159 / 823
4章 飛べない翼
第159話 家出少年⑤少年の信念
しおりを挟む
「シュタイン領のレアワーム、知っているだろ?」
兄さまが尋ねる。
イザークもオメロも控えめに頷いた。
「あれは、前領主についていた腰巾着がこの薬を撒くと土が良くなるって撒いた後に起こったことなんだ」
「え?」
兄さまは腰巾着に言われるままに税をあげ、払えないと土地をとりあげ、その空いた土地で薬が撒かれた経緯を淡々と語る。
「……取引している農家に近々ポーションを撒くって言ってた」
サーっとオメロの顔が青くなる。
「そのポーションがどういうものかはわからないし、もしレアワームであれば対処法はあるから大丈夫だけど。子供が聞いてもおかしいと思うようなことなのに。商人のお父さんが大丈夫だろうと任せたお兄さんたちがそんなことに引っかかるのもおかしい」
アラ兄が腑に落ちないと言った顔だ。
「ど、どうしよう。兄上たちが、とんでもないことしてたら。それに俺が何言っても父上も聞いてくれないし!」
わたしたちは顔を見合わせる。
「父に話してみよう。大人から話を持っていてもらえば……」
イザークが立ち上がると、兄さまが眉を寄せながら言った。
「いや、それは侯爵さまも困るんじゃないかな。確証がないことで他家の貴族のやることに口を出すのは」
「じゃあ、どうすれば?」
「オメロが顧客を取れれば、お兄さんたちと一緒にやっていいって言われたんだよね?」
アラ兄が確認をする。
「あ、ああ」
「よし、ならば私が顧客になろう」
イザークが胸を叩いた。
「兄たちの仕事に一緒について、商人がおかしいのを証明するがいい」
イザークは侯爵さまに事情を話してくると家の中に入っていった。
イザークはオメロについていくことにしたようだ。
話を聞いた侯爵さまも異存はないようだ。モロールで人と会ったりできるからちょうどいいんだって。
ということで、お昼ご飯を食べたら、侯爵さまはイザークとオメロと従者くんを連れてモロールへ、父さまは町へと行くことになった。
侯爵さまたちも朝食のおにぎりにぱくついていたから、米は大丈夫とわかり、昼はハンバーグステーキ定食にした。ハンバーグ、フライドポテトもどきはやっぱり子供に大人気だ。さっき収穫した芋だというと、噛みしめるようにして食べている。
食事が終わるとオメロが謝りにきた。町と宿で悪かったと。
権力を振るおうとしていたことも昨日たっぷり兄さまたちからお説教されたと、良くないことだとわかったのでもうしないと宣言する。宿には後日謝りに行くそうだ。困らせられたのはカトレアのお母さんなので、宿にちゃんと謝るというなら、わたしがいきり立つこともない。わたしは許した。それよりも、お兄さんたちのこと頑張れと言えば、ああと頷く。
オメロは言葉が足りないところもあるが、悪いと言われればそれを考えて直そうとしているし、会話を聞いていると〝平民と別格にあると常に見せつける〟のが貴族の正しい姿と思っているのではないかと思える言葉が端々にあり、それを同年代の子たちに良くない考えだと諌められ、矯正されていた。
「……そういえばリディア嬢は、宿屋で同じくらいの子たちと仲が良さそうに見えたが……平民だよな?」
「……友達」
「友達? 平民と?」
わたしは少したじろぐ。
オメロは言いにくそうに言った。
「それは成り立たない。いつか、傷つくぞ」
「そんなこと、ない!」
思わず声が大きくなった。オメロは小さく息を吐いた。
「正確には、今のリディア嬢では無理だということだ」
オメロの言っていることは正論だと、わたしの中のわたしが認めている。
「俺たちはまだ子供だ。だから、何も守れやしないんだ。それでも守りたかったら、人にとやかく言わせる隙を作るな。リディア嬢を攻撃したいと思ったら、リディア嬢と仲のいい平民を攻撃する。俺ならそうする。守れないのに、友達なんて甘っちょろいことを言ってたら、みんなが不幸になるぞ」
もふさまは貴族と平民という垣根は、わたしの心次第だと言ってくれた。前例がないなら最初になればいいと。わたしはそうするつもりだ。
でも、それは貴族という枠に入れて初めてスタートすることであり。わたしはたまたま貴族の子供に生まれついたにすぎない、まだ。わたし自身は何もしていなくて、できていないのだ。人から見たら、ただ仲良くしたいのとわがままを言っている、わがままを許されるところの娘にすぎない。わたし自身も隙がありありだし。みんなを胸の内に抱いて守る翼もない。
オメロはわたしにだけ聞こえるような小さな声で言った。
「偉そうに聞こえたかもしれないけど、少し前まで俺もそうだった。町で仲良くなった子で、初めて自分から友達を作って有頂天になってた。ただ俺と仲良くすることで、変な争い事に巻き込まれるなんて思わなかったんだ。俺は俺と仲良くしたことで、あいつからいろんなものを奪った。だからもう二度とプペからは何も奪わせないし、俺はあんな思いをしないために自分が思う最大のことをいつもやると決めた」
プペって従者くんの名前だったはず。オメロとプペにも何かがあったようだ。そしてわたしに同じ轍を踏まないように助言してくれたんだ。
「リディア嬢もそう思う必要はないけど、俺は身分違いの友情はあきらめた。でも身分があるから守れることもある。俺は手を取り合う友情は望まないけど、しっかりと生活を守れる主になることも一種の情だと思うことにしたんだ」
オメロが真っ直ぐにわたしを見ていた。町で会った時や宿屋では貴族の嫌なところを詰め込んだような坊っちゃまかと思ったが、彼には彼の信念があったようだ。ああ、そうか。彼は信念を持ち頑張っているんだ。自分についてきてくれる人を権力で守る、と。権力がある貴族だと羽をいっぱいに広げて威嚇しているんだ。ちょっと方向が残念なところもあるけれど、頑張っているからどこか応援したくなって、憎めない坊ちゃんなんだね。
「……よく考えてみる、ありがと」
そう言うと、オメロははにかんで笑った。
オメロは父さまを始め、みんなと言葉を交わしていく。
そんなことも起こり得るのか。貴族と平民の友達って。わたしはミニーたちと友達でいることは諦めないけど、問題は、わたしが友達を守れる強さがないってことだ。それに尽きる。守れるようになるそれまでは、貴族の子供からはみ出さず隙を作らないことが必要なんだね。
『大丈夫か、リディア? あいつが変なことでも言ったのか? 噛みついてやろうか?』
もふさまを抱きあげる。昼ごはんが終わった時に帰ってきたので、ひとりで食べてもらっていたんだ。食べ終えたようだ。
「ううん、教えてもらったの。もふさま、わたしね、領地の子と友達あきらめない。だけどね、みんなを守れるようになるまで、隙を見せないようにしないといけないのもわかっている。だから、けじめをつけるよ」
『リディアの好きにしたらいい。我はリディアのすることを見ていてやる』
うん、と頷いて、もふさまに顔を埋める。やっぱり日向の匂いがする。不思議だ。
イザークも王都に来たときには絶対に家に寄ってくれと兄さまたちに言って。モロールへと旅立っていった。
父さまとアルノルトさんは馬に乗って町へと行く。
侯爵さまたちはなんでシュタイン領に来ていたんだろうと一瞬思ったけれど、兄さまに声をかけられて振り向いた時には忘れていた。
わたしはメインルームで魔具をこしらえた。兄さまたちもミラーダンジョンで足が欲しいと言う。兄さまたちは運動神経抜群だ。足も長い。ゆえにおまるは似合わない。バイクの形はどうだろう? 車輪は動かないけどね。試しにひとつ作ったら、ものすごく喜び……改良に改良を重ねることになった。「ここはこういう角度にして」とか「ここは短く」とかうるさい。乗れて飛べればいいじゃんって思うのはわたしだけみたいだ。
父さまたちが帰ってきて見せると、おまるより大興奮だ。なぜ?
サブハウスの庭に出て、ロビ兄が乗ってみせた。ロビ兄はアクロバットな動きを見せる。わたしと同じ風の魔具をつけているだけなのに、なんだってそんなことができてしまうんだろう? 意味がわからない。父さまが乗ってみたいと言って、子供用のサイズのものに、体を縮こませるようにして乗り込んだ。そして同じくアクロバット!
「これはすごいな!」
息を弾ませている。
「じゃあ、今度これでダンジョン行っていい?」
「却下だ」
「なんでーーーー?」
ロビ兄が悲鳴にも似た声を上げる。
「ダンジョンだぞ、これに乗っている時に魔物に襲われたらどうするんだ?」
言葉に詰まる。ハンドルで手が塞がるもんね。
ああ、そっか!
わたしはキランと輝くスライムの魔石を出した。自転車でいったらベルのあたりに魔石をつける。ベルなら運転しながらでも触れる。
「ロビ兄、ここに小さく風魔法を入れてみて」
ロビ兄はベル変わりの魔石を触った。
ビュンと風が行き、木の高いところの枝を切り落とした。
「解決」
わたしがニヤリと笑ってみせると、みんな無言になる。
「え、だめ?」
「い、いや、ダメじゃないが……」
「リディー、いろんな性能つけられるんだね?」
「うん、バレてもいいならわりとなんとかなるよ」
「父さま、魔物と直に戦うときは降りたり、しまうから、そこに行くまで乗っていってもいいよね? 好きな形でいっぱい性能つけてもらって、そういうのリディーに作ってもらってもいいよね?」
みんなにうるうるした目で見上げられて、父さまは折れた。でもこっそりと自分のも作って欲しいというから、みんなに形やつけたい性能を申告してもらうことにした。そして相談しながら作ることに。ちなみに、父さまにはイメージでハーレータイプを伝えておく。スクーター、スノボータイプもあっても面白いかと思って伝えておいた。わたしは大きくなったらスクータータイプがいいかな。
っていうか、この世界、魔石があるのに、そういうのが発展していないのが不思議だよ。〝足〟なんて最初に考えそうなものだけど。
でもみんなが乗っていたら、それにルールが必要になってくるし、規制するのは大変なのかもね。空飛んでいるのに衝突しないように信号とかあっても嫌だし。誰もこないダンジョンで使用するぐらいでいいのかもしれない。
できればわたしは〝足〟が欲しいんだけどね!
それぞれから要望があったので、これから少しずつ作っていくことにした。
わたしは夕飯の後にアルノルトさんとピドリナさんにケジメをつけに行った。
ケジメ。したくないことをするのは、自分への一種の罰なのかもしれない。心にいつも刻めと。そのしたくないことをするのは自分が足りていないからなのだと。したくないことをせずにいられるようになるのは自分次第なのだと、胸が痛むたびに自分で思い出すように。
わたしはまずふたりのことが大好きだと告げた。そしてそれはこれからも変わらないと。ただ思うことがあって、これから〝さん〟づけはやめる、と。
何が隙を見せることになるのか、わたしにはわからない。多分何かがあってはじめて〝隙〟だったのかと思うことになるんだと思う。わかっていないのだから、先人たちの教えに従うことにする。使用人に〝さん〟づけはしない。身分というのが浸透している世界だと理解を務める。一般的な貴族に近づければ、少しはそのせいで受ける害はなくなると信じたい。
なぜか泣きそうになった。自分で決めたことなのに。納得しているけれど、考えた上で出した結論だけど、わたしは思いを曲げる力しかない自分が悔しいのだろう。
さんづけはやめるけれど、何も変わらないからと。
それだけを伝えるのに時間はかかったし、なかなか言葉が出なかったりしたが、ふたりは最後まで聞いてくれてから、承知いたしましたと頭を下げた。
そしてふたりとも、わたしのことが大好きだと言ってくれた。わたしはまた泣きたくなった。
兄さまが尋ねる。
イザークもオメロも控えめに頷いた。
「あれは、前領主についていた腰巾着がこの薬を撒くと土が良くなるって撒いた後に起こったことなんだ」
「え?」
兄さまは腰巾着に言われるままに税をあげ、払えないと土地をとりあげ、その空いた土地で薬が撒かれた経緯を淡々と語る。
「……取引している農家に近々ポーションを撒くって言ってた」
サーっとオメロの顔が青くなる。
「そのポーションがどういうものかはわからないし、もしレアワームであれば対処法はあるから大丈夫だけど。子供が聞いてもおかしいと思うようなことなのに。商人のお父さんが大丈夫だろうと任せたお兄さんたちがそんなことに引っかかるのもおかしい」
アラ兄が腑に落ちないと言った顔だ。
「ど、どうしよう。兄上たちが、とんでもないことしてたら。それに俺が何言っても父上も聞いてくれないし!」
わたしたちは顔を見合わせる。
「父に話してみよう。大人から話を持っていてもらえば……」
イザークが立ち上がると、兄さまが眉を寄せながら言った。
「いや、それは侯爵さまも困るんじゃないかな。確証がないことで他家の貴族のやることに口を出すのは」
「じゃあ、どうすれば?」
「オメロが顧客を取れれば、お兄さんたちと一緒にやっていいって言われたんだよね?」
アラ兄が確認をする。
「あ、ああ」
「よし、ならば私が顧客になろう」
イザークが胸を叩いた。
「兄たちの仕事に一緒について、商人がおかしいのを証明するがいい」
イザークは侯爵さまに事情を話してくると家の中に入っていった。
イザークはオメロについていくことにしたようだ。
話を聞いた侯爵さまも異存はないようだ。モロールで人と会ったりできるからちょうどいいんだって。
ということで、お昼ご飯を食べたら、侯爵さまはイザークとオメロと従者くんを連れてモロールへ、父さまは町へと行くことになった。
侯爵さまたちも朝食のおにぎりにぱくついていたから、米は大丈夫とわかり、昼はハンバーグステーキ定食にした。ハンバーグ、フライドポテトもどきはやっぱり子供に大人気だ。さっき収穫した芋だというと、噛みしめるようにして食べている。
食事が終わるとオメロが謝りにきた。町と宿で悪かったと。
権力を振るおうとしていたことも昨日たっぷり兄さまたちからお説教されたと、良くないことだとわかったのでもうしないと宣言する。宿には後日謝りに行くそうだ。困らせられたのはカトレアのお母さんなので、宿にちゃんと謝るというなら、わたしがいきり立つこともない。わたしは許した。それよりも、お兄さんたちのこと頑張れと言えば、ああと頷く。
オメロは言葉が足りないところもあるが、悪いと言われればそれを考えて直そうとしているし、会話を聞いていると〝平民と別格にあると常に見せつける〟のが貴族の正しい姿と思っているのではないかと思える言葉が端々にあり、それを同年代の子たちに良くない考えだと諌められ、矯正されていた。
「……そういえばリディア嬢は、宿屋で同じくらいの子たちと仲が良さそうに見えたが……平民だよな?」
「……友達」
「友達? 平民と?」
わたしは少したじろぐ。
オメロは言いにくそうに言った。
「それは成り立たない。いつか、傷つくぞ」
「そんなこと、ない!」
思わず声が大きくなった。オメロは小さく息を吐いた。
「正確には、今のリディア嬢では無理だということだ」
オメロの言っていることは正論だと、わたしの中のわたしが認めている。
「俺たちはまだ子供だ。だから、何も守れやしないんだ。それでも守りたかったら、人にとやかく言わせる隙を作るな。リディア嬢を攻撃したいと思ったら、リディア嬢と仲のいい平民を攻撃する。俺ならそうする。守れないのに、友達なんて甘っちょろいことを言ってたら、みんなが不幸になるぞ」
もふさまは貴族と平民という垣根は、わたしの心次第だと言ってくれた。前例がないなら最初になればいいと。わたしはそうするつもりだ。
でも、それは貴族という枠に入れて初めてスタートすることであり。わたしはたまたま貴族の子供に生まれついたにすぎない、まだ。わたし自身は何もしていなくて、できていないのだ。人から見たら、ただ仲良くしたいのとわがままを言っている、わがままを許されるところの娘にすぎない。わたし自身も隙がありありだし。みんなを胸の内に抱いて守る翼もない。
オメロはわたしにだけ聞こえるような小さな声で言った。
「偉そうに聞こえたかもしれないけど、少し前まで俺もそうだった。町で仲良くなった子で、初めて自分から友達を作って有頂天になってた。ただ俺と仲良くすることで、変な争い事に巻き込まれるなんて思わなかったんだ。俺は俺と仲良くしたことで、あいつからいろんなものを奪った。だからもう二度とプペからは何も奪わせないし、俺はあんな思いをしないために自分が思う最大のことをいつもやると決めた」
プペって従者くんの名前だったはず。オメロとプペにも何かがあったようだ。そしてわたしに同じ轍を踏まないように助言してくれたんだ。
「リディア嬢もそう思う必要はないけど、俺は身分違いの友情はあきらめた。でも身分があるから守れることもある。俺は手を取り合う友情は望まないけど、しっかりと生活を守れる主になることも一種の情だと思うことにしたんだ」
オメロが真っ直ぐにわたしを見ていた。町で会った時や宿屋では貴族の嫌なところを詰め込んだような坊っちゃまかと思ったが、彼には彼の信念があったようだ。ああ、そうか。彼は信念を持ち頑張っているんだ。自分についてきてくれる人を権力で守る、と。権力がある貴族だと羽をいっぱいに広げて威嚇しているんだ。ちょっと方向が残念なところもあるけれど、頑張っているからどこか応援したくなって、憎めない坊ちゃんなんだね。
「……よく考えてみる、ありがと」
そう言うと、オメロははにかんで笑った。
オメロは父さまを始め、みんなと言葉を交わしていく。
そんなことも起こり得るのか。貴族と平民の友達って。わたしはミニーたちと友達でいることは諦めないけど、問題は、わたしが友達を守れる強さがないってことだ。それに尽きる。守れるようになるそれまでは、貴族の子供からはみ出さず隙を作らないことが必要なんだね。
『大丈夫か、リディア? あいつが変なことでも言ったのか? 噛みついてやろうか?』
もふさまを抱きあげる。昼ごはんが終わった時に帰ってきたので、ひとりで食べてもらっていたんだ。食べ終えたようだ。
「ううん、教えてもらったの。もふさま、わたしね、領地の子と友達あきらめない。だけどね、みんなを守れるようになるまで、隙を見せないようにしないといけないのもわかっている。だから、けじめをつけるよ」
『リディアの好きにしたらいい。我はリディアのすることを見ていてやる』
うん、と頷いて、もふさまに顔を埋める。やっぱり日向の匂いがする。不思議だ。
イザークも王都に来たときには絶対に家に寄ってくれと兄さまたちに言って。モロールへと旅立っていった。
父さまとアルノルトさんは馬に乗って町へと行く。
侯爵さまたちはなんでシュタイン領に来ていたんだろうと一瞬思ったけれど、兄さまに声をかけられて振り向いた時には忘れていた。
わたしはメインルームで魔具をこしらえた。兄さまたちもミラーダンジョンで足が欲しいと言う。兄さまたちは運動神経抜群だ。足も長い。ゆえにおまるは似合わない。バイクの形はどうだろう? 車輪は動かないけどね。試しにひとつ作ったら、ものすごく喜び……改良に改良を重ねることになった。「ここはこういう角度にして」とか「ここは短く」とかうるさい。乗れて飛べればいいじゃんって思うのはわたしだけみたいだ。
父さまたちが帰ってきて見せると、おまるより大興奮だ。なぜ?
サブハウスの庭に出て、ロビ兄が乗ってみせた。ロビ兄はアクロバットな動きを見せる。わたしと同じ風の魔具をつけているだけなのに、なんだってそんなことができてしまうんだろう? 意味がわからない。父さまが乗ってみたいと言って、子供用のサイズのものに、体を縮こませるようにして乗り込んだ。そして同じくアクロバット!
「これはすごいな!」
息を弾ませている。
「じゃあ、今度これでダンジョン行っていい?」
「却下だ」
「なんでーーーー?」
ロビ兄が悲鳴にも似た声を上げる。
「ダンジョンだぞ、これに乗っている時に魔物に襲われたらどうするんだ?」
言葉に詰まる。ハンドルで手が塞がるもんね。
ああ、そっか!
わたしはキランと輝くスライムの魔石を出した。自転車でいったらベルのあたりに魔石をつける。ベルなら運転しながらでも触れる。
「ロビ兄、ここに小さく風魔法を入れてみて」
ロビ兄はベル変わりの魔石を触った。
ビュンと風が行き、木の高いところの枝を切り落とした。
「解決」
わたしがニヤリと笑ってみせると、みんな無言になる。
「え、だめ?」
「い、いや、ダメじゃないが……」
「リディー、いろんな性能つけられるんだね?」
「うん、バレてもいいならわりとなんとかなるよ」
「父さま、魔物と直に戦うときは降りたり、しまうから、そこに行くまで乗っていってもいいよね? 好きな形でいっぱい性能つけてもらって、そういうのリディーに作ってもらってもいいよね?」
みんなにうるうるした目で見上げられて、父さまは折れた。でもこっそりと自分のも作って欲しいというから、みんなに形やつけたい性能を申告してもらうことにした。そして相談しながら作ることに。ちなみに、父さまにはイメージでハーレータイプを伝えておく。スクーター、スノボータイプもあっても面白いかと思って伝えておいた。わたしは大きくなったらスクータータイプがいいかな。
っていうか、この世界、魔石があるのに、そういうのが発展していないのが不思議だよ。〝足〟なんて最初に考えそうなものだけど。
でもみんなが乗っていたら、それにルールが必要になってくるし、規制するのは大変なのかもね。空飛んでいるのに衝突しないように信号とかあっても嫌だし。誰もこないダンジョンで使用するぐらいでいいのかもしれない。
できればわたしは〝足〟が欲しいんだけどね!
それぞれから要望があったので、これから少しずつ作っていくことにした。
わたしは夕飯の後にアルノルトさんとピドリナさんにケジメをつけに行った。
ケジメ。したくないことをするのは、自分への一種の罰なのかもしれない。心にいつも刻めと。そのしたくないことをするのは自分が足りていないからなのだと。したくないことをせずにいられるようになるのは自分次第なのだと、胸が痛むたびに自分で思い出すように。
わたしはまずふたりのことが大好きだと告げた。そしてそれはこれからも変わらないと。ただ思うことがあって、これから〝さん〟づけはやめる、と。
何が隙を見せることになるのか、わたしにはわからない。多分何かがあってはじめて〝隙〟だったのかと思うことになるんだと思う。わかっていないのだから、先人たちの教えに従うことにする。使用人に〝さん〟づけはしない。身分というのが浸透している世界だと理解を務める。一般的な貴族に近づければ、少しはそのせいで受ける害はなくなると信じたい。
なぜか泣きそうになった。自分で決めたことなのに。納得しているけれど、考えた上で出した結論だけど、わたしは思いを曲げる力しかない自分が悔しいのだろう。
さんづけはやめるけれど、何も変わらないからと。
それだけを伝えるのに時間はかかったし、なかなか言葉が出なかったりしたが、ふたりは最後まで聞いてくれてから、承知いたしましたと頭を下げた。
そしてふたりとも、わたしのことが大好きだと言ってくれた。わたしはまた泣きたくなった。
134
お気に入りに追加
1,239
あなたにおすすめの小説
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。
転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて
ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記
大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。
生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、
まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。
しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。
無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。
これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?
依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、
いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。
誰かこの悪循環、何とかして!
まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて
【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。
柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。
詰んでる。
そう悟った主人公10歳。
主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど…
何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど…
なろうにも掲載しております。
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる