがきた時はリディーが父さま父さまと立て続けに呼んでた。母さまにいっぱい怒られた後は父さまの執務室に来て膝に乗ってきた。チェリと喧嘩した時、ミニーと喧嘩した時も、妹や弟が呆れて見てるぞと言っても父さまの胸で全然泣き止まなかった。フランツたちが学園に行ってからは時々淋しくなるとエリンやノエルにわからないように、父さまたちのベッドに入ってきて一緒に眠らせてくれと言った」
……だってそれは一番安心できる場所だから。
「いつだって父さまにすがりついてきたのに……、この間拐われて再会した時は、フランツの胸に飛び込んだ」
と、飛び込んだなんて。
「今回も泣きたくて、ミニーとカトレアに会いにきたんだね」
確かに、今日は何も考えられなくなっていて、とにかくミニーとカトレアに会いたいという気持ちしかなかった。
「リディアは家族以外にも大切なものをみつけたんだ」
わたしは体を捻って父さまに抱きつく。
「父さまも大事」
「ありがとう。リディーがそう思ってくれることも知っているよ。そうだね……子供の成長は嬉しいけれど、少しだけ淋しく感じることもある。手を離れてしまうんだとね。でも、安心もする。父さまはリディーより先にいなくなる」
「そんなこと言わないで」
ギュッと抱きつくと、父さまがわたしの頭を撫でる。
「ごめん、ごめん、逝くのはずっと先のことにしたいが、こればっかりはわからないし、順番だから仕方ない。死んでしまったら、リディーに何かがあっても父さまは助けてやれない。でもリディーにはもう頼れる人がいて、相談できる友達もいる。家族や主人さまたち以外にも助けてくれる人がいる。だから父さまは安心できる」
泣きやすくなってる。父さまがいなくなることを想像したわけじゃないのに、勝手に涙が出てくる。父さまの服を涙が濡らす。父さまはゆっくりとわたしの頭を撫でた。
「早々にくたばるつもりはないよ」
父さまのぎゅーに力が入る。大きな手がわたしの背中でゆっくりとリズムをとる。
「ウチのお姫さまは相変わらず泣き虫だ」
「父さまが変なことを言うから!」
顔をあげると鼻をつままれた。
「いつでも、どこでも、居ても居なくても、父さまはリディーが大好きだから」
!
「わたしも父さま大好き!」
なかなか引っ込まない涙と鼻をすすると、いつもの川原まできていた。
ケインが止まる。
川原に?
父さまがケインから降りて、わたしをおろす。
「父さま、どうして?」
「リディー!」
声のした方を見れば、兄さまだ。
父さまはわたしの頭に手をおいてひと撫でして、そしてわたしの背中に置いた手で兄さまの方に押し出した。
「リディー、どうして泣いてるの? 父さま、何があったんですか?」
わたしは慌てて顔の涙を拭う。
「これは……父さまが変なことを言うから」
「父さま、リディーを泣かせたんですか?」
兄さまの顔が真剣になる。
父さまはもふさまを抱きかかえた。
え?
「主人さまたちは、私と一緒に先に家に帰りましょう。フランツ、リディアのことは任せたぞ。それから最初に泣かせたのは父さまではない」
カーーッと血液が沸騰した。そりゃバレバレだったかもしれないけど、どうしてそう見ていたように父さまは言うかなー。
『先に領主と帰っているぞ』
と、もふさまが言えば、リュックの中から反対する声が上がった。けれど、もふさまは気にすることなく大人しくしていて、だから父さまはケインに乗っていった。
兄さまと向き合う。
騎士見習いの制服ではなく、いつもの制服だった。
少しホッとする。
ーー先輩からのアドバイスよ。リディアの気持ちを伝えなさい。素直に言うの。それで振られたら……一緒に泣いてあげるからーー
カトレアの声が聞こえた気がした。
「急にひとりで帰ってしまって、心配したよ」
「ごめんなさい」
「無事でよかった、ホッとした。またリディーに何かあったんじゃないかって、怖かった」
「……ごめんなさい」
兄さまは儚げに微笑んだ。
「主人さまもいなくて、本当にリディーとふたりきりなんていつぶりだろうね?」
カトレアたちにお世話になりましてと頭を下げる。わたしも感謝を込めてペコリとする。
ミニーを家まで送ると言ってみたけれど、ミニーは後で馬車に乗って帰るから大丈夫と言った。
ふたりとカトレアの旦那さまにもう一度お礼を言ってさよならした。
ケインにも抱きつく。ケインはフンフン鼻を鳴らした。
もふさまを抱えて、ケインに乗せてもらい、父さまとふたり乗りだ。
父さま、怒っている顔ではないけれど……。
「フランツたち、アルノルトからリディアが〝帰る〟と言っていなくなったと伝達魔法が来た」
揺られながら父さまが静かに話し出す。
「それから雑貨屋の亭主からリディアがわんわん泣いていると連絡がきた」
「……ごめんなさい」
「何があった?」
「ごめんなさい。話すけど、一番に話さなくてはいけない人がいるの。話したら、父さまにも話す」
後ろから頭を撫でられる。
「それはフランツか?」
わたしは頷いた。なんで兄さまってわかったんだろう?
「子供はいつの間にか大きくなるのだな」
パカラ、パカラとケインはゆっくり歩く。
「何かあった時、怖かった時。リディーが最初にすがりつくのはいつも父さまにだった」
え?
「イダボアで保護されていた時も、お茶会を主宰して拐われた時も、馬車に物盗りがきた時はリディーが父さま父さまと立て続けに呼んでた。母さまにいっぱい怒られた後は父さまの執務室に来て膝に乗ってきた。チェリと喧嘩した時、ミニーと喧嘩した時も、妹や弟が呆れて見てるぞと言っても父さまの胸で全然泣き止まなかった。フランツたちが学園に行ってからは時々淋しくなるとエリンやノエルにわからないように、父さまたちのベッドに入ってきて一緒に眠らせてくれと言った」
……だってそれは一番安心できる場所だから。
「いつだって父さまにすがりついてきたのに……、この間拐われて再会した時は、フランツの胸に飛び込んだ」
と、飛び込んだなんて。
「今回も泣きたくて、ミニーとカトレアに会いにきたんだね」
確かに、今日は何も考えられなくなっていて、とにかくミニーとカトレアに会いたいという気持ちしかなかった。
「リディアは家族以外にも大切なものをみつけたんだ」
わたしは体を捻って父さまに抱きつく。
「父さまも大事」
「ありがとう。リディーがそう思ってくれることも知っているよ。そうだね……子供の成長は嬉しいけれど、少しだけ淋しく感じることもある。手を離れてしまうんだとね。でも、安心もする。父さまはリディーより先にいなくなる」
「そんなこと言わないで」
ギュッと抱きつくと、父さまがわたしの頭を撫でる。
「ごめん、ごめん、逝くのはずっと先のことにしたいが、こればっかりはわからないし、順番だから仕方ない。死んでしまったら、リディーに何かがあっても父さまは助けてやれない。でもリディーにはもう頼れる人がいて、相談できる友達もいる。家族や主人さまたち以外にも助けてくれる人がいる。だから父さまは安心できる」
泣きやすくなってる。父さまがいなくなることを想像したわけじゃないのに、勝手に涙が出てくる。父さまの服を涙が濡らす。父さまはゆっくりとわたしの頭を撫でた。
「早々にくたばるつもりはないよ」
父さまのぎゅーに力が入る。大きな手がわたしの背中でゆっくりとリズムをとる。
「ウチのお姫さまは相変わらず泣き虫だ」
「父さまが変なことを言うから!」
顔をあげると鼻をつままれた。
「いつでも、どこでも、居ても居なくても、父さまはリディーが大好きだから」
!
「わたしも父さま大好き!」
なかなか引っ込まない涙と鼻をすすると、いつもの川原まできていた。
ケインが止まる。
川原に?
父さまがケインから降りて、わたしをおろす。
「父さま、どうして?」
「リディー!」
声のした方を見れば、兄さまだ。
父さまはわたしの頭に手をおいてひと撫でして、そしてわたしの背中に置いた手で兄さまの方に押し出した。
「リディー、どうして泣いてるの? 父さま、何があったんですか?」
わたしは慌てて顔の涙を拭う。
「これは……父さまが変なことを言うから」
「父さま、リディーを泣かせたんですか?」
兄さまの顔が真剣になる。
父さまはもふさまを抱きかかえた。
え?
「主人さまたちは、私と一緒に先に家に帰りましょう。フランツ、リディアのことは任せたぞ。それから最初に泣かせたのは父さまではない」
カーーッと血液が沸騰した。そりゃバレバレだったかもしれないけど、どうしてそう見ていたように父さまは言うかなー。
『先に領主と帰っているぞ』
と、もふさまが言えば、リュックの中から反対する声が上がった。けれど、もふさまは気にすることなく大人しくしていて、だから父さまはケインに乗っていった。
兄さまと向き合う。
騎士見習いの制服ではなく、いつもの制服だった。
少しホッとする。
ーー先輩からのアドバイスよ。リディアの気持ちを伝えなさい。素直に言うの。それで振られたら……一緒に泣いてあげるからーー
カトレアの声が聞こえた気がした。
「急にひとりで帰ってしまって、心配したよ」
「ごめんなさい」
「無事でよかった、ホッとした。またリディーに何かあったんじゃないかって、怖かった」
「……ごめんなさい」
兄さまは儚げに微笑んだ。
「主人さまもいなくて、本当にリディーとふたりきりなんていつぶりだろうね?」
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