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5章 王都へ
第217話 裁判②高貴な傍聴人
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カークさんは淡々と話す。
「おれは青のエンディオンというパーティーの一員でした。国からシュタイン領のレアワームの報告書、その審議を任されました。それとシュタイン家が国外に出ないようするのも役目でした」
ジロリと第一書記官さまがカークさんを睨んだような気がした。
「シュタイン領に向かう途中の町で、ガルッアロ伯に脅されました」
「なんと脅されたのですか?」
「シュタイン伯令嬢を殺害するように。そうしなければおれを殺すと言いました。貴族に働きかけてウチのパーティを潰すとも言いました」
「あなたはシュタイン伯令嬢を人売りに売り付けた。殺害を指示されたのに、どうしてですか?」
「シュタイン伯令嬢は第二王子殿下の婚約者候補となった。娘が婚約者になるのに、あの娘は邪魔だ、だから始末しろと言われました。婚約者候補がいなくなればいい、そう思いました。別に殺さなくても、いなくなれば同じでしょ? だからおれは令嬢を売ったんです」
訴え側と弁護側の言い合いになる。
ガルッアロ伯が脅した証拠はどこにもない。カークさんが主犯をガルッアロ伯になすりつけるためにそんなことを言っているだけと受け取れると。
ガルッアロ伯の言い分が有力に見えた。
そこで一息を入れるためか、わたしが証言台に呼ばれた。名前を言わされる。
わからないことはわからないでいいので、嘘はつかないように言われ
「はい」と答えた。
当然といえば当然だけど、裁判で5歳児に証言をさせるのは論争になったという。5歳では何もわかっていないだろう、言い聞かされたことを言うだけだという考えもあるし、幼いうちに裁判に関わらせるのがいかがなものかという意見もあった。裁判とは罪を明らかにし、罪を犯した人にどれだけの罰を与えるかの審議をすることだ。罪を罰に置き換えることでしか秩序を守れないことに引け目があり、子供にはそれをまだ見せたくないのかもしれない。
ウチが貴族で被害者の父親がわたしを裁判に出すと強く出たので通ったようだ。裁判では被害にあったものが被害に遭いました!と強く押し出してこそである。ガルッアロ伯に少しでも逃げ道を作らないよう父さまはできることはなんでもしたいようだった。ガルッアロ伯を裁判に引き出せた今、王都のその場にわたしが〝いた〟というのも運命めいたものを感じたのかもしれない。
……わたしはきっと時を経ても、大人になりきれず感情に引っ張られると思う。だから、罪とか罰も感情によって個々に思ってしまうと思う。この人は罰せられるべきとか、このことは罰を受けたら罪が昇華されたらいいのにとか〝人となり〟によって感情に左右されるんじゃないかと思う。
わたしは今、わたしの殺害を指示したどうこうより、父さまたちを監禁して暴行を加えたことに頭に来ている。その裁判は終わり罰は決まっているが、わたしだけでなく家族にも被害が出たことで、ガルッアロ伯にはぜひ重たい処分がくだされればいいと思っている。そのために、嘘をつくことはないけれど、わたしの証言が役に立つなら喜んで答えたい、そう思う。
昨年の11月にわたしを拐った人はこの中にいますか?と聞かれたので、わたしはカークさんだと言った。どのようにして拐われたか覚えているかを聞かれたので隷属の札で呼び出されたと答えた。
ざわざわした。
「隷属の札で呼び出された、呪符を使われたのはその時だけですか?」
わたしは首を横に振った。
「人売りに渡される時、しばらく声が出せないように札を使われました。それが3度目で、もう札はないと言ってました」
「被害者の言っていることをあなたは認めますか?」
「認めます」
カークさんはうなずき、またざわざわした。
「その札はどうやって手に入れましたか?」
「依頼を受けた時に、ガルッアロ伯から渡されました」
え? いや、カークさんは去年行った町で買ったって……。それに……あれ、兄さまたちはカークさんは直接はゴロツキに脅されたと言っていた。脅していた元凶がガルッアロ伯なんだと言っているのかなと思っていたんだけど、これはその場にガルッアロ伯がいたってこと? それなら父さまたちがガルッアロ伯にわざわざ接触し危険な目に遭う必要もなかったはずだけど……。
「な、ふざけるな! なんで私が隷属の札を持っているんだ! お前には会ったこともない!」
頭から湯気が出そうなほど、沸騰しているね。
隷属の札が絡むと刑が重たくなるからだろう、焦っている。
カークさんは何を考えているんだろう? 隷属の札のことをなすりつけて刑を軽くするつもりで?
「ガルッアロ伯さま、往生際が悪いですよ。おれに言ったじゃないですか、そこの小娘が邪魔だから始末しろって。隷属の札を使えば小娘だけを呼び出せる。これを使えば簡単だろって。わかってるな、お前がやらなかったらお前を殺すだけだって脅したじゃないですか」
「お前、気は確かか? 私とお前は初対面だ。私は隷属の札など渡していない。その男と会ったというカンパインを調べてください。私は行ったことがない!」
カークさんはふっと笑った。
「第一書記官さま、訂正します。隷属の札は渡されたものではありません。おれが売っていたのを見て興味本位で買ったものです」
簡単に札の件を覆した。
赤いマントの人たちの顔が青い。
「ガルッアロ伯は被疑者を脅した者と接触したという町を知っていたのですね?」
「その男が言ったじゃないですか!」
「彼は町としか言っていませんよ。町名は言っていない。発起人側の調書には書いてありますが」
「それは……あたりをつけたのです。シュタイン領の近くの町を」
「シュタイン領の近くではありませんよ、その町は」
「書記官さま、これは罠です」
「罠?」
「確かに私には娘がおりまして、殿下の婚約者になれたらいいとは思っております。ああ、もしかしたら、その願いをウチに出入りするものが私の機嫌を取るために現実にしようとしたのかもしれません。でも、それは罪になりますか? 願っただけで? それに令嬢は生きているではありませんか! そうです、殺害しろと言われて売ることにしたのも変な話。元々、殺害ではなく、令嬢がいなくなってしまえと誰かが言ったのかもしれません。それを聞いてその男が、売れば金になると実行した。金のために令嬢を売ったんだ!」
筋が通ったとばかりに嬉々とした表情を浮かべている。
「それを大ごとにして、私に罪をなすりつけようとしているのですよ、シュタイン伯は!」
おお、父さまのせいにしだした。
「それになんですか、その者はおかしなことを言っていましたね。シュタイン家のものが国外に行けないようにしていたと。シュタイン家は法に触れることでもしたのではありませんか? だから外国に行けないようにしたんだ!」
ダン!
何? 響いた。音だけじゃなくて。
『魔力を入れて足を鳴らしたんだろう、大丈夫だ』
魔力を入れて足を鳴らす? な、何のために?
それにこの部屋では許された人以外、魔力は制御されるって聞いたけど。
「聞くに耐えんな」
上からお腹に響く声がする。2階? 2階の傍聴席にも人がいたんだ。
この法廷で一番偉いはずの第一書記官さまが胸に手を置き礼を尽くした。
ゴージャスな金糸の入ったマントをつけている。金髪に紫の瞳。
眼光は恐ろしいほどに鋭い。
『魔力が多いのはこやつだ』
一瞬にして場を制した。王だ。陛下だ。
みんなが振り返って礼を尽くした。わたしも真似してカーテシーをする。
「面をあげよ」
「ガルッアロ伯よ、今、お前は最大の過ちを犯した。それが何かわかるか?」
ガルッアロ伯はワタワタしている。
「発言を許す」
「お、落とし入れられたことでしょうか?」
陛下が鼻で笑った。それだけなのに凄い迫力と圧。
「お前はお前の無知さゆえに、ここにいる全てのものの命を危険に晒した。5歳児さえ、口を噤んでいるというのに」
陛下が階段を降りてきた。
「シュタイン伯よ、余に見せたかったのはこの茶番か?」
「いいえ、違います」
父さまが陛下をここに呼んでいたの?
「皆の者、一度だけ言う。今ここで聞いたことは自身の胸だけに収めよ」
この件を外で漏らしたらわかっているな?と続いたのが聞こえた気がする。
皆、ひれ伏す。
何が陛下の逆鱗だったのだろう? 足を鳴らす直前に言っていたことは、ウチを国外に出られないようにしていたことだったと思うけど。それが口外してはいけないこと? なんで?
「第一書記官、何をもたもたしておる。調べはついておるのだろう? 早く終わらせないか」
「はい」
陛下に急かされ、第一書記官さまは調書を数ページめくる。涼しいぐらいなのに、額には汗が浮かんでいる。
世話役の女性に手をひかれソファーに戻る。
「ええい、まどろっこしい、余が明らかにしてやる。ガルッアロ伯、真実を打ち明けろ」
「私が口にしていることが全て真実でございます」
ぬけぬけと!
「ガルッアロ伯は伯爵令嬢の殺害を示唆したのだろう?」
「しておりません」
「先ほど、出入りの者に願いを聞かれたかもしれないと言っていたな。その者に心当たりはあるのか」
「はい、実は。4人組の男たちだったのですが、少し前から姿が見えなくなり、私に申し開きができないようなことをしたのではないかと思っていたところだったのです」
「ほほう。申し開きができないこととはなんだ?」
「例えば法を犯すような……」
陛下はガルッアロ伯に質問をしながら、調書を読んでいる。めちゃくちゃ速いスピードで。
「お前は先ほどの町に行ってないのは確かだが、その少し前にある男たちを探していたようだな?」
「はい?」
「そこのカークという男の元の冒険者パーティのメンバーを」
「そ、そんなことは」
「嘘をつくな。裏付けは取れている」
ガルッアロ伯の喉がなる。
「レアワームの裏付け調査に担ぎ出された冒険者のメンバーを執拗なまでに調べたそうじゃないか。2箇所の情報屋に依頼して。それでカークとやらに目をつけた。前のパーティと喧嘩別れしたようだからな。元のメンバーたちがカークを恨んでいると予想した。そして探させたって?」
「そ、そんなことは」
「裏が取れているぞ。冒険者の仕事をほとんどしていない奴らを探し出すのは大変だったようだが、その賃金を値切ったようだな、情報屋というのは情報を漏らせば信用がなくなるゆえ口を閉ざすものなのに、お前のことはベラベラと話したようだ」
ガルッアロ伯が歯軋りする。
「その上、自分が危なくなったら、刺客を放ったのか? 悪党だな、おい」
「ご、誤解でございます」
「証人をここで引き出すつもりだったのだろう? 早く連れてこい」
陛下は青マントに言いつけた。
青マントの一人が後ろのドアから出ていって、すぐにまたその人を先頭に騎士に連れられた4人の男たちが入ってきた。
ガルッアロ伯が苦虫を噛み潰したような顔で男たちを凝視している。
「ガルッアロ伯、こいつらを知っているな?」
「いいえ、知りません」
「お前らはどうだ、こいつを知っているか?」
「知っています」
「ば、ばかをいうな。お前らなんか知らない」
「先ほどの4人組のいなくなった男たちではないのか?」
陛下に言われ、思い出したようだ。ぐだぐだじゃん。
「そ、そうでした。一時期雇っていただけなので顔を思い出せませんでした」
よくいうわ。
「きっとこいつらがそこの男に殺人を依頼したのでしょう。私が指示したとでも言って」
「! 俺たちに人殺しを依頼したのは、あんただ! その上、危なくなれば俺たちも殺そうとした、死人に口無しってな。」
4人の中のリーダー格っぽい男がガルッアロ伯に食ってかかる。
目の前にいるのが陛下ってわかってないのかな。自由すぎる。
「それでは、お前たちはこちらの者を知っているか?」
「……はい。以前、一緒に冒険者のパーティを組んでいたカークです」
「この者に何をした?」
「こいつに命令されて、カークにシュタイン家に冒険者の仕事で行った時に伯爵令嬢殺害をするよう言いました。殺さなければお前を殺すと脅して。俺たちのバックは貴族でパーティを潰すことも、パーティのリーダーの貴族の家を没落させることもできると言いました。そう言えば言うことを聞くはずだと言われたので」
こいつというときにガルッアロ伯をしっかりと指差す。
陛下は声の調子を変えて尋ねた。
「未遂といっても伯爵令嬢殺害を示唆したらただじゃ済まない。なのになぜ証言する気になった?」
「ガルッアロ伯が俺たちを殺そうとしたからです」
「何をいう、私はお前たちを殺そうとなんてしていない!」
「誰が信じるか、お前のいうことは嘘ばっかりだ!」
陛下が息をつく。
「発起人よ、先ほどのこやつが町の名を漏らしたことで、カークとやらを脅した4人と繋がりがあったことは立証されるだろう。だが、殺害の示唆をしたのはどう証明するつもりだったのだ?」
紫色の瞳が、冷たく色を放った。
発起人は悔しそうに口を噤む。
「それが答えか?」
陛下が問えば、ガルッアロ伯がニッと笑っているのが見えた。
「おれは青のエンディオンというパーティーの一員でした。国からシュタイン領のレアワームの報告書、その審議を任されました。それとシュタイン家が国外に出ないようするのも役目でした」
ジロリと第一書記官さまがカークさんを睨んだような気がした。
「シュタイン領に向かう途中の町で、ガルッアロ伯に脅されました」
「なんと脅されたのですか?」
「シュタイン伯令嬢を殺害するように。そうしなければおれを殺すと言いました。貴族に働きかけてウチのパーティを潰すとも言いました」
「あなたはシュタイン伯令嬢を人売りに売り付けた。殺害を指示されたのに、どうしてですか?」
「シュタイン伯令嬢は第二王子殿下の婚約者候補となった。娘が婚約者になるのに、あの娘は邪魔だ、だから始末しろと言われました。婚約者候補がいなくなればいい、そう思いました。別に殺さなくても、いなくなれば同じでしょ? だからおれは令嬢を売ったんです」
訴え側と弁護側の言い合いになる。
ガルッアロ伯が脅した証拠はどこにもない。カークさんが主犯をガルッアロ伯になすりつけるためにそんなことを言っているだけと受け取れると。
ガルッアロ伯の言い分が有力に見えた。
そこで一息を入れるためか、わたしが証言台に呼ばれた。名前を言わされる。
わからないことはわからないでいいので、嘘はつかないように言われ
「はい」と答えた。
当然といえば当然だけど、裁判で5歳児に証言をさせるのは論争になったという。5歳では何もわかっていないだろう、言い聞かされたことを言うだけだという考えもあるし、幼いうちに裁判に関わらせるのがいかがなものかという意見もあった。裁判とは罪を明らかにし、罪を犯した人にどれだけの罰を与えるかの審議をすることだ。罪を罰に置き換えることでしか秩序を守れないことに引け目があり、子供にはそれをまだ見せたくないのかもしれない。
ウチが貴族で被害者の父親がわたしを裁判に出すと強く出たので通ったようだ。裁判では被害にあったものが被害に遭いました!と強く押し出してこそである。ガルッアロ伯に少しでも逃げ道を作らないよう父さまはできることはなんでもしたいようだった。ガルッアロ伯を裁判に引き出せた今、王都のその場にわたしが〝いた〟というのも運命めいたものを感じたのかもしれない。
……わたしはきっと時を経ても、大人になりきれず感情に引っ張られると思う。だから、罪とか罰も感情によって個々に思ってしまうと思う。この人は罰せられるべきとか、このことは罰を受けたら罪が昇華されたらいいのにとか〝人となり〟によって感情に左右されるんじゃないかと思う。
わたしは今、わたしの殺害を指示したどうこうより、父さまたちを監禁して暴行を加えたことに頭に来ている。その裁判は終わり罰は決まっているが、わたしだけでなく家族にも被害が出たことで、ガルッアロ伯にはぜひ重たい処分がくだされればいいと思っている。そのために、嘘をつくことはないけれど、わたしの証言が役に立つなら喜んで答えたい、そう思う。
昨年の11月にわたしを拐った人はこの中にいますか?と聞かれたので、わたしはカークさんだと言った。どのようにして拐われたか覚えているかを聞かれたので隷属の札で呼び出されたと答えた。
ざわざわした。
「隷属の札で呼び出された、呪符を使われたのはその時だけですか?」
わたしは首を横に振った。
「人売りに渡される時、しばらく声が出せないように札を使われました。それが3度目で、もう札はないと言ってました」
「被害者の言っていることをあなたは認めますか?」
「認めます」
カークさんはうなずき、またざわざわした。
「その札はどうやって手に入れましたか?」
「依頼を受けた時に、ガルッアロ伯から渡されました」
え? いや、カークさんは去年行った町で買ったって……。それに……あれ、兄さまたちはカークさんは直接はゴロツキに脅されたと言っていた。脅していた元凶がガルッアロ伯なんだと言っているのかなと思っていたんだけど、これはその場にガルッアロ伯がいたってこと? それなら父さまたちがガルッアロ伯にわざわざ接触し危険な目に遭う必要もなかったはずだけど……。
「な、ふざけるな! なんで私が隷属の札を持っているんだ! お前には会ったこともない!」
頭から湯気が出そうなほど、沸騰しているね。
隷属の札が絡むと刑が重たくなるからだろう、焦っている。
カークさんは何を考えているんだろう? 隷属の札のことをなすりつけて刑を軽くするつもりで?
「ガルッアロ伯さま、往生際が悪いですよ。おれに言ったじゃないですか、そこの小娘が邪魔だから始末しろって。隷属の札を使えば小娘だけを呼び出せる。これを使えば簡単だろって。わかってるな、お前がやらなかったらお前を殺すだけだって脅したじゃないですか」
「お前、気は確かか? 私とお前は初対面だ。私は隷属の札など渡していない。その男と会ったというカンパインを調べてください。私は行ったことがない!」
カークさんはふっと笑った。
「第一書記官さま、訂正します。隷属の札は渡されたものではありません。おれが売っていたのを見て興味本位で買ったものです」
簡単に札の件を覆した。
赤いマントの人たちの顔が青い。
「ガルッアロ伯は被疑者を脅した者と接触したという町を知っていたのですね?」
「その男が言ったじゃないですか!」
「彼は町としか言っていませんよ。町名は言っていない。発起人側の調書には書いてありますが」
「それは……あたりをつけたのです。シュタイン領の近くの町を」
「シュタイン領の近くではありませんよ、その町は」
「書記官さま、これは罠です」
「罠?」
「確かに私には娘がおりまして、殿下の婚約者になれたらいいとは思っております。ああ、もしかしたら、その願いをウチに出入りするものが私の機嫌を取るために現実にしようとしたのかもしれません。でも、それは罪になりますか? 願っただけで? それに令嬢は生きているではありませんか! そうです、殺害しろと言われて売ることにしたのも変な話。元々、殺害ではなく、令嬢がいなくなってしまえと誰かが言ったのかもしれません。それを聞いてその男が、売れば金になると実行した。金のために令嬢を売ったんだ!」
筋が通ったとばかりに嬉々とした表情を浮かべている。
「それを大ごとにして、私に罪をなすりつけようとしているのですよ、シュタイン伯は!」
おお、父さまのせいにしだした。
「それになんですか、その者はおかしなことを言っていましたね。シュタイン家のものが国外に行けないようにしていたと。シュタイン家は法に触れることでもしたのではありませんか? だから外国に行けないようにしたんだ!」
ダン!
何? 響いた。音だけじゃなくて。
『魔力を入れて足を鳴らしたんだろう、大丈夫だ』
魔力を入れて足を鳴らす? な、何のために?
それにこの部屋では許された人以外、魔力は制御されるって聞いたけど。
「聞くに耐えんな」
上からお腹に響く声がする。2階? 2階の傍聴席にも人がいたんだ。
この法廷で一番偉いはずの第一書記官さまが胸に手を置き礼を尽くした。
ゴージャスな金糸の入ったマントをつけている。金髪に紫の瞳。
眼光は恐ろしいほどに鋭い。
『魔力が多いのはこやつだ』
一瞬にして場を制した。王だ。陛下だ。
みんなが振り返って礼を尽くした。わたしも真似してカーテシーをする。
「面をあげよ」
「ガルッアロ伯よ、今、お前は最大の過ちを犯した。それが何かわかるか?」
ガルッアロ伯はワタワタしている。
「発言を許す」
「お、落とし入れられたことでしょうか?」
陛下が鼻で笑った。それだけなのに凄い迫力と圧。
「お前はお前の無知さゆえに、ここにいる全てのものの命を危険に晒した。5歳児さえ、口を噤んでいるというのに」
陛下が階段を降りてきた。
「シュタイン伯よ、余に見せたかったのはこの茶番か?」
「いいえ、違います」
父さまが陛下をここに呼んでいたの?
「皆の者、一度だけ言う。今ここで聞いたことは自身の胸だけに収めよ」
この件を外で漏らしたらわかっているな?と続いたのが聞こえた気がする。
皆、ひれ伏す。
何が陛下の逆鱗だったのだろう? 足を鳴らす直前に言っていたことは、ウチを国外に出られないようにしていたことだったと思うけど。それが口外してはいけないこと? なんで?
「第一書記官、何をもたもたしておる。調べはついておるのだろう? 早く終わらせないか」
「はい」
陛下に急かされ、第一書記官さまは調書を数ページめくる。涼しいぐらいなのに、額には汗が浮かんでいる。
世話役の女性に手をひかれソファーに戻る。
「ええい、まどろっこしい、余が明らかにしてやる。ガルッアロ伯、真実を打ち明けろ」
「私が口にしていることが全て真実でございます」
ぬけぬけと!
「ガルッアロ伯は伯爵令嬢の殺害を示唆したのだろう?」
「しておりません」
「先ほど、出入りの者に願いを聞かれたかもしれないと言っていたな。その者に心当たりはあるのか」
「はい、実は。4人組の男たちだったのですが、少し前から姿が見えなくなり、私に申し開きができないようなことをしたのではないかと思っていたところだったのです」
「ほほう。申し開きができないこととはなんだ?」
「例えば法を犯すような……」
陛下はガルッアロ伯に質問をしながら、調書を読んでいる。めちゃくちゃ速いスピードで。
「お前は先ほどの町に行ってないのは確かだが、その少し前にある男たちを探していたようだな?」
「はい?」
「そこのカークという男の元の冒険者パーティのメンバーを」
「そ、そんなことは」
「嘘をつくな。裏付けは取れている」
ガルッアロ伯の喉がなる。
「レアワームの裏付け調査に担ぎ出された冒険者のメンバーを執拗なまでに調べたそうじゃないか。2箇所の情報屋に依頼して。それでカークとやらに目をつけた。前のパーティと喧嘩別れしたようだからな。元のメンバーたちがカークを恨んでいると予想した。そして探させたって?」
「そ、そんなことは」
「裏が取れているぞ。冒険者の仕事をほとんどしていない奴らを探し出すのは大変だったようだが、その賃金を値切ったようだな、情報屋というのは情報を漏らせば信用がなくなるゆえ口を閉ざすものなのに、お前のことはベラベラと話したようだ」
ガルッアロ伯が歯軋りする。
「その上、自分が危なくなったら、刺客を放ったのか? 悪党だな、おい」
「ご、誤解でございます」
「証人をここで引き出すつもりだったのだろう? 早く連れてこい」
陛下は青マントに言いつけた。
青マントの一人が後ろのドアから出ていって、すぐにまたその人を先頭に騎士に連れられた4人の男たちが入ってきた。
ガルッアロ伯が苦虫を噛み潰したような顔で男たちを凝視している。
「ガルッアロ伯、こいつらを知っているな?」
「いいえ、知りません」
「お前らはどうだ、こいつを知っているか?」
「知っています」
「ば、ばかをいうな。お前らなんか知らない」
「先ほどの4人組のいなくなった男たちではないのか?」
陛下に言われ、思い出したようだ。ぐだぐだじゃん。
「そ、そうでした。一時期雇っていただけなので顔を思い出せませんでした」
よくいうわ。
「きっとこいつらがそこの男に殺人を依頼したのでしょう。私が指示したとでも言って」
「! 俺たちに人殺しを依頼したのは、あんただ! その上、危なくなれば俺たちも殺そうとした、死人に口無しってな。」
4人の中のリーダー格っぽい男がガルッアロ伯に食ってかかる。
目の前にいるのが陛下ってわかってないのかな。自由すぎる。
「それでは、お前たちはこちらの者を知っているか?」
「……はい。以前、一緒に冒険者のパーティを組んでいたカークです」
「この者に何をした?」
「こいつに命令されて、カークにシュタイン家に冒険者の仕事で行った時に伯爵令嬢殺害をするよう言いました。殺さなければお前を殺すと脅して。俺たちのバックは貴族でパーティを潰すことも、パーティのリーダーの貴族の家を没落させることもできると言いました。そう言えば言うことを聞くはずだと言われたので」
こいつというときにガルッアロ伯をしっかりと指差す。
陛下は声の調子を変えて尋ねた。
「未遂といっても伯爵令嬢殺害を示唆したらただじゃ済まない。なのになぜ証言する気になった?」
「ガルッアロ伯が俺たちを殺そうとしたからです」
「何をいう、私はお前たちを殺そうとなんてしていない!」
「誰が信じるか、お前のいうことは嘘ばっかりだ!」
陛下が息をつく。
「発起人よ、先ほどのこやつが町の名を漏らしたことで、カークとやらを脅した4人と繋がりがあったことは立証されるだろう。だが、殺害の示唆をしたのはどう証明するつもりだったのだ?」
紫色の瞳が、冷たく色を放った。
発起人は悔しそうに口を噤む。
「それが答えか?」
陛下が問えば、ガルッアロ伯がニッと笑っているのが見えた。
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人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。
そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。
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短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。
お付き合い頂けたら嬉しいです!
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
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