プラス的 異世界の過ごし方

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3章 弱さと強さと冬ごもり

第71話 売られた剣

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 家に帰り着いた。何日も世話をしなかったので萎れているのを想像した畑は、収穫するのを待っていたように野菜を実らせていた。
 おじいさまがシヴァに「冬前だよな?」と確認していた。相変わらずビワンもいっぱいの実をつけている。さらに不思議なのは、いつだって全部獲れるわけではないのに、熟れすぎて落ちた実の後もないんだよね。いうならば、ちょうどよく、いつだって収穫できるように実っている感じ。収穫に一番いい状態で時を止めているのではと感じることもある。
 でも、深くは考えまい。いつまでこんな恵まれたことが続くのか見届けようと思う。

 鍵がかかってなくて、みんなで笑った。
 とにかく身ひとつで駆けつけてくれた。
 わたしはそこで始めて、わたしがいなくなった時の話を聞いた。


 もふさまはわたしがぼーっと出ていくときに、トイレかと声をかけたそうだ。
 わたしは返事をすることもなく部屋を出て行った。
 もふさまはちょっとうとうとして、わたしがトイレから戻っていないことに気がついた。
 家の中を探すがいないし、匂いもない。もふさまは庭に出た。匂いは柵のところで消えていた。

 慌てて、兄さまを起こした。
 そして、兄さまに〝守護補佐〟という力を仮契約という形で授けた。それにより、もふさまと一時的に会話ができるようになった。

 もふさまはわたしが出ていったまま戻らなくて、家にはいないことを告げた。匂いが柵のところでなくなっていることも。それはわたしがそこから〝地〟に足をつけていないことを意味する。
 どうして外にわたしが出たのかはわからないが、そこから連れ去られた可能性があると伝えた。そして自分は外に探しに行くと。

 もふさまは森の中を探した。
 兄さまは父さまと母さまを起こし、もふさまの話を伝える。
 ふたりはすぐに部屋を確認した。人の動く気配でおじいさまとシヴァが起きて、母さまと寝ている双子を家に残し、近隣を探してくれた。
 もふさまが戻ってきて森にも川の方にもわたしがいないことを告げる。

 もっと遠くに行ったのかと、もふさまが探しに行こうとしたところに、自警団の馬車がやってきた。わたしをイダボアの自警団で保護していると。人売りにさらわれたようだと。
 わたしの無事を確かめ、双子を起こし、馬車に乗り込んだ。
 おじいさまの馬におじいさまと兄さまともふさま。
 シヴァの馬にシヴァと双子で乗り、自警団の馬車に父さまと母さまが乗ってイダボアに来てくれたとのことだ。

 父さまはイダボアで結界の魔具を買ってきたという。それだって隷属なんちゃらなんてものがあるなら、こちらからでていったのではアウトだが。もう、そんな札が出てこないことを祈るばかりだ。

 もふさまにいっぱいお礼を言って抱きしめた。
 それから守護補佐のことを少し聞いた。人族には話してはいけないこともあるそうで、概要になるそうだが。

 もふさまは、森を護るために生まれた聖獣だそうだ。
 もふさまは森を護る者だから、森を護ることでいくつか力を授かっている。
 人と主従関係を結び、護りを深くすることもある。そのときに会話ができないと困るので〝補佐〟と認めると念話が可能になる。これにはお互い魔力を使うことになるので、わたしの次に魔力の多い兄さまを補佐に選び、兄さまに理由を話し、わたしが見つかってすぐに仮契約を解除したそうだ。

 もふさまが謝る。友達なのに、連れ去られても何もできなかったと。

「探してくれた。ありがと」

 もふさまの心地いい毛並みを撫でる。

『我は森の守護者。〝森〟が永遠に在るよう見護る定め。〝目先〟ではなくだ。わかるか?』

 永遠という言葉はとても重たい。森に在る命が繋がって続いていくことを見護るなんて……。期間が長ければ長くなるほど、全ての事象は新たな何かを生み出すことと納得しなければいけないことが増えるだろう。感情とは別に。

「……自然の摂理ごと、見護るってこと?」

『そうだ。その〝自然〟には人も含まれる。生き物すべてが我の〝森〟には存在するから』

 そうか。もふさまが見護る森は、そこに住む人間たちも含まれるんだ。

『人も護るべきものだから。我とリディアは友達だが、我は友達でないものも見護るべき者なのだ』

「もふさま、人族も護ってくれてありがと!」

 もふさまはえこひいきできなくて、ごめんと思っているのだ。いや、かなりえこひいきしていると思う。だからわたしに害を成すことを怒ることはできるけれど、同じ護るべき人だから裁くことはできないと言っているんだね。

『我には力があるが、リディアの敵ということでは森の敵にはならないのだ』

「そりゃ、そう。わたし、こうしてもふさま、一緒にいてくれて、嬉しい。怖い思いをしたこと、慰めてくれて、救われてる」

『我は、リディアを特別にしてやれないのに、友達でいいのか?』

「特別扱う必要ない。一緒にいる、楽しい、嬉しい、友達」

『我はリディアと一緒にいると楽しいし、嬉しい』

 わたしは頷いた。

「わたしも。だから、わたしと、もふさま、友達」



 もふさまを抱っこして、おやつでも作ろうかと廊下を歩いているときに、おじいさまとシヴァの話し声が聞こえてきた。

「では、形見となった、あの剣を売ったのですか?」

「ああ、ワシが金を出すと言ったのだが、聞き入れなかった」

「ジュレミーは頑固なところがありますからね」

 シヴァがため息をつくように言った。

「そこにいるのは誰だ?」

「おじいさま?」

 わたしはドアを開けたおじいさまを見上げる。

「リディアか。どうした?」

「おやつ、作ろう、思って」

 にこりと笑うとおじいさまも笑う。

「そうか、手伝いはいるか?」

「ううん、だいじょぶ」

 そう言って、通り過ぎる。



 父さまが形見の剣を売った?
 形見というからには、ひいじいさまでなく、本当のおじいさまの方だろう。
 お金がなくて、とうとう値の張るものを売りに……。
 そこまで思って、ふと我に返る。
 船代。戻ってきたみたいだけど、スゴイ硬貨だった。あんなお金どっから?
 そりゃ仮にも引っ越ししたわけだから、ある程度は持っていただろうが。
 それにここは内陸部だ。船に乗るまでも距離があるはず。その移動費とかも用意してた? わたしの婚約の後ろ盾、その貴族たちに連絡をとる手段の料金は?
 そのために、父さまは形見の剣を売ったんだ……。

「リディー、どうしたの?」

「兄さま」

「リー、泣きそうだよ」

「どうしたんだ?」

 もふさまが体を捻って、わたしのほっぺを舐める。
 炊事場で兄さまたちに話す。
 父さまが形見の剣を売ったみたいなこと。それは多分、わたしの婚約を成り立たせるため、そっちに目を行かせないように予定した船旅に建て替えられただろうこと。
 ロビ兄がわたしの頬を持って顔をあげさせる。

「リー、取り返しに行こう」

「と、取り返すって?」

 アラ兄が慌ててロビ兄に尋ねる。

「まだ買われていないかもしれない。買いなおせばいいんだよ」

「そのお金はどうするの?」

「それはもふさまのお金を借りて」

「父さま、喜ぶかな?」

「え?」

「父さまはリーを守るのに、お金が必要で、それを売ることに決めたんだ。形見自体が戻ってきてそれはいいことかもしれないけれど、それももふさまのお金で買い戻したとしたら、喜ぶかな?」

「それに、どこの町で売ったのかわからないし、どれが形見の剣かわからないよね?」

 アラ兄の言葉で我に返り、兄さまの言葉で現実に向き合う。

「やはり、聞かれてしまったのだな」

「おじいさま」

 炊事場におじいさまが入ってくる。後ろにはシヴァもいた。

「ワシもアランとフランツと同じ気持ちだ。買い戻した方がいいと思ったら、ワシがもうそうしている。形見を売ったことをリディアが重たく受け止めるのもわかるが、父さまの気持ちもわかってやってくれ。思い出は心に残っている。それよりもこれからの子供たちのことの方が、父さまには大切だったんだ」

 ……その通りだね。父さまの気持ちが大切で、感謝するしか、できることはない。

「わかった。ロビ兄も、アラ兄も、兄さまもありがと。おじいさまも、シヴァも、ありがと。おやつ作る」

 もふさまを下にはなして手を洗った。
 気持ちを入れ替えるのに、何度もほっぺたを叩いて自分を戒めた。
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