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3章 弱さと強さと冬ごもり
第86話 兄妹喧嘩と女子会⑥妹
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遅くまで話し込んでいたから、なかなか起きることができなかった。
もふさまに顔をぺろぺろ舐められて、やっと目を開けることができた。
もう、みんな着替えていた。わたしも慌てて着替えたが、服と格闘しているとカトレアが見かねて手伝ってくれた。
朝ごはんは、サラダとスープとパンだった。
昨日あれだけ喋ったのに、おしゃべりは尽きない。
食べながらもいっぱい話して、そして笑った。
お店を開ける頃、シヴァがやってきた。
ミニーとお家の人にお礼と挨拶をして、みんなとバイバイする。みんなわたしの迎えを待っていてくれたみたいで、それぞれ家の手伝いをするのに帰っていった。
「シヴァ、お迎え、ありがと」
「どういたしまして。楽しかったですか?」
もふさまごと抱きあげてくれた。
「うん、すっごく!」
わたしは興奮冷めやらぬで、話そうとしたが、シヴァの服が昨日と同じことに気づいた。
「……シヴァ、町にいた?」
「え? いや、あの……」
『あの家の周りで番をしていたぞ』
もふさまがあくびをする。
あ……。魔物と戦ったりしてすっかり忘れ去っていたけれど、わたし、狙われたりしたんだっけ。それで父さまは家の守りを強めるのに、魔具を買ってきたり、執事さんを呼び寄せたりしたのに。そうやって家の守りを固めたのに。わたしが町でお泊まりしたいなんて言ったから……。
「ごめんなさい、シヴァ」
「いいんですよ。言ったでしょう? お嬢がどうしたいかちゃんと口にしたら、それを応援するって」
「シヴァ、ありがと」
思わずギュッと抱きつく。
『リディア、兄たちだ』
え? 首を後ろに向けると、兄さまとアラ兄とロビ兄が父さまと一緒にいた。
シヴァはわたしを抱え込んだまま、礼をした。
「リディー、おはよう」
「父さま、おはよう。兄さま、アラ兄、ロビ兄、おはよう」
「いい子にしてたか?」
「うん」
わたしは頷いた。
「リーはすっごく楽しかったみたいだね」
ロビ兄は〝すっごく〟を強めて言う。だから思わず
「うん、すっごく楽しかった!」
力強く返すと、ロビ兄は口を尖らせた。
「今日はね、馬と荷馬車を買う相談をしに町に来たんだ」
兄さまが教えてくれる。
あ、魔物を狩ったお金で馬車を買いたいって相談してくれたんだね。
じゃあ一緒にと思うと。
「リディーはシヴァと一緒に家に帰りなさい。母さまが待っているから」
と父さまに言われた。一緒に行くと言いたかったが、そうだ、シヴァは徹夜しているんだ。すぐに寝てもらわなくちゃ。
「……わかった。先、帰る。シヴァ、行こう」
馬で帰ってきて、シヴァにはすぐに寝てもらった。
わたしは母さまの授業だ。
外国語は早速つまづいている。英語でん?となったアレに似ている。何か聞かれたときに〝はい〟と〝いいえ〟がこんがらがるヤツ! 日本語だと疑問に対して賛同するかどうかで〝はい・いいえ〟で答えてきたから、疑問の答えが肯定か否定かで判断するのは困惑する、難しい。
ほんの2時間前までミニーたちと楽しく話していたのに、ずいぶん前のことのような気さえする。どれだけ楽しかったか話したいのに、誰も聞いてくれないのもつまらない。
「リディアは一人でつまらなさそうだな。フランツも、アランも、ロビンも、昨日の夕方からずっとつまらなそうだったぞ」
おじいさまに言われて、わたしはなぜか唇を噛みしめていた。
順番が逆になってしまったが、畑の世話をした。もふさまは眠り足りないと言って、ひと眠りするそうだ。もふさまは聖獣だから、水以外取らなくても生きていけるし、本当は眠る必要もないと聞いた。……眠り足りないだなんて。ここのところわたしと同じリズムで子犬のように暮らしているから……本当に犬に近づいていたりして。仕草も犬っぽいし。聖獣が犬になることってあるのかな? 大丈夫なのかな?
膝下サイズの土人形を10個作って、それぞれ畑の世話を言い渡す。わたしは座り込んで神さまへのお祈りタイムだ。
それにしても畑も、庭の草たちも、とても冬を前にしているとは思えない。この庭も登録者以外は見えないよう結界に設定をしているそうだ。高度な結界!
ひとりで座り込んでいると、淋しくなってきた。いつも、もふさまや兄さまたちと一緒だから。なんか、お泊まりをしたことで、兄さまたちとすれ違ってしまったような気がする。
あ、クッキーを作ろう。それで、そのクッキーを兄さまたちと食べて、女子会のことを話そう。
土人形たちに畑を任せて、わたしは炊事場へと急いだ。
ピドリナさんにお願いして、一緒にクッキーを作って欲しいというと、笑顔で頷いてくれた。
今日は三角に切ってもらうのではなくて、コップで型抜きして丸いクッキーにした。気持ちの問題だが、尖ったものを見て話して、気持ちが尖ってしまうことがわたしは怖かったんだと思う。
クッキーを冷ましているときに、父さまたちが帰ってきた。
「お帰りなさい」
出迎える。ロビ兄に視線をそらされた。
「お嬢さま、クッキーを出してお茶にしますか?」
炊事場に戻るとピドリナさんに尋ねられる。
「……後で、する……」
わたしは庭に出て、畑に戻った。
かごに収穫した野菜が置かれていた。大地の恵みに感謝だ。
ピドリナさんに渡して、夕ご飯に加えてもらおう。そう思うのに、お尻に根っこが生えてしまったように、立つ気にならない。
「リー」
アラ兄だ。
手をつかまれ、半分立ち上がる。
あ、爪を噛んでいた。
「リー、怒ってる?」
「怒る? なんで?」
アラ兄は眉を下げた。
「リー、ロビンを許してあげて」
え?
「許すって、わたし、怒ってない」
「本当?」
「……ロビ兄が、怒ってる。さっき目、そらした」
「ロビンは怒ってるんじゃなくて、怖いんだと思う」
「怖い? わたし?」
「リーに嫌われることが怖い」
ええ??
「なんで、わたし、嫌うの?」
アラ兄が、座ろうかとわたしを促す。
わたしは座り直した。
「ロビンは寂しがり屋だから、それに特にリーにそっぽをむかれると悲しくてしょうがなくなっちゃうんだ」
「わたし、そっぽむいてない」
「……リーは自分から行動しない子だったのに、引っ越してきてから、どこにでも行こうとするし、今回はお泊まりに行くなんていうし」
アラ兄がわたしの頭を撫でる。
「オレたちはリーを守りたいのに、リーはたったかひとりで行ってしまうから。兄さまとだけど、婚約しちゃったし。歩くのも遅いし、転ぶし、泣き出すと止まらないのに。まだ小さいはずなのに。魔法を使って、魔物を倒したりもできちゃうし。それで今度はひとりでお泊まりだ。なんだか置いてけぼりにされたみたいで、淋しくて、怖かったんだ」
「……わたしも、楽しかったこと、兄さまたち、聞いてくれなくて、淋しかった」
「……そうなの?」
頷くと、アラ兄は微笑んだ。
「リーはオレたちにとって特別なんだ」
少し泣きそうにも見えて、わたしは固まる。
「母上は、目を開けなくて、もう話すことができないって言われたんだ。2度と起きないんだって。2度と起きないってどうしてわかるのか不思議だった。だって、母上は寝ているみたいなのにさ」
アラ兄たちがお母さんを亡くしたのは4歳の時だ。
「会ったことのないおじいさまとおばあさまの元に行くか、叔母さまにあたる母さまたちの子になるか選んでいいって言われた。会ったことのない、母上が戻れないって言っていたおじいさまとおばあさまのところへは行っちゃいけないと思った。ここにいていいかって聞くと、父さまと母さまは笑って、家族になろうって言った。それで一番最初にくれたんだ。〝妹〟を」
そう言って、わたしを見る。
「まだ小さくてなんにもわからなくて、とても弱いんだと。だから兄さまになって妹を一緒に守ってくれるか?って。一緒に嬉しいことや楽しいことを教えてあげてくれるか?って。
……どうしていいかわからなくて、リーに聞いたんだよ。オレたちが兄さまになってもいいのかって。リーは〝あい〟って大きく頷いたんだ。だから、オレたち、リーの兄さまになることにした。どんなときも妹を守るって思ったんだ。絶対に守るって。嬉しいことや楽しいことをいっぱい教えてあげるって」
アラ兄とロビ兄も盲目的にわたしを思ってくれるのは、そんなことがあったからだったんだね。そうか、よく連れまわされたのも、ふたりの楽しいことや嬉しいことを教えてくれるためだったんだ。
「だからリーはオレたちにとって特別で、リーに嫌われたらどうしたらいいかわからなくなっちゃうんだ」
「わたし、アラ兄、ロビ兄、嫌うこと、絶対、ない」
「本当?」
「うん、絶対」
アラ兄の目が赤い。
「ロビンは寂しがり屋で怖がりだから。だから、リーがどんどんひとりでなんでもできるようになって、兄はいらなくなるのが、すっごく怖いんだと思う。だから、転んじゃったり、なかなか泣き止めないのを、笑ったりしてるんじゃなくて、早く大きくなろうとしないでって思ってるだけなんだ」
アラ兄が何を心配して、ロビ兄が目を合わせなかった気持ちが見えた気がした。
「アラ兄も怖かった?」
双子だもん。同じ経験をしてきていて、同じことを考えただろう。
わたしは答えないアラ兄の頭を撫でた。
「わたし、何あっても、嫌い、ないから。覚えておいて。アラ兄は優しいね。同じ気持ち、なのに、ロビ兄許してって、わたし、いった」
「オレの方がちょっとだけお兄さんだからね」
わたしはアラ兄に抱きついた。
「リー?」
「いつも守ってくれてありがと! 大好き」
ごめんね、わたしを思う気持ちの上にあぐらをかいて、当たり前のようにもらうばかりだった。もう、そんな心配はかけないから。気持ちをちゃんと伝えるから。
「でも、知ってて。アラ兄、ロビ兄、守ってくれようとするみたいに、わたしも守りたい、思ってること」
だからすぐ転んだり、泣いたら止まらなくなることから早く卒業したいのだ。
アラ兄の手をとって立ち上がる。アラ兄を連れてロビ兄の部屋に行く。
ノックをするとロビ兄が開けてくれた。
わたしはアラ兄を引き連れてずかずか入り込む。
「ロビ兄、わたし、転ぶ、恥ずかしいから、泣くのも、気にしてたから。恥ずかしいこと言われて、悔しかった。ひとりでお泊まりして、できること、見せようとも思った。ミニーたちとももっと仲良くなる、したかった。だから、お泊まり行った。ロビ兄たちと遊ぶ、も、大好き。わたし、ロビ兄、大好き」
ロビ兄に抱きつくと、ロビ兄は固まっていた。
顔をあげる。ちょっと泣きそうな顔をしている。
「いつも、守ってくれてありがと。大好き」
おでこをピンと弾かれる。
「お泊まりは楽しかったか?」
「うん、楽しかった」
「そっか。よかったな。そうか、リーは転んだり、泣くことは恥ずかしいんだな。おれはそんなリーがかわいいと思うから、まだそのままでいいと思って言ったんだ。悔しかったなら、ごめんな。許してくれる?」
わたしは勢いで頷いていた。
許すも許さないもない。わたしがただ悔しくて、だけど心のうちを説明できなかっただけなのに。
アラ兄とロビ兄の手をとる。心から思った。
「ふたりとも、わたしの、兄さま、なってくれて、ありがと」
そう言うと、ふたりに抱きしめられた。
もふさまに顔をぺろぺろ舐められて、やっと目を開けることができた。
もう、みんな着替えていた。わたしも慌てて着替えたが、服と格闘しているとカトレアが見かねて手伝ってくれた。
朝ごはんは、サラダとスープとパンだった。
昨日あれだけ喋ったのに、おしゃべりは尽きない。
食べながらもいっぱい話して、そして笑った。
お店を開ける頃、シヴァがやってきた。
ミニーとお家の人にお礼と挨拶をして、みんなとバイバイする。みんなわたしの迎えを待っていてくれたみたいで、それぞれ家の手伝いをするのに帰っていった。
「シヴァ、お迎え、ありがと」
「どういたしまして。楽しかったですか?」
もふさまごと抱きあげてくれた。
「うん、すっごく!」
わたしは興奮冷めやらぬで、話そうとしたが、シヴァの服が昨日と同じことに気づいた。
「……シヴァ、町にいた?」
「え? いや、あの……」
『あの家の周りで番をしていたぞ』
もふさまがあくびをする。
あ……。魔物と戦ったりしてすっかり忘れ去っていたけれど、わたし、狙われたりしたんだっけ。それで父さまは家の守りを強めるのに、魔具を買ってきたり、執事さんを呼び寄せたりしたのに。そうやって家の守りを固めたのに。わたしが町でお泊まりしたいなんて言ったから……。
「ごめんなさい、シヴァ」
「いいんですよ。言ったでしょう? お嬢がどうしたいかちゃんと口にしたら、それを応援するって」
「シヴァ、ありがと」
思わずギュッと抱きつく。
『リディア、兄たちだ』
え? 首を後ろに向けると、兄さまとアラ兄とロビ兄が父さまと一緒にいた。
シヴァはわたしを抱え込んだまま、礼をした。
「リディー、おはよう」
「父さま、おはよう。兄さま、アラ兄、ロビ兄、おはよう」
「いい子にしてたか?」
「うん」
わたしは頷いた。
「リーはすっごく楽しかったみたいだね」
ロビ兄は〝すっごく〟を強めて言う。だから思わず
「うん、すっごく楽しかった!」
力強く返すと、ロビ兄は口を尖らせた。
「今日はね、馬と荷馬車を買う相談をしに町に来たんだ」
兄さまが教えてくれる。
あ、魔物を狩ったお金で馬車を買いたいって相談してくれたんだね。
じゃあ一緒にと思うと。
「リディーはシヴァと一緒に家に帰りなさい。母さまが待っているから」
と父さまに言われた。一緒に行くと言いたかったが、そうだ、シヴァは徹夜しているんだ。すぐに寝てもらわなくちゃ。
「……わかった。先、帰る。シヴァ、行こう」
馬で帰ってきて、シヴァにはすぐに寝てもらった。
わたしは母さまの授業だ。
外国語は早速つまづいている。英語でん?となったアレに似ている。何か聞かれたときに〝はい〟と〝いいえ〟がこんがらがるヤツ! 日本語だと疑問に対して賛同するかどうかで〝はい・いいえ〟で答えてきたから、疑問の答えが肯定か否定かで判断するのは困惑する、難しい。
ほんの2時間前までミニーたちと楽しく話していたのに、ずいぶん前のことのような気さえする。どれだけ楽しかったか話したいのに、誰も聞いてくれないのもつまらない。
「リディアは一人でつまらなさそうだな。フランツも、アランも、ロビンも、昨日の夕方からずっとつまらなそうだったぞ」
おじいさまに言われて、わたしはなぜか唇を噛みしめていた。
順番が逆になってしまったが、畑の世話をした。もふさまは眠り足りないと言って、ひと眠りするそうだ。もふさまは聖獣だから、水以外取らなくても生きていけるし、本当は眠る必要もないと聞いた。……眠り足りないだなんて。ここのところわたしと同じリズムで子犬のように暮らしているから……本当に犬に近づいていたりして。仕草も犬っぽいし。聖獣が犬になることってあるのかな? 大丈夫なのかな?
膝下サイズの土人形を10個作って、それぞれ畑の世話を言い渡す。わたしは座り込んで神さまへのお祈りタイムだ。
それにしても畑も、庭の草たちも、とても冬を前にしているとは思えない。この庭も登録者以外は見えないよう結界に設定をしているそうだ。高度な結界!
ひとりで座り込んでいると、淋しくなってきた。いつも、もふさまや兄さまたちと一緒だから。なんか、お泊まりをしたことで、兄さまたちとすれ違ってしまったような気がする。
あ、クッキーを作ろう。それで、そのクッキーを兄さまたちと食べて、女子会のことを話そう。
土人形たちに畑を任せて、わたしは炊事場へと急いだ。
ピドリナさんにお願いして、一緒にクッキーを作って欲しいというと、笑顔で頷いてくれた。
今日は三角に切ってもらうのではなくて、コップで型抜きして丸いクッキーにした。気持ちの問題だが、尖ったものを見て話して、気持ちが尖ってしまうことがわたしは怖かったんだと思う。
クッキーを冷ましているときに、父さまたちが帰ってきた。
「お帰りなさい」
出迎える。ロビ兄に視線をそらされた。
「お嬢さま、クッキーを出してお茶にしますか?」
炊事場に戻るとピドリナさんに尋ねられる。
「……後で、する……」
わたしは庭に出て、畑に戻った。
かごに収穫した野菜が置かれていた。大地の恵みに感謝だ。
ピドリナさんに渡して、夕ご飯に加えてもらおう。そう思うのに、お尻に根っこが生えてしまったように、立つ気にならない。
「リー」
アラ兄だ。
手をつかまれ、半分立ち上がる。
あ、爪を噛んでいた。
「リー、怒ってる?」
「怒る? なんで?」
アラ兄は眉を下げた。
「リー、ロビンを許してあげて」
え?
「許すって、わたし、怒ってない」
「本当?」
「……ロビ兄が、怒ってる。さっき目、そらした」
「ロビンは怒ってるんじゃなくて、怖いんだと思う」
「怖い? わたし?」
「リーに嫌われることが怖い」
ええ??
「なんで、わたし、嫌うの?」
アラ兄が、座ろうかとわたしを促す。
わたしは座り直した。
「ロビンは寂しがり屋だから、それに特にリーにそっぽをむかれると悲しくてしょうがなくなっちゃうんだ」
「わたし、そっぽむいてない」
「……リーは自分から行動しない子だったのに、引っ越してきてから、どこにでも行こうとするし、今回はお泊まりに行くなんていうし」
アラ兄がわたしの頭を撫でる。
「オレたちはリーを守りたいのに、リーはたったかひとりで行ってしまうから。兄さまとだけど、婚約しちゃったし。歩くのも遅いし、転ぶし、泣き出すと止まらないのに。まだ小さいはずなのに。魔法を使って、魔物を倒したりもできちゃうし。それで今度はひとりでお泊まりだ。なんだか置いてけぼりにされたみたいで、淋しくて、怖かったんだ」
「……わたしも、楽しかったこと、兄さまたち、聞いてくれなくて、淋しかった」
「……そうなの?」
頷くと、アラ兄は微笑んだ。
「リーはオレたちにとって特別なんだ」
少し泣きそうにも見えて、わたしは固まる。
「母上は、目を開けなくて、もう話すことができないって言われたんだ。2度と起きないんだって。2度と起きないってどうしてわかるのか不思議だった。だって、母上は寝ているみたいなのにさ」
アラ兄たちがお母さんを亡くしたのは4歳の時だ。
「会ったことのないおじいさまとおばあさまの元に行くか、叔母さまにあたる母さまたちの子になるか選んでいいって言われた。会ったことのない、母上が戻れないって言っていたおじいさまとおばあさまのところへは行っちゃいけないと思った。ここにいていいかって聞くと、父さまと母さまは笑って、家族になろうって言った。それで一番最初にくれたんだ。〝妹〟を」
そう言って、わたしを見る。
「まだ小さくてなんにもわからなくて、とても弱いんだと。だから兄さまになって妹を一緒に守ってくれるか?って。一緒に嬉しいことや楽しいことを教えてあげてくれるか?って。
……どうしていいかわからなくて、リーに聞いたんだよ。オレたちが兄さまになってもいいのかって。リーは〝あい〟って大きく頷いたんだ。だから、オレたち、リーの兄さまになることにした。どんなときも妹を守るって思ったんだ。絶対に守るって。嬉しいことや楽しいことをいっぱい教えてあげるって」
アラ兄とロビ兄も盲目的にわたしを思ってくれるのは、そんなことがあったからだったんだね。そうか、よく連れまわされたのも、ふたりの楽しいことや嬉しいことを教えてくれるためだったんだ。
「だからリーはオレたちにとって特別で、リーに嫌われたらどうしたらいいかわからなくなっちゃうんだ」
「わたし、アラ兄、ロビ兄、嫌うこと、絶対、ない」
「本当?」
「うん、絶対」
アラ兄の目が赤い。
「ロビンは寂しがり屋で怖がりだから。だから、リーがどんどんひとりでなんでもできるようになって、兄はいらなくなるのが、すっごく怖いんだと思う。だから、転んじゃったり、なかなか泣き止めないのを、笑ったりしてるんじゃなくて、早く大きくなろうとしないでって思ってるだけなんだ」
アラ兄が何を心配して、ロビ兄が目を合わせなかった気持ちが見えた気がした。
「アラ兄も怖かった?」
双子だもん。同じ経験をしてきていて、同じことを考えただろう。
わたしは答えないアラ兄の頭を撫でた。
「わたし、何あっても、嫌い、ないから。覚えておいて。アラ兄は優しいね。同じ気持ち、なのに、ロビ兄許してって、わたし、いった」
「オレの方がちょっとだけお兄さんだからね」
わたしはアラ兄に抱きついた。
「リー?」
「いつも守ってくれてありがと! 大好き」
ごめんね、わたしを思う気持ちの上にあぐらをかいて、当たり前のようにもらうばかりだった。もう、そんな心配はかけないから。気持ちをちゃんと伝えるから。
「でも、知ってて。アラ兄、ロビ兄、守ってくれようとするみたいに、わたしも守りたい、思ってること」
だからすぐ転んだり、泣いたら止まらなくなることから早く卒業したいのだ。
アラ兄の手をとって立ち上がる。アラ兄を連れてロビ兄の部屋に行く。
ノックをするとロビ兄が開けてくれた。
わたしはアラ兄を引き連れてずかずか入り込む。
「ロビ兄、わたし、転ぶ、恥ずかしいから、泣くのも、気にしてたから。恥ずかしいこと言われて、悔しかった。ひとりでお泊まりして、できること、見せようとも思った。ミニーたちとももっと仲良くなる、したかった。だから、お泊まり行った。ロビ兄たちと遊ぶ、も、大好き。わたし、ロビ兄、大好き」
ロビ兄に抱きつくと、ロビ兄は固まっていた。
顔をあげる。ちょっと泣きそうな顔をしている。
「いつも、守ってくれてありがと。大好き」
おでこをピンと弾かれる。
「お泊まりは楽しかったか?」
「うん、楽しかった」
「そっか。よかったな。そうか、リーは転んだり、泣くことは恥ずかしいんだな。おれはそんなリーがかわいいと思うから、まだそのままでいいと思って言ったんだ。悔しかったなら、ごめんな。許してくれる?」
わたしは勢いで頷いていた。
許すも許さないもない。わたしがただ悔しくて、だけど心のうちを説明できなかっただけなのに。
アラ兄とロビ兄の手をとる。心から思った。
「ふたりとも、わたしの、兄さま、なってくれて、ありがと」
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