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7章 闘います、勝ち取るまでは
第306話 聖女候補誘拐事件⑥口煩い被害者
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誘拐犯たちが買い物に行っている隙に、行ってはいけないエリアに足を踏み入れた。見張りの子たちはアイリス嬢と遊んでもらっている。
ババさまには少し眠るといってむしろの上を膨らませてある。目が悪いみたいだから少しは時間が稼げるだろう。
何が彼らを怒らせるかわからない。危害は加えないと言っているが、特に候補ではないわたしは何をされるかわからない。なのでじわりとここまでは平気かなと顔色を伺いながら、やれることを少しずつ膨らませてきた。
わたしとユーハン嬢は、黒幕が具合の悪い王子さまなのだろうとあたりをつけていた。というか、王子さまを祭りあげている周りの大人が。
周りの目を盗みたどり着くと、ベッドの上で時折苦しそうに息をする、7、8歳の男の子が横になっていた。
ベッドの上で弱々しく呼吸をしながら、わたしたちを見ていたが
「連れて行かないの?」
と尋ねられた。
少し話してから、少年は弱々しく笑った。
「天使が僕を迎えにきたと思ったんだ。最期にいいものを見られたと思ったのに……」
切ないことを言われて、わたしとユーハン嬢は顔を見合わせた。
大人はいるかと尋ねると、誘拐犯1と2、そしてババさまに世話をされているようだ。演技でこの呼吸はできないだろう。わたしたちの勘ははずれた。この王子さまも、担ぎあげる大人も見当たらなかった。
「あなたたちは!」
後ろから憤りの声が上がる。誘拐犯1だ。
「こちらには近寄らないようお願い申し上げたはずですが?」
「フント、怒らないで。僕は会えて嬉しかったから。でももうここに来ないでください。病気が感染ったら困りますから」
弱々しい目で訴える。感染る?
「感染りませんよ」
「そんなのわからないでしょう?」
誘拐犯1に睨まれる。
「感染る病気ではありません」
「は? メイディヤさま、失礼します」
わたしは腕をもたれ、部屋から連れ出された。
「なぜ、医者に診せないの?」
「診せるような伝手も、来ていただくお金だってないからですよ」
拳で壁を叩く。
「魔力遮断の魔具を買えるのにお金がないですって?」
ユーハン嬢が馬鹿にしたように笑う。
「魔具が買えたって、医者にここまで来て貰えるような金はない!」
魔具っていったってピンキリだ。中でも魔力遮断なんてバカ高い。この人は価値を知らない?
「……この魔具は誰が用意したの?」
「ビックスだけど」
思わずという感じで答えてからハッとしたように誘拐犯1は喉を整える。
「そういう理由だからここには来ないでください。あなたたちが病気になっても、医者にきてもらう手筈はない」
「肺結病」
「?」
「あの子の病名は肺結病よ」
「なぜわかる?」
「領地の子がなったことがあるの。同じ症状だから」
「そんな、見ただけでわかるわけない!」
「8歳ぐらいまでの呼吸器がまだ不安定な時になる子供特有の病気。呼吸器が弱い子は異物を鼻から吸い込んでしまって、それが排出できずに肺に溜まっていってなるの。ここは砂が風に乗ってくるものね。ここに来るまではあの症状はなかったんでしょう? 体が弱いと言っていたから、他の子は大丈夫だったけどあの子は排出できなかったんだわ」
誘拐犯に手を取られる。
「どうすれば、治るんだ?」
一瞬だけ、本当に一瞬だけ魔がさして酷いことを考えた。そう思ってしまった自分に絶望する。
「異物の排出を促す薬を飲ませるの。その子も3日後にはけろりとしていたわ」
「肺結病だな?」
誘拐犯は身を翻した。わたしたちの存在のことを忘れ去ったように。
「病気の診断もできるのか?」
びっくりした、誘拐犯2もいたのか。
「たまたま同じ病状の子を知っていただけ」
いつもアイリス嬢に情報収集してもらうのは悪いから、少しやってみるか。
「ここに移ってきたのは襲撃されたからって聞いたけど、誰に襲撃されたの?」
「知ってどうするんだ?」
「巻き込まれてるんだもの、何があったのかぐらい知りたいわ」
「メイディヤさまを見て同情か? 俺たちと関わらない姿勢だったじゃないか、今の今まで」
嫌なやつだね。でもね、わたし、学園に入ってからいろんな嫌なこと言われて、それぐらいじゃ動じなくなってきたんだ。何が功を奏すかわからないね。偽アダムとか、オスカーとか、イシュメルとか、もっと高度な皮肉&嫌味を言うんだよ。まだ全然足らない、かわいいものだよ、誘拐犯君の言うことは。
「答えたくないなら、答えなくていいわ。誘拐犯1に聞くから。あの人の故郷のことだから話させるのもどうかと思って、あなたに聞いたんだけど」
「ゆ、誘拐犯1ってフントのことか?」
「そ、あなたは誘拐犯2、よ」
「……なんで俺には聞くんだよ」
「あなたは襲撃の後、合流したんでしょ? あなたの故郷ではない、だからよ」
誘拐犯1に故郷襲撃のことを話させるのは嫌だったのか、むすっとしながら彼は答えた。
「ガゴチだ」
「ガゴチ?」
元は傭兵が集まって建国したあの国ね、クララのいた……。
神聖国は16年前にガゴチ国に制圧された。王は子供夫婦や国民のなるべく多くを王都から外に逃した。逃げ遅れた人は奴隷にされたそうだ。
神聖国の末裔は〝証〟を持ち隠れるように暮らしていた。
ガゴチは諦めていなかった。逃げ出した末裔たちをしつこくずっと探していた。そして5年前とうとう居所が知れて、襲撃を受けた。生き残ったのは数人の大人と幼い王子と年端もいかない子供たちだけだった。居場所を求め彷徨っている時、証が光り輝き導かれるようにこの地にやってきた。手をかざすと岩が割れて開き、通路が現れた。中は岩の塔が並ぶ、隠れ里のようだった。精霊が在る地のようだ。
中には末裔しか入れないことに安心し、人々はこの地を拠点とすることにした。
拠点とするも、周りは死の砂漠と呼ばれるところ、外に出て食べ物を買いに行けば命を落とすものが必ず出た。そうして年月を過ごすうちに、大人は数えるくらいしかいなくなっていた。
誘拐犯2は裏港の仕事を請け負うストリートチルドレンだった。港に来る誘拐犯1と顔見知りになり、いつの間にかつるむようになっていたという。
結構ヘビーな話だったので、ユーハン嬢と目を合わせていた。
その話を聞いてから誘拐犯2にも目を配るようにしていたんだけど、子供たちからも懐かれていた。
数日して誘拐犯1にはお礼を言われた。薬を買いにいき、王子に飲ませたところ、すぐに完治したようだ。元々体が弱いので、寝たり起きたりを繰り返しているが、苦しんでいないメイディヤさまを見られるなんてと目に涙を浮かべていた。
敵の事情を知ったり人となりを知るのは、有益であり背中合わせに危険でもある。常に誘拐犯だと、誘拐犯たちの暮らすところなんだと自分に言い聞かせないと、境界線が曖昧になってしまうからだ。
だから必要以上に馴れ合わないようにしていたのに。
限界だと悟る。このままだとうっかり受け入れてしまいそうだ。
誘拐犯2とかち合った時に、今だと思った。ちょうど彼はひとりだったし。
深呼吸する。
「ねぇ、あなたの後ろの黒幕は誰? 何が目的?」
ユーハン嬢が鋭くわたしを見る。誘拐犯2は嫌な目を向けてきた。
「あんたさ、もう少し、自分の状況をわかった方がいいよ。あんたは聖女候補ではないんだ。あんたは特に必要ない。ただフントが言うから置いといてやってるだけ」
状況をわかっているから、今まで大人しくしてたんだ。
「おかしなことを言うようなら、お前だけ隔離するからな?」
お優しいことでと言いそうになったけど、ユーハン嬢に腕を強く握られたので思い留まる。
部屋に戻ってから怒られる。
「あなた、本当にバカですの? なぜあんな危険なことを言うんです? あなたは候補ではないのよ?」
肩を揺する強さでユーハン嬢が本気でわたしを心配しているのがわかる。
わたしはアイリス嬢もユーハン嬢も苦手だった。
特殊な環境下に置かれ、一緒に暮らし。同じ境遇だから、そして目的が一緒だからかもしれないけれど、わたしはふたりを受け入れている。
いや、かなり好ましく思っている。アイリス嬢の潔さは気に入っているし、ユーハン嬢とのポンポン受け答えが返ってくる会話を楽しんでさえいる。わたしはこのままふたりと友達になれる気がした。
そのためにも、目的を達成しなければ。3人で帰り着くっていう目的をね。
だから、最後の駄賃で情報を拾えたらと思ったけれど、誘拐犯2の後ろに黒幕がいる信憑性が高まっただけだった。
わたしはニヤリと笑う。
「そろそろ潮時でしょう?」
ババさまには少し眠るといってむしろの上を膨らませてある。目が悪いみたいだから少しは時間が稼げるだろう。
何が彼らを怒らせるかわからない。危害は加えないと言っているが、特に候補ではないわたしは何をされるかわからない。なのでじわりとここまでは平気かなと顔色を伺いながら、やれることを少しずつ膨らませてきた。
わたしとユーハン嬢は、黒幕が具合の悪い王子さまなのだろうとあたりをつけていた。というか、王子さまを祭りあげている周りの大人が。
周りの目を盗みたどり着くと、ベッドの上で時折苦しそうに息をする、7、8歳の男の子が横になっていた。
ベッドの上で弱々しく呼吸をしながら、わたしたちを見ていたが
「連れて行かないの?」
と尋ねられた。
少し話してから、少年は弱々しく笑った。
「天使が僕を迎えにきたと思ったんだ。最期にいいものを見られたと思ったのに……」
切ないことを言われて、わたしとユーハン嬢は顔を見合わせた。
大人はいるかと尋ねると、誘拐犯1と2、そしてババさまに世話をされているようだ。演技でこの呼吸はできないだろう。わたしたちの勘ははずれた。この王子さまも、担ぎあげる大人も見当たらなかった。
「あなたたちは!」
後ろから憤りの声が上がる。誘拐犯1だ。
「こちらには近寄らないようお願い申し上げたはずですが?」
「フント、怒らないで。僕は会えて嬉しかったから。でももうここに来ないでください。病気が感染ったら困りますから」
弱々しい目で訴える。感染る?
「感染りませんよ」
「そんなのわからないでしょう?」
誘拐犯1に睨まれる。
「感染る病気ではありません」
「は? メイディヤさま、失礼します」
わたしは腕をもたれ、部屋から連れ出された。
「なぜ、医者に診せないの?」
「診せるような伝手も、来ていただくお金だってないからですよ」
拳で壁を叩く。
「魔力遮断の魔具を買えるのにお金がないですって?」
ユーハン嬢が馬鹿にしたように笑う。
「魔具が買えたって、医者にここまで来て貰えるような金はない!」
魔具っていったってピンキリだ。中でも魔力遮断なんてバカ高い。この人は価値を知らない?
「……この魔具は誰が用意したの?」
「ビックスだけど」
思わずという感じで答えてからハッとしたように誘拐犯1は喉を整える。
「そういう理由だからここには来ないでください。あなたたちが病気になっても、医者にきてもらう手筈はない」
「肺結病」
「?」
「あの子の病名は肺結病よ」
「なぜわかる?」
「領地の子がなったことがあるの。同じ症状だから」
「そんな、見ただけでわかるわけない!」
「8歳ぐらいまでの呼吸器がまだ不安定な時になる子供特有の病気。呼吸器が弱い子は異物を鼻から吸い込んでしまって、それが排出できずに肺に溜まっていってなるの。ここは砂が風に乗ってくるものね。ここに来るまではあの症状はなかったんでしょう? 体が弱いと言っていたから、他の子は大丈夫だったけどあの子は排出できなかったんだわ」
誘拐犯に手を取られる。
「どうすれば、治るんだ?」
一瞬だけ、本当に一瞬だけ魔がさして酷いことを考えた。そう思ってしまった自分に絶望する。
「異物の排出を促す薬を飲ませるの。その子も3日後にはけろりとしていたわ」
「肺結病だな?」
誘拐犯は身を翻した。わたしたちの存在のことを忘れ去ったように。
「病気の診断もできるのか?」
びっくりした、誘拐犯2もいたのか。
「たまたま同じ病状の子を知っていただけ」
いつもアイリス嬢に情報収集してもらうのは悪いから、少しやってみるか。
「ここに移ってきたのは襲撃されたからって聞いたけど、誰に襲撃されたの?」
「知ってどうするんだ?」
「巻き込まれてるんだもの、何があったのかぐらい知りたいわ」
「メイディヤさまを見て同情か? 俺たちと関わらない姿勢だったじゃないか、今の今まで」
嫌なやつだね。でもね、わたし、学園に入ってからいろんな嫌なこと言われて、それぐらいじゃ動じなくなってきたんだ。何が功を奏すかわからないね。偽アダムとか、オスカーとか、イシュメルとか、もっと高度な皮肉&嫌味を言うんだよ。まだ全然足らない、かわいいものだよ、誘拐犯君の言うことは。
「答えたくないなら、答えなくていいわ。誘拐犯1に聞くから。あの人の故郷のことだから話させるのもどうかと思って、あなたに聞いたんだけど」
「ゆ、誘拐犯1ってフントのことか?」
「そ、あなたは誘拐犯2、よ」
「……なんで俺には聞くんだよ」
「あなたは襲撃の後、合流したんでしょ? あなたの故郷ではない、だからよ」
誘拐犯1に故郷襲撃のことを話させるのは嫌だったのか、むすっとしながら彼は答えた。
「ガゴチだ」
「ガゴチ?」
元は傭兵が集まって建国したあの国ね、クララのいた……。
神聖国は16年前にガゴチ国に制圧された。王は子供夫婦や国民のなるべく多くを王都から外に逃した。逃げ遅れた人は奴隷にされたそうだ。
神聖国の末裔は〝証〟を持ち隠れるように暮らしていた。
ガゴチは諦めていなかった。逃げ出した末裔たちをしつこくずっと探していた。そして5年前とうとう居所が知れて、襲撃を受けた。生き残ったのは数人の大人と幼い王子と年端もいかない子供たちだけだった。居場所を求め彷徨っている時、証が光り輝き導かれるようにこの地にやってきた。手をかざすと岩が割れて開き、通路が現れた。中は岩の塔が並ぶ、隠れ里のようだった。精霊が在る地のようだ。
中には末裔しか入れないことに安心し、人々はこの地を拠点とすることにした。
拠点とするも、周りは死の砂漠と呼ばれるところ、外に出て食べ物を買いに行けば命を落とすものが必ず出た。そうして年月を過ごすうちに、大人は数えるくらいしかいなくなっていた。
誘拐犯2は裏港の仕事を請け負うストリートチルドレンだった。港に来る誘拐犯1と顔見知りになり、いつの間にかつるむようになっていたという。
結構ヘビーな話だったので、ユーハン嬢と目を合わせていた。
その話を聞いてから誘拐犯2にも目を配るようにしていたんだけど、子供たちからも懐かれていた。
数日して誘拐犯1にはお礼を言われた。薬を買いにいき、王子に飲ませたところ、すぐに完治したようだ。元々体が弱いので、寝たり起きたりを繰り返しているが、苦しんでいないメイディヤさまを見られるなんてと目に涙を浮かべていた。
敵の事情を知ったり人となりを知るのは、有益であり背中合わせに危険でもある。常に誘拐犯だと、誘拐犯たちの暮らすところなんだと自分に言い聞かせないと、境界線が曖昧になってしまうからだ。
だから必要以上に馴れ合わないようにしていたのに。
限界だと悟る。このままだとうっかり受け入れてしまいそうだ。
誘拐犯2とかち合った時に、今だと思った。ちょうど彼はひとりだったし。
深呼吸する。
「ねぇ、あなたの後ろの黒幕は誰? 何が目的?」
ユーハン嬢が鋭くわたしを見る。誘拐犯2は嫌な目を向けてきた。
「あんたさ、もう少し、自分の状況をわかった方がいいよ。あんたは聖女候補ではないんだ。あんたは特に必要ない。ただフントが言うから置いといてやってるだけ」
状況をわかっているから、今まで大人しくしてたんだ。
「おかしなことを言うようなら、お前だけ隔離するからな?」
お優しいことでと言いそうになったけど、ユーハン嬢に腕を強く握られたので思い留まる。
部屋に戻ってから怒られる。
「あなた、本当にバカですの? なぜあんな危険なことを言うんです? あなたは候補ではないのよ?」
肩を揺する強さでユーハン嬢が本気でわたしを心配しているのがわかる。
わたしはアイリス嬢もユーハン嬢も苦手だった。
特殊な環境下に置かれ、一緒に暮らし。同じ境遇だから、そして目的が一緒だからかもしれないけれど、わたしはふたりを受け入れている。
いや、かなり好ましく思っている。アイリス嬢の潔さは気に入っているし、ユーハン嬢とのポンポン受け答えが返ってくる会話を楽しんでさえいる。わたしはこのままふたりと友達になれる気がした。
そのためにも、目的を達成しなければ。3人で帰り着くっていう目的をね。
だから、最後の駄賃で情報を拾えたらと思ったけれど、誘拐犯2の後ろに黒幕がいる信憑性が高まっただけだった。
わたしはニヤリと笑う。
「そろそろ潮時でしょう?」
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