プラス的 異世界の過ごし方

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4章 飛べない翼

第168話 モロールの事情(上)

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 アルノルトからわたしが熱を出したと聞いたのだろう、兄さまたちにもう大丈夫なのかと確かめられた。わたしは平気だと頷いてから、セズたちの様子を尋ねた。森の即席小屋よりも広いし暖かく過ごせているとのことだ。アルノルトがセズの服も調達してくれたそうだ。よかった。聞いてほっとする。セズたちはなぜ孤児院に戻りたくないのか話してくれなかったが、それは継続中らしい。父さまと各自面談していたそうなので、その時に話しているかもしれないがとのことだ。

 兄さまたちは、アルノルトがモロールの孤児院から帰ってきてすぐにあちらの反応を尋ねたそうだ。アルノルトは兄さまたちには言葉を濁し、父さまだけに報告をした。父さまから話があったが、孤児院にセズたちのことを伝えてきたということだけで、それ以上は教えてくれなかった。
 次の日、モロールの孤児院の人が町の家に訪ねてきた。兄さまたちはセズたちを絶対に寮から出すなと言いつかって、寮で静かにしていた。客人が帰ってから、何を言われたのか父さまに尋ねたけれど、何も教えてもらえなかった。
 その次の日、オメロの父親がやってきた。父さまに平謝りをしていた。オメロ父と父さまは一緒に宿屋に多分謝りに行き、オメロ父はその足でモロールに帰った。詳しい経緯はわからなかった。
 その翌日、オメロの父と侯爵さまから伝達魔法で何か知らせがあったようだ。けれど内容はやっぱり教えてもらえなかった。セズたちを宿屋に預けて、今日は家に帰ってきた。兄さまたちも何もわかっていない状態だそうだ。

 ただ、町の家に行った夜に父さまと話したそうで、そのことを話してくれた。
 夜、父さまに尋ねられたそうだ。どうしてセズたちのことを父さまに話さなかったのかと。
 双子は、セズたちはモロールに戻りたくないといい、父さまが知ったら領主だから困ると思ったからだと話した。

「それじゃあ、黙っていれば、この問題はどうにかなって、解決されることなのか?」

 そう父さまに、静かに尋ねられたという。双子はごめんなさいと謝ったそうだ。

「フランツ、殿下の承諾が取れれば、ことは解決できると思ったのか?」

 今度はそう兄さまに尋ねる。

「子供の立場でできることがあると思いました。セズたちを返さなくても大丈夫な確証ができてから、父さまに相談するつもりでした」

 兄さまが告げる。双子たちは父さまに兄さまは悪くないのを言わなくちゃいけないと思って、急いで言った。

「兄さまとリーには何で父さまに言わないんだって怒られたんだ」
「セズはいいつけるのならすぐここから出ていくっていうし。かくまうのが一番いいと思ったんだ」

 父さまは怒るわけでもなく、責めるわけでもなく、大人に告げずにそのまま匿っていて、起こり得たかもしれないことをひとつずつ挙げていったそうだ。
 セズたちの誰かが怪我や病気をする可能性。町外れの川原に子供たちだけでいて、獣や魔物に襲われる可能性。人売りに売られる可能性。病気で亡くなることだってあるかもしれない。恐ろしいことばかりを並べていった。そしてそれはセズたちの身に起こることだけでなく、問題視されればシュタイン領とモロール領の諍いとなるかもしれないことであり、それが中央に伝わり、領主を下ろされ領主が変わり、また領民に苦労をかけることになったかもしれないと、とくとくと語られた。そして父さまは、何であれ、今のところそういう〝後悔〟をするようなことが起こらなくて良かったと結んだという。



 夜になって父さまたちが帰ってきた。顔に傷がある。母さまが拵えた傷薬を顔に塗りたくった。物盗りのひとりが暴れまくったようだ。
 ケインが帰ったと聞いて、シロたちは慌てて厩舎へと駆けて行った。
 父さまたちにお風呂に入ってもらって、久しぶりにみんなでご飯だ。青い顔をした母さまも食べられはしなかったけれど、一緒のテーブルにつく。
 みんなで食べると一層おいしく感じるね。
 今日はおでんだ。分厚いけれど味のしみた大根を口いっぱいに頬張って噛み締める。しみしみ。

 居間でお茶とお菓子をいただきながら、聞きにくかったが、父さまにモロールの孤児院のことを尋ねる。

「オメロの父上であるタラッカ男爵と、モットレイ侯爵がモロールの領主に掛け合ってくれて、セズたちはこのままシュタインで預かることになった。最終的にセズたちがどうしたいか聞いてからになるけどな」

 タラッカ男爵と、モットレイ侯爵と、モロール領主? なんか大事になってた?

「父さま、何があったの?」

 父さまは顎を触った。

「なぜお前たちに罰を与えたか考えたか? それを聞かせてもらおう。ひとりでもわかった者がいたら、何があったのかを話すこととしよう」

 わたしたちは顔を見合わせたが、どの顔にも自信がないと書いてある。わたしもだ。兄さまたちが父さまから聞いた〝可能性〟を聞いて、わかった気もしたが聞かなかったら思いついていないと思う。

「おれは隠したことがいけないと思った。隠すのは心のどこかで良くないと思っているからだ。胸を張っていられない行動はとるなってことだと思った。おれは父さまが挙げたようなことが起こるとはひとつも考えつかなかったから」

 ロビ兄が一番に答えた。
 父さまは頷いた。

「オレたちセズたちが逃げ出してきたことを知った。きっと何かあったことも。モロールの孤児院で何かあった。それは子供が逃げ出すぐらいのことで、早く解決するために知らせる必要があるのに、目の前のセズたちしか助けたいと思わなかったから?」

 アラ兄が答えると、父さまは頷きながらも腕を組んだ。

「解決できることと、できないことの判断ができていないから」

 わたしが言うと、父さまはわたしの目を見て、目を伏せて軽く頷く。わたしがヒントなしで思いつけたのはそこまでだ。

「命の……命の重みをわかっていないから?」

 兄さまの回答に、父さまが微かに微笑んだ。その表情はどこか自嘲気味に見えた。

「みんなのいうこと全て当てはまるが、フランツの言ったことを肝に命じて欲しい」

 兄さまの言ったこと……〝命の重み〟だ。

「お前たちの心根が優しいことはわかっている。物も生き物も大切に思う心も持っている。決して軽くは考えていないとはわかるが、それだけでは済まないんだ。幸い大きな病を持つ子や怪我をした子はいなかったが、それは結果論だ。病を抱えている子もいたかもしれない。病を隠すかもしれない。お前たちはその可能性は考えたか? もし、あの中の誰かが亡くなるようなことがあっても、お前たちは対処することができたか? 自分の心も対処することができたか?」

 ああ、そうか。父さまはそれを心配していてくれたんだ。

「もし何かがあっても……大人がいても対処できないかもしれない。それでも経験からお前たちより多く幾つもの可能性を考えるし、対処法も知っている。〝人〟というのは力や魔力が大きかったり多くても、ゴリ押しでどうにかできることではないんだ」

 父さまは言った。セズたちを見たときに20個以上の心配事がみつかったと。お前たちはいくつ思いついたかと。思いついた分の対処法は考えられたのかと。
 指折り数えてみる。住処、食事、着るもの、これからのこと。モロールに戻るのを嫌がっていたから、戻るようになったらどうしようと思った。寒くないといいと思った、ひもじい思いをさせたくないと。これからを自分で選んでいけるよう協力できたらと思った。それぐらいだ。意味合いが重複してるのを足しても10個にも届かなかった。

 もし逃げ出したのは病が原因だとしたら? 病だとバレたくなくて出てきたのかもしれない。病になるとお金がかかるから。裕福な孤児院は想像しにくい。みんなに余計ひもじい思いをさせると院を抜け出す可能性だってある。わたしたちが聞いたのはモロールの孤児院に帰りたくないってことだけだ。

 もし病だったら。今まで平気そうだったのに急変したら。父さまのいうように大人だって対処できないようなことが起こっていたら。川原のそばで匿って。結界の石を置いたりはしたが、もし強い獣に襲われていたら? わたしは5人の命を決して軽く思っていたわけではないけれど、10個未満しか相手のことを考えられなかったわけで。それが重さをわかっていないということなんだろう。

 父さまはわたしたちが〝後悔〟するようなことが起こらなくてよかったと言ったという。何かが起こっても自分の心も対処できるか、そこを一番に考えてくれたんだと思うと、胸が痛い。父さまはわたしたちが傷つくことを何よりも考慮していた。それらのことが万が一起こっていたら、どう対処して結果がどう出たとしても、傷を負うことは避けられないと思うから。わたしたちが解決できないことを相談せずに〝後悔〟するようなことが起こらなくて良かったと思っているんだ。

 痩せ細っていたけれど具合が悪そうには見えなかったとか。5人で病の可能性は薄いとか、それはまた別問題で、わたしはその可能性は考えつかなかった。なんとなく孤児院を悪者にして、セズたちは逃げ出してきたと思い込んだ。
 そういえばオメロの言い分も、〝気にいらない〟という言葉を自分の物差しに当てはめて、オメロの気に入らないがどんなことか確かめもせずに、自分勝手な子なんだと思いこんだ。違うとわかったのに、また繰り返している。

「ごめんなさい」

 兄さまが言ったのを皮切りにわたしたちは謝った。

「間違えてもいいんだ。同じ過ちを繰り返してしまうこともある。一度で全てができるようになればそれが一番いいが、何度もつまづいてやっとできるようになることもある。何度でも言い聞かせてやるから心配するな。でもな、たった一度のことでも取り返しのつかないこともあるんだ。大人はそれを知っているから、そんな思いをさせたくないから、もう二度としないよう、そう願うんだ」
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