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1章 ここがわたしの生きる場所
第8話 聖なる獣
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『ガキが! どうやってここに入った? 我の聖域で何をしてる?』
声が頭に響く。ファンタジー、きた!
もふもふは怒っているみたいだ。でも、とりあえず。
「後ろ向いて」
『なんで我が後ろを向く必要が?』
「幼女の裸、見てたいの?」
『な、人の格好など気にならん』
そう言いながらも、白いもふもふはわたしに背を向けた。
斜めがけバッグから手拭いを出して、水分を拭き取る。そして服を着た。
「もう、いいよ。聖域だった? ごめん。汗を流した」
もふもふがこちらを見た。
わたしに鼻先を近づけてくんくん匂いを嗅いでいる。
『ガキ、お前、何者だ?』
もふもふは怖がれとでもいうように大きな口を開けた。わたしぐらい2、3口でいけそうだ。でも怖がらせようとしているだけなのはわかる。何かする気なら、最初の時点でバクッだろうからね。
「ガキ、違う。リディア」
もふもふは口を閉じた。
『名前など聞いてない』
「人族?」
なんて言えばいいのかわからないので疑問形になってしまう。
『…………』
「ここはあなたの家?」
『ここは我が水浴びするところだ。お前はなんでここにいる。どうやって入った?』
「歩いて。家、帰るところ。くだって行けば着くか」
いつもの場所はきっとここより下流だろう。
『……なんだ迷子か』
聞き捨てならん。
「迷子じゃない!」
キッと、もふもふを見る。
『……帰り道がわからないのだろう?』
「川たどれば着く」
『ここは聖域、川といっても人族の住処に通じる川とは違う』
え、そうなの?
兄さまたちきっと心配してる。どうしよう。
ちょっと不安に思ったら、目から涙が溢れ出す。自分にびっくりだ。
『なっ』
でも驚いたわたしより、もっと驚いたのがもふもふみたいだ。
『な、泣くな。我がいじめたみたいではないか!』
すっごい焦っている。
違うよ。違うってわかってるよ。そう言おうとしたが、予想に反してよけいに涙が出てきた。
ベロンと大きな舌で顔を舐められた。
「ごめん、泣くつもりない。なのに、子供、感情止まらない」
何せ思い通りにならないだけで涙が出てくるのだ。痛みにも弱い。
どうしようという思いがうねりまくってわたしを支配する。
大丈夫、なんとかなるから。いや、するから! そう自分で思ってみても、実際のわたしは首を横に振って不安を大爆発させている。
もう、なんで自分のことなのにままならないの?
『な、泣くな。泣き止んでくれ。わかった、我が家まで送ってやる』
「本当?」
もふもふが頷く。ゲンキンなもので涙が引っ込んだ。
リディア、お前って奴は……。精神年齢はいささかトウが立っていても、見た目通り入れ物はもうすぐ5歳だ。5歳児ならそんなものか。けど、泣いて〝足〟を手に入れるとはっ。5歳児恐るべし。
『して、お前の家はどこだ?』
「え?」
『お前の家だ』
「……引っ越してきたばかりで、よく知らない。領主。町外れの丘の上」
住所とかあるのかな? 知らないや。
『領主? どこの領主だ?』
「シュタイン伯」
『お前、シュタイン伯の子か?』
わたしは頷いた。先ほどまでと違い、胡散臭そうな目で見られる。
『シュタイン伯の屋敷は町中だろう? 町外れとは?』
「よく知らない。一昨日、引っ越してきた。ビワンの木ある」
『ビワンの木、あそこか』
わかったみたいだ、よかった!
そう喜んだのまでは覚えているが、安心した途端気が緩んだのか、この日お昼寝をしていなかったので、わたしは眠ってしまったみたいだ。
起きたとき、もふもふの尻尾の上で盛大によだれを垂らしていた。
『起きたか?』
ジト目で見られている。わたしは手拭いでよだれを拭いた。
「よだれ、ごめん。お昼寝、ありがと」
もふもふに包まれて眠れて最高に気持ちよかった。
もふはよだれを拭いたのに、尻尾を滝の中に入れて洗った。
フルっと振るわすと一瞬で水分が飛ぶ。わたしは思わず拍手した。
『話の途中で倒れるから驚いたぞ。眠っているとわかったから寝かしておいた』
尻尾が左右に揺れる。
「ごめん、ありがと。子供、眠る我慢できない」
『お前、へんな子供だな』
ひどいな。
『お前の家族が心配するだろう。家に連れていってやる』
「ありがと」
わたしは背中によじ登ってもふもふに抱きついた。
首を器用に曲げて、そんなわたしの様子を見る。
『何をしている?』
「もふもふ、好き。気持ちいい!」
『す、好き? 人族に好かれたって嬉しくもなんともないぞ。いいからしっかり捕まっていろ!』
もふもふが駆け出した。空を。
空を?
「飛んでる」
『驚いたか。我は空を駆る』
「かっこいい!」
『そうか、かっこいいか!』
もふはもっとスピードをあげた。
何もないところを走っていく。軽やかに駆る。森を抜けてあっという間に家が見えた。
もふはビワンの木の隣りにシュタっと降り立つ。
「父さま、リーだ。白い獣に!」
双子が家から出てきた、もふを見て硬い表情で足を止めている。
もふは器用に口を使って、わたしを地面へとおろしてくれた。
ベシャッと座り込む。
『どうした?』
舌でベロンと顔を舐められる。
空を駆けるのは気持ちよかったけど、ちょっと怖かった。足にきてるみたいだ。
声が頭に響く。ファンタジー、きた!
もふもふは怒っているみたいだ。でも、とりあえず。
「後ろ向いて」
『なんで我が後ろを向く必要が?』
「幼女の裸、見てたいの?」
『な、人の格好など気にならん』
そう言いながらも、白いもふもふはわたしに背を向けた。
斜めがけバッグから手拭いを出して、水分を拭き取る。そして服を着た。
「もう、いいよ。聖域だった? ごめん。汗を流した」
もふもふがこちらを見た。
わたしに鼻先を近づけてくんくん匂いを嗅いでいる。
『ガキ、お前、何者だ?』
もふもふは怖がれとでもいうように大きな口を開けた。わたしぐらい2、3口でいけそうだ。でも怖がらせようとしているだけなのはわかる。何かする気なら、最初の時点でバクッだろうからね。
「ガキ、違う。リディア」
もふもふは口を閉じた。
『名前など聞いてない』
「人族?」
なんて言えばいいのかわからないので疑問形になってしまう。
『…………』
「ここはあなたの家?」
『ここは我が水浴びするところだ。お前はなんでここにいる。どうやって入った?』
「歩いて。家、帰るところ。くだって行けば着くか」
いつもの場所はきっとここより下流だろう。
『……なんだ迷子か』
聞き捨てならん。
「迷子じゃない!」
キッと、もふもふを見る。
『……帰り道がわからないのだろう?』
「川たどれば着く」
『ここは聖域、川といっても人族の住処に通じる川とは違う』
え、そうなの?
兄さまたちきっと心配してる。どうしよう。
ちょっと不安に思ったら、目から涙が溢れ出す。自分にびっくりだ。
『なっ』
でも驚いたわたしより、もっと驚いたのがもふもふみたいだ。
『な、泣くな。我がいじめたみたいではないか!』
すっごい焦っている。
違うよ。違うってわかってるよ。そう言おうとしたが、予想に反してよけいに涙が出てきた。
ベロンと大きな舌で顔を舐められた。
「ごめん、泣くつもりない。なのに、子供、感情止まらない」
何せ思い通りにならないだけで涙が出てくるのだ。痛みにも弱い。
どうしようという思いがうねりまくってわたしを支配する。
大丈夫、なんとかなるから。いや、するから! そう自分で思ってみても、実際のわたしは首を横に振って不安を大爆発させている。
もう、なんで自分のことなのにままならないの?
『な、泣くな。泣き止んでくれ。わかった、我が家まで送ってやる』
「本当?」
もふもふが頷く。ゲンキンなもので涙が引っ込んだ。
リディア、お前って奴は……。精神年齢はいささかトウが立っていても、見た目通り入れ物はもうすぐ5歳だ。5歳児ならそんなものか。けど、泣いて〝足〟を手に入れるとはっ。5歳児恐るべし。
『して、お前の家はどこだ?』
「え?」
『お前の家だ』
「……引っ越してきたばかりで、よく知らない。領主。町外れの丘の上」
住所とかあるのかな? 知らないや。
『領主? どこの領主だ?』
「シュタイン伯」
『お前、シュタイン伯の子か?』
わたしは頷いた。先ほどまでと違い、胡散臭そうな目で見られる。
『シュタイン伯の屋敷は町中だろう? 町外れとは?』
「よく知らない。一昨日、引っ越してきた。ビワンの木ある」
『ビワンの木、あそこか』
わかったみたいだ、よかった!
そう喜んだのまでは覚えているが、安心した途端気が緩んだのか、この日お昼寝をしていなかったので、わたしは眠ってしまったみたいだ。
起きたとき、もふもふの尻尾の上で盛大によだれを垂らしていた。
『起きたか?』
ジト目で見られている。わたしは手拭いでよだれを拭いた。
「よだれ、ごめん。お昼寝、ありがと」
もふもふに包まれて眠れて最高に気持ちよかった。
もふはよだれを拭いたのに、尻尾を滝の中に入れて洗った。
フルっと振るわすと一瞬で水分が飛ぶ。わたしは思わず拍手した。
『話の途中で倒れるから驚いたぞ。眠っているとわかったから寝かしておいた』
尻尾が左右に揺れる。
「ごめん、ありがと。子供、眠る我慢できない」
『お前、へんな子供だな』
ひどいな。
『お前の家族が心配するだろう。家に連れていってやる』
「ありがと」
わたしは背中によじ登ってもふもふに抱きついた。
首を器用に曲げて、そんなわたしの様子を見る。
『何をしている?』
「もふもふ、好き。気持ちいい!」
『す、好き? 人族に好かれたって嬉しくもなんともないぞ。いいからしっかり捕まっていろ!』
もふもふが駆け出した。空を。
空を?
「飛んでる」
『驚いたか。我は空を駆る』
「かっこいい!」
『そうか、かっこいいか!』
もふはもっとスピードをあげた。
何もないところを走っていく。軽やかに駆る。森を抜けてあっという間に家が見えた。
もふはビワンの木の隣りにシュタっと降り立つ。
「父さま、リーだ。白い獣に!」
双子が家から出てきた、もふを見て硬い表情で足を止めている。
もふは器用に口を使って、わたしを地面へとおろしてくれた。
ベシャッと座り込む。
『どうした?』
舌でベロンと顔を舐められる。
空を駆けるのは気持ちよかったけど、ちょっと怖かった。足にきてるみたいだ。
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