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7章 闘います、勝ち取るまでは
第299話 視察②ピンチヒッター
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帰りのホームルームでも、お客さまがとても喜んでくださったというのを先生から聞いて、わたしは嬉しくなっていた。リハーサルをみんな見にきていたので、その時感じたことを教えてくれた。ヤーガン令嬢の独唱も心に響いたみたいだ。
ああ、やっとクラブに行けて、通常運転に戻れる。
兄さまが生徒会の仕事のため、アラ兄が部室まで送ってくれた。
創作同好会の先輩たちもリハーサルを見ていて、よかったよと口にしてくれた。へへっ。
次の日は、みんな気がそぞろだった。いろんな人たちが入れ替わり立ち替わり授業を見にくるので、浮き足立った。
創作同好会の部室にも人が来たのでわたしたちは驚いた。だって、クラブじゃなくて同好会だからね。
そうそう、わたしはもふさまの飼い主ということで、視察団の人たちに顔を覚えられてしまったようだ。顔を覚えたというか、もふさまと一緒にいるからわかるんだろうけど。
なぜ学園に犬が?と質問が出たらしい。それでお遣いさまと飼い犬のことが話されたようなのだ。視察の方々は子供とも話をしたいけれど、きっかけが難しく。もふさまがいると話しかけやすいのだろう、わたしは会話率が高かった。
クラブについても何をしているのかを聞かれて、適当には答えておいた。
概ね優しそうな人たちばかりだったけど、苦手に感じる人がいて、なるべくその人には近づかないようにした。見かけはダンディーなおじさまだけど、付き人みたいな子に嫌な態度をとっていたのを見てしまったのだ。
音楽室の近くにいたあの男の子だ。荷物持ちみたいな役目で来たようで。その子にひどい扱いをしていた。先生たちには調子のいいことをいって、すっごく人格者に見えるから、余計に信用ならんと思った。
最終日にピンチヒッターを打診された。
お客さまたちへの夕食は学園のレストランで出している。その時に、音楽クラブの人たちがピアノ演奏などをしていたようなのだ。今日はセローリア公爵令嬢のハープだった。彼女はこちらの演奏もすっごく頑張っていて、練習のしすぎで指を痛めていたらしい。昨日はなんとか乗り切って、メリヤス先生からの手当も受けた。それで良くなったからとまた練習したみたいだ。それで一気に悪化してしまったそうだ。また治療は受けたのだが、手は1日は休ませないととの診断を受けた。それでハープ代打を頼まれた。部室のドアがノックされ、出るとお嬢さん先生がいたから驚いたんだけど。
わたしの第一声は「無理です」だった。
だってわたしの演奏は本当にお客さまに聞かせられるようなものではない。腕前もそうあるわけじゃないうえ、練習だってずっとしていないんだもん。
音楽クラブにはハープの奏者はいないそうだ。奏者がいないのなら、他の楽器でやればいいと思ったし、そう言ってみたのだが、最後の日はハープだと伝えてあって、それを楽しみにしていると言われたとかで。
いや、それは、事情により、でいいのでは?
だって、わたしの演奏じゃ……。
「シュタインさん、この間授業の時に弾いてくれたあの曲、あれを弾いてもらえないかしら」
「……先生、演奏と呼べるものじゃないってご存知じゃないですか」
思わず、恨みがましく見てしまう。
「そんなことないわ。確かに、弾き崩されているけれど、惹かれるものがあったわ。みんなもそう言ってたでしょう?」
「いえ、本当に無理です」
「シュタイン嬢、お願いします」
先生と一緒に来たセローリア公爵令嬢に頭を下げられる。
「ハープの演奏を楽しみにしていられるとのことなのです」
包帯の巻かれた手でわたしの両手をとる。
セローリア公爵令嬢の瞳はウルウルしていて、必死に泣かないようにしているのが見てとれた。
『こんなに頼んでいるんだ、きいてやったらどうだ?』
もふさまの尻尾が左右に揺れる。
『まわる曲がいい!』
クイの声が聞こえた。まわる曲?
『まわるじゃなくて、のせるじゃなかった?』
アリが訝しむ声を出す。
ああ、あれか。
「シュタインさまぁ」
うっ。泣きそうだ。
「……本当に聞かせられる腕じゃないのに……、それでもいいんですね?」
先生とセローリア公爵令嬢の顔が輝いた。
「結局、請負っちゃったのね」
ユキ先輩に笑われる。
部室まで迎えに来てくれたロビ兄に理由を話して、東食堂まで送ってもらう。
うわー、お客さま勢揃い。頬がひくついた。やっぱり引き受けるべきじゃなかった。
ポンと頭に手が乗る。ロビ兄だ。
「おれはさ、音楽のことよくわからないけど、リーが歌ったり楽器を弾いていると、みんな気持ちよさそうに目を閉じていて聞き入っててさ、それを見るのが好きだ。リーよりうまい人はいっぱいいるだろうけど、おれはリーの気持ちが入る演奏が好きなんだ。眠いとか腹が減ってるとか、心を鎮めたいとか、祈る気持ちとか」
ロビ兄を見上げる。
「リーの気持ちが伝わってくる。だからさ、おいしく食べて欲しいって思いながら弾けばいいよ。きっと伝わるから」
『ロビンはうまいこと言うなぁ。そうだよ、リディア、いつもみたいに弾けばいいよ』
レオにも励まされる。
『そばにいるから』
もふさまの言葉を受けて、演奏する近くに椅子を用意してもらい、ロビ兄ともふさまたちに座ってもらう。
校長先生が、視察を労い、食事を促す。
それを合図にわたしもハープに手をかけた。
あ、間違えちゃった。でもそれで気持ちが解れたようだ。
気を楽にして、調べをのせる。光のカーテンが音を紡いでいく、そんなイメージの前奏曲。ハープの音が好きだ。どこか甘さを含んだ響き。もふさまが伏せの体勢で目を閉じていた。尻尾が左右にパタンパタンとしている。ご機嫌な時の様子に励まされて、一曲弾き切った。
弦を抑えて音を止めると、拍手が鳴り響いた。
立ち上がって拍手をする人もいる。ノリがいいな。
わたしも立ち上がって、礼を尽くした。
よし、任務完了。
ああ、やっとクラブに行けて、通常運転に戻れる。
兄さまが生徒会の仕事のため、アラ兄が部室まで送ってくれた。
創作同好会の先輩たちもリハーサルを見ていて、よかったよと口にしてくれた。へへっ。
次の日は、みんな気がそぞろだった。いろんな人たちが入れ替わり立ち替わり授業を見にくるので、浮き足立った。
創作同好会の部室にも人が来たのでわたしたちは驚いた。だって、クラブじゃなくて同好会だからね。
そうそう、わたしはもふさまの飼い主ということで、視察団の人たちに顔を覚えられてしまったようだ。顔を覚えたというか、もふさまと一緒にいるからわかるんだろうけど。
なぜ学園に犬が?と質問が出たらしい。それでお遣いさまと飼い犬のことが話されたようなのだ。視察の方々は子供とも話をしたいけれど、きっかけが難しく。もふさまがいると話しかけやすいのだろう、わたしは会話率が高かった。
クラブについても何をしているのかを聞かれて、適当には答えておいた。
概ね優しそうな人たちばかりだったけど、苦手に感じる人がいて、なるべくその人には近づかないようにした。見かけはダンディーなおじさまだけど、付き人みたいな子に嫌な態度をとっていたのを見てしまったのだ。
音楽室の近くにいたあの男の子だ。荷物持ちみたいな役目で来たようで。その子にひどい扱いをしていた。先生たちには調子のいいことをいって、すっごく人格者に見えるから、余計に信用ならんと思った。
最終日にピンチヒッターを打診された。
お客さまたちへの夕食は学園のレストランで出している。その時に、音楽クラブの人たちがピアノ演奏などをしていたようなのだ。今日はセローリア公爵令嬢のハープだった。彼女はこちらの演奏もすっごく頑張っていて、練習のしすぎで指を痛めていたらしい。昨日はなんとか乗り切って、メリヤス先生からの手当も受けた。それで良くなったからとまた練習したみたいだ。それで一気に悪化してしまったそうだ。また治療は受けたのだが、手は1日は休ませないととの診断を受けた。それでハープ代打を頼まれた。部室のドアがノックされ、出るとお嬢さん先生がいたから驚いたんだけど。
わたしの第一声は「無理です」だった。
だってわたしの演奏は本当にお客さまに聞かせられるようなものではない。腕前もそうあるわけじゃないうえ、練習だってずっとしていないんだもん。
音楽クラブにはハープの奏者はいないそうだ。奏者がいないのなら、他の楽器でやればいいと思ったし、そう言ってみたのだが、最後の日はハープだと伝えてあって、それを楽しみにしていると言われたとかで。
いや、それは、事情により、でいいのでは?
だって、わたしの演奏じゃ……。
「シュタインさん、この間授業の時に弾いてくれたあの曲、あれを弾いてもらえないかしら」
「……先生、演奏と呼べるものじゃないってご存知じゃないですか」
思わず、恨みがましく見てしまう。
「そんなことないわ。確かに、弾き崩されているけれど、惹かれるものがあったわ。みんなもそう言ってたでしょう?」
「いえ、本当に無理です」
「シュタイン嬢、お願いします」
先生と一緒に来たセローリア公爵令嬢に頭を下げられる。
「ハープの演奏を楽しみにしていられるとのことなのです」
包帯の巻かれた手でわたしの両手をとる。
セローリア公爵令嬢の瞳はウルウルしていて、必死に泣かないようにしているのが見てとれた。
『こんなに頼んでいるんだ、きいてやったらどうだ?』
もふさまの尻尾が左右に揺れる。
『まわる曲がいい!』
クイの声が聞こえた。まわる曲?
『まわるじゃなくて、のせるじゃなかった?』
アリが訝しむ声を出す。
ああ、あれか。
「シュタインさまぁ」
うっ。泣きそうだ。
「……本当に聞かせられる腕じゃないのに……、それでもいいんですね?」
先生とセローリア公爵令嬢の顔が輝いた。
「結局、請負っちゃったのね」
ユキ先輩に笑われる。
部室まで迎えに来てくれたロビ兄に理由を話して、東食堂まで送ってもらう。
うわー、お客さま勢揃い。頬がひくついた。やっぱり引き受けるべきじゃなかった。
ポンと頭に手が乗る。ロビ兄だ。
「おれはさ、音楽のことよくわからないけど、リーが歌ったり楽器を弾いていると、みんな気持ちよさそうに目を閉じていて聞き入っててさ、それを見るのが好きだ。リーよりうまい人はいっぱいいるだろうけど、おれはリーの気持ちが入る演奏が好きなんだ。眠いとか腹が減ってるとか、心を鎮めたいとか、祈る気持ちとか」
ロビ兄を見上げる。
「リーの気持ちが伝わってくる。だからさ、おいしく食べて欲しいって思いながら弾けばいいよ。きっと伝わるから」
『ロビンはうまいこと言うなぁ。そうだよ、リディア、いつもみたいに弾けばいいよ』
レオにも励まされる。
『そばにいるから』
もふさまの言葉を受けて、演奏する近くに椅子を用意してもらい、ロビ兄ともふさまたちに座ってもらう。
校長先生が、視察を労い、食事を促す。
それを合図にわたしもハープに手をかけた。
あ、間違えちゃった。でもそれで気持ちが解れたようだ。
気を楽にして、調べをのせる。光のカーテンが音を紡いでいく、そんなイメージの前奏曲。ハープの音が好きだ。どこか甘さを含んだ響き。もふさまが伏せの体勢で目を閉じていた。尻尾が左右にパタンパタンとしている。ご機嫌な時の様子に励まされて、一曲弾き切った。
弦を抑えて音を止めると、拍手が鳴り響いた。
立ち上がって拍手をする人もいる。ノリがいいな。
わたしも立ち上がって、礼を尽くした。
よし、任務完了。
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