プラス的 異世界の過ごし方

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4章 飛べない翼

第145話 砦⑤避難

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「傷というのは表面は治って見えても、中ではジクジクと膿んでいることがある」

 わたしはカサブタを思い浮かべていた。カサブタは硬く乾いていて、痒くなって。もうきっと新しいつるんとした皮膚が頑張っているんだろうと掻いてしまうと、まだ塞がりきっていなかったところからジュクジュクした血が流れ出て、新たなカサブタを作ることになる。

「原因を取り除き、一番欲していた治癒法を施せば、時間がかかっても傷は癒える」

 迷惑だと、何にもできないと言われたわたしの傷には、誇りだと言ってもらえたことが治癒に繋がったように。
 アイラにとって何が治癒になるのか、何を欲しているのかをしばらく探ることになるだろうとおじいさまは言う。わたしもそれがいいと思った。

 おじいさまのため息が重い。

「ワシが全て悪かった。だが、それさえも糧として立て直さなくてはならない。それが上に立つものの矜持だ」

 見上げるわたしに気づいておじいさまは辛そうに微笑んだ。

「家のことは妻に全て任せていた。その妻が若くして亡くなり途方に暮れた。困ったことに子供にどう接していいかもわからなかった。とにかく金があれば子供が生きていけるだろうと思った。功績を立てるのに危険な戦地でも顧みずに飛び込んだ。結果、辺境伯という爵位は授かったが息子とは縁遠くなっていた。そして2代に渡り妻を早くに亡くし、息子も子供と良い関係を築けていなかった」

 おじいさまは膝を床につけて、わたしの目の高さに屈む。
 ひいばあ様も若くして亡くなったのか。

「その時に気づくべきだった。家族の関係も築けないようなワシが、また新たに家族のような関係を築けるわけがないのだと。ワシは息子とはうまくいかなかったが、ここで、同じ命を賭けて闘うもの同士、愚かにも家族のような関係になれると思っていたんだ」

 わたしの頬に手が添えられる。おじいさまの瞳の中に哀しみが宿っている。

「その驕った歪みが全部お前にいっていたのだな。ワシは気づきもしなかった」

 おじいさまのせいじゃないと伝えたくて、首を横に振った。

「砦に救われていた人も、いっぱいいたと思う」

 おじいさまがわたしをギューと抱きしめた。
 本当にそう思うよ。みんなが家族みたいに温かく迎えてくれて、家族だからとおじいさまが守っていてくれる。特に戦いに身を置く人にとっては、その環境は安心できて優しい場所だったと思う。
 切なそうに笑うから、わたしから抱きしめてあげた。

「わたしは、だいじょぶ」

 わたしはもう泣いているだけからは卒業したのだ。
 おじいさまが頭を撫でてくれた。




 部屋に戻ると、まるで本物の子犬のように、もふさまがわたしの足にじゃれついてきた。
 もふさまを抱きあげる。するとわたしのほっぺをペロンとする。

『我にいうことはないか?』

「心配してくれて、ありがと。だいじょぶ」

『リディアの大丈夫はあてにならないと兄たちが言っていたぞ』

 思わず笑ってしまう。

「リディア、父さまにいうことはないか?」

 もふさまと同じ台詞で、感情が乱れる。心配をかけ、そして力になろうとしてくれているのを感じて、泣きたいような笑いたいようなどっちにも似た気持ちが膨れ上がる。わたしはもふさまを抱えたまま父さまの前に行った。

「ムッときて、言い返したけれど、砦のことを考える……。砦のことを考えると解決しないといけないことだと思った。だからおじいさまに話してきた」

 父さまが屈んでわたしの顔を両手で挟む。

「父さまがしてやれることはないか?」

「わたしがいけないことをしたら、いけない、教えてね」

 父さまは眉尻を下げて頷いた。




 アイラの欲しいことは何なんだろう? 何をしたらアイラは満たされるんだろう? アイラとは少ししか思い出せていない過去と、針仕事の時と食堂の時の彼女しか見ていないので、考えてもわかるわけはなかった。わたしは導き出せるほど、彼女は知らない。でも昔も今も、わたしのことが癇に触るのだろう。そんなわたしが彼女を知りたくてうろちょろしたら、余計にイラッとするだろうし……。

 そのとき鐘がなった。カンカン、カンカンカンカン。

「警鐘だ」

 兄さまが短くいった。

「魔物が出たようだ。避難するぞ」

 父さまがわたしを抱きあげた。鐘の鳴らす回数かリズムで魔物が出たと判ったのだろう。

 砦の内部に入るのは初めてだ。
 人が集まってきていて、その流れ通りに歩く。避難所は、砦から逃げ出すときの脱出ルートにも繋がっているという。

「ジュレミーさま」

 誰かが手をあげて父さまを呼んだ。
 父さまは兄さまにわたしを託す。

「父さま」

 兄さまが父さまを呼ぶ。

「出るにしても、一度必ず避難所に行く。お前たち、リディアを頼むぞ」

 兄さまたちはわたしを抱えたまま、小走りに避難所へと急いだ。

 記憶の学校にあった体育館ぐらいの広さだ。戦闘員は違うところに集まっているらしく、いるのは子供と女性たちだ。
 そのうち、父さま、それから何人ものおじさんが避難所に来た。
 父さまが説明してくれる。
 ダンジョンから魔物が出たという狼煙があがったそうだ。ここから半日ほどの場所にあるダンジョンで、何年かに一度、魔物が溢れ出すという。なかなか強い魔物で被害が大きくなるので、特に注視しているそうだ……。

 父さまは魔物の討伐に出るそうだ。おじいさまもシヴァも。帰ってくるのは早くて1日後になるという。何があるかわからないから、みんなで避難所で過ごすように。もし何かあったら、指示に従い脱出するように言われる。

 父さまにギュッと抱きつく。

「父さま、私も行きます」

「ダンジョンの魔物より強いぞ」

「わかっています」

「父さま、おれも!」

 そう言ったロビ兄に父さまは考えこむ。
 後ろの方では、女性たちに避難所の備蓄の説明をしている。
 町も狼煙が上がった時点で、もっと遠くに逃げる手筈になっているようだ。わたしたちを町に、さらに遠くへ避難させるには護衛にまわす人員が足りないので、避難所への避難となったようだ。
 もふさまの表情が固い。

「もふさま、魔物強い?」

『人族なら手こずるかもな』

「もふさま!」

『みなまで言うな。我も領主や辺境伯を知っておる。心配もする。だが、我が出向けば、リディアと離れることになる』

「わたし、避難所いる。魔物退治されれば、危険ない」

 もふさまが何と言っているかわかるはずないのに、ロビ兄が言った。

「わかった。おれ、砦に残る。おれたちが、リーを守る」

 アラ兄も力強く頷く。
 もふさまは頷いた。

『承知した』

「明日、会おう。アラン、ロビン、リディアを頼んだぞ」

「父さまも、兄さまも、怪我しないでね」

 アラ兄が声を詰まらせる。

「もふさまも怪我しないでね」

 すがってしまったとはいえ、魔物が強いなんて……。

『そんな顔をするな。我をなんだと思っている。森の主人ぞ?』

 そうだよね。

「もふさま、みんなをお願いね。無理言ってごめんね。兄さま、安全なとこいてね」

 兄さまが苦笑する。

「善処する」

「父さま、みんなで無事に帰ってきてね」

「もちろんだ」

 父さまはみんなの頬を手で触れて、そして踵を返す。兄さまが後を追って、その後ろをもふさまが軽やかに走っていく。



 何人かのおじさんがいつでも扉を開けて出られるように常にスタンばっている。

「魔物来ないよね?」

 わたしより少し上の子が、おじさんに尋ねている。

「辺境の猛者が退治に行っているんだ、ここまで魔物がくることはない。万全を期すために避難しているだけだ、怯えるな」

 おでこを人差し指で押して。それを聞いていたおばさんたちもほっとした表情になった。
 みんなで寄り添うようにして、ただただ無事を祈った。
 初めて既製の保存食を食べて、飲み込むのが大変だった。匂いがきつく、硬い。これはずっと舐めるものなのかもしれない。
 毛布が何人かに1枚ずつ配られたので、双子に挟まれて眠った。

 窓のないスペースなので、何時頃かはわからなかったけど、明け方だと思う。
 警鐘がなった。カンカンカン、カンカンカンと短い軽めの音が何度も鳴らされた。
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