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5章 王都へ
第218話 裁判③確かなこと
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「少し角度を変えよう。シュタイン伯よ言いたいことはあるか?」
父さまはその場で立ち上がった。
「カークに尋ねたいことがあります」
「許可しよう」
父さまは陛下に頭を下げ、カークさんに尋ねた。
「隷属の札はどこで手に入れたのですか?」
カークさんはためらいがちに口にする。
「……ビックスの町です。露店でお守りに紛れて売られていました」
「なぜ通報をせずに買ったのですか?」
「売っている者は片方の目が潰れ、片方の足の膝から下がありませんでした。冒険者をしていた時に魔物にやられたそうです。足が不自由では冒険者はもうできません。生きていくのに大変だろうと思いました。それに隷属の札とは聞いたことはあったけれど、本当にそんなものが存在するとは思わなかった。贋物だろうと。ただの興味本位で買いました」
「1年ほど前に購入したそうですが、その間に使用しなかったのですか?」
「買って、他の物と一緒に袋に入れていてずっと忘れてました。依頼を受けることになり、どうやって連れ出そうと思って、不意に思い出したんです。効かなくても元々だから別にいいと思って使ってみました」
「隷属の札は3度の隷属が叶うらしいですね。でもあなたが娘にかけたのは、呼び出された時と、話せなくした2回。それで使い切ったと札を捨てたそうですが……あとのひとつは何をしたのですか?」
カークさんは視線を彷徨わせて、思い出したというような顔をした。
そしてガルッアロ伯を見て、皮肉げに口元を歪める。
「他の2つはできたけど、最初にやったひとつは失敗したようです」
「どういうことですか?」
「隷属の札のことを思い出して……、最初にボーロにかけました」
「お、おれ?」
4人のうち一番体格のいい男が、場も忘れて声をあげる。
「何をしたんですか?」
「ボーロに殴られた時に接触したから、その時に仕込みました。こんな依頼をした貴族の裏帳簿を盗み出しシュタイン伯に送るように、です」
「……そういうことでしたか」
父さまが口の端を微かにあげた。
「なぜ、裏帳簿と?」
「自分が駆けあがるんじゃなくて、人を蹴落として上にあがろうとするやつだ。あくどい事をやっているでしょうからね。悪い事するやつは表面上はきれいにしてるんですよ。そしてなぜか後生大事に裏帳簿を持っている。
青のエンディオンの前にボーロたちとパーティを組んでいる時に、ボーロがよく裏帳簿をネタに強請っているのを見ました。だからボーロならやれると思ったんです。今、没落していないところを見ると、隷属の札はきかなかったのでしょう。それか半日しか札は効かないらしいからその間にボーロが探し出せなかったか」
それを聞いてガルッアロ伯は高らかに笑った。
「陛下、お聞きになられましたね。今その者が自分の口で言いましたぞ。私が裏帳簿を叩きつけられてないのは、私が依頼した貴族ではないからですよ。ウチには裏帳簿なんてものは存在しませんがね」
「ガルッアロ伯はこう言っているが、シュタイン伯は何が知りたくて尋ねていたのだ?」
陛下がニヤニヤしている。悪巧みしているような顔は、マジで悪そうで怖いんだけど。国を代表する人がそんなんでいいの?
「私がガルッアロ伯の屋敷を訪れたのは、ガルッアロ伯より令嬢とウチの子の婚約の打診があったからですが、もうひとつ目的がありました」
ガルッアロ伯は父さまにギョロっとした目を向ける。
「実は少し前に、小島にあるシュッタイト領主から小包が届きました。自分宛に小包が届いたのだが身に覚えのないもので困惑していたと。送り主が書かれていなかったので送り返すこともできなかった。ウチの領地の噂を聞かれたそうで、シュタイン領を知ったそうです。似た名前だなと思い、小包の宛先を見たら〝シュタイン〟とも読めるとね。それでウチの領にわざわざ送ってくださったのですよ。島だったこともあり冬の船便は凍結しますから、時間をかけゆっくりと私まで届いた。
中を開ければ〝ガルッアロ伯爵家〟の帳簿のようでした。誰が何の目的で? 私を何かの罠に嵌める気だろうか? そう思いました。そんな時に、ウチの息子とご令嬢の婚約を打診してきたのが帳簿主のガルッアロ伯だった。会いに行けば、何かわかると思った。子供たちの顔見せでは何も語られなかった。子供たちがいるから言いにくいのかと思い、次の日、私ひとりでお邪魔しました。雑談をし帳簿の話をする前に眠らされ、牢屋に閉じ込められました。最初は不正のわかる帳簿を持っているからかと思いましたが、その話は出ずじまい。それより、娘を拐った者をやっと捕らえたと雑談で話したのですが、その居処を吐けというのです。息子たちを人質にとり、首にナイフを突きつけてです。子供を盾にされ私は捕らえている場所を告げました。私が死んだ時には家族はガルッアロ伯を頼るよう、遺言状を書かされました。いう通りにすれば息子たちには何もしないというからその通りにしたのに、次の日には息子共々殺されそうになりました。そこに息子たちの友人が息子たちを心配して屋敷に入ってきて、私たちは助かりました」
「ちょ、帳簿だと?」
陛下が許しているからか、ガルッアロ伯は自由に発言している。
「陛下、ガルッアロ伯は先ほどおっしゃいました。帳簿を叩きつけられていないのは、依頼した貴族ではないからだと」
「ああ、余も聞いたぞ。カークとやらは言ったな。ボーロとやらに〝依頼した貴族の帳簿〟をシュタイン伯に送るようにと。〝ガルッアロ伯家の帳簿〟ではなく〝依頼した貴族の裏帳簿〟と命じたものが、時を経て、シュタイン伯に届いたのだな」
「帳簿の話が全く出ないので、本当に意味がわからなかったのですが。カークの最初にしたことが、回り回って今ここで意味を成しました」
「そ、それがウチの帳簿だとなぜわかる? 捏造だ!」
「印が押してありますからね。まあ、中を表帳簿と合わせていけば、これが何なのかもわかることでしょう。第一書記官さま、こちらを証拠として提出します」
それから陛下はボーロに〝シュタイン〟と書かせてみた。陛下と父さまと第一書記官さまは頷きあった。後から聞いたのだが、ボーロは〝ユ〟の文字を左右逆転して覚えているようだ。そして〝ン〟が傾き過ぎる傾向があった。その左右逆転した〝ユ〟が〝ユッ〟とくっつけて書いてしまったかのように見えなくもなく……まぁ、つまり見た人がこれはシュッタイトと読んでも仕方ないと思えたし、ボーロの書いた文字は小包の宛先を書いた文字と同じに見えた。ボーロは覚えていないが、隷属されたまま昔とった杵柄なのか短時間で裏帳簿を見つけ出し、それを人知れずシュタイン領に送りつけたのだ。そしてそれは一冬越えてから父さまの手元に届いた。
父さまはガルッアロ伯に向き合った。
「残念です。帳簿はどうでもよかった。あなたのしたことであなたが罰せられるのは当然ですが、ご家族まで巻き込みたくはなかった。ご家族が大切なら離縁されるのがよろしいかと。あの帳簿だけでご令嬢方も修道院行きを免れないでしょう」
捨て台詞は効果があったみたいで、ガルッアロ伯はがくんと床に座り込んだ。
陛下から書記官さまに主導権は戻り、陛下は用意された椅子に座り、あとの細々とした決まり事が述べられ始めた。
ガルッアロ伯は立たされていた。後ろで人が支えている。なんかぶつぶつ呟いているのが不気味だ。
「ガルッアロ伯は黙りなさい」
書記官さまから注意が飛んだ。
「私は悪くない! 急に婚約者候補になっていい気になりやがって。こっちはそうなるのにどれだけ金をばらまいたと思ってるんだ!」
「ガルッアロ伯、黙りなさい」
「そうだ、お前が全部悪い!」
ぐりんと首をまわしてわたしを見る。目が血走っている。普通じゃない。
体が硬直する。
え?
拘束されているはずなのに、彼は横のわたしたちのスペースに突進してきて、世話係の女性を蹴った。
あ、この部屋、魔法は制限されてるんだっけ。
もふさまが前に来てくれた。わたしは目の前にあった女性の持っていた布袋をガルッアロ伯に投げつけた。
「わたしがやる」
もふさまに呟いて、ソファーから飛び降りる。膝をつくことになったが、そのまま四つん這いでガルッアロ伯の後ろ側に回り込み、馬が後ろ足で蹴るように膝の裏を蹴りあげてやった。
投げられた袋を避けると、わたしが足元にきていたので驚いたようだが、膝裏を蹴られてもそう痛くなかったのだろう、立ち上がろうとしていたわたしを掴み上げようとした。その手から逃れるよう体を捻って今度は膝のお皿に蹴りを入れる。遠心力を使って力強くね。元男爵のおじいちゃんと男爵さまから習ったことだ。おさらいだ。膝裏に蹴りが入り膝の角度がより鋭角になったお皿を蹴り上げたからね、わたしの力じゃ遠心力を入れても大したことはないはずだけど、少しは痛かったはずだよ。
もちろんそれだけ時間を稼げば、動き出した父さまたちもわたしのそばまで来ていて、わたしは父さまに抱き上げられた。抱っこされた胸元まで飛び乗って来てわたしの顔を舐めるもふさまに、荒い息のまま大丈夫とありがとうを伝える。
ガルッアロ伯だけでなく、腰の手綱を外しただろう支えていた人も拘束された。今度は指一本さえ動かせないほどキツくぎゅうぎゅうに。被疑者が被害者に法廷で危害を加える。あってはならないことだし、陛下の前だから、全ての人が凍りついている。ガルッアロ伯は連れて行かれた。わたしを掴みあげようとした時の動作が少し変と思ったが、その時には誰かから魔法で動きを止められていたっぽい。
みんながわたしに謝った。とばっちりを受けた世話係の人には申し訳なかった。意識はあったようだが彼女も運ばれて行って、わたしは父さまに抱っこされたままとなった。
とんでもない幕引きになったが、ガルッアロ伯の悪事だと証明された。帳簿を調べることになるが、余罪が多くなるだけで、わたしが裁判に呼び出されることはもうないだろうと言われた。だが顔つきは渋い。カークさんを脅したのは4人組で、4人組に依頼したのはガルッアロ伯と繋がった。けれど実際は人売りに売られたから、〝殺害〟の指示をしたことにはならないのかもしれない。でも法廷内でわたしに飛びかかってきたことから、罪を償ったあとにウチに復讐を考えるようなヤツだというのはみんな想像がついていると思う。
最後に発起人は言いたいことがあるかと問われ、この裁判はガルッアロ伯の審議でカークさんの裁判はまた違うものであるのは承知だが、父さまはカークさんはわたしを人売りに売ったし、隷属の札を所持し使用した。その罪は消えないが、その隷属の札を使ったことで、今回の首謀者を特定できたこともあるので、減刑を望むと言った。
わたしも手をあげた。書記官さまから発言を許可されたので、カークさんに罪を償って欲しいけれど、わたしも減刑して欲しいと思っている旨を伝えた。
「リディア・シュタインに尋ねる」
陛下に問われて、背筋が伸びる。
「君はあの者に拐われた。人売りに売りつけられた。隷属の札も使われ怖い思いをしただろう。なのに、なぜあの者を擁護するようなことを言うのか?」
陛下が不思議な物を見るようにわたしを見ていた。
「確かにわたしはカークさんに隷属の札を使って拐われ、人売りに売りつけられました。でも、もし、依頼されたのがカークさんでなかったら、わたしはすぐに殺されていたでしょう。そうしたら二度と家族に会えませんでした、だからです」
カークさんも追い詰められていたみたいだ。それでもしてはいけないことはいけないことだ。隷属の札もそれに助けられたところもあるけれど、やはり使用してはいけないもの。そこらへんはとてもセンシティブなところだと思うのだけれど。
陛下に伝えた通り、ひとつはっきりしているのは、依頼されたのがカークさん以外だったら、わたしは確実に死んでいたということだ。
陛下はふっと笑った。父さまに後で別室に来るよう言葉があった。
そして閉廷となった。
カークさんはわたしの横を通る時に、足を止めた。
「嬢ちゃんは、本当に俺の運命をいじったな」
「……わたしは家に帰って、カークさんは罰を受ける。言った通りでしょ?」
カークさんは目を伏せた。
「違いねぇ」
わたしは言った。
「助けてくれて、ありがと」
カークさんが自嘲気味に笑う。
「嬢ちゃん、それはお人好しすぎる」
「……矢で助かりました」
カークさんが目を大きくする。
やっぱり、そうか。
今度はふっとカークさんは笑った。
歩き出した。出入り口で止められて、両手を拘束され、お腹にも縄を回され、両手の縄とお腹の縄を結びつけられている。
わたしは父さまと兄さまたちと、部屋から出た。
外には青のエンディオンの人たちが規制されたロープから身を乗り出していた。
カークさんが拘束されたまま出てくる。
カークさんがパーティの面々に気づく。
「カーク!」
シーフのカーブルさんが思わずという感じで名を呼ぶ。
一瞬顔が歪み、そして顔を背けた。促されて歩き出し、横を通る時に、小さく呟く。
「ごめん」
青のエンディオンの人たちの顔が歪む。そのまま声なくカークさんの背中を見送る。4人の手はきつく拳が握られていた。
父さまはその場で立ち上がった。
「カークに尋ねたいことがあります」
「許可しよう」
父さまは陛下に頭を下げ、カークさんに尋ねた。
「隷属の札はどこで手に入れたのですか?」
カークさんはためらいがちに口にする。
「……ビックスの町です。露店でお守りに紛れて売られていました」
「なぜ通報をせずに買ったのですか?」
「売っている者は片方の目が潰れ、片方の足の膝から下がありませんでした。冒険者をしていた時に魔物にやられたそうです。足が不自由では冒険者はもうできません。生きていくのに大変だろうと思いました。それに隷属の札とは聞いたことはあったけれど、本当にそんなものが存在するとは思わなかった。贋物だろうと。ただの興味本位で買いました」
「1年ほど前に購入したそうですが、その間に使用しなかったのですか?」
「買って、他の物と一緒に袋に入れていてずっと忘れてました。依頼を受けることになり、どうやって連れ出そうと思って、不意に思い出したんです。効かなくても元々だから別にいいと思って使ってみました」
「隷属の札は3度の隷属が叶うらしいですね。でもあなたが娘にかけたのは、呼び出された時と、話せなくした2回。それで使い切ったと札を捨てたそうですが……あとのひとつは何をしたのですか?」
カークさんは視線を彷徨わせて、思い出したというような顔をした。
そしてガルッアロ伯を見て、皮肉げに口元を歪める。
「他の2つはできたけど、最初にやったひとつは失敗したようです」
「どういうことですか?」
「隷属の札のことを思い出して……、最初にボーロにかけました」
「お、おれ?」
4人のうち一番体格のいい男が、場も忘れて声をあげる。
「何をしたんですか?」
「ボーロに殴られた時に接触したから、その時に仕込みました。こんな依頼をした貴族の裏帳簿を盗み出しシュタイン伯に送るように、です」
「……そういうことでしたか」
父さまが口の端を微かにあげた。
「なぜ、裏帳簿と?」
「自分が駆けあがるんじゃなくて、人を蹴落として上にあがろうとするやつだ。あくどい事をやっているでしょうからね。悪い事するやつは表面上はきれいにしてるんですよ。そしてなぜか後生大事に裏帳簿を持っている。
青のエンディオンの前にボーロたちとパーティを組んでいる時に、ボーロがよく裏帳簿をネタに強請っているのを見ました。だからボーロならやれると思ったんです。今、没落していないところを見ると、隷属の札はきかなかったのでしょう。それか半日しか札は効かないらしいからその間にボーロが探し出せなかったか」
それを聞いてガルッアロ伯は高らかに笑った。
「陛下、お聞きになられましたね。今その者が自分の口で言いましたぞ。私が裏帳簿を叩きつけられてないのは、私が依頼した貴族ではないからですよ。ウチには裏帳簿なんてものは存在しませんがね」
「ガルッアロ伯はこう言っているが、シュタイン伯は何が知りたくて尋ねていたのだ?」
陛下がニヤニヤしている。悪巧みしているような顔は、マジで悪そうで怖いんだけど。国を代表する人がそんなんでいいの?
「私がガルッアロ伯の屋敷を訪れたのは、ガルッアロ伯より令嬢とウチの子の婚約の打診があったからですが、もうひとつ目的がありました」
ガルッアロ伯は父さまにギョロっとした目を向ける。
「実は少し前に、小島にあるシュッタイト領主から小包が届きました。自分宛に小包が届いたのだが身に覚えのないもので困惑していたと。送り主が書かれていなかったので送り返すこともできなかった。ウチの領地の噂を聞かれたそうで、シュタイン領を知ったそうです。似た名前だなと思い、小包の宛先を見たら〝シュタイン〟とも読めるとね。それでウチの領にわざわざ送ってくださったのですよ。島だったこともあり冬の船便は凍結しますから、時間をかけゆっくりと私まで届いた。
中を開ければ〝ガルッアロ伯爵家〟の帳簿のようでした。誰が何の目的で? 私を何かの罠に嵌める気だろうか? そう思いました。そんな時に、ウチの息子とご令嬢の婚約を打診してきたのが帳簿主のガルッアロ伯だった。会いに行けば、何かわかると思った。子供たちの顔見せでは何も語られなかった。子供たちがいるから言いにくいのかと思い、次の日、私ひとりでお邪魔しました。雑談をし帳簿の話をする前に眠らされ、牢屋に閉じ込められました。最初は不正のわかる帳簿を持っているからかと思いましたが、その話は出ずじまい。それより、娘を拐った者をやっと捕らえたと雑談で話したのですが、その居処を吐けというのです。息子たちを人質にとり、首にナイフを突きつけてです。子供を盾にされ私は捕らえている場所を告げました。私が死んだ時には家族はガルッアロ伯を頼るよう、遺言状を書かされました。いう通りにすれば息子たちには何もしないというからその通りにしたのに、次の日には息子共々殺されそうになりました。そこに息子たちの友人が息子たちを心配して屋敷に入ってきて、私たちは助かりました」
「ちょ、帳簿だと?」
陛下が許しているからか、ガルッアロ伯は自由に発言している。
「陛下、ガルッアロ伯は先ほどおっしゃいました。帳簿を叩きつけられていないのは、依頼した貴族ではないからだと」
「ああ、余も聞いたぞ。カークとやらは言ったな。ボーロとやらに〝依頼した貴族の帳簿〟をシュタイン伯に送るようにと。〝ガルッアロ伯家の帳簿〟ではなく〝依頼した貴族の裏帳簿〟と命じたものが、時を経て、シュタイン伯に届いたのだな」
「帳簿の話が全く出ないので、本当に意味がわからなかったのですが。カークの最初にしたことが、回り回って今ここで意味を成しました」
「そ、それがウチの帳簿だとなぜわかる? 捏造だ!」
「印が押してありますからね。まあ、中を表帳簿と合わせていけば、これが何なのかもわかることでしょう。第一書記官さま、こちらを証拠として提出します」
それから陛下はボーロに〝シュタイン〟と書かせてみた。陛下と父さまと第一書記官さまは頷きあった。後から聞いたのだが、ボーロは〝ユ〟の文字を左右逆転して覚えているようだ。そして〝ン〟が傾き過ぎる傾向があった。その左右逆転した〝ユ〟が〝ユッ〟とくっつけて書いてしまったかのように見えなくもなく……まぁ、つまり見た人がこれはシュッタイトと読んでも仕方ないと思えたし、ボーロの書いた文字は小包の宛先を書いた文字と同じに見えた。ボーロは覚えていないが、隷属されたまま昔とった杵柄なのか短時間で裏帳簿を見つけ出し、それを人知れずシュタイン領に送りつけたのだ。そしてそれは一冬越えてから父さまの手元に届いた。
父さまはガルッアロ伯に向き合った。
「残念です。帳簿はどうでもよかった。あなたのしたことであなたが罰せられるのは当然ですが、ご家族まで巻き込みたくはなかった。ご家族が大切なら離縁されるのがよろしいかと。あの帳簿だけでご令嬢方も修道院行きを免れないでしょう」
捨て台詞は効果があったみたいで、ガルッアロ伯はがくんと床に座り込んだ。
陛下から書記官さまに主導権は戻り、陛下は用意された椅子に座り、あとの細々とした決まり事が述べられ始めた。
ガルッアロ伯は立たされていた。後ろで人が支えている。なんかぶつぶつ呟いているのが不気味だ。
「ガルッアロ伯は黙りなさい」
書記官さまから注意が飛んだ。
「私は悪くない! 急に婚約者候補になっていい気になりやがって。こっちはそうなるのにどれだけ金をばらまいたと思ってるんだ!」
「ガルッアロ伯、黙りなさい」
「そうだ、お前が全部悪い!」
ぐりんと首をまわしてわたしを見る。目が血走っている。普通じゃない。
体が硬直する。
え?
拘束されているはずなのに、彼は横のわたしたちのスペースに突進してきて、世話係の女性を蹴った。
あ、この部屋、魔法は制限されてるんだっけ。
もふさまが前に来てくれた。わたしは目の前にあった女性の持っていた布袋をガルッアロ伯に投げつけた。
「わたしがやる」
もふさまに呟いて、ソファーから飛び降りる。膝をつくことになったが、そのまま四つん這いでガルッアロ伯の後ろ側に回り込み、馬が後ろ足で蹴るように膝の裏を蹴りあげてやった。
投げられた袋を避けると、わたしが足元にきていたので驚いたようだが、膝裏を蹴られてもそう痛くなかったのだろう、立ち上がろうとしていたわたしを掴み上げようとした。その手から逃れるよう体を捻って今度は膝のお皿に蹴りを入れる。遠心力を使って力強くね。元男爵のおじいちゃんと男爵さまから習ったことだ。おさらいだ。膝裏に蹴りが入り膝の角度がより鋭角になったお皿を蹴り上げたからね、わたしの力じゃ遠心力を入れても大したことはないはずだけど、少しは痛かったはずだよ。
もちろんそれだけ時間を稼げば、動き出した父さまたちもわたしのそばまで来ていて、わたしは父さまに抱き上げられた。抱っこされた胸元まで飛び乗って来てわたしの顔を舐めるもふさまに、荒い息のまま大丈夫とありがとうを伝える。
ガルッアロ伯だけでなく、腰の手綱を外しただろう支えていた人も拘束された。今度は指一本さえ動かせないほどキツくぎゅうぎゅうに。被疑者が被害者に法廷で危害を加える。あってはならないことだし、陛下の前だから、全ての人が凍りついている。ガルッアロ伯は連れて行かれた。わたしを掴みあげようとした時の動作が少し変と思ったが、その時には誰かから魔法で動きを止められていたっぽい。
みんながわたしに謝った。とばっちりを受けた世話係の人には申し訳なかった。意識はあったようだが彼女も運ばれて行って、わたしは父さまに抱っこされたままとなった。
とんでもない幕引きになったが、ガルッアロ伯の悪事だと証明された。帳簿を調べることになるが、余罪が多くなるだけで、わたしが裁判に呼び出されることはもうないだろうと言われた。だが顔つきは渋い。カークさんを脅したのは4人組で、4人組に依頼したのはガルッアロ伯と繋がった。けれど実際は人売りに売られたから、〝殺害〟の指示をしたことにはならないのかもしれない。でも法廷内でわたしに飛びかかってきたことから、罪を償ったあとにウチに復讐を考えるようなヤツだというのはみんな想像がついていると思う。
最後に発起人は言いたいことがあるかと問われ、この裁判はガルッアロ伯の審議でカークさんの裁判はまた違うものであるのは承知だが、父さまはカークさんはわたしを人売りに売ったし、隷属の札を所持し使用した。その罪は消えないが、その隷属の札を使ったことで、今回の首謀者を特定できたこともあるので、減刑を望むと言った。
わたしも手をあげた。書記官さまから発言を許可されたので、カークさんに罪を償って欲しいけれど、わたしも減刑して欲しいと思っている旨を伝えた。
「リディア・シュタインに尋ねる」
陛下に問われて、背筋が伸びる。
「君はあの者に拐われた。人売りに売りつけられた。隷属の札も使われ怖い思いをしただろう。なのに、なぜあの者を擁護するようなことを言うのか?」
陛下が不思議な物を見るようにわたしを見ていた。
「確かにわたしはカークさんに隷属の札を使って拐われ、人売りに売りつけられました。でも、もし、依頼されたのがカークさんでなかったら、わたしはすぐに殺されていたでしょう。そうしたら二度と家族に会えませんでした、だからです」
カークさんも追い詰められていたみたいだ。それでもしてはいけないことはいけないことだ。隷属の札もそれに助けられたところもあるけれど、やはり使用してはいけないもの。そこらへんはとてもセンシティブなところだと思うのだけれど。
陛下に伝えた通り、ひとつはっきりしているのは、依頼されたのがカークさん以外だったら、わたしは確実に死んでいたということだ。
陛下はふっと笑った。父さまに後で別室に来るよう言葉があった。
そして閉廷となった。
カークさんはわたしの横を通る時に、足を止めた。
「嬢ちゃんは、本当に俺の運命をいじったな」
「……わたしは家に帰って、カークさんは罰を受ける。言った通りでしょ?」
カークさんは目を伏せた。
「違いねぇ」
わたしは言った。
「助けてくれて、ありがと」
カークさんが自嘲気味に笑う。
「嬢ちゃん、それはお人好しすぎる」
「……矢で助かりました」
カークさんが目を大きくする。
やっぱり、そうか。
今度はふっとカークさんは笑った。
歩き出した。出入り口で止められて、両手を拘束され、お腹にも縄を回され、両手の縄とお腹の縄を結びつけられている。
わたしは父さまと兄さまたちと、部屋から出た。
外には青のエンディオンの人たちが規制されたロープから身を乗り出していた。
カークさんが拘束されたまま出てくる。
カークさんがパーティの面々に気づく。
「カーク!」
シーフのカーブルさんが思わずという感じで名を呼ぶ。
一瞬顔が歪み、そして顔を背けた。促されて歩き出し、横を通る時に、小さく呟く。
「ごめん」
青のエンディオンの人たちの顔が歪む。そのまま声なくカークさんの背中を見送る。4人の手はきつく拳が握られていた。
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