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3章 弱さと強さと冬ごもり
第133話 冬ごもり②領地の家
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予定していた今日まわる最後は牧場だった。ゆるい坂道をかなり長く登った。わたしは教会からはずっと父さまに抱っこで運んでもらっていたけどね。
牧場にはホルスタよりずっと穏やかそうなモーモと、剣呑な目をしていないメーメと、人懐っこいメーがいた。動物が少ない印象があったが、寒くなると厩舎から出てこなくなる子が多いのだそうだ。
もふさまがメーメとメーと追いかけっこを始めたので驚いたが、牧場主さんも「楽しそうだなぁ」と穏やかに目を細めているので、あれはあれでオッケーらしい。広いところに来て、もふさま嬉しくなっちゃったのかしら。
マリーナさんにも会った。優しそうなかわいらしいお嬢さんだった。動物にも優しければ、わたしなんかにも目の高さを合わすのに屈んで挨拶してくれる。なるほど、これがモテる秘訣か。わたしも大きくなったら小さい子に屈んで接しよう。動物は好きだから、いけるかも。
温石とスライムの魔石を渡す。そして廃棄処分に近いというミルク、バター、チーズなどを大量に購入させてもらった。生クリームは作らないのか尋ねたところ、足が早く、みんな日持ちする物を買うので需要がなく作っていないという。それはもったいない。
今はまだ人が買いに来たりするからいいけれど、雪が降ると人は買いに来れなくなる。するとミルクは毎日大量に出るが捨てることになるそうだ。毎年のことでわかりきっているが、捨てることが切ないという。わたしは父さまと相談して〝ダンジョン産〟の収納袋を渡した。
今日から春になってわたしたちがまた来るまで、いつも通りにミルク、バター、チーズなどを生産して欲しいと。できたものはこの袋に入れれば腐ったりしないからと。できたら生クリームも作って欲しいともお願いしてみた。雪で従業員さんも来れなくなるだろうから、その分は量が落ちても問題なくて、無理なくやれる分だけ作ってもらえればいいこと。雪が止んだらまた来ること。その時に、わたしたちが全部買い取ること。他の人に売りたい時は、売ってもらって全然問題ないこと。ただ入れていく回数に制限はないけれど、30回取り出すと収納袋はただの袋になってしまうので、わたしたちに渡すまで取り出すのは29回までにして欲しいことも念を押し、とにかく余ったものは買い取るからと。
「あ、ありがたいですが、領主さまに負担が……」
「なあに、そちらに儲けが出れば領地が潤います。回り回って、ウチも助かるんです。でも、無理はしないでくださいね。破棄するのが切ないとおっしゃった、その分を買い取らせもらうだけですから」
マリーナさんのお父さんは何度も父さまに頭を下げた。
その他、いくつかの家が薪問題で不安を抱えていたので、それは後日手配することになっている。食べ物は割と確保できているみたいだ。
後でわかったのだが、逆に村の方は薪はあるが、食糧が心許ないという情報をエドガー兄弟が持ち帰ってきたので、もう一度保存食を運んでもらうことになった。
あとは帰るだけだと思ったが、父さまがもう一軒寄りたいという。
町の中央に戻っていった。
町の中では大きいお屋敷だ。別棟も庭もある。
父さまは門を開けて庭先へと入っていった。
兄さまたちも言葉なくついてくる。
わたしを抱っこしたまま、玄関の鍵を開ける。
鍵を持っている?
ギーという音がして、開いたドアから光がお屋敷に入っていく。暗い赤い色の絨毯。目の前には2階へと続く階段もある。左右に濃い茶色のドアが立ち並んでいる。
「埃っぽいな」
父さまはそう言って階段は登らず、一階の奥へと廊下を歩いた。
父さまがいつもと違って見えて、ロビ兄でさえ口をつぐんでいる。
取手が金色の部屋に着くと、そのノブを回した。
12畳はありそうな広い部屋。左右には本棚がぎっしりとキャビネットもあった。正面に広い机がある。ソファーもあるけれど、湿気を吸い込んでいる気がする。
父さまはわたしをおろして窓を開けた。
父さまは外に向かってスーハーと息をする。そして振り返る。
「ここは、父さまの父さまの家だ」
前領主の家か。
「春になったら、休息日以外、父さまだけこちらに住む」
え?
「な、なんで?」
声を上げたのはロビ兄だ。
「町にいる方が、領地の人たちに何かあったときにすぐに対処ができるからだ」
「毎日通うんじゃダメなの? ケインもいるし」
兄さまが尋ねる。
「王子殿下もだろうが、他の貴族からも領地は注目されている。恐らく人も送り込まれているだろう」
「人を送り込むって?」
アラ兄がいぶかしむ。
「雇われた人が、ウチが何をやって、どういうことをしているのか、雇い人に報告をするだろう」
「え」
「お前たちはまだ子供だ。これから話すことはまだお前たちには早いことで、酷だと思う。でも、父さまはみんなに自分で選んで考えを持って欲しいから、話すことにする。何を思うのも自由だ。答えを出しても、それは時が経てば変わることもある、そこは覚えていて欲しい。
自由に考え、行動していい。話すのは、父さまが思っていることと、だからそう行動することを伝えるだけだ。父さまと意見が違ってもそれは当たり前のことだ」
そう前置きして、父さまは静かに話し始めた。
今、ウチは使用人が少ない。領主の仕事をするにあたり、父さまとしても手が足りていないのが実情だ。けれど〝家〟に新しい人を入れるのは憚られる。ウチの様子を探るものが紛れ込むだろうからだ。元々そんな気のない人だって、弱みを握られ命令されたら何をするかわからない。
実は王子ご一行が帰る時に宰相さんから使用人を見繕いましょうかといういらん提案があったそうだ。大きなお世話だが相手は宰相、そう言うことはできず、伝手があるからと断ったそうだ。
まあ、そうだよね。そんなことをしてもらう関係ではないと突っぱねても今こうしてご縁ができたからと言われそうだし。お金がないといえば、すぐに発展しそうだからその時に返してくれればいいですよ、なんなら中央で働きますか?と逆襲されても困る。そんな提案があったが最後、宰相の息のかかった使用人を雇うことになる。それが嫌なら、こちらもそのつもりで用意があるので結構ですというのが得策だろう。
ここは父さまの父さまが使っていた領主の家。町のほぼ中央にあり、領地の人の声も届きやすい。父さまだけ単身赴任のように平日はこちらで暮らすことにする。こちらで最低限の使用人を雇い入れる。
ピドリナさんに料理だけでなくいろいろやらせてしまっているから、家でも使用人は増やす。町外れの家の使用人は砦の人に来てもらえないか交渉するつもりで、春になったら砦に直接行くそうだ。その時に兄さまたちは連れていき、おじいさまとシヴァにもう少し鍛えてもらおうと思っている、と。
すると兄さまたちが湧き上がった。嬉しいみたい。なぜ……。
わたしは?と尋ねると、体調が悪くなかったらと言われた。ああ、冬の最後いつも寝込んでいるからね。
そうして言いにくそうに。自分の考えだけれど。父さまは家族以外を信じ込まないと言った。人は大切にしたいものがある。大切なものを守るために、他に対して非情になることもあるのだと。
だから自分は人を信じない。仕事の対価として報酬で応えるスタンスでいくと。自分と同じように考える必要はないが、秘密は家族以外に漏らすなとそこだけは約束して欲しいと言われた。
父さまが疑ってかからないといけないのも、全部わたしを守るためだ。
目の高さを合わせ、膝をついて話してくれていた父さまに抱きつく。
兄さまと双子もわたしごと父さまに抱きついた。
窓を閉め、鍵を閉めて外に出ると、泣き出しそうだった空から、ごみのような雪が降ってきた。
牧場にはホルスタよりずっと穏やかそうなモーモと、剣呑な目をしていないメーメと、人懐っこいメーがいた。動物が少ない印象があったが、寒くなると厩舎から出てこなくなる子が多いのだそうだ。
もふさまがメーメとメーと追いかけっこを始めたので驚いたが、牧場主さんも「楽しそうだなぁ」と穏やかに目を細めているので、あれはあれでオッケーらしい。広いところに来て、もふさま嬉しくなっちゃったのかしら。
マリーナさんにも会った。優しそうなかわいらしいお嬢さんだった。動物にも優しければ、わたしなんかにも目の高さを合わすのに屈んで挨拶してくれる。なるほど、これがモテる秘訣か。わたしも大きくなったら小さい子に屈んで接しよう。動物は好きだから、いけるかも。
温石とスライムの魔石を渡す。そして廃棄処分に近いというミルク、バター、チーズなどを大量に購入させてもらった。生クリームは作らないのか尋ねたところ、足が早く、みんな日持ちする物を買うので需要がなく作っていないという。それはもったいない。
今はまだ人が買いに来たりするからいいけれど、雪が降ると人は買いに来れなくなる。するとミルクは毎日大量に出るが捨てることになるそうだ。毎年のことでわかりきっているが、捨てることが切ないという。わたしは父さまと相談して〝ダンジョン産〟の収納袋を渡した。
今日から春になってわたしたちがまた来るまで、いつも通りにミルク、バター、チーズなどを生産して欲しいと。できたものはこの袋に入れれば腐ったりしないからと。できたら生クリームも作って欲しいともお願いしてみた。雪で従業員さんも来れなくなるだろうから、その分は量が落ちても問題なくて、無理なくやれる分だけ作ってもらえればいいこと。雪が止んだらまた来ること。その時に、わたしたちが全部買い取ること。他の人に売りたい時は、売ってもらって全然問題ないこと。ただ入れていく回数に制限はないけれど、30回取り出すと収納袋はただの袋になってしまうので、わたしたちに渡すまで取り出すのは29回までにして欲しいことも念を押し、とにかく余ったものは買い取るからと。
「あ、ありがたいですが、領主さまに負担が……」
「なあに、そちらに儲けが出れば領地が潤います。回り回って、ウチも助かるんです。でも、無理はしないでくださいね。破棄するのが切ないとおっしゃった、その分を買い取らせもらうだけですから」
マリーナさんのお父さんは何度も父さまに頭を下げた。
その他、いくつかの家が薪問題で不安を抱えていたので、それは後日手配することになっている。食べ物は割と確保できているみたいだ。
後でわかったのだが、逆に村の方は薪はあるが、食糧が心許ないという情報をエドガー兄弟が持ち帰ってきたので、もう一度保存食を運んでもらうことになった。
あとは帰るだけだと思ったが、父さまがもう一軒寄りたいという。
町の中央に戻っていった。
町の中では大きいお屋敷だ。別棟も庭もある。
父さまは門を開けて庭先へと入っていった。
兄さまたちも言葉なくついてくる。
わたしを抱っこしたまま、玄関の鍵を開ける。
鍵を持っている?
ギーという音がして、開いたドアから光がお屋敷に入っていく。暗い赤い色の絨毯。目の前には2階へと続く階段もある。左右に濃い茶色のドアが立ち並んでいる。
「埃っぽいな」
父さまはそう言って階段は登らず、一階の奥へと廊下を歩いた。
父さまがいつもと違って見えて、ロビ兄でさえ口をつぐんでいる。
取手が金色の部屋に着くと、そのノブを回した。
12畳はありそうな広い部屋。左右には本棚がぎっしりとキャビネットもあった。正面に広い机がある。ソファーもあるけれど、湿気を吸い込んでいる気がする。
父さまはわたしをおろして窓を開けた。
父さまは外に向かってスーハーと息をする。そして振り返る。
「ここは、父さまの父さまの家だ」
前領主の家か。
「春になったら、休息日以外、父さまだけこちらに住む」
え?
「な、なんで?」
声を上げたのはロビ兄だ。
「町にいる方が、領地の人たちに何かあったときにすぐに対処ができるからだ」
「毎日通うんじゃダメなの? ケインもいるし」
兄さまが尋ねる。
「王子殿下もだろうが、他の貴族からも領地は注目されている。恐らく人も送り込まれているだろう」
「人を送り込むって?」
アラ兄がいぶかしむ。
「雇われた人が、ウチが何をやって、どういうことをしているのか、雇い人に報告をするだろう」
「え」
「お前たちはまだ子供だ。これから話すことはまだお前たちには早いことで、酷だと思う。でも、父さまはみんなに自分で選んで考えを持って欲しいから、話すことにする。何を思うのも自由だ。答えを出しても、それは時が経てば変わることもある、そこは覚えていて欲しい。
自由に考え、行動していい。話すのは、父さまが思っていることと、だからそう行動することを伝えるだけだ。父さまと意見が違ってもそれは当たり前のことだ」
そう前置きして、父さまは静かに話し始めた。
今、ウチは使用人が少ない。領主の仕事をするにあたり、父さまとしても手が足りていないのが実情だ。けれど〝家〟に新しい人を入れるのは憚られる。ウチの様子を探るものが紛れ込むだろうからだ。元々そんな気のない人だって、弱みを握られ命令されたら何をするかわからない。
実は王子ご一行が帰る時に宰相さんから使用人を見繕いましょうかといういらん提案があったそうだ。大きなお世話だが相手は宰相、そう言うことはできず、伝手があるからと断ったそうだ。
まあ、そうだよね。そんなことをしてもらう関係ではないと突っぱねても今こうしてご縁ができたからと言われそうだし。お金がないといえば、すぐに発展しそうだからその時に返してくれればいいですよ、なんなら中央で働きますか?と逆襲されても困る。そんな提案があったが最後、宰相の息のかかった使用人を雇うことになる。それが嫌なら、こちらもそのつもりで用意があるので結構ですというのが得策だろう。
ここは父さまの父さまが使っていた領主の家。町のほぼ中央にあり、領地の人の声も届きやすい。父さまだけ単身赴任のように平日はこちらで暮らすことにする。こちらで最低限の使用人を雇い入れる。
ピドリナさんに料理だけでなくいろいろやらせてしまっているから、家でも使用人は増やす。町外れの家の使用人は砦の人に来てもらえないか交渉するつもりで、春になったら砦に直接行くそうだ。その時に兄さまたちは連れていき、おじいさまとシヴァにもう少し鍛えてもらおうと思っている、と。
すると兄さまたちが湧き上がった。嬉しいみたい。なぜ……。
わたしは?と尋ねると、体調が悪くなかったらと言われた。ああ、冬の最後いつも寝込んでいるからね。
そうして言いにくそうに。自分の考えだけれど。父さまは家族以外を信じ込まないと言った。人は大切にしたいものがある。大切なものを守るために、他に対して非情になることもあるのだと。
だから自分は人を信じない。仕事の対価として報酬で応えるスタンスでいくと。自分と同じように考える必要はないが、秘密は家族以外に漏らすなとそこだけは約束して欲しいと言われた。
父さまが疑ってかからないといけないのも、全部わたしを守るためだ。
目の高さを合わせ、膝をついて話してくれていた父さまに抱きつく。
兄さまと双子もわたしごと父さまに抱きついた。
窓を閉め、鍵を閉めて外に出ると、泣き出しそうだった空から、ごみのような雪が降ってきた。
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