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8章 そうしてわたしは恋を知る
第332話 夏休み前⑥強がり論理
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「驚きはしたけど、傷つきはしないよ」
あの娘たちは何もわかっちゃいない。ただ大人のいうことをそのまま口にしているだけだ。でも顔は頑張って覚えたから、アラ兄に聞いて家名を調べて、ウチとは絶対近づけないようにする。
噂っていうのは実際の起こったことは二の次の情報だ。いい印象を受けるか悪い印象を受けるかが特化し誇張され広まっていくもの。シュタイン領のものは良くない印象が今広まっている。
砂漠に対する漠然とした畏怖から、なんか言われて風評被害になっているんだと思っていたけど、これはシュタイン家に対して振りまかれた完全な悪意だ。ウチは商売が上手くいってたから、出来事に便乗されたんだ。ふわんとした噂だなーと思っていたけど、ただわたしが本人だから直接耳に入ってこなかっただけなんだ。っていうか耳に入らないようしてくれていたんだと思う。またわたしが家族の足を引っ張っている。
身分が上の親戚の方々がウチと仲良しアピールをしてくれたのも合点がいく。みんなが繋がってますよ、ウチの者を悪く言ったらどうなるかわかってますねと睨みをきかせていたからこれぐらいで済んでるんだ。ウチの領を目の上のたんこぶと思っていた人からすれば、ぶっ潰すいい機会だろうから。
「本当にあんな言われ方をして傷ついてないでちか?」
「……好きな大切な人たちに誤解されたら悲しいけど、そんな人たちは誰一人として誤解してないもん。なんとも思ってない人たちからどう思われようと、わたしは傷つかないよ」
もふさまの尻尾が左右に揺れる。
アオとレオはまだ心配顔だ。
「物理的にじゃなく傷つくってさ、誰かから傷つけられたように感じるけど、本当はそうじゃないんだよね」
『傷つけられたんじゃない?』
「うん。今のでいうと。あの娘たちはわたしを生意気で厚かましいと思っている。さっきまで、わたしはあの娘たちを知らなかったし、そう思われているのも正しくは知らなかった。彼女たちはさっき生意気だと思い始めたわけじゃない、もっと前からそう思っていた。事象として何も変わってないでしょ。変わったのはただわたしがそう彼女たちが思っていたと知っただけ。
っていうことは、彼女たちがわたしを生意気って思った〝思い〟自体がわたしを傷つけるわけじゃないんだよ。だってそれを知ってようが知らずにいようが、あの娘たちのわたしに対する思いは変わらないんだから。
彼女たちのわたしに対する思いが、わたしを傷つけたわけじゃない。わたしが知って、傷ついたと思ったときに、傷つけられたと感じるだけなの」
『えー、わかんない』
『わかんない!』
わたしはアリとクイを撫でた。
「うーん。誰もね、〝想い〟は傷つけられないの。だって想いは自分だけのものだから。自分が傷ついたって思って、それを傷つけられたと置き換えているだけだから」
まん丸の瞳でわたしを見上げている。
「だとしたら、傷ついたって思わなければいい。だってそこに相手側の変化は何もないんだから」
もふさまがわたしの前に回り込む。
『でも、リディア、お前は今、泣くのを我慢している顔だ』
わたしはもふさまにしがみついて、ふわふわの毛並みに顔を埋めた。
「うん、悔しいだけ。傷ついてはないよ」
わたしを傷つけようというのが目的なら、絶対に傷ついてなんかやらない。
もふさまがピクッとした。慌てて顔を離すと、みんなが同じ方向を見ていた。すぐに目をやると。
あ、兄さまだ。
いつもこういう時、タイミングよく兄さまが現れるんだ。
「兄さま……、どうしてここに?」
兄さまはふわりと笑う。
「ロサ殿下と会った。リディーが奥に向かってたって聞いたから、こっちに来てみた。……女生徒が集団でいて息巻いていたけど、何があった?」
兄さまが目の前まで歩いてきた。
「生意気で厚かましいとわたしに告げたかったみたい」
兄さまの瞳がわずかに曇る。
「……大人の言うことを聞きかじった発言は聞いた。兄さまたちはもっとはっきりしたことを聞いていたんだね。また、ウチの評判を下げちゃった」
兄さまの婚約者の評判を。
「リディー」
辛そうな声で名を呼ばれる。
「顔は覚えてる。家名を確かめて、取引先にいたら外してもらおう。エリンたちに何してくるかわからないから」
心配そうにわたしを見ている。
「兄さま、わたしは大丈夫だよ?」
「私はそんなに頼りない?」
「え? すっごく頼ってるよ。今だって、今一番会いたい時に来てくれた。こんな学園の端っこで、誰にもここに来るって告げてないのに」
強がって自分を奮い立たせようとしている時って実はとても不安定なことは自覚している。何かひとつの要素が加わっただけで、へこたれる可能性も秘めている微妙さだ。でも、そういう時、なぜか兄さまが現れる。そして兄さまがいると、わたしはまた顔をあげられるのだ。助言をくれる時もあるし、そうじゃない時もある。でもいるだけで、わたしは心が、想いが、凪いでいくのを感じる。
「……リディーはどうしてこんな奥まったところまで来たの?」
「あのね、聖樹さまに頼まれて、魔法陣を埋め込みに来たの」
聖樹さまに頼まれたことを話した。
兄さまは一緒に回ってくれるという。忙しいんじゃないかと思ったけど、一緒にいたかったのでお願いすることにした。兄さまは聖樹さまの頼みでは仕方ないけれど、せめて夏休み前まで学園内でもひとりにならないようにしてくれと、わたしの手を握った。わたしはそれがたとえ今だけのことだとしても兄さまが気にしてくれるのは嬉しかったし、兄さまを独り占めできることを嬉しく思っていた。
「これが魔法陣?……まるで設計図だね」
魔具を作るときの設計図、これを魔法陣と呼ぶとも聞いたけど、まさに同じようなものだった。
「聖樹さまは術式を編んだって言ってた」
「術式?」
わたしは頷く。
レオが壁の匂いを嗅いで、ここだと言う。ここに青いのを埋め込めと。
わたしは青い魔法陣の葉っぱを出して、壁の中に葉っぱを埋め込んでいく。
クリアだ。
外壁をぐるりと回るようにして、あと5箇所を回ることにした。
「昔は術式の魔法陣で、魔法を使っていたのかもしれないね」
兄さまの言葉に頷く。
「そうかもしれない。術式にすると、複雑にいくつもの魔法を組み込めるのかもね。聖樹さまはこの魔法陣でいくつものことをしちゃうんだもの」
兄さまが顎を触っている。考え事をしているようだ。
「リディーは魔法陣が読めるの?」
「読めないよ。簡単な魔具の設計図ならわかるところもあるけど。聖樹さまの魔法陣はさっぱり。模様にしか見えない」
「でも、模様だけど、術式なんだよね? 母さまの呪いを解いたとき、リディーは呪いが真っ黒の何かで、文字みたいだったって言ってた、覚えている?」
母さまの呪い。忘れるわけない。あの気持ち悪い黒いアメーバー状の何か。切れたと思ってもまた別のとくっついて。だけどその切れた一部の残像でその黒い何かが文字の集まりに見えた時は心底ゾッとした。そして呪術ってこういうのをいうんだって思ったっけ。
「覚えてる。わからないけど、文字みたいだった」
「呪術も、過去の魔法も、術式を編み込んだ文字で、それを魔法陣と呼ぶのかもしれないね」
300年前に魔法が規制されるようになった。その前に発展していた、魔法や呪術。それらは術式を編んでいた。術式を編めば、より複雑なことができる……。
あの娘たちは何もわかっちゃいない。ただ大人のいうことをそのまま口にしているだけだ。でも顔は頑張って覚えたから、アラ兄に聞いて家名を調べて、ウチとは絶対近づけないようにする。
噂っていうのは実際の起こったことは二の次の情報だ。いい印象を受けるか悪い印象を受けるかが特化し誇張され広まっていくもの。シュタイン領のものは良くない印象が今広まっている。
砂漠に対する漠然とした畏怖から、なんか言われて風評被害になっているんだと思っていたけど、これはシュタイン家に対して振りまかれた完全な悪意だ。ウチは商売が上手くいってたから、出来事に便乗されたんだ。ふわんとした噂だなーと思っていたけど、ただわたしが本人だから直接耳に入ってこなかっただけなんだ。っていうか耳に入らないようしてくれていたんだと思う。またわたしが家族の足を引っ張っている。
身分が上の親戚の方々がウチと仲良しアピールをしてくれたのも合点がいく。みんなが繋がってますよ、ウチの者を悪く言ったらどうなるかわかってますねと睨みをきかせていたからこれぐらいで済んでるんだ。ウチの領を目の上のたんこぶと思っていた人からすれば、ぶっ潰すいい機会だろうから。
「本当にあんな言われ方をして傷ついてないでちか?」
「……好きな大切な人たちに誤解されたら悲しいけど、そんな人たちは誰一人として誤解してないもん。なんとも思ってない人たちからどう思われようと、わたしは傷つかないよ」
もふさまの尻尾が左右に揺れる。
アオとレオはまだ心配顔だ。
「物理的にじゃなく傷つくってさ、誰かから傷つけられたように感じるけど、本当はそうじゃないんだよね」
『傷つけられたんじゃない?』
「うん。今のでいうと。あの娘たちはわたしを生意気で厚かましいと思っている。さっきまで、わたしはあの娘たちを知らなかったし、そう思われているのも正しくは知らなかった。彼女たちはさっき生意気だと思い始めたわけじゃない、もっと前からそう思っていた。事象として何も変わってないでしょ。変わったのはただわたしがそう彼女たちが思っていたと知っただけ。
っていうことは、彼女たちがわたしを生意気って思った〝思い〟自体がわたしを傷つけるわけじゃないんだよ。だってそれを知ってようが知らずにいようが、あの娘たちのわたしに対する思いは変わらないんだから。
彼女たちのわたしに対する思いが、わたしを傷つけたわけじゃない。わたしが知って、傷ついたと思ったときに、傷つけられたと感じるだけなの」
『えー、わかんない』
『わかんない!』
わたしはアリとクイを撫でた。
「うーん。誰もね、〝想い〟は傷つけられないの。だって想いは自分だけのものだから。自分が傷ついたって思って、それを傷つけられたと置き換えているだけだから」
まん丸の瞳でわたしを見上げている。
「だとしたら、傷ついたって思わなければいい。だってそこに相手側の変化は何もないんだから」
もふさまがわたしの前に回り込む。
『でも、リディア、お前は今、泣くのを我慢している顔だ』
わたしはもふさまにしがみついて、ふわふわの毛並みに顔を埋めた。
「うん、悔しいだけ。傷ついてはないよ」
わたしを傷つけようというのが目的なら、絶対に傷ついてなんかやらない。
もふさまがピクッとした。慌てて顔を離すと、みんなが同じ方向を見ていた。すぐに目をやると。
あ、兄さまだ。
いつもこういう時、タイミングよく兄さまが現れるんだ。
「兄さま……、どうしてここに?」
兄さまはふわりと笑う。
「ロサ殿下と会った。リディーが奥に向かってたって聞いたから、こっちに来てみた。……女生徒が集団でいて息巻いていたけど、何があった?」
兄さまが目の前まで歩いてきた。
「生意気で厚かましいとわたしに告げたかったみたい」
兄さまの瞳がわずかに曇る。
「……大人の言うことを聞きかじった発言は聞いた。兄さまたちはもっとはっきりしたことを聞いていたんだね。また、ウチの評判を下げちゃった」
兄さまの婚約者の評判を。
「リディー」
辛そうな声で名を呼ばれる。
「顔は覚えてる。家名を確かめて、取引先にいたら外してもらおう。エリンたちに何してくるかわからないから」
心配そうにわたしを見ている。
「兄さま、わたしは大丈夫だよ?」
「私はそんなに頼りない?」
「え? すっごく頼ってるよ。今だって、今一番会いたい時に来てくれた。こんな学園の端っこで、誰にもここに来るって告げてないのに」
強がって自分を奮い立たせようとしている時って実はとても不安定なことは自覚している。何かひとつの要素が加わっただけで、へこたれる可能性も秘めている微妙さだ。でも、そういう時、なぜか兄さまが現れる。そして兄さまがいると、わたしはまた顔をあげられるのだ。助言をくれる時もあるし、そうじゃない時もある。でもいるだけで、わたしは心が、想いが、凪いでいくのを感じる。
「……リディーはどうしてこんな奥まったところまで来たの?」
「あのね、聖樹さまに頼まれて、魔法陣を埋め込みに来たの」
聖樹さまに頼まれたことを話した。
兄さまは一緒に回ってくれるという。忙しいんじゃないかと思ったけど、一緒にいたかったのでお願いすることにした。兄さまは聖樹さまの頼みでは仕方ないけれど、せめて夏休み前まで学園内でもひとりにならないようにしてくれと、わたしの手を握った。わたしはそれがたとえ今だけのことだとしても兄さまが気にしてくれるのは嬉しかったし、兄さまを独り占めできることを嬉しく思っていた。
「これが魔法陣?……まるで設計図だね」
魔具を作るときの設計図、これを魔法陣と呼ぶとも聞いたけど、まさに同じようなものだった。
「聖樹さまは術式を編んだって言ってた」
「術式?」
わたしは頷く。
レオが壁の匂いを嗅いで、ここだと言う。ここに青いのを埋め込めと。
わたしは青い魔法陣の葉っぱを出して、壁の中に葉っぱを埋め込んでいく。
クリアだ。
外壁をぐるりと回るようにして、あと5箇所を回ることにした。
「昔は術式の魔法陣で、魔法を使っていたのかもしれないね」
兄さまの言葉に頷く。
「そうかもしれない。術式にすると、複雑にいくつもの魔法を組み込めるのかもね。聖樹さまはこの魔法陣でいくつものことをしちゃうんだもの」
兄さまが顎を触っている。考え事をしているようだ。
「リディーは魔法陣が読めるの?」
「読めないよ。簡単な魔具の設計図ならわかるところもあるけど。聖樹さまの魔法陣はさっぱり。模様にしか見えない」
「でも、模様だけど、術式なんだよね? 母さまの呪いを解いたとき、リディーは呪いが真っ黒の何かで、文字みたいだったって言ってた、覚えている?」
母さまの呪い。忘れるわけない。あの気持ち悪い黒いアメーバー状の何か。切れたと思ってもまた別のとくっついて。だけどその切れた一部の残像でその黒い何かが文字の集まりに見えた時は心底ゾッとした。そして呪術ってこういうのをいうんだって思ったっけ。
「覚えてる。わからないけど、文字みたいだった」
「呪術も、過去の魔法も、術式を編み込んだ文字で、それを魔法陣と呼ぶのかもしれないね」
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