転生貧乏令嬢メイドは見なかった!

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<後編>

第62話 反撃11 狩猟祭(下)

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 報告すると、お兄様もトムお兄様も、タデウス様も一様に考え込んでいる。
 何に驚いたり、打ちひしがれればいいのかわからない。あまりにもいっぺんにいろいろなことが起こりすぎた。

 悲鳴?
 またマテュー様に何か?

「ファニーは中にいろ。外を見てくる」

 トムお兄様が天幕を出る。
 そしてすぐに戻ってきた。

「魔物が出たそうだ。ここは危ない、王宮に避難するよう指示が出た」

 お兄様に抱えられるようにして、外に出る。
 外はパニックを起こした人たちが王宮に通じる門へと群がり、足のすくむ光景だった。

「マテュー様たちは?」

「あいつは見習いといっても騎士だし、ラモンもいるから大丈夫だ」

 タデウス様に背中を押される。

「魔物だ!」

 誰かが空を指さした。
 何だってあんなものが?
 そ、空を旋回している、大きな羽の生えた蜥蜴みたいな生き物。

「誰かが仕込んだんです。王家の森に魔物が迷い込むようなことはない。なんてことだ!」

 頭を抱えて言った誰かの叫びに、人々の焦りが加速する。
 仕込んだってことは、嫌な予感がする。
 これもわたしのせい? わたしに仕掛けられてる?
 なんだってこんなことになるんだろう。

 会場はごった返している。
 マテュー様もラモン様も大丈夫だろうか。
 魔物は空を旋回しているだけだ。まだ攻撃されたわけではないのに、パニックを起こした人々は転んだりなんだりで怪我をしていた。マテュー様の傷だらけの顔や、さっき葉っぱの刃で真っ赤になった人を思い出した。
 騎士たちが人々を誘導している。

 爆発音のようなすっごい音がして、吹き飛ばされた。

 気がつくと地面に伏せていた。
 起き上がる。気を失っていたのか?
 お兄様に手を取られて一緒に避難していたはずなのに……あたりに誰もいない。
 お兄様ともトムお兄様ともタデウス様ともはぐれてしまった。それどころか誰もいない会場だ。何かの力が働いたんだ。みんな無事なの?

 
 誰もいなかったはずが、恐ろしい咆哮が聞こえ、見上げれば空に魔物が旋回していた。
 そして、……マテュー様。
 わたしの姿を認めたマテュー様は駆け寄って、わたしをぎゅーっとした。

「「怪我はないですか?」」

 同じ台詞を言った。
 あちこちに傷は見られるが、走れるし大きな怪我はないみたいだ。

「マテュー様、皆はどうなったんでしょう?」

「おそらく無事ではないかな。敵はどうしても俺がやられるところをあなたに見せたいみたいだ」

 そのための舞台が整えられたのだろうとマテュー様が言った。
 これはなんの罰なんだろう?
 なんでこんなことが起こるの?


 すさっすさっと土の上を軽やかに歩く音が聞こえる。
 〝舞台〟に遅れて登場したのは薄いグリーンのドレス姿のクジネ令嬢だ。後ろに令息たちを従えている。令息たちに表情はなく、それがなんとはなしに怖い。

「まぁ、クリスタラーお嬢様、ボロボロですわね」

 嬉しそうに扇をあおいで自分に風を送っている。
 吹き飛ばされて、転んだところを踏まれて、蹴躓かれて、転がったからね。

「あなたがやったの?」

「何をでしょう?」

 彼女は可愛らしい顔で極上に微笑んだ。

「この狩猟祭の会場で起きていることよ。あなたが関与しているの?」

「いやですわ。私、まだ、何もしていませんわ」

〝まだ、何も〟ねぇ……。 

「どうやったのか知らないけど、ここにわたしたちだけなのも、あの魔物を呼び込んだのも、あなたがやっているんじゃないの?」

 彼女の中ではこれらのことが〝何もしていない〟認識なのか?

「あら、どうして私が?」

「今、この場であなただけが嬉しそうだわ」

「嬉しそう? この状況が嬉しいのとは違いますわ。嬉しいのはもうすぐ願いが叶うからです」

 願い? こんな馬鹿げたことをして。たくさんの人を傷つけてまでの願いとやらを聞いてやろうじゃないか。

「婚約者があなたのせいで狙われているのに、あなた何も感じませんの?」

 やはり、ターゲットはわたしなんだ。そうなのではと思っていたけれど、ちゃんと聞くと胸がずーんと重たくなった。わたしを傷つけるために、こんな大掛かりなことをして、たくさんの人が傷ついたんだ。
 それにしても憎まれているな。なんだって彼女はわたしをそこまでして傷つけたいんだろう?

「6年前、あなたは両親を失って闇堕ちするはずだったのに、親不孝ものね、悲しくなかったのかしら?」

 恐怖とか憤りとか、そういうのが全てスーッと鎮まっていくのを感じる。心の奥の奥底から凍りついてくるような錯覚が起こる。6年も前のことなのに、両親の死は未だちゃんと考えられないことのひとつだ。前世を思い出して、見ないフリをして何でもないことと繕うことをしてきたに過ぎない。心が激しく揺れ動くから向き合っていないだけだ。そうできるのもある意味〝強さ〟なのかは知らないけれど。

「そんなあなただから、婚約者がどうにかなるぐらいでは悲しまないかと思ってね。趣向を凝らしましたのよ。あなたの婚約者さん、あなたのことが好きで交際を申し込んだわけではないのよ。あなた罰ゲームなのではと言っていたわね。勘が良くて驚いたわ。これはゲームだったの。あなたに交際を申し込んで勝者になれば、取り戻したくて躍起になっているものをもらえるというね。あなたに申し込んだ5人の方々は、取り戻したい物があって、仕方なくあなたに交際を申し込んでいたってわけ」

 手が震えそうになるのをギュッと握ってやり過ごす。
 わたしは賭けのことを知らなかったら、今の告白で衝撃を受けただろうか?
 衝撃は受けるかもしれないけれど、逆に納得していたのではないかと思う。

「まぁ、これもあなたには響かないのね。鋼の心をお持ちだわ」

 それは違う。そう見えるとしても、いつだって傷ついていないかのように取り繕っているだけだ。

「……勝者は俺だ。俺の望むものをもらおう」

「まぁ、いいわ。何がお望み? 指輪?手紙?本?それとも石? あなたは誰との友情ごっこを望むのかしら?」

「望むのはファニーの安全だ」

 マテュー様のその言葉で現実に引き戻される。
 ブツはもう取り返しているはずだから、ここで取り引きする必要はないけれど、マテュー様の方が危険なのに、わたしのことを考えてくれることに胸を打たれる。
 そうだ、ぼんやりしている場合ではない。

「……あなた、つまらないわね。でも、いいわ。私、約束は守るのよ。それに、もともと身体にはひとつも傷をつける気はなかったわ」

 身体以外にはあるのね。

「さて。あなたを好きでもないのに、ただ賭けにのっただけのパストゥール家のご子息様は、あなたが婚約者に選んだばっかりに、死んじゃうわ。また、あなたの大切な人がね」

 それを聞かせたかったんだと感じた。
 両親のことを思い出して、さっきマテュー様が危険な目に遭ったのも思い出して、取り繕った仮面が剥がれ落ちそうになる。

「ファニー!」

 急に大きな声で呼ばれてびくりとする。マテュー様の瞳と目があった。

「俺は死なない。俺はこんなことには負けない。ファニーも負けるな」

 手をギュッと結ぶ。

「いいわ。仲がいいほど、お嬢様に衝撃は大きいでしょうから」

「怖がるな。……いや、怖がってもいい。でも俺がいることを忘れないでくれ」

 そうだ、負けない。怖いけど、頭に来てるけど、クジネ令嬢にわたしは負けない。どんな思惑があったって、わたしは負けない。
 わたし、やりたいことがあった。わたしにはなりたい自分がある。それを叶えるために、こんなことに負けるわけにはいかないのだ。皆様たちと過ごして、わかったことだから。

「マテュー様、頼りにしています」

「……はい、頼ってください」

 こんな場面なのに、マテュー様は頼もしげに笑った。



 令息たちが前にでた。マテュー様も進みでる。
 彼らは剣を持っていた。マテュー様は素手だったが、令息たちの敵ではなかった。
 体術では無理だと判断できたのか、魔法の攻撃を仕掛けてきた。それでもマテュー様は身軽に避ける。
 令息たちとの戦いで全く危なげはないが、如何せんあちらの数が多すぎる。
 戦果に業を煮やしたのか、ひとりの青年が空へ魔法をぶっ放した。
 空を旋回していた魔物が攻撃をかわし地上の〝虫〟に気づいた。旋回をやめ、地上に迫ってくる。家一軒はありそうな大きさだ。深緑色の皮膚は硬く蜥蜴に羽が生えたような生き物だ。マテュー様は令息が落とした剣を拾い上げる。
 む、無理だ。いくらなんでも。

 無力なわたしは助けにならない……。
 マテューさまは冷静に魔物を仰ぎ見ている。

 ……わたしにできるかもしれないことが、ひとつある。

 願うことは怖かった。
 怖いくせにむしがいいとも思った。
 けれど、それ以外にわたしのできることはなかった。
 わたしは胸の前で両手を組んだ。

 わたしのずーっとずーっと前の先祖が昼と夜は必要だと言ったという。光と闇の精霊はその進言に助けられ、それからその乙女を愛し、加護してきた。精霊が緑の乙女を特別に想った経緯はそうであるとされている。それが事実でも本当は違っていても大差はない。とにかく悠久に生きる精霊が一生をかけるぐらいの恩を緑の乙女に感じて、その子孫たちをも見守ってきたのだろう。その子孫にわたしは含まれる。
 テオドール様の執務室で属性がわかった時のことを思い出す。わたしには光と闇の属性があった。
 すっかり忘れていたけれど、小さい頃、森に住むキラキラした何かをわたしは感じていた。
 ……この頃、目の前を飛んでいったり、チラチラする光。もしかして、そうだった?
 首に矢を突きつけられた時に、風を起こしたり。
 ちゃんと見えるわけじゃない。聞こえたりもしない。
 あ、宝探しの時、声が聞こえた。切羽詰まったような甲高い声。あれは人ではないだろう。
 思い返してみれば、確かではないけれど、いくつも精霊か何かとの接点があった。

 あの物語は本当なのだろうか。闇の精霊が乙女に嫌われていないと気づかないと光の精霊が解放されないというのは。物語によると闇の精霊さんはもう封印は解けているんだよね。そして気づいてもらえなくて悲しんでいる。


〝怖がるな。……いや、怖がってもいい。でも俺がいることを忘れないでくれ〟

 そう言ってくれた。

 うん、怖い。精霊を知らないから、精霊がどういうものか知らないから、畏怖だけがある。盲目的にわたしの願いを叶えてくれる存在かもしれないのも怖い。
 ……でも、わたしはひとりじゃない。マテュー様をはじめ、わたしには味方をしてくれる人がいる。

 心の中で呼びかける。
 闇の精霊さん、光の精霊さん、もしくは妖精さんかしら? わたしの声が聞こえますか?
 空気が空間が歪むように見える。でもそれはすぐにおさまる。また別の場所でもそれが連鎖するように起こっていって、視界が光と闇で満ち溢れた。
 ずっと近くにいたんだ。気づかなくて、ごめん。
 姿は見えないし、何も聞こえないけれど。意志の疎通もできないけれど、存在を感じることができた。闇も光も封印されていない。封印じたいされていなかったのか、封印が解けたのかそれはわからないけれど。光と闇だけでなく、それ以外にもふわふわしたものがいっぱいいる気がする。……落ち葉で助けてくれたのは……なんとなく光と闇の精霊とは別だと思えた。

 魔物が地上へ降りたった。すごい風圧だ。
 わたしの前で風が左右にわかれる。守ってもらっている。
 こんなふうにいつも、わたし守ってもらっていたんだ。
 多分、おかしな出来事と思ったことがある。でも、まさか、ね、と、気のせいだと終わらせていた。
 ごめん。気づかないふりをしてごめん。

 風で令息たちは転がった。クジネ令嬢は後ろの方に避難していたようだ。立っていられたのはマテュー様だけ。マテュー様が魔物に剣を向けたが、体格差がありすぎる。あんな大きな魔物にはおもちゃの剣のようだ。

 ずっと気づかなかった。気づいていないフリをした。それなのに、こんな時ばかり頼るようなことをして、ごめん。
 でも、お願い、マテュー様を助けて!
 心から祈る。手に爪が食い込む。
 お願い!

 
 静けさに怯えて目を開けると、令息たちはほとんどが座り込んだまま、マテュー様と睨み合う魔物を見ている。その中で、ひとり、顔を青白くしながら口の中で何かを唱えている人がいる。精霊か何かの力なのか、その人から青い光が細く空にのぼっていくのが見えた。
 術でこの空間を作り上げているのか?
 わたしは走った。空だけをみつめているその人に体当たりをした。
 一部空気が歪んだようになった。やっぱりこの人が。

 座り込んでいた令息たちが、わたしに気づいて飛びかかってくる。
 マテュー様がそれに気づいて、こちらに走ってきた。
 蹴散らかし、わたしをグイッと引き寄せる。

 令息たちが叫び声を上げる。魔物がこちらに向かってきたからだ。
 恐ろしい大きさで声を上げることもわたしはできなかった。

 マテュー様がわたしを抱きしめて、剣先だけは魔物にむけた。

 バリツ!

 雷のような音。薄暗いどんよりした空間に剣先から稲妻が走る。魔法剣だったかのように、剣の先から光と闇が絡まった稲妻のようなものが放出された。
 魔物に命中して、爆発が起こる。音と風がわたしたちを押し倒す。魔物が煙となり消えた。魔物も術か何かだったんだ。術でもこれだけの衝撃。

 座り込んだまま、マテュー様はわたしを抱く手に力を入れた。
 マテュー様がほっとした笑みを浮かべる。
 胸の中で、マテュー様の鼓動が聞こえて、わたしもほっとした。
 心の中で〝ありがとう〟と呼びかける。

 
 マテューさまの手を借りて、立ち上がる。令息たちは軒並み倒れていた。起きあがっているのはクジネ令嬢とわたしとマテュー様だけだ。
 恐らくこの空間を作り上げた魔術師の令息が気を失ったからだろう。空気が変わった。
 すぐに助けがくるはずだ。

「な、なぜ堕ちてないのに、光が現れるの?」

 呆然としたようにクジネ令嬢が呟き、そしてわたしを睨め付けた。
 2対1でも不利だと思わないのか、令嬢は逃げない。

 堕ちてないのに、光の精霊がなぜ現れるのかですって?
 令嬢はあの物語を知っているんだ……。

「あなたはわたしに何をさせたかったの?」

「あなたは闇に囚われなくちゃいけないの。でもそう言ったって自分ではできないでしょ? だから私が手伝ってあげてるのよ。あなたが闇に墜ちないと、光が解放されなくて、世界が壊れるから」

「何を言ってるの?」

「ここは乙女ゲーの世界なんですって」

 乙女ゲーと聞いて、いくつか思い出す。
 シミュレーションゲームでそんなジャンルがあった。ゲームによりけりだけど、課題があって、それをクリアして攻略者との好感度をあげるのではなかったかな。ヒロインがゲームの中の素敵な攻略者と仲良くなるのを目的としたゲームだった。
 そういった乙女ゲーの世界? その世界だと思っているの?

「……主人公はあなた?」

 誰も彼もが、こぞってヒロインを好ましく思う。彼女にはそれが当てはまる。

「私は生まれもわからない、ただの孤児よ。孤児院に緑色の目を持つ子がいた。とても体が弱くていつもベッドの上だったわ。起きている時はいろんな話をしたわ。あの子は不思議な子で誰からも好かれて、そして同い年なのに、この世界のことや未来のことをよく知っていた」

 その子が転生者だ。

「あの子は自分がヒロインだって言ったの。ヒロインって何かを尋ねたら、自分のためにこの世界があるんだって言った。だけど真のヒロインになるには条件があって、光の精霊を手にしなくちゃいけないって。光の精霊は緑の乙女が闇堕ちしたら解放されて、緑を持つあの子のところにやってくるはずだった。そうしたら病気も何もかも治ってヒロインになるはずだった。光の精霊とこれからやってくる災害に打ち勝つはずだった。それなのに、あんたが闇堕ちしなかった!」

 その子が同胞だったんだな、と思う。6年前の両親の死。あのとき前世を思い出さなかったら、わたしは病んでいたかもしれない。同胞はわたしが死ななかったから、加護を持ち生きることが叶わなかった?


「さっきの森の中の奴らも、あなたが仕掛けたのですか?」

 マテュー様が冷静に尋ねる。彼女は鼻で笑う。

「それは別便。私以外にもあなた憎まれているのよ」

 ものすごく嬉しそうだ。〝別便〟があるのは知っていたんだ。そうじゃなかったらマテュー様が危険にさらされたのを前提として話していたのはおかしいから。

「あなたそんなことがあっても追い込まれないのね。最初は婚約者を選ばせて、その選んだ婚約者に振られるぐらいにしておこうと思ったのだけれど、両親が亡くなっても動じない方ですもの、念を入れることにしたの。当たってたわ。だからね、さすがに自分を破滅させるために思い人に死なれたらおかしくなれるんじゃないのかしら? そう思いましたの。それでも追い込まれないのだから、ちっともやりすぎではないのね」

「どうしてわたしを追い込みたいの?」

「だから言ったじゃない。あなたが闇に堕ちないと、光の精霊が解放されないし。光の精霊が解放されなければ、世界は滅ぶのよ。あなた世界を滅ぼしたいの?」

 同胞が彼女に言ったことで、彼女はその物語を信じたのだろうか?

「わたしが絶望するかしないかで滅びたり滅ばなかったりするなんて、ずいぶん小さな世界ね」

 ため息がでる。やるせないっていうか。彼女は令息たちが倒れたら打つ手はないみたいだ。最初は何か奥の手を持っているのではと思ったし、マテュー様も警戒していた。何かを待つ時間稼ぎかとも思ったけれど、そういうわけでもなく、ただギャンギャン吠えているだけみたいだ。

「それにあなたのいう通りだったとしても、光の精霊は封印も解放もされていない。だから、わたしが闇に囚われる必要はどこにもないのよ」

「そんなわけない!」

 必死だ。さっき自分でも光を認めたのに、納得できないのかどこまでも威嚇してくる。彼女が彼女であるために、わたしを攻撃して、わたしを闇に堕とすことが、彼女が心を壊さない必要条件だったのだろう。

「私はヒロインの力をもらったの」

 ちっとも嬉しくなさそうに笑う。
 ヒロインの力……。
 ヒロインは受け入れられる。好まれる。でも、それを知っていたら喜べないかもしれない。好かれるのは素敵なことだけど、それにカラクリがあると知っていたら、心が傷つくかもしれない。好まれる人とそうでない人がいるのは謎だし、ヒロイン力ってものがあってどう渡すことができたのも謎だけど、彼女は実際多くの方に好かれて、王太子も落とした。魔術でも神力でも調べても何もでなかった、ヒロインの力だから……だったのだろうか?

 クジネ令嬢のわたしを攻撃するときの嬉々とした表情の裏に、酷く傷ついた孤独が見える。
 両親を、大切な人を失った時のわたしと同じだった。彼女の中にわたしの奥の奥底にあるわたしが見える。見ないフリをして聞こえないフリをして自分を守ろうとするわたしが見える。
 わたしもこのことがなかったら、気づかないフリを続けていた、きっと。本当の気持ちに気づかないと、いつまでも前には進めず辛いだけなのに。

「わたしを闇堕ちさせたとしても、あなたは満たされないわ」

「はぁ?」

「あなたの本当の願いはわたしを闇堕ちさせることではないから」

 同じ孤独を抱えていたからわかる。
 願いに気づかず、ただ抗ってきたのもわかる。

「何いってるの? 私はあんたを闇堕ちさせることだけを考えて生きてきた!」

 駄々っ子のようだ。声を上げて主張するだけ。
 本当の気持ちに気づけないと、いつまでも満たされない。満たされないと乾いていって、なんでもいいから欲しくなる。でもそれが欲しいものではないから満足できなくて堂々巡りが起こる。
 わたしは尋ねる。

「わたしを闇堕ちさせたかった、それはなぜ?」

「あんたが幸せなのが許せないからよ」

 彼女は傷ついている自分に気づいていなくて、痛みを紛らわすのに攻撃をしている。

「なぜわたしの幸せが許せないの?」

「幸せになるべきなのは、イザベルだったからよ! あんたじゃなくてね」

「そう、あなたはイザベルに幸せになってほしかった。だからそうできなくて哀しかったのね」

「なにを!」

 顔が歪む。
 この子はイザベルからもらった力で、好かれることを自分に許して幸せになっちゃえばよかったのに、自分だけ幸せであることが許せなかったんだ。だからイザベルのために何かをしなくちゃと、イザベルが助からなかった原因である、わたしを闇堕ちさせようと思ったんだ。

「あなたの一番の願いはイザベルを幸せにすること。イザベルの願いは何だかわかる?」

「それはあんたが死んで精霊の加護を受けることよ」

「違う。イザベルの願いはあなたが幸せになることよ。だから自分の持っているいいと思うものをあなたに託したの」

 騎士たちが走ってきている。その中には殿下、タデウス様、ラモン様、テオドール様もいらした。周りからジワジワとわたしたちを囲んできている。

「精霊の加護を受けたかったのも、助かりたいからじゃないと思うわ。知り合った大好きな人たちを幸せにしたかったんだと思う。だから加護を受けて幸せにしたかったのよ」

「違う、イザベルは……」

「あなたのことが大好きだった。だから一番いいと思う力を託した。そのイザベルはあなたが幸せになることを望んでいた。……だからあなた、幸せにならないと」

 クジネ令嬢の顔が歪む。ヒロインの力。誰かの心を動かせるほどの意思を貫く素質。彼女がいろんな人の心を動かして事を起こしてきたのは事実だと思うが、やはり16歳の少女だ。今だって動いてくれる令息たちが倒れてしまったら、反論するだけで何かできるわけではない。
 ……やはり、彼女を動かしていた人がいる。

「クジネ男爵は捕らえた」

「……お義父様をなぜ?」

 殿下が伝えると、クジネ令嬢は目を見開いた。

「鉱石を横流ししていたからだ。それから我が国には持ち込み禁止の精霊石を所持していた」

 精霊石と聞いた時に、周りの空気が震えた。精霊だか何かが怖がっている。わたしがクジネ男爵が怖かったのはそのせいではないかと思った。

「精霊石とは何ですか?」

 わたしは殿下に尋ねた。

「精霊や妖精を封印するのに必要とされる力のある石だ」

 男爵と会った時から怖かったから、精霊か妖精はわたしのそばにいたんだろう。精霊たちの感情の揺れみたいのをわたしは知らずに受け取っていたみたいだ。

「この騒動の指導者はクジネ令嬢、あなたですか?」

 クジネ令嬢はキッと顔をあげる。

「クリスタラー令嬢が私の慕う方を誘惑したから、ふたりを引き離そうとしただけですわ」

 え? クジネ令嬢はマテュー様が好きなの?? マテュー様、今わたしの婚約者なのに?
 それはどんな設定だ。勝者を選ばせて、選ばれたばっかりにと葬り、周りには恋仲だったのにわたしが割り込んだからという言い訳で通すつもりだったの? そんなお粗末な!
 手がこんでいるんだか、浅知恵なんだか、よくわからない。

 マテュー様を魔術で攻撃した令息たちは、目が覚め、こんなところで自分は何をしていたんだ?状態だったが、騎士たちにつれていかれた。
 親子仲はよかったように見えたがその通りだったらしく、捕らえられたと聞き衝撃を受けたみたいで、彼女はそこからほとんど抵抗しなかった。いやいつだって彼女は口を出すだけで、抵抗も何もしていないのだけど。
 後から聞いたところ、クジネ男爵は鉱石の横流しだけでなく、ブーケンとラングを手に入れるつもりでいろいろ画策していたみたいだ。あの同僚と上司から迫害を受けていた官僚君の上司はまさしくクジネ男爵だった。その他何人かの貴族と結託して、鉱石のある土地を手に入れようとしていた。法の穴を掻い潜って。

 ーー春の夜会の裏で多くの貴族が捕らえられた。
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