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<後編>
第60話 反撃9 王妃様のお茶会
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「本日はお招きいただき、ありがとう存じます」
カーテシーでご挨拶をすると、王妃様はにこやかに微笑まれる。
「今日の装いも可愛らしいわね」
「ありがとう存じます」
今日は殿下が贈ってくださったお茶会用のドレスで、ヴェールは失礼になるのでしていない。殿下のドレスは薄い水色を基調としている。流行の大きく肩を出したものだ。袖のところとドレスの後ろがドレープになっていて、青い大きな花のコサージュで留められている。殿下から贈られた装飾品は細い華奢なゴールドだった。紫とゴールドじゃなくて青系とゴールドでまとめたんだと思ったが、本当の瞳の色を見た時に、このドレスの花の色の理由がわかった。お化粧はなぜか少し幼く見える可愛らしいものだった。肩を出していてもセクシーになりすぎないようにの配慮なのかもしれない。
「よく、来てくださったわ。さあ、楽にしてちょうだい」
さすが王妃様のお茶会、メンバーも凄かった。
王妃様、パストゥール家の奥様、リングマン家の奥様が同じテーブルだ。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
皆様にもカーテシーでご挨拶をする。
「今日は珍しい外国のお茶を用意してみましたの、皆様、楽しんでくださいね」
王妃様のお声がけでそれぞれのテーブルでお茶のサーヴが始まる。
紫色のお茶だ。
感嘆の声がそれぞれのテーブルからあがる。
王妃様が飲まれて、わたしたちも口をつける。
おお、ちょっと酸っぱい。爽快感が広がるお茶だ。
「スーッとしますのね」
「どちらの国のお茶ですの?」
「ディマンザ国のものですわ。短い夏の間に口にするお茶だそうですわ」
「ディマンザとは急に友好的になりましたのね」
「大使が変わったのです。まだ若い侯爵様よ。しかも独身らしいわ」
あの方、ディマンザ国の大使としていらしてたのか。
「それはそうと、ファニー嬢は誰が一番お気に入りなのかしら?」
急に振られてわたしは咳き込んだ。
「うちの息子、親の欲目を差し引いても、よくできた子だと思うのよ。いかがかしら?」
王妃様、賭けのことご存知だろうに。
「王妃様、ファニー嬢はうちのマテューと仲がいいんですのよ」
「あら、聞き捨てならないわね。うちのテオと並ぶのが一番サマになっているわ」
方々のテーブルから熱視線が!
お三方とも、評判の落ちたわたしのために、親のわたしたちも応援しているのよをアピールしてくださっているのはわかるんだけど、他のテーブルの方々に、より睨まれている気がする。
ケーキが運ばれてくると、盛んに勧められ、急かされて。なぜと思っていたら、少ししてから宰相様に呼ばれた。皆様、ご存知だったんだね。
花摘みに行くようなふりをして会場から出て、途中から宰相様に合流し、連れていかれた部屋には陛下とお兄様がいらした。それからラモン様が時を重ねたらきっとこんな感じになるんだろうなと思わせる紳士が。やはり司祭長様で、ラモン様のお父様だった。色気が半端ない。甘いマスクで少し垂れ気味の瞳は怪しく煌めいていて、神に仕える筆頭なのに、その色気いいのか?と思ってしまった。
「奪われたものの詳細を尋ねていると聞いた。私から教えられることは教えようと思い呼んだ」
そんな前置きから始まった。
「緑の乙女を精霊たちがどうして大切にしたか知っているか?」
わたしとお兄様は顔を見合わせて知りませんと返事をする。
「教本の初版本には書かれていたことだ。だが、この記述があると緑の乙女を取り合うものが現れるかもしれないと考え、その表記は消すようにした」
ラモン様が危惧されていたことだ。
「神は喧嘩ばかりする光と闇の精霊を消滅させようとした。その時に、昼と夜がないと困ると緑の乙女が進言した。神はその言葉を聞き、精霊を消滅させなかった。精霊たちはその進言をした緑の乙女を慕い、愛するようになった。つまり、精霊の森の土地にこだわりがあるわけではなく、ファニー嬢、君に精霊はついていく」
え?
「精霊の指輪とは、クリスタラー家を守るためのもの。世間にゲルスターの土地に精霊がついていると錯覚させるための布石に過ぎない」
確かにそれが伝わってしまったら。
わたしがどこかに行けばその地に精霊もついてきて豊かになるということでよろしかったでしょうか?ってなことになる。実際、精霊がいるかどうか分からず、本当にわたしに精霊がついてくるかも分からなくてもだ。
「お兄様」
呼びかけて隣を見れば、お兄様の顔も青い。
「だから、そなたたちはどこででも生きていけるのだ。もし他の国に移りたいのならそれも良し。この国にいてくれるのなら、それもいい。土地ではなくファニー嬢に精霊がついていると明かしてもいいし、隠したいというのなら今まで通り土地についていると世間には思わせよう」
「お兄様、お兄様は外国に行きたいですか?」
「ファニー、これはお前の問題だ。お前が決めなさい」
外国にはいつか行ってみたいと思う。でもそれは観光してみたいぐらいのことだ。そして一度精霊ごと土地を離れられることを示したら、それは事実となる。本当に豊かになるかもわからないのに、どこかに連れて行かれるなんてことも起こりうるかもしれない。そんな怖いことは絶対に嫌だ。
わたしがこの国を出て行ったら、精霊も出ていくかもしれない定義なのに、陛下は包み隠さず教えてくれた。わたしはこの国の生まれで良かったと思った。
「わたしは今まで通りこの国で暮らしたいです。ですが、願いがございます。土地についているのでないのなら、わたしが領地を離れても問題はないはず。ファニーと違う名前で外でも働くことをお許しください。どうかお願いいたします」
「それなのだが。……夜会の終わりにそれははっきりさせよう」
……考慮してくださるってことよね、前向きに受け取ろう。他に質問があるか聞かれて、わたしは司祭長様に、その他初版本で消された表記のことを尋ねた。
闇と光の精霊は、二つ柱の精霊王で多くの妖精が従っているという。精霊たちは森で生まれ、妖精にはそれぞれいろいろな力を宿したものが生まれてくるそうだ。妖精や精霊は気まぐれで、人族の倫理とはどうしても相容れない思考があり、時に人族の敵になる。それを止めることができるのも人族では緑の乙女だけで、妖精も精霊王に従っているので緑の乙女の言うことは聞くというようなことが記されていたらしい。
けっこうわたしにとって大ごとが記されているんですけどっ。
わたしは侯爵様から聞いた、闇と光の精霊が封印された話を聞いたことがあるかを尋ねた。司祭長様は聞いたことがなく、初版本でも今までの教本にもないと言った。陛下も宰相様も聞いたことがなかった。
わたしは侯爵様に聞いた物語を伝えた。
……とんでもない話を聞いてしまったので、とても気疲れした。
湯船に浸かって、疲れを癒す。
お風呂からあがると殿下たちがいらしているという。リリアンの姿で隣の部屋にいった。
殿下たちはクジネ令嬢から教本を見せてもらったそうだ。初版本で間違いなかった。その時にちゃっかり模造品と入れ替えたらしい。他の物が保管してあるところもわかったようだ。取り巻きのうちの一人の伯爵家令息の家が扱っている金庫にあるらしい。
取り押さえていないのは確証がないのも理由のひとつだが、クジネ令嬢の思惑がわからないことを危惧する思いが一番大きい。目的が何なのかわからないと、気味が悪い。その後ろにもっと大きな何かをしようとしていると思える。だからブツは確実に取り返しておき、賭けは進行しているように見せかけるのがいいと結論づいた。これで、どなたのブツを取り返したとしても、他の物のありかもわかったので、それだけでもずいぶん気が楽になった。
殿下から申し入れがあった。
「賭けで誰を勝者とするか決めてくれ、リリアン」
「わたしが決めるんですか?」
驚いて尋ねると、殿下は頷いた。
え? そこで丸投げ?
「皆様、本当にいいんですか?」
わたしは最後に尋ねた。
「後から賭けのためなどといっても、わたしと交際したって残ってしまうのですよ? 婚活に響きますよ?」
「ここにいるのは、その噂を喜ぶものだけだ」
皆様に、みつめられた。
……恨みっこなしで。
「それでは、マテュー様で」
「なぜか尋ねても?」
「マテュー様は取り返すものがありません。だから相手の出方によって臨機応変に動けるからです」
マテュー様に手をとられた。
「その理由でも嬉しいですよ、リリアン」
明日の午後、交際を飛び越えて、マテュー様と婚約する噂が流れる予定だ。
令嬢が勝者のマテュー様とどんなコンタクトをとるのか、令嬢の賭けでしたかったことは本当にそれだけなのかがわかる。
できれば、なぜあれらの家宝を欲したのかまでわかればいいけれど。本当に謎な行動すぎる。
翌日の午前中、フレディ様に時間を取ってもらった。フレディ様はお茶会に来るつもりだったからといらしたところで、散歩を持ちかけた。
今日は妖精を模したものを飛ばしているみたいだ。
時々、目の前を飛んでいく。幻術なのかな。羽音までリアルだ。
宝探しの時に見えた魔物も唸り声とか恐ろしかったしね。幻影って聞いてなかったら絶対に騒いでいた。
黄色い花に元気をもらい、ピンク色の花に心を落ち着けて、白いバラの前で足を止めた。
「フレディ様」
意を決して呼びかけると、フレディ様が振り返る。
「決めたんですね?」
わたしに視線を合わせ、眉根がさがる。
「はい」
哀しそうな表情で言った。
「僕ではないんですね?」
「……申し訳ありません。わたしを気にかけてくださったこと、感謝しております」
少し間があく。
「……ちなみに、どなたの手をとるのか、教えていただけますか?」
「……マテュー様です」
「……そうですか」
わたしは尋ねた。
「あの、フレディ様、わたしたちはいつ会ったのでしょう?」
「時間切れですね、思い出していただけなかった」
「ごめんなさい」
「ファニー様、短い間でしたが、あなたとひとときを過ごすことができて楽しかったです」
「わたしもです」
「最後に顔を見せてくださいますか?」
わたしはヴェールを髪飾りから外した。
榛色の瞳が優しくなる。
「あの時の小さなレディですね。あなたはいつも夫人のドレスの影に隠れるようにしていた」
周りでチカッと何かが光る。
「僕たちと遊びたそうにしながら、どうしても言い出せないみたいだった。誰かは貴族のお嬢様だからオレたちと遊びたくないんだと言ったけれど、遊びはじめればそんな考えは最初からないことはすぐにわかった。ドレスを泥だらけにして遊んで。次の日寝込んだと聞いた。だから今日は連れてこなかったんだと」
泥だらけになって……。微かに記憶にヒットする。
「僕は養子です。孤児院にいて、この髪と瞳の色が家門に合うことから養子にしてもらいました」
孤児院……。
「リプリーの孤児院です」
あ。リプリー……。
『わたしも行く!』
『この間、遊びすぎて熱を出したばかりでしょ』
『だめ。フィッツと約束した』
『……次に行くときは連れて行くから、今日はお留守番していなさい。フィッツには理由をちゃんと話しておくからね』
『いい子にしていたら、お土産を買ってくるわ』
孤児院と聞いて思い浮かべているものがあった。想像ではなく、わたしが行ったことのある孤児院を思い出していたんだ。
「フィッツ?」
フレディ様の顔がくしゃっと歪み、頷いた。
「ごめん。約束破って、ごめんなさい」
また行くって約束したのに。
フレディ様は首を左右に振った。
「辛いことを思い出させてごめん。でも、君の味方だってわかってほしくて」
今度はわたしが首を左右に振る。
「ごめん、思い出せなくて」
「いや、大きくなったし、名前も変わったし。思い出したくないことだったよね。ごめんね、本当に大丈夫?」
リプリーの孤児院への慰問はお父様とお母様が毎月行っていた。
わたしは何回か目の訪問でやっとみんなと言葉を交わすようになり、仲良くなって力一杯遊ぶと熱を出した。
それが理由で留守番をすることになったあの日、帰り道でお父様とお母様は帰らぬ人となった。
それからいろいろあって、記憶の隅に追いやった。帰り道の事故だったから、それに関係している孤児院のことは忘れようとしていたのかもしれない。そして前世の記憶が蘇るとその前の日々のことは思い出さないようになっていった。
「思い出してくれてありがとう」
差し出されて、わたしも手を出す。
握手した手をギュッとして少し引き寄せられる。耳元に小さい声で告げられる。
「クリスタラー領は狙われている。外国人には特に気をつけて」
フィッツはわたしに微笑む。手を離し、わたしに背を向けた。
カーテシーでご挨拶をすると、王妃様はにこやかに微笑まれる。
「今日の装いも可愛らしいわね」
「ありがとう存じます」
今日は殿下が贈ってくださったお茶会用のドレスで、ヴェールは失礼になるのでしていない。殿下のドレスは薄い水色を基調としている。流行の大きく肩を出したものだ。袖のところとドレスの後ろがドレープになっていて、青い大きな花のコサージュで留められている。殿下から贈られた装飾品は細い華奢なゴールドだった。紫とゴールドじゃなくて青系とゴールドでまとめたんだと思ったが、本当の瞳の色を見た時に、このドレスの花の色の理由がわかった。お化粧はなぜか少し幼く見える可愛らしいものだった。肩を出していてもセクシーになりすぎないようにの配慮なのかもしれない。
「よく、来てくださったわ。さあ、楽にしてちょうだい」
さすが王妃様のお茶会、メンバーも凄かった。
王妃様、パストゥール家の奥様、リングマン家の奥様が同じテーブルだ。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
皆様にもカーテシーでご挨拶をする。
「今日は珍しい外国のお茶を用意してみましたの、皆様、楽しんでくださいね」
王妃様のお声がけでそれぞれのテーブルでお茶のサーヴが始まる。
紫色のお茶だ。
感嘆の声がそれぞれのテーブルからあがる。
王妃様が飲まれて、わたしたちも口をつける。
おお、ちょっと酸っぱい。爽快感が広がるお茶だ。
「スーッとしますのね」
「どちらの国のお茶ですの?」
「ディマンザ国のものですわ。短い夏の間に口にするお茶だそうですわ」
「ディマンザとは急に友好的になりましたのね」
「大使が変わったのです。まだ若い侯爵様よ。しかも独身らしいわ」
あの方、ディマンザ国の大使としていらしてたのか。
「それはそうと、ファニー嬢は誰が一番お気に入りなのかしら?」
急に振られてわたしは咳き込んだ。
「うちの息子、親の欲目を差し引いても、よくできた子だと思うのよ。いかがかしら?」
王妃様、賭けのことご存知だろうに。
「王妃様、ファニー嬢はうちのマテューと仲がいいんですのよ」
「あら、聞き捨てならないわね。うちのテオと並ぶのが一番サマになっているわ」
方々のテーブルから熱視線が!
お三方とも、評判の落ちたわたしのために、親のわたしたちも応援しているのよをアピールしてくださっているのはわかるんだけど、他のテーブルの方々に、より睨まれている気がする。
ケーキが運ばれてくると、盛んに勧められ、急かされて。なぜと思っていたら、少ししてから宰相様に呼ばれた。皆様、ご存知だったんだね。
花摘みに行くようなふりをして会場から出て、途中から宰相様に合流し、連れていかれた部屋には陛下とお兄様がいらした。それからラモン様が時を重ねたらきっとこんな感じになるんだろうなと思わせる紳士が。やはり司祭長様で、ラモン様のお父様だった。色気が半端ない。甘いマスクで少し垂れ気味の瞳は怪しく煌めいていて、神に仕える筆頭なのに、その色気いいのか?と思ってしまった。
「奪われたものの詳細を尋ねていると聞いた。私から教えられることは教えようと思い呼んだ」
そんな前置きから始まった。
「緑の乙女を精霊たちがどうして大切にしたか知っているか?」
わたしとお兄様は顔を見合わせて知りませんと返事をする。
「教本の初版本には書かれていたことだ。だが、この記述があると緑の乙女を取り合うものが現れるかもしれないと考え、その表記は消すようにした」
ラモン様が危惧されていたことだ。
「神は喧嘩ばかりする光と闇の精霊を消滅させようとした。その時に、昼と夜がないと困ると緑の乙女が進言した。神はその言葉を聞き、精霊を消滅させなかった。精霊たちはその進言をした緑の乙女を慕い、愛するようになった。つまり、精霊の森の土地にこだわりがあるわけではなく、ファニー嬢、君に精霊はついていく」
え?
「精霊の指輪とは、クリスタラー家を守るためのもの。世間にゲルスターの土地に精霊がついていると錯覚させるための布石に過ぎない」
確かにそれが伝わってしまったら。
わたしがどこかに行けばその地に精霊もついてきて豊かになるということでよろしかったでしょうか?ってなことになる。実際、精霊がいるかどうか分からず、本当にわたしに精霊がついてくるかも分からなくてもだ。
「お兄様」
呼びかけて隣を見れば、お兄様の顔も青い。
「だから、そなたたちはどこででも生きていけるのだ。もし他の国に移りたいのならそれも良し。この国にいてくれるのなら、それもいい。土地ではなくファニー嬢に精霊がついていると明かしてもいいし、隠したいというのなら今まで通り土地についていると世間には思わせよう」
「お兄様、お兄様は外国に行きたいですか?」
「ファニー、これはお前の問題だ。お前が決めなさい」
外国にはいつか行ってみたいと思う。でもそれは観光してみたいぐらいのことだ。そして一度精霊ごと土地を離れられることを示したら、それは事実となる。本当に豊かになるかもわからないのに、どこかに連れて行かれるなんてことも起こりうるかもしれない。そんな怖いことは絶対に嫌だ。
わたしがこの国を出て行ったら、精霊も出ていくかもしれない定義なのに、陛下は包み隠さず教えてくれた。わたしはこの国の生まれで良かったと思った。
「わたしは今まで通りこの国で暮らしたいです。ですが、願いがございます。土地についているのでないのなら、わたしが領地を離れても問題はないはず。ファニーと違う名前で外でも働くことをお許しください。どうかお願いいたします」
「それなのだが。……夜会の終わりにそれははっきりさせよう」
……考慮してくださるってことよね、前向きに受け取ろう。他に質問があるか聞かれて、わたしは司祭長様に、その他初版本で消された表記のことを尋ねた。
闇と光の精霊は、二つ柱の精霊王で多くの妖精が従っているという。精霊たちは森で生まれ、妖精にはそれぞれいろいろな力を宿したものが生まれてくるそうだ。妖精や精霊は気まぐれで、人族の倫理とはどうしても相容れない思考があり、時に人族の敵になる。それを止めることができるのも人族では緑の乙女だけで、妖精も精霊王に従っているので緑の乙女の言うことは聞くというようなことが記されていたらしい。
けっこうわたしにとって大ごとが記されているんですけどっ。
わたしは侯爵様から聞いた、闇と光の精霊が封印された話を聞いたことがあるかを尋ねた。司祭長様は聞いたことがなく、初版本でも今までの教本にもないと言った。陛下も宰相様も聞いたことがなかった。
わたしは侯爵様に聞いた物語を伝えた。
……とんでもない話を聞いてしまったので、とても気疲れした。
湯船に浸かって、疲れを癒す。
お風呂からあがると殿下たちがいらしているという。リリアンの姿で隣の部屋にいった。
殿下たちはクジネ令嬢から教本を見せてもらったそうだ。初版本で間違いなかった。その時にちゃっかり模造品と入れ替えたらしい。他の物が保管してあるところもわかったようだ。取り巻きのうちの一人の伯爵家令息の家が扱っている金庫にあるらしい。
取り押さえていないのは確証がないのも理由のひとつだが、クジネ令嬢の思惑がわからないことを危惧する思いが一番大きい。目的が何なのかわからないと、気味が悪い。その後ろにもっと大きな何かをしようとしていると思える。だからブツは確実に取り返しておき、賭けは進行しているように見せかけるのがいいと結論づいた。これで、どなたのブツを取り返したとしても、他の物のありかもわかったので、それだけでもずいぶん気が楽になった。
殿下から申し入れがあった。
「賭けで誰を勝者とするか決めてくれ、リリアン」
「わたしが決めるんですか?」
驚いて尋ねると、殿下は頷いた。
え? そこで丸投げ?
「皆様、本当にいいんですか?」
わたしは最後に尋ねた。
「後から賭けのためなどといっても、わたしと交際したって残ってしまうのですよ? 婚活に響きますよ?」
「ここにいるのは、その噂を喜ぶものだけだ」
皆様に、みつめられた。
……恨みっこなしで。
「それでは、マテュー様で」
「なぜか尋ねても?」
「マテュー様は取り返すものがありません。だから相手の出方によって臨機応変に動けるからです」
マテュー様に手をとられた。
「その理由でも嬉しいですよ、リリアン」
明日の午後、交際を飛び越えて、マテュー様と婚約する噂が流れる予定だ。
令嬢が勝者のマテュー様とどんなコンタクトをとるのか、令嬢の賭けでしたかったことは本当にそれだけなのかがわかる。
できれば、なぜあれらの家宝を欲したのかまでわかればいいけれど。本当に謎な行動すぎる。
翌日の午前中、フレディ様に時間を取ってもらった。フレディ様はお茶会に来るつもりだったからといらしたところで、散歩を持ちかけた。
今日は妖精を模したものを飛ばしているみたいだ。
時々、目の前を飛んでいく。幻術なのかな。羽音までリアルだ。
宝探しの時に見えた魔物も唸り声とか恐ろしかったしね。幻影って聞いてなかったら絶対に騒いでいた。
黄色い花に元気をもらい、ピンク色の花に心を落ち着けて、白いバラの前で足を止めた。
「フレディ様」
意を決して呼びかけると、フレディ様が振り返る。
「決めたんですね?」
わたしに視線を合わせ、眉根がさがる。
「はい」
哀しそうな表情で言った。
「僕ではないんですね?」
「……申し訳ありません。わたしを気にかけてくださったこと、感謝しております」
少し間があく。
「……ちなみに、どなたの手をとるのか、教えていただけますか?」
「……マテュー様です」
「……そうですか」
わたしは尋ねた。
「あの、フレディ様、わたしたちはいつ会ったのでしょう?」
「時間切れですね、思い出していただけなかった」
「ごめんなさい」
「ファニー様、短い間でしたが、あなたとひとときを過ごすことができて楽しかったです」
「わたしもです」
「最後に顔を見せてくださいますか?」
わたしはヴェールを髪飾りから外した。
榛色の瞳が優しくなる。
「あの時の小さなレディですね。あなたはいつも夫人のドレスの影に隠れるようにしていた」
周りでチカッと何かが光る。
「僕たちと遊びたそうにしながら、どうしても言い出せないみたいだった。誰かは貴族のお嬢様だからオレたちと遊びたくないんだと言ったけれど、遊びはじめればそんな考えは最初からないことはすぐにわかった。ドレスを泥だらけにして遊んで。次の日寝込んだと聞いた。だから今日は連れてこなかったんだと」
泥だらけになって……。微かに記憶にヒットする。
「僕は養子です。孤児院にいて、この髪と瞳の色が家門に合うことから養子にしてもらいました」
孤児院……。
「リプリーの孤児院です」
あ。リプリー……。
『わたしも行く!』
『この間、遊びすぎて熱を出したばかりでしょ』
『だめ。フィッツと約束した』
『……次に行くときは連れて行くから、今日はお留守番していなさい。フィッツには理由をちゃんと話しておくからね』
『いい子にしていたら、お土産を買ってくるわ』
孤児院と聞いて思い浮かべているものがあった。想像ではなく、わたしが行ったことのある孤児院を思い出していたんだ。
「フィッツ?」
フレディ様の顔がくしゃっと歪み、頷いた。
「ごめん。約束破って、ごめんなさい」
また行くって約束したのに。
フレディ様は首を左右に振った。
「辛いことを思い出させてごめん。でも、君の味方だってわかってほしくて」
今度はわたしが首を左右に振る。
「ごめん、思い出せなくて」
「いや、大きくなったし、名前も変わったし。思い出したくないことだったよね。ごめんね、本当に大丈夫?」
リプリーの孤児院への慰問はお父様とお母様が毎月行っていた。
わたしは何回か目の訪問でやっとみんなと言葉を交わすようになり、仲良くなって力一杯遊ぶと熱を出した。
それが理由で留守番をすることになったあの日、帰り道でお父様とお母様は帰らぬ人となった。
それからいろいろあって、記憶の隅に追いやった。帰り道の事故だったから、それに関係している孤児院のことは忘れようとしていたのかもしれない。そして前世の記憶が蘇るとその前の日々のことは思い出さないようになっていった。
「思い出してくれてありがとう」
差し出されて、わたしも手を出す。
握手した手をギュッとして少し引き寄せられる。耳元に小さい声で告げられる。
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フィッツはわたしに微笑む。手を離し、わたしに背を向けた。
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