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6章 楽しい学園生活のハズ
第273話 寮長ですが、何か?③今じゃないでしょ
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放課後、部室に向かおうとしているところに呼び出された。
廊下側の子にかっこいい先輩が呼んでいるよと言われたのだ。
5年生のリームさま、だったっけ。隣にはジェイお兄さんがいる。
「呼び出して済まない。チャド・リームだ。面識のない僕だけだと不安かと思って、君のことを知っているジェイにも同席してもらった。事情を聞きたくてね。ガネットにも聞いたんだけれど、答えてくれないから」
「チャドは、リーム伯爵の第一子だ。悪い奴じゃないのは私が保証する。少し話してやってくれるかな?」
ブライにもジェイお兄さんにもお世話になっているからね。顔は立てないと。
「先ほど言った通りですよ? ガネット先輩が役目を放棄されたのでリコールを請求し、施行され、わたしが就任することになりました」
「僕はガネットをよく知っている。役目を放棄するなんて、そんなことするわけない」
「よく知っている?」
上級生に対してぞんざいなおうむ返しになってしまったが、彼はそうだと頷いた。鼻で笑いそうになったのを耐えたのだから、それぐらいは目溢しして欲しい。
「では、……見えてなかったってことですね」
なるべく穏便に話をと心がけているが、彼の〝知ってる〟発言で怒りの導線に火がついた。
〝よく知っている〟のならもっと早くに何かをして然るべきだろう。
「見えてなかった?」
「はい」
それこそ、ガンネだ。
ガネット先輩は責任感が強く途中で役目をほっぽり投げるなんてことはしない。それは確かだ。でもそういうシチュエーションを作らなくてはならないぐらい追い込まれることになった。
食費を削ってなどの措置は年が明けてからだ。それだってすでに4ヶ月目に突入している。ただそれより前の夏に寮長となってからは嫌がらせがあったというから、半年以上辛い生活が続いていた。それをずっと耐えていた。その時は気づかなかったのか、知っていても知らんぷりしていたのかは知らないが、それで〝よく知っている〟だ?
リームって人の顔が赤らんでいく。
「そうやってガネットも追い詰めたのかな?」
は?
「君の評判は聞いたよ。目立ちがり屋で、自分が中心でいないと嫌なタイプ。常に注目を浴びていたいって?」
誰や、それ?
「だから君は、ドーン寮の、平民の中でなら一番上でいられるから、大将気取りでガネットを引き摺り下ろしたんだ」
ふーーん。ガネット先輩の思い人っぽいけど、この人にガネット先輩はもったいなさすぎる! わたしはそう判断した。
「待て、リーム。私はリディア嬢を小さな時から知っているが、そんな娘ではない」
ジェイお兄さんが止めに入った。
「じゃあ、どうして?」
「どうして?」
低い声が出た。
リームとかいうご子息はわたしの低音に少し怯えている。
「ガネット先輩を気にかけるなら、タイミングが違うでしょう?」
「だから、今だろう! 君がリコールをしてガネットを引き摺り下ろした!」
「よく知っているなら、リコールされる前に気づいて状況をなんとかするべきでは? 実際コトが起こるまでは知らんぷりで、目に見えた途端、相手を攻撃ですか?」
ふたりはわたしの憤りに押されている。
「……本当に、今まで、何も、気づかなかった、……んですか?」
一語一語、区切って問いかける。
「今まで?」
リーム子息は顔をしかめた。
「これだけは断言できます。ガネット先輩が助けを必要としたのは今ではありません」
ワンワン泣いていたアメリアを彷彿させるほど、傷ついていた先輩。
「わたしは入寮して1日目で、おかしいと思いました。2日目には確かめるために周りに話を聞き、3日目には完全におかしいことになっていると確信しました。わたしの家族は次の日にはわたしの頬がこけていると気付きました。……1日でも、見た目に現れるほどのことを3ヶ月もしてきたんです。本当に気づかなかったんですか? 気づかなかったのは見ようとしていなかったからじゃないですか? それなのに、今は確実に糾弾できるものが見える形であるから、声をあげるんですか? それは本当にガネット先輩のことを思ってですか? わたしを悪者にして糾弾することで気づけなかった不甲斐なさをすげ替えようとしているんじゃありませんか?」
文句を言いたそうな顔をしていたが、途中から表情が変わっていく。
「ガネット先輩をよく知ってる? 笑わせないでください。よく知ってるなら、ガネット先輩がどんなふうに過ごしてきたか、そこまで知っていることを〝よく知ってる〟って言うんです」
「何があったというんだ?」
大きい声で問いかけられた。
「……もう終わったことです。気づかなかったなら今さら知る必要はないかと思います」
過去には手を差し伸べられないのだから。
「ドーン女子寮で何かあったんだね? 申し訳ない、知ったのは今だが、これから力になれることはないだろうか?」
ジェイお兄さんは真摯な瞳でこちらを窺っている。
「過去のことです。事を大きくしたくありません。ここまで言っても気になるようでしたらご自分たちで調べてください。そして何がガネット先輩の助けになることなのか、もう一度お考えください」
「……だって、ガネットは何も言わなかった」
鼻で笑ってしまった。
「第一子なら領主を継ぐかもしれませんね。領地で何かが起こってもそう言うんですか? 領民が声をあげなかったから自分は何も知らなかったと?」
確かに声をあげてくれなきゃわからないこともある。でも、そうだとわかっていても目を配って何か起きていないか知ろうとするのが上のものの役割だとわたしは思う。
そして〝仕事の役割〟でなくても、友達なら、〝よく知っている〟という間柄なら、自然と目を配るものじゃないのか?
「そ、それは……」
目に見えてリームご子息はうなだれた。
「言い過ぎたかもしれませんが、謝る気にはなりません。自分が手を差し伸べる時を間違えたのを、わたしに怒りをぶつけることにすり替えないでください」
わたしもちょっと八つ当たり気味な自覚はあるが、それはリームご子息がタイミングが悪すぎるんだと思うことにした。
こんな気持ちで部室にいくのは嫌だったので、少しだけ屋上で心を落ち着けることにする。
穏やかな日が当たっている屋上には人は誰もいなかった。そこでもふさまにすがりついて顔を埋めた。
『どうした?』
「八つ当たり気味だったから、嫌な気持ちなの」
『堂々とした八つ当たりだったぞ』
独特な慰めに笑ってしまう。
もふさまを撫でながら、祈りの歌を口ずさむ。歌詞はあまり好きではないが、メロディーラインがきれいなのだ。
風に吹かれながらもふさまに癒され、そして歌を歌って何も考えないでいるうちに、心のリズムが整ってくる。
よし、大丈夫だ。
立ち上がり、もふさまを促し、部室へ行こうとした。
それぞれが何かの荷を持っている男女数人が、話しながら歩いていく後ろ姿が見えた。
「あ、聞いた? 5年生のA組の先輩にまで突っかかったって」
ん?
「寮長を引きずり下ろしたD組の貴族の娘?」
「そうそう。貴族をかさにきて、寮長をリコールしたそうよ。そういうことをする人がいるから、貴族の印象が悪くなるんだわ」
「シュタイン伯の真ん中の子は出来が悪いと言われていたけど、ほんとだったのね」
「D組だもんな」
「シュタイン伯はさすがだな。出来が悪いから早くに嫁ぎ先を確保しておいたんだ」
「シュタイン領は僻地であるけれど発展目覚しいものな。それを引っ掻き回されたらたまらない。手綱をつけておいたんだ」
あの人たちは何を言っているのだろう?
「あんなのが妹なら、アランとロビンもたかが知れるな」
「それ、ヒガミっぽい」
「酷いな。確かにあいつら顔はいいし、背も高いし、頭よくて、運動もできるけど、人格障害の妹がいるんだぜ。うまく隠しているだけで、あいつらもそうかもよ」
なっ。
アラ兄とロビ兄が侮辱されている。わたしのとった行動のせいで。
「それはわからないけど、気の毒なのはその婚約者の氷の君よ」
「養子だからな、断れるわけないよな」
「でもいいじゃん。辺境でも、シュタイン領でも手に入るなら結婚ぐらいなんてことないだろ」
「あなた悪いやつね……」
後ろで気配がして振り向こうとすれば、耳を手ですっぽり覆われる。
この手は兄さまだ……。
団体が廊下の先に消えるまで耳のカバーは外れず、見えなくなると後ろから抱きしめられる。
「リディーを知らないだけだ。取るに足りない者の言うことは聞かないで」
わたしの前に回り込んだ兄さまは、わたしの頬を両手で押さえた。
「リディー、あんな言葉に傷つくな」
廊下側の子にかっこいい先輩が呼んでいるよと言われたのだ。
5年生のリームさま、だったっけ。隣にはジェイお兄さんがいる。
「呼び出して済まない。チャド・リームだ。面識のない僕だけだと不安かと思って、君のことを知っているジェイにも同席してもらった。事情を聞きたくてね。ガネットにも聞いたんだけれど、答えてくれないから」
「チャドは、リーム伯爵の第一子だ。悪い奴じゃないのは私が保証する。少し話してやってくれるかな?」
ブライにもジェイお兄さんにもお世話になっているからね。顔は立てないと。
「先ほど言った通りですよ? ガネット先輩が役目を放棄されたのでリコールを請求し、施行され、わたしが就任することになりました」
「僕はガネットをよく知っている。役目を放棄するなんて、そんなことするわけない」
「よく知っている?」
上級生に対してぞんざいなおうむ返しになってしまったが、彼はそうだと頷いた。鼻で笑いそうになったのを耐えたのだから、それぐらいは目溢しして欲しい。
「では、……見えてなかったってことですね」
なるべく穏便に話をと心がけているが、彼の〝知ってる〟発言で怒りの導線に火がついた。
〝よく知っている〟のならもっと早くに何かをして然るべきだろう。
「見えてなかった?」
「はい」
それこそ、ガンネだ。
ガネット先輩は責任感が強く途中で役目をほっぽり投げるなんてことはしない。それは確かだ。でもそういうシチュエーションを作らなくてはならないぐらい追い込まれることになった。
食費を削ってなどの措置は年が明けてからだ。それだってすでに4ヶ月目に突入している。ただそれより前の夏に寮長となってからは嫌がらせがあったというから、半年以上辛い生活が続いていた。それをずっと耐えていた。その時は気づかなかったのか、知っていても知らんぷりしていたのかは知らないが、それで〝よく知っている〟だ?
リームって人の顔が赤らんでいく。
「そうやってガネットも追い詰めたのかな?」
は?
「君の評判は聞いたよ。目立ちがり屋で、自分が中心でいないと嫌なタイプ。常に注目を浴びていたいって?」
誰や、それ?
「だから君は、ドーン寮の、平民の中でなら一番上でいられるから、大将気取りでガネットを引き摺り下ろしたんだ」
ふーーん。ガネット先輩の思い人っぽいけど、この人にガネット先輩はもったいなさすぎる! わたしはそう判断した。
「待て、リーム。私はリディア嬢を小さな時から知っているが、そんな娘ではない」
ジェイお兄さんが止めに入った。
「じゃあ、どうして?」
「どうして?」
低い声が出た。
リームとかいうご子息はわたしの低音に少し怯えている。
「ガネット先輩を気にかけるなら、タイミングが違うでしょう?」
「だから、今だろう! 君がリコールをしてガネットを引き摺り下ろした!」
「よく知っているなら、リコールされる前に気づいて状況をなんとかするべきでは? 実際コトが起こるまでは知らんぷりで、目に見えた途端、相手を攻撃ですか?」
ふたりはわたしの憤りに押されている。
「……本当に、今まで、何も、気づかなかった、……んですか?」
一語一語、区切って問いかける。
「今まで?」
リーム子息は顔をしかめた。
「これだけは断言できます。ガネット先輩が助けを必要としたのは今ではありません」
ワンワン泣いていたアメリアを彷彿させるほど、傷ついていた先輩。
「わたしは入寮して1日目で、おかしいと思いました。2日目には確かめるために周りに話を聞き、3日目には完全におかしいことになっていると確信しました。わたしの家族は次の日にはわたしの頬がこけていると気付きました。……1日でも、見た目に現れるほどのことを3ヶ月もしてきたんです。本当に気づかなかったんですか? 気づかなかったのは見ようとしていなかったからじゃないですか? それなのに、今は確実に糾弾できるものが見える形であるから、声をあげるんですか? それは本当にガネット先輩のことを思ってですか? わたしを悪者にして糾弾することで気づけなかった不甲斐なさをすげ替えようとしているんじゃありませんか?」
文句を言いたそうな顔をしていたが、途中から表情が変わっていく。
「ガネット先輩をよく知ってる? 笑わせないでください。よく知ってるなら、ガネット先輩がどんなふうに過ごしてきたか、そこまで知っていることを〝よく知ってる〟って言うんです」
「何があったというんだ?」
大きい声で問いかけられた。
「……もう終わったことです。気づかなかったなら今さら知る必要はないかと思います」
過去には手を差し伸べられないのだから。
「ドーン女子寮で何かあったんだね? 申し訳ない、知ったのは今だが、これから力になれることはないだろうか?」
ジェイお兄さんは真摯な瞳でこちらを窺っている。
「過去のことです。事を大きくしたくありません。ここまで言っても気になるようでしたらご自分たちで調べてください。そして何がガネット先輩の助けになることなのか、もう一度お考えください」
「……だって、ガネットは何も言わなかった」
鼻で笑ってしまった。
「第一子なら領主を継ぐかもしれませんね。領地で何かが起こってもそう言うんですか? 領民が声をあげなかったから自分は何も知らなかったと?」
確かに声をあげてくれなきゃわからないこともある。でも、そうだとわかっていても目を配って何か起きていないか知ろうとするのが上のものの役割だとわたしは思う。
そして〝仕事の役割〟でなくても、友達なら、〝よく知っている〟という間柄なら、自然と目を配るものじゃないのか?
「そ、それは……」
目に見えてリームご子息はうなだれた。
「言い過ぎたかもしれませんが、謝る気にはなりません。自分が手を差し伸べる時を間違えたのを、わたしに怒りをぶつけることにすり替えないでください」
わたしもちょっと八つ当たり気味な自覚はあるが、それはリームご子息がタイミングが悪すぎるんだと思うことにした。
こんな気持ちで部室にいくのは嫌だったので、少しだけ屋上で心を落ち着けることにする。
穏やかな日が当たっている屋上には人は誰もいなかった。そこでもふさまにすがりついて顔を埋めた。
『どうした?』
「八つ当たり気味だったから、嫌な気持ちなの」
『堂々とした八つ当たりだったぞ』
独特な慰めに笑ってしまう。
もふさまを撫でながら、祈りの歌を口ずさむ。歌詞はあまり好きではないが、メロディーラインがきれいなのだ。
風に吹かれながらもふさまに癒され、そして歌を歌って何も考えないでいるうちに、心のリズムが整ってくる。
よし、大丈夫だ。
立ち上がり、もふさまを促し、部室へ行こうとした。
それぞれが何かの荷を持っている男女数人が、話しながら歩いていく後ろ姿が見えた。
「あ、聞いた? 5年生のA組の先輩にまで突っかかったって」
ん?
「寮長を引きずり下ろしたD組の貴族の娘?」
「そうそう。貴族をかさにきて、寮長をリコールしたそうよ。そういうことをする人がいるから、貴族の印象が悪くなるんだわ」
「シュタイン伯の真ん中の子は出来が悪いと言われていたけど、ほんとだったのね」
「D組だもんな」
「シュタイン伯はさすがだな。出来が悪いから早くに嫁ぎ先を確保しておいたんだ」
「シュタイン領は僻地であるけれど発展目覚しいものな。それを引っ掻き回されたらたまらない。手綱をつけておいたんだ」
あの人たちは何を言っているのだろう?
「あんなのが妹なら、アランとロビンもたかが知れるな」
「それ、ヒガミっぽい」
「酷いな。確かにあいつら顔はいいし、背も高いし、頭よくて、運動もできるけど、人格障害の妹がいるんだぜ。うまく隠しているだけで、あいつらもそうかもよ」
なっ。
アラ兄とロビ兄が侮辱されている。わたしのとった行動のせいで。
「それはわからないけど、気の毒なのはその婚約者の氷の君よ」
「養子だからな、断れるわけないよな」
「でもいいじゃん。辺境でも、シュタイン領でも手に入るなら結婚ぐらいなんてことないだろ」
「あなた悪いやつね……」
後ろで気配がして振り向こうとすれば、耳を手ですっぽり覆われる。
この手は兄さまだ……。
団体が廊下の先に消えるまで耳のカバーは外れず、見えなくなると後ろから抱きしめられる。
「リディーを知らないだけだ。取るに足りない者の言うことは聞かないで」
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