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2章 わたしに何ができるかな?
第56話 理由
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「早く来たのに理由、ですか?」
父さまが喉をごくりと鳴らした。わたしはその場にぺたんと座る。
「懇意にしている貴族が教えてくれたんだ。王室がリディアを第2王子の嫁にしようと画策し始めたと」
はぁ?
「まだ5歳ですよ?」
父さまと同じ思いだ。
「先ほど聞いた〝事実〟は、ほとんどたがいなく噂で流れてきた。物盗りに入られ夫人と子供4人だけで大の男4人を捕まえたり、レアワームの大量発生した土地を3年待つことなく、退治する方法を編み出したり、ドラゴンが2度も飛来した。一度は置き土産まで」
「いえ、レアワームのあれは代々、伝えられてきたことで」
「そうなのだろうが、事実は誰も欲しがらない。そんなことは関係なく、そうだったらいいのにと思い描いたことに事実を近づけ捉えようとする。レギーナは光持ちだ。その子供は光を持っているのではないか、光ではないとしても、何か力があるのではないか。女の子だったら嫁にと思うのはあたりまえの考えだ。そういう下地があるところに、この領地にお前たちがきた途端いろいろなことが起こった。それもリディアの魔力が通る5歳になった時のこと。これは何かを持っていると思い込みを強めるのも仕方のない流れだ」
おじいさまはそこでため息をついた。
「お前のことだからまだ情報を仕入れてないと思ってな。……真偽をこちらで確かめた。事実だった。王室がリディアを娶ろうとしている」
母さまがパタンと傾ぐ。
「母さま!」
兄さまたちの声が合わさる。
突然で、びっくりして、動けない。声も出なかった。具合の悪かった時のことがフラッシュバックして、息がしづらい。
もふさまがわたしの膝に乗ってきて、わたしの頬を舐める。ざらりとした感触で現実に引き戻された。
「母さま、なんで? また呪い?」
「落ち着いて。母さまは大丈夫だよ。記憶が呼び覚まされてショックだったのだろう」
幸い母さまは椅子に座っていたし、父さまが支えたから怪我はないようだ。
父さまが母さまを部屋に運ぼうとすると、母さまが意識を取り戻した。
「レギーナ、大丈夫か?」
「……ごめんなさい。大丈夫よ」
寝た方がいいと大人たちは勧めたが、母さまは首を横に振った。話の続きを聞きたいと。
光持ちだからって、なんで王族は母さまの血筋に執着するんだろう?
もふさまにありがとうと頭を撫でれば、わたしの隣で伏せの体勢になった。
「王族と婚約したくなければ……」
「リディアを外国に!」
父さまに肩を支えられた母さまが必死の形相で言った。
え? 外国?
「もう、遅い。第二王子がリディアと〝出会う〟ために、こちらに向かっているようだ。2週間はかかるだろうが、その〝裏付け調査〟とやらでシュタイン伯の家族共々、国から出られないよう手配済みだろう」
何それ、恐っ。
「婚約の打診、段取りもせずにですか?」
「それだけ本気なのだ。有無を言わせずに取り込む気だ」
父さまが頭を抱える。
「リディアが王族入りをしないで済ませるには、先に婚約するしかない」
こ、婚約? わたし5歳の幼女なんですけど。
「リディアは光を持っていないことになっています。裏付け調査にきた冒険者たちにもそれは伝わっている」
「もし光がなくても、リディアがこの地に来てからいくつかの驚くべきことが起きておる。たとえそれが偶然でリディアになんの関わりがなくても、仮にも伯爵令嬢であり、光持ちのレギーナの娘である。候補にするには十分だ。他の者に目をつけられる前に、いつになく素早く動いたな」
「それ以外に道はないのでしょうか?」
「〝王命〟が下ればもう逃げようがない。まだ5歳だからいきなり王命を持ち込むこともないだろうが、渋ったらわからない。フォイスターの息子の3男が、ちょうど6歳だ。早馬を走らせてすぐに婚約を結べば、王子が来る前に間に合う」
父さまが押し黙る。
な、なんか大変なことになってるんだけどっ。
「私がリディアと婚約します」
わたしは言い切った兄さまを見た。みんなも兄さまを見た。
「私は、おじいさまの養子です。リディアと婚約するのに何の問題もありません」
「いや、それは。フランはウチの籍に入るんだ」
「私は父さまと母さまの家族です。書類上、違っていても問題ありません。リディアを守れるなら、なんでもしたいんだ」
えええ。
兄さまがわたしを見た。そしてわたしの前で跪き手を取る。
「リディー、ごめんね、驚いたよね? リディーは覚えていないかもしれないけど、リディーが雪山で私たちをみつけて、私を助けてくれたんだ。私は、リディーと血の繋がった〝兄さま〟ではない。リディーは、兄さまでない私は嫌い?」
もちろん首を横に振る。そんなことは、ないけどさ。
「リディーに好きな人や結婚したい人ができたら、その人にリディーの隣にいる権利を譲るから、今は私にその権利をくれないかな?」
いくらわたしを命の恩人と思っているからって、わたしを助けるために〝婚約〟したら、青春を棒に振ることになるじゃんか。
「兄さま、犠牲なる必要、ない」
「犠牲じゃないよ。私はリディーが大好きで、守りたいんだ。だから、婚約できて、もし、そのまま結婚できたら、それが一番嬉しい」
え?
「すげーな、兄さま。さらりと言ったな」
「うん、さらっと、リーに植えつけていく気だな」
双子、もっとこそっと話してくれ。わたしの脳内がパニックを起こすじゃないか。
「おれ、賛成。兄さまならリーの嫌がることは絶対しないもん」
「オレも、兄さまならいいよ」
「父さま、母さま。リディアに結婚したい人ができるまで、私に婚約者の役割をください。守らせてください」
わたしの手を持ったまま、父さまたちに訴えかける。
父さまと母さまは顔を見合わせる。
「リディーだけでなく、父さまたちはフランツも大切で、幸せになってほしい」
「私は、リディーが幸せでないと、幸せではないんです」
そして今度はおじいさまに頭を下げる。
「おじいさま、リディーと婚約させてください」
大人3人で顔を見合わせている。
父さまが咳払いした。
「リディーはどうしたい? 婚約をしなければ第2王子の婚約者になるだろう。一度なってしまったら、余程のことがなければこちらから破棄はできない。王命には絶対に従うことになる。外国には逃げられないようだ。それから、小さいお前に酷なことは言いたくなかったのだが、これはリディーが悪いわけでなく、父さまたちの娘ということで王族に、リディーを嫌うものがいる」
そう言って額を押さえた。
外国には逃げられず、国にいれば国のいうことを聞くしかない。そのままだと第二王子の婚約者になり、王族の中にわたしを嫌っている人がいる。王妃さまのことかな?
それって、どう転んでも茨の道。
「ごめんな。怖がらせたいわけでもないし、酷でもあるのも承知の上だが、その者たちはリディーの命を狙ってくるかもしれない」
い、命?? しかも複数形!
父さまは、ガバッと顔を上げる。
「それが嫌だったら、先手を打って婚約するしかない」
婚約する、一択だよ。それでお願いします!
「フォイスター伯爵のご子息が6歳だそうだ。おじいさまの友達の前フォイスター伯さまもだが、伯爵は穏やかで理知的な方だ。領地も栄えていて、領民に慕われている。おじいさまの伝手でフォイスター伯のご子息と今なら婚約を結べる。
あまり驚いていないように見えたが、フランツが兄さまでないことは知っていたのかい?」
わたしは一拍置いて頷いた。ほんの少し前だけどね。
みんな驚いている。双子が反応してそわそわしている。言っちゃいけなかったのかなと不安になったんだろう。でも父さまたちの様子から見て、特に秘密にするわけでもなく真実を告げるスタンスだったんだと思う。双子たちに忌憚なく話しているのがその証拠だ。わたしにはただ言う機会がなかっただけだろう。
「もふさま、色違う、言ってた。教会も、第三子言われた」
大人たちが〝あっ〟という顔をした。
「フランツの言うとおり、養子だから、リディアと婚約することができる。だからフランツと婚約する選択肢もある」
「婚約すると、どうなる?」
「どうなる、とは?」
「兄さま、どっか、行っちゃう?」
今までは父さまたちの籍に入る予定だったからこちらにいたけれど、おじいさまの養子のままとなったら、また辺境で暮らすことになるとか?
そう言うと、兄さまはわたしの手をギュッと強く握って嬉しそうに笑う。
「どこにも行かないよ。リディーと一緒だ」
「兄さま、好きな人できたら、ちゃんと破棄しよう、言える?」
そりゃあ、わたしもちゃんと目を光らせるつもりだけどさ。無理に縛りつけているのは嫌だ。
「ああ、そんなことは永遠にないから大丈夫だ」
「兄さま、いつまでも、恩人、思わなくていい」
「……リディアも、フランツがいいみたいだな」
おじいさまが呟く。
「こんなに早く婚約者ができるとは。フランツならいいが……」
「あなた、声に出ていてよ」
拗ねたような声を出した父さまを母さまが注意する。
そうしてふんわりと皆に祝福されて、わたしと兄さまの婚約が決まった。
明日、父さまとおじいさまが、少し離れた町で届け出をしてくるという。
父さまが喉をごくりと鳴らした。わたしはその場にぺたんと座る。
「懇意にしている貴族が教えてくれたんだ。王室がリディアを第2王子の嫁にしようと画策し始めたと」
はぁ?
「まだ5歳ですよ?」
父さまと同じ思いだ。
「先ほど聞いた〝事実〟は、ほとんどたがいなく噂で流れてきた。物盗りに入られ夫人と子供4人だけで大の男4人を捕まえたり、レアワームの大量発生した土地を3年待つことなく、退治する方法を編み出したり、ドラゴンが2度も飛来した。一度は置き土産まで」
「いえ、レアワームのあれは代々、伝えられてきたことで」
「そうなのだろうが、事実は誰も欲しがらない。そんなことは関係なく、そうだったらいいのにと思い描いたことに事実を近づけ捉えようとする。レギーナは光持ちだ。その子供は光を持っているのではないか、光ではないとしても、何か力があるのではないか。女の子だったら嫁にと思うのはあたりまえの考えだ。そういう下地があるところに、この領地にお前たちがきた途端いろいろなことが起こった。それもリディアの魔力が通る5歳になった時のこと。これは何かを持っていると思い込みを強めるのも仕方のない流れだ」
おじいさまはそこでため息をついた。
「お前のことだからまだ情報を仕入れてないと思ってな。……真偽をこちらで確かめた。事実だった。王室がリディアを娶ろうとしている」
母さまがパタンと傾ぐ。
「母さま!」
兄さまたちの声が合わさる。
突然で、びっくりして、動けない。声も出なかった。具合の悪かった時のことがフラッシュバックして、息がしづらい。
もふさまがわたしの膝に乗ってきて、わたしの頬を舐める。ざらりとした感触で現実に引き戻された。
「母さま、なんで? また呪い?」
「落ち着いて。母さまは大丈夫だよ。記憶が呼び覚まされてショックだったのだろう」
幸い母さまは椅子に座っていたし、父さまが支えたから怪我はないようだ。
父さまが母さまを部屋に運ぼうとすると、母さまが意識を取り戻した。
「レギーナ、大丈夫か?」
「……ごめんなさい。大丈夫よ」
寝た方がいいと大人たちは勧めたが、母さまは首を横に振った。話の続きを聞きたいと。
光持ちだからって、なんで王族は母さまの血筋に執着するんだろう?
もふさまにありがとうと頭を撫でれば、わたしの隣で伏せの体勢になった。
「王族と婚約したくなければ……」
「リディアを外国に!」
父さまに肩を支えられた母さまが必死の形相で言った。
え? 外国?
「もう、遅い。第二王子がリディアと〝出会う〟ために、こちらに向かっているようだ。2週間はかかるだろうが、その〝裏付け調査〟とやらでシュタイン伯の家族共々、国から出られないよう手配済みだろう」
何それ、恐っ。
「婚約の打診、段取りもせずにですか?」
「それだけ本気なのだ。有無を言わせずに取り込む気だ」
父さまが頭を抱える。
「リディアが王族入りをしないで済ませるには、先に婚約するしかない」
こ、婚約? わたし5歳の幼女なんですけど。
「リディアは光を持っていないことになっています。裏付け調査にきた冒険者たちにもそれは伝わっている」
「もし光がなくても、リディアがこの地に来てからいくつかの驚くべきことが起きておる。たとえそれが偶然でリディアになんの関わりがなくても、仮にも伯爵令嬢であり、光持ちのレギーナの娘である。候補にするには十分だ。他の者に目をつけられる前に、いつになく素早く動いたな」
「それ以外に道はないのでしょうか?」
「〝王命〟が下ればもう逃げようがない。まだ5歳だからいきなり王命を持ち込むこともないだろうが、渋ったらわからない。フォイスターの息子の3男が、ちょうど6歳だ。早馬を走らせてすぐに婚約を結べば、王子が来る前に間に合う」
父さまが押し黙る。
な、なんか大変なことになってるんだけどっ。
「私がリディアと婚約します」
わたしは言い切った兄さまを見た。みんなも兄さまを見た。
「私は、おじいさまの養子です。リディアと婚約するのに何の問題もありません」
「いや、それは。フランはウチの籍に入るんだ」
「私は父さまと母さまの家族です。書類上、違っていても問題ありません。リディアを守れるなら、なんでもしたいんだ」
えええ。
兄さまがわたしを見た。そしてわたしの前で跪き手を取る。
「リディー、ごめんね、驚いたよね? リディーは覚えていないかもしれないけど、リディーが雪山で私たちをみつけて、私を助けてくれたんだ。私は、リディーと血の繋がった〝兄さま〟ではない。リディーは、兄さまでない私は嫌い?」
もちろん首を横に振る。そんなことは、ないけどさ。
「リディーに好きな人や結婚したい人ができたら、その人にリディーの隣にいる権利を譲るから、今は私にその権利をくれないかな?」
いくらわたしを命の恩人と思っているからって、わたしを助けるために〝婚約〟したら、青春を棒に振ることになるじゃんか。
「兄さま、犠牲なる必要、ない」
「犠牲じゃないよ。私はリディーが大好きで、守りたいんだ。だから、婚約できて、もし、そのまま結婚できたら、それが一番嬉しい」
え?
「すげーな、兄さま。さらりと言ったな」
「うん、さらっと、リーに植えつけていく気だな」
双子、もっとこそっと話してくれ。わたしの脳内がパニックを起こすじゃないか。
「おれ、賛成。兄さまならリーの嫌がることは絶対しないもん」
「オレも、兄さまならいいよ」
「父さま、母さま。リディアに結婚したい人ができるまで、私に婚約者の役割をください。守らせてください」
わたしの手を持ったまま、父さまたちに訴えかける。
父さまと母さまは顔を見合わせる。
「リディーだけでなく、父さまたちはフランツも大切で、幸せになってほしい」
「私は、リディーが幸せでないと、幸せではないんです」
そして今度はおじいさまに頭を下げる。
「おじいさま、リディーと婚約させてください」
大人3人で顔を見合わせている。
父さまが咳払いした。
「リディーはどうしたい? 婚約をしなければ第2王子の婚約者になるだろう。一度なってしまったら、余程のことがなければこちらから破棄はできない。王命には絶対に従うことになる。外国には逃げられないようだ。それから、小さいお前に酷なことは言いたくなかったのだが、これはリディーが悪いわけでなく、父さまたちの娘ということで王族に、リディーを嫌うものがいる」
そう言って額を押さえた。
外国には逃げられず、国にいれば国のいうことを聞くしかない。そのままだと第二王子の婚約者になり、王族の中にわたしを嫌っている人がいる。王妃さまのことかな?
それって、どう転んでも茨の道。
「ごめんな。怖がらせたいわけでもないし、酷でもあるのも承知の上だが、その者たちはリディーの命を狙ってくるかもしれない」
い、命?? しかも複数形!
父さまは、ガバッと顔を上げる。
「それが嫌だったら、先手を打って婚約するしかない」
婚約する、一択だよ。それでお願いします!
「フォイスター伯爵のご子息が6歳だそうだ。おじいさまの友達の前フォイスター伯さまもだが、伯爵は穏やかで理知的な方だ。領地も栄えていて、領民に慕われている。おじいさまの伝手でフォイスター伯のご子息と今なら婚約を結べる。
あまり驚いていないように見えたが、フランツが兄さまでないことは知っていたのかい?」
わたしは一拍置いて頷いた。ほんの少し前だけどね。
みんな驚いている。双子が反応してそわそわしている。言っちゃいけなかったのかなと不安になったんだろう。でも父さまたちの様子から見て、特に秘密にするわけでもなく真実を告げるスタンスだったんだと思う。双子たちに忌憚なく話しているのがその証拠だ。わたしにはただ言う機会がなかっただけだろう。
「もふさま、色違う、言ってた。教会も、第三子言われた」
大人たちが〝あっ〟という顔をした。
「フランツの言うとおり、養子だから、リディアと婚約することができる。だからフランツと婚約する選択肢もある」
「婚約すると、どうなる?」
「どうなる、とは?」
「兄さま、どっか、行っちゃう?」
今までは父さまたちの籍に入る予定だったからこちらにいたけれど、おじいさまの養子のままとなったら、また辺境で暮らすことになるとか?
そう言うと、兄さまはわたしの手をギュッと強く握って嬉しそうに笑う。
「どこにも行かないよ。リディーと一緒だ」
「兄さま、好きな人できたら、ちゃんと破棄しよう、言える?」
そりゃあ、わたしもちゃんと目を光らせるつもりだけどさ。無理に縛りつけているのは嫌だ。
「ああ、そんなことは永遠にないから大丈夫だ」
「兄さま、いつまでも、恩人、思わなくていい」
「……リディアも、フランツがいいみたいだな」
おじいさまが呟く。
「こんなに早く婚約者ができるとは。フランツならいいが……」
「あなた、声に出ていてよ」
拗ねたような声を出した父さまを母さまが注意する。
そうしてふんわりと皆に祝福されて、わたしと兄さまの婚約が決まった。
明日、父さまとおじいさまが、少し離れた町で届け出をしてくるという。
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