20 / 823
1章 ここがわたしの生きる場所
第20話 心のケア
しおりを挟む
帰って、畑の水やりだけはしたが、またすぐに眠ってしまった。2日もお風呂に入ってないよ。お腹の地の底を這うような音で目が覚める。今日と明日は家で大人しくするつもりだ。魔を通すのに万全の体調で臨まなくては!
そういえば、神様へのお祈りもしないで眠ってしまい、それも忘れていた。
わたしは胸の前で手を組み、祈った。
神様、一昨日も昨日も忘れてしまいましたが、怪我もなく無事に楽しく過ごせたことに感謝します。家族が健やかにあることも感謝します。どうぞ今日もお恵がありますように。みんなで楽しく過ごせますように。それからお会いしたことも話したこともないので、何をしたら嬉しいのかも想像がつきません。こうした方がいいなど要望がありましたら、なんなりとおっしゃってください。
よし、お祈り、終わり。
『起きたのか?』
ドアの隙間からもふさまが現れた。今日ももふっもふだ。顔を埋めたい。
「もふさま、おはよう。ごめんね、昨夜もまた眠っちゃった」
『赤子は眠るものだ、仕方ない』
「赤子、違う!」
もふさまは涼しい顔だ。ドアが開いて父さまが部屋に入ってきた。
「おはよう、お姫さま」
「父さま、おはよう」
「さ、着替えような」
かぶり物を脱ぐのは意外に大変だ。
「ばんざーい」
父さまの掛け声に合わせて両手を上にあげる。母さまが見ているところでは手伝うと怒られるからか見守るだけだが、今日は父さまが夜着のワンピースを脱がせてくれる。
冷えた空気がさらされた腕にあたり、ぶるっと震えた。
父さまがこれから着るワンピースを渡してくれる。小さな2つの穴にそれぞれ腕を半分入れて、大きな穴に首を入れる。そして下に下ろして整える。さて、ズボンだ。
やっと天敵であるズボン履きを終えると、もふさまは呆れているようだった。
『お前はなんというか不器用だな』
「もふさまもやってみるといいよ、難しいから」
『お前の兄たちは立ったまま着替えるぞ』
「……片足だと長く立っていられないんだよ」
そう告げるともふさまは気の毒そうにわたしを見た。
わたしだって最初は試したさ。思いつくやり方をね。でも片足し立ちはよろけ、幼児なのに体は硬く前屈はできない、つまり足元にあるズボンに手が届かない。膝を曲げれば頭が重たいのか前に倒れそうになり、自分の体型が感覚で掴めない、わからない、という事態に陥っているのだよ。できなくはないが、時間がかかる。少し動けば息切れし、本当に幼児は大変だ。
ベッドの母さまに朝の挨拶をしにいく。それから井戸を目指す。
「もふさま、母さまの具合どう?」
『明日、もう一度聖水を浴びにいくのがいいだろう』
「お願いします」
外には兄さまたちがいたので、挨拶をして水を汲んでもらう。
今日は顔を洗うのに服が水浸しになってしまった。濡らさずにうまくいくときと、うまくいかないことがある。バケツで畑に水を運び、両手で掬って土にかける。
もう丈が30センチ以上はある。買ってきた苗は10センチぐらいだった。2日でこんなに大きくなるなんて、さすがファンタジーは違う。
水をかけながら、もふさまに尋ねる。
「もふさま、媒体は手に入れないとダメなんだよね?」
『人が光魔法で浄化するなら〝見えて〟ないと駄目だが、我が力を貸すのだから、我が一度その媒体を目にしていれば導ける』
わたしは思わず親指を突き出した。
『なんだそれは?』
「グッジョブだよ、もふさま! 凄い、かっこいい!」
『リディアに言われなくても我は元々かっこいいのだ!』
「うん、本当、漢前!」
朝ごはんを作る指導をする。母さまが作ったスープが残っていたので、それに芋と燻製のシャケを焼いてパンを温める。
「なんだこれは、すっごくおいしいな!」
父さまが満面の笑みだ。
「うん、普通に焼いたのもおいしいけど、燻製もおいしいね」
「燻製?」
兄さまが昨日子供たちと川原で肉や魚を煙で燻したんだと話す。
父さまがチラリとわたしを見た。
「そうだよ、リーが教えてくれた」
アラ兄がとても大切なことのようにしみじみと言った。
「これで、保存食、増える」
「保存食?」
「長い冬越す、日保ちする食べ物大事!」
父さまはぽかんと口を開ける。
「子供たちと仲良くなったのか?」
双子が目を合わせて頷き合う。
「うん、仲良くなった。あのね、父さま。母さまがちゃんと治ったら、おれも一緒にするから、町の人たちの話、聞いて欲しい」
「うん、父さま。オレたちいるから」
父さまの目が潤む。
「ありがとうな。父さまと母さまは、本当にいい子供たちに恵まれた」
父さまが子供たちの頭を順番に撫でた。最後にしっかり撫でてもらってから、わたしは聞いた。
「父さま、モロール、遠い?」
「モロール領か。馬車で1時間ってところかな」
けっこう距離があるなー。いや、隣の領地が馬車で1時間は近いのかな?
「どうした? 行きたいのか?」
「媒体の人、モロールの人かもしれない」
「わかったのか?」
鋭く言った父さまに、わたしは首を横に振った。
「モロールの貴族のメイドっぽい人、ウチのこと聞いてたって」
父さまが顎を触る。言った瞬間目つきが変わったね。
「予想した人、合ってた?」
「確かではない」
無理に微笑んでいるが、父さま嘘が下手。確信している。
「媒体、手に入れなくても、もふさまが一度見れば、なんとかなる、してくれる」
みんな一斉にもふさまを見る。
「もふさま、ありがとう」
双子の声が重なり、兄さまと父さまも感謝しお願いをする。
どちらにしても難題ではあるが、手に入れるより、特定して見ておけばなんとかなるのはありがたい。
それから父さまに明日母さまが聖水を浴びた方がいいみたいだと告げる。
その時に翳った表情で、わたしは父さまが思ったより深く傷ついていることを実感した。
父さま相当参っている。
……それに母さまだって、気丈に振る舞っているけれど、人から呪われるのはとても怖いことだと思う。でも子供の前だから怖いって言えなかったんだ。呪いを解くことに一生懸命になりすぎて、心のケアが疎かになっていた。母さまに呪いのことを聞かせるべきじゃなかったな。
そういえば、神様へのお祈りもしないで眠ってしまい、それも忘れていた。
わたしは胸の前で手を組み、祈った。
神様、一昨日も昨日も忘れてしまいましたが、怪我もなく無事に楽しく過ごせたことに感謝します。家族が健やかにあることも感謝します。どうぞ今日もお恵がありますように。みんなで楽しく過ごせますように。それからお会いしたことも話したこともないので、何をしたら嬉しいのかも想像がつきません。こうした方がいいなど要望がありましたら、なんなりとおっしゃってください。
よし、お祈り、終わり。
『起きたのか?』
ドアの隙間からもふさまが現れた。今日ももふっもふだ。顔を埋めたい。
「もふさま、おはよう。ごめんね、昨夜もまた眠っちゃった」
『赤子は眠るものだ、仕方ない』
「赤子、違う!」
もふさまは涼しい顔だ。ドアが開いて父さまが部屋に入ってきた。
「おはよう、お姫さま」
「父さま、おはよう」
「さ、着替えような」
かぶり物を脱ぐのは意外に大変だ。
「ばんざーい」
父さまの掛け声に合わせて両手を上にあげる。母さまが見ているところでは手伝うと怒られるからか見守るだけだが、今日は父さまが夜着のワンピースを脱がせてくれる。
冷えた空気がさらされた腕にあたり、ぶるっと震えた。
父さまがこれから着るワンピースを渡してくれる。小さな2つの穴にそれぞれ腕を半分入れて、大きな穴に首を入れる。そして下に下ろして整える。さて、ズボンだ。
やっと天敵であるズボン履きを終えると、もふさまは呆れているようだった。
『お前はなんというか不器用だな』
「もふさまもやってみるといいよ、難しいから」
『お前の兄たちは立ったまま着替えるぞ』
「……片足だと長く立っていられないんだよ」
そう告げるともふさまは気の毒そうにわたしを見た。
わたしだって最初は試したさ。思いつくやり方をね。でも片足し立ちはよろけ、幼児なのに体は硬く前屈はできない、つまり足元にあるズボンに手が届かない。膝を曲げれば頭が重たいのか前に倒れそうになり、自分の体型が感覚で掴めない、わからない、という事態に陥っているのだよ。できなくはないが、時間がかかる。少し動けば息切れし、本当に幼児は大変だ。
ベッドの母さまに朝の挨拶をしにいく。それから井戸を目指す。
「もふさま、母さまの具合どう?」
『明日、もう一度聖水を浴びにいくのがいいだろう』
「お願いします」
外には兄さまたちがいたので、挨拶をして水を汲んでもらう。
今日は顔を洗うのに服が水浸しになってしまった。濡らさずにうまくいくときと、うまくいかないことがある。バケツで畑に水を運び、両手で掬って土にかける。
もう丈が30センチ以上はある。買ってきた苗は10センチぐらいだった。2日でこんなに大きくなるなんて、さすがファンタジーは違う。
水をかけながら、もふさまに尋ねる。
「もふさま、媒体は手に入れないとダメなんだよね?」
『人が光魔法で浄化するなら〝見えて〟ないと駄目だが、我が力を貸すのだから、我が一度その媒体を目にしていれば導ける』
わたしは思わず親指を突き出した。
『なんだそれは?』
「グッジョブだよ、もふさま! 凄い、かっこいい!」
『リディアに言われなくても我は元々かっこいいのだ!』
「うん、本当、漢前!」
朝ごはんを作る指導をする。母さまが作ったスープが残っていたので、それに芋と燻製のシャケを焼いてパンを温める。
「なんだこれは、すっごくおいしいな!」
父さまが満面の笑みだ。
「うん、普通に焼いたのもおいしいけど、燻製もおいしいね」
「燻製?」
兄さまが昨日子供たちと川原で肉や魚を煙で燻したんだと話す。
父さまがチラリとわたしを見た。
「そうだよ、リーが教えてくれた」
アラ兄がとても大切なことのようにしみじみと言った。
「これで、保存食、増える」
「保存食?」
「長い冬越す、日保ちする食べ物大事!」
父さまはぽかんと口を開ける。
「子供たちと仲良くなったのか?」
双子が目を合わせて頷き合う。
「うん、仲良くなった。あのね、父さま。母さまがちゃんと治ったら、おれも一緒にするから、町の人たちの話、聞いて欲しい」
「うん、父さま。オレたちいるから」
父さまの目が潤む。
「ありがとうな。父さまと母さまは、本当にいい子供たちに恵まれた」
父さまが子供たちの頭を順番に撫でた。最後にしっかり撫でてもらってから、わたしは聞いた。
「父さま、モロール、遠い?」
「モロール領か。馬車で1時間ってところかな」
けっこう距離があるなー。いや、隣の領地が馬車で1時間は近いのかな?
「どうした? 行きたいのか?」
「媒体の人、モロールの人かもしれない」
「わかったのか?」
鋭く言った父さまに、わたしは首を横に振った。
「モロールの貴族のメイドっぽい人、ウチのこと聞いてたって」
父さまが顎を触る。言った瞬間目つきが変わったね。
「予想した人、合ってた?」
「確かではない」
無理に微笑んでいるが、父さま嘘が下手。確信している。
「媒体、手に入れなくても、もふさまが一度見れば、なんとかなる、してくれる」
みんな一斉にもふさまを見る。
「もふさま、ありがとう」
双子の声が重なり、兄さまと父さまも感謝しお願いをする。
どちらにしても難題ではあるが、手に入れるより、特定して見ておけばなんとかなるのはありがたい。
それから父さまに明日母さまが聖水を浴びた方がいいみたいだと告げる。
その時に翳った表情で、わたしは父さまが思ったより深く傷ついていることを実感した。
父さま相当参っている。
……それに母さまだって、気丈に振る舞っているけれど、人から呪われるのはとても怖いことだと思う。でも子供の前だから怖いって言えなかったんだ。呪いを解くことに一生懸命になりすぎて、心のケアが疎かになっていた。母さまに呪いのことを聞かせるべきじゃなかったな。
168
お気に入りに追加
1,239
あなたにおすすめの小説
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
モブなので思いっきり場外で暴れてみました
雪那 由多
恋愛
やっと卒業だと言うのに婚約破棄だとかそう言うのはもっと人の目のないところでお三方だけでやってくださいませ。
そしてよろしければ私を巻き来ないようにご注意くださいませ。
一応自衛はさせていただきますが悪しからず?
そんなささやかな防衛をして何か問題ありましょうか?
※衝動的に書いたのであげてみました四話完結です。
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました
珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。
なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる