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7章 闘います、勝ち取るまでは
第291話 聖女候補の胸の内(前編)
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週が明けた。
ホームルームでは、すでに男子寮1年生で気持ちは固まり、魔法戦の勝負に参加するという嬉しい表明をもらった。
ヒンデルマン先生は、話し合いの場を持たなくてもみんなの意思が結論づいたことを喜んだ。
それは喜ばしかったが、わたしが寮母までおろしたと噂が出回っているのを聞き、げんなりした。
仮の寮母は去年C組の女子寮を引退したおばあさんが暫定的に引き受けてくれることになったそうだ。
この日の放課後、わたしは担任に呼び出された。これからアイリス嬢と話をするので同席するようにと言われる。職員室には顧問の先生がいたのでクラブを休むことをその場で伝えた。
父さまが、ミス・スコッティーの件と合わせて、わたしが聖女にはなれない理由をアイリス嬢に説明して欲しいと願い出たのは聞いていたが、同席か……。ヒンデルマン先生とメリヤス先生は早急案件と思っているようだ。
会議室に、わたしとアイリス嬢。ヒンデルマン先生と、アイリス嬢の担任、それからメリヤス先生の顔が並ぶ。
何も知らずに呼び出されたアイリス嬢は不安気だったけど、神官であるメリヤス先生が入ってくると、少し落ち着いたようだ。
みんなが座ると、メリヤス先生はアイリス嬢に聖女候補ということが重荷かを尋ねた。アイリス嬢は、素直に、重みを感じていますと答えた。メリヤス先生は静かに頷く。
聖女候補のそう言った気持ちをケアするために自分たち神官はいるのだから頼って欲しいと言った。それから、君は自分が聖女になるべきではないと思っているようですねと優しく言った。
アイリス嬢は下を向いた。それからチラリとわたしを見て、
「メリヤスさま。あたしは、あたしが聖女になるべきではないと思っているのではなくて、聖女になるべき方があたしの他にいると思っているのです」
「その方が、シュタイン嬢だと思っていると聞きました」
アイリス嬢はわたしを見ながら頷く。
「そうです。聖女になるのはリディアさまなのです!」
「どうしてそう思ったのか、お聞かせ願いますか?」
「これは、あたしのギフトで知ったことです。ですので詳しく話すことはできません。けれど、聖女になられるのはリディアさまなのです!」
先生たちは顔を見合わせている。
「そうですか、ギフトで知り得たことだったのですね。なるほど。ただですね、シュタイン嬢は身体的問題で聖女になるのは不可能なのです」
メリヤス先生はわたしに話してくれたのと同じ説明をアイリス嬢にもした。
アイリス嬢の顔が青くなっていき、テーブルの上で組んだ手が震えてくる。
この頃、異様さを感じるとロクなことがないので、わたしは身構えた。
聞き終わると、アイリス嬢はぐりんと顔を横のわたしに向ける。
うっ。
きれいな瞳に溢れてこぼれそうな涙が。
「いいえ、リディアさまの身体は大人になるにつれ変わり、聖女となることでしょう。それはあたしが保証します!」
アイリス嬢がわたしの手を優しく取る。わたしは言った。
「アイリスさま、わたしは身体面で聖女になれないことで良かったと思っているのです」
「え?」
アイリス嬢は驚いている。
「リディアさま、あたしに嘘をつかなくてもいいのです。リディアさまは聖女になり、第二王子殿下の隣に立つべきお方です」
HA?
「アイリスさま、何をおっしゃるのですか。わたしはメリヤス先生がおっしゃるように聖女にはなれませんし、わたしには婚約者がおり、殿下の隣に立つなど恐れ多いことです。わたしは望んでおりません」
わたしの気持ちを見誤っていると思って、わたしはゆっくり、しっかりと伝えた。
アイリス嬢の目が細まる。
「リディアさま。婚約者とされているけれど……お兄さまでしょう?」
「ずっと一緒に暮らしています。兄のようにも慕っていますが、本当の兄ではありません。ですから婚姻できるのです」
「リディアさまはそうやっていつまでフランツさまの自由を奪うのです?」
!
『リディア、どうした?』
鋭い、もふさまの声。
「ん、胸が……」
視界が狭まってくる。
「大丈夫です、リディアさま。あたしが力を授かれば、その力でリディアさまを聖女にします。リディアさまは王妃となられ、フランツさまには自由を」
アイリス嬢は何を言っているの?
「シュタインさん、胸がどうしました?」
メリヤス先生が席をたち、わたしの前にくる。わたしの椅子を先生の向きにと動かして……。グルグル何かが回っている気がして気持ち悪い。目を開けていられない。魔力酔いにも似ているけれど、もっと強くて酷い。
「もふさま!」
もふさまに助けを求めていた。
目を開けると、木漏れ日の空間?
わたしは横たわっていて、もふさまのお腹に頭を乗せていた。
ふわんふわんの白い毛に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。
間違いない、もふさまだ。
『目が覚めたか?』
「聖樹さま?」
聖樹さまの声だ。
ぴょこぴょこっと目の前に、アオ、レオ、アリ、クイ、ベアが現れる。
『魔力の暴走が起こりそうだったからのー、ここに引き寄せた』
魔力の暴走?
ああ、あの気持ち悪いのは……。
「ありがとうございます。暴走しないですんだのですね?」
『リディアの魔力量で暴走したら学園がめちゃくちゃになりそうだからな』
学園がめちゃくちゃ?
「……魔力の暴走ってどうして起こるのですか?」
『そうだな、魔力というのは精神力と呼応しておる。普段は意識的にも無意識的にも精神が魔力を司っている。その精神力が魔力を司れなくなった時に暴走は起こる。それから精神力が良くない方面に振れたり、崩壊する時に暴走することもある。
体が弱っていて精神力が弱るということもあるじゃろうし、急に魔力が増えて暴走することもあるだろう。人は魔力を持って生まれてくる。それだけ親しんでいるものだ。それが暴走するのは、親しんだものを制御できなくなるぐらい均衡が崩れたということだ』
均衡が崩れた……。
『リディアはこの頃いろんなことがあったからかもしれんな』
もふさまの言葉にそうかも、と思う。
「胸がって言ってたでち。痛いんでちか?」
「あ、うん、この辺が痛いっていうか、重たいっていうか、変で……」
『濡れて風邪ひいた』
『きっと風邪だ』
「……そうかも」
体がオーバーワークと悲鳴をあげたのかも。
『なんで暴走した理由を知りたいの?』
レオがとてとて歩いてきて、首を傾げる。
「さっき気持ち悪かったし、暴走すると被害を出しちゃいそうだし。知っておけば気をつけて暴走しないようにできるでしょ? だから理由があるなら知りたいと思ったの」
『そうか。リディアの魔力が暴走しそうになったのは、身体のせいでも病気のせいでもないよ』
「え、レオには理由がわかるの?」
『わかるよ。リディアはあの不思議な気を持つ子に言われたことに激しく動揺したんだよ』
不思議な気を持つとはアイリス嬢のことだろう。
アイリス嬢の言ったことに動揺した? そりゃしたよ。度肝を抜かれた。聖女になるべきもそうだけど、王妃になるとか、兄さまのこととか。
『リディアは心のどこかでフランツの自由を奪っていると思っているから、そう言われて激しく動揺したんだよ』
『リー、リー』
みんなに囲まれて揺すられていた。
『ごめん、余計なことを言ったか? 知りたいっていうから教えたんだ。けど、リディアは今完全に止まっていたぞ』
『ええ、停止しちゃってましたよ』
「びっくりしたでち!」
『リディアよ、大丈夫か?』
「大丈夫。テンパってるけど、大丈夫」
『テンパるってなんだ?』
『おいしい?』
テンパる? ええと、なんて説明したら。
「テンパるって頭がわやになるってこと」
『ワヤって何?』
『ワヤって甘い?』
ええ? わやってわやだよ。
「方言って聞いたことあるな。ええと、わやって言うのはモヤモヤで、とにかくパニックなのよ!」
わたしは力強く宣言した。
迫力に押されてか〝パニック〟も意味不明だろうけれど、みんなおし黙る。
「ごめん、ちょっと頭の中を整理する。聖樹さま、ここから出ると、記憶が途切れたところに戻るんですよね?」
『そうじゃ』
落ち着け、落ち着け、わたし。あの発言については、今は置いておこう。今ちょっと考えるの無理。とにかく今は、魔力を暴走させることなく、アイリスの変な考えを収束させることだけに集中しよう。よし。
「わたしが魔力を暴走させかけたことは、兄さまたちに絶対秘密よ」
『なんで?』
『なんで、なんで?』
わたしはアリとクイに顔をグッと近づけた。
「それはね、女というのは秘密が好きな生き物だからよ」
『男にはわからない?』
『男には難しい?』
「そう、わからなくても女ってのはそういうものなの。乙女ってのはね。だから絶対言っちゃダメよ。もし言ったら」
『言ったら?』
「オヤツをあげないから」
『言わない』
『言わない』
アリとクイは真剣に頷いた。
ヨシ。
ホームルームでは、すでに男子寮1年生で気持ちは固まり、魔法戦の勝負に参加するという嬉しい表明をもらった。
ヒンデルマン先生は、話し合いの場を持たなくてもみんなの意思が結論づいたことを喜んだ。
それは喜ばしかったが、わたしが寮母までおろしたと噂が出回っているのを聞き、げんなりした。
仮の寮母は去年C組の女子寮を引退したおばあさんが暫定的に引き受けてくれることになったそうだ。
この日の放課後、わたしは担任に呼び出された。これからアイリス嬢と話をするので同席するようにと言われる。職員室には顧問の先生がいたのでクラブを休むことをその場で伝えた。
父さまが、ミス・スコッティーの件と合わせて、わたしが聖女にはなれない理由をアイリス嬢に説明して欲しいと願い出たのは聞いていたが、同席か……。ヒンデルマン先生とメリヤス先生は早急案件と思っているようだ。
会議室に、わたしとアイリス嬢。ヒンデルマン先生と、アイリス嬢の担任、それからメリヤス先生の顔が並ぶ。
何も知らずに呼び出されたアイリス嬢は不安気だったけど、神官であるメリヤス先生が入ってくると、少し落ち着いたようだ。
みんなが座ると、メリヤス先生はアイリス嬢に聖女候補ということが重荷かを尋ねた。アイリス嬢は、素直に、重みを感じていますと答えた。メリヤス先生は静かに頷く。
聖女候補のそう言った気持ちをケアするために自分たち神官はいるのだから頼って欲しいと言った。それから、君は自分が聖女になるべきではないと思っているようですねと優しく言った。
アイリス嬢は下を向いた。それからチラリとわたしを見て、
「メリヤスさま。あたしは、あたしが聖女になるべきではないと思っているのではなくて、聖女になるべき方があたしの他にいると思っているのです」
「その方が、シュタイン嬢だと思っていると聞きました」
アイリス嬢はわたしを見ながら頷く。
「そうです。聖女になるのはリディアさまなのです!」
「どうしてそう思ったのか、お聞かせ願いますか?」
「これは、あたしのギフトで知ったことです。ですので詳しく話すことはできません。けれど、聖女になられるのはリディアさまなのです!」
先生たちは顔を見合わせている。
「そうですか、ギフトで知り得たことだったのですね。なるほど。ただですね、シュタイン嬢は身体的問題で聖女になるのは不可能なのです」
メリヤス先生はわたしに話してくれたのと同じ説明をアイリス嬢にもした。
アイリス嬢の顔が青くなっていき、テーブルの上で組んだ手が震えてくる。
この頃、異様さを感じるとロクなことがないので、わたしは身構えた。
聞き終わると、アイリス嬢はぐりんと顔を横のわたしに向ける。
うっ。
きれいな瞳に溢れてこぼれそうな涙が。
「いいえ、リディアさまの身体は大人になるにつれ変わり、聖女となることでしょう。それはあたしが保証します!」
アイリス嬢がわたしの手を優しく取る。わたしは言った。
「アイリスさま、わたしは身体面で聖女になれないことで良かったと思っているのです」
「え?」
アイリス嬢は驚いている。
「リディアさま、あたしに嘘をつかなくてもいいのです。リディアさまは聖女になり、第二王子殿下の隣に立つべきお方です」
HA?
「アイリスさま、何をおっしゃるのですか。わたしはメリヤス先生がおっしゃるように聖女にはなれませんし、わたしには婚約者がおり、殿下の隣に立つなど恐れ多いことです。わたしは望んでおりません」
わたしの気持ちを見誤っていると思って、わたしはゆっくり、しっかりと伝えた。
アイリス嬢の目が細まる。
「リディアさま。婚約者とされているけれど……お兄さまでしょう?」
「ずっと一緒に暮らしています。兄のようにも慕っていますが、本当の兄ではありません。ですから婚姻できるのです」
「リディアさまはそうやっていつまでフランツさまの自由を奪うのです?」
!
『リディア、どうした?』
鋭い、もふさまの声。
「ん、胸が……」
視界が狭まってくる。
「大丈夫です、リディアさま。あたしが力を授かれば、その力でリディアさまを聖女にします。リディアさまは王妃となられ、フランツさまには自由を」
アイリス嬢は何を言っているの?
「シュタインさん、胸がどうしました?」
メリヤス先生が席をたち、わたしの前にくる。わたしの椅子を先生の向きにと動かして……。グルグル何かが回っている気がして気持ち悪い。目を開けていられない。魔力酔いにも似ているけれど、もっと強くて酷い。
「もふさま!」
もふさまに助けを求めていた。
目を開けると、木漏れ日の空間?
わたしは横たわっていて、もふさまのお腹に頭を乗せていた。
ふわんふわんの白い毛に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。
間違いない、もふさまだ。
『目が覚めたか?』
「聖樹さま?」
聖樹さまの声だ。
ぴょこぴょこっと目の前に、アオ、レオ、アリ、クイ、ベアが現れる。
『魔力の暴走が起こりそうだったからのー、ここに引き寄せた』
魔力の暴走?
ああ、あの気持ち悪いのは……。
「ありがとうございます。暴走しないですんだのですね?」
『リディアの魔力量で暴走したら学園がめちゃくちゃになりそうだからな』
学園がめちゃくちゃ?
「……魔力の暴走ってどうして起こるのですか?」
『そうだな、魔力というのは精神力と呼応しておる。普段は意識的にも無意識的にも精神が魔力を司っている。その精神力が魔力を司れなくなった時に暴走は起こる。それから精神力が良くない方面に振れたり、崩壊する時に暴走することもある。
体が弱っていて精神力が弱るということもあるじゃろうし、急に魔力が増えて暴走することもあるだろう。人は魔力を持って生まれてくる。それだけ親しんでいるものだ。それが暴走するのは、親しんだものを制御できなくなるぐらい均衡が崩れたということだ』
均衡が崩れた……。
『リディアはこの頃いろんなことがあったからかもしれんな』
もふさまの言葉にそうかも、と思う。
「胸がって言ってたでち。痛いんでちか?」
「あ、うん、この辺が痛いっていうか、重たいっていうか、変で……」
『濡れて風邪ひいた』
『きっと風邪だ』
「……そうかも」
体がオーバーワークと悲鳴をあげたのかも。
『なんで暴走した理由を知りたいの?』
レオがとてとて歩いてきて、首を傾げる。
「さっき気持ち悪かったし、暴走すると被害を出しちゃいそうだし。知っておけば気をつけて暴走しないようにできるでしょ? だから理由があるなら知りたいと思ったの」
『そうか。リディアの魔力が暴走しそうになったのは、身体のせいでも病気のせいでもないよ』
「え、レオには理由がわかるの?」
『わかるよ。リディアはあの不思議な気を持つ子に言われたことに激しく動揺したんだよ』
不思議な気を持つとはアイリス嬢のことだろう。
アイリス嬢の言ったことに動揺した? そりゃしたよ。度肝を抜かれた。聖女になるべきもそうだけど、王妃になるとか、兄さまのこととか。
『リディアは心のどこかでフランツの自由を奪っていると思っているから、そう言われて激しく動揺したんだよ』
『リー、リー』
みんなに囲まれて揺すられていた。
『ごめん、余計なことを言ったか? 知りたいっていうから教えたんだ。けど、リディアは今完全に止まっていたぞ』
『ええ、停止しちゃってましたよ』
「びっくりしたでち!」
『リディアよ、大丈夫か?』
「大丈夫。テンパってるけど、大丈夫」
『テンパるってなんだ?』
『おいしい?』
テンパる? ええと、なんて説明したら。
「テンパるって頭がわやになるってこと」
『ワヤって何?』
『ワヤって甘い?』
ええ? わやってわやだよ。
「方言って聞いたことあるな。ええと、わやって言うのはモヤモヤで、とにかくパニックなのよ!」
わたしは力強く宣言した。
迫力に押されてか〝パニック〟も意味不明だろうけれど、みんなおし黙る。
「ごめん、ちょっと頭の中を整理する。聖樹さま、ここから出ると、記憶が途切れたところに戻るんですよね?」
『そうじゃ』
落ち着け、落ち着け、わたし。あの発言については、今は置いておこう。今ちょっと考えるの無理。とにかく今は、魔力を暴走させることなく、アイリスの変な考えを収束させることだけに集中しよう。よし。
「わたしが魔力を暴走させかけたことは、兄さまたちに絶対秘密よ」
『なんで?』
『なんで、なんで?』
わたしはアリとクイに顔をグッと近づけた。
「それはね、女というのは秘密が好きな生き物だからよ」
『男にはわからない?』
『男には難しい?』
「そう、わからなくても女ってのはそういうものなの。乙女ってのはね。だから絶対言っちゃダメよ。もし言ったら」
『言ったら?』
「オヤツをあげないから」
『言わない』
『言わない』
アリとクイは真剣に頷いた。
ヨシ。
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