転生貧乏令嬢メイドは見なかった!

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<後編>

第54話 反撃3 恋バナ

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「よくもまぁ、少し優しくされたぐらいでそんなこと言えますこと!」

 どこぞの令嬢に厳しい口調で言われる。のぼせ上がっているのが気に触るのだろう。わたしも、自分で口にしたことながら、そう思うのごもっともと思っている。
 クジネ男爵令嬢の口の端が恐ろしいほど上にあがる。わたしが攻撃されて喜んでいるな。
 ひとつ、わかった。クジネ令嬢はわたしのことが大嫌いだ。

「そうですけれど、そこは許してください。男性にまるで好意を寄せられたように優しくしていただいたの初めてなんです。きっと最初で最後だから、お目溢ししてください」

「なんでそう思われますの?」

「なにをおっしゃるの、最初で最後だなんて」

「初めてって、あなたおいくつでした?」

 方々から声があがる。

「16です。春の夜会が社交界デビューです」

「ずいぶん遅かったのですね。ああ、体が弱かったのでしたね」

 羽を使った扇を持った方が、訝しむように言った。

「それもありますが、貧乏なので、ドレスや付き人や馬車を用意をするのが無理だったんです」

 皆様息を飲まれている。

「そんな貧乏な領地です。おまけにわたしと結婚したら皆様方身分が下がるんです。そんなのと結婚したいはずないじゃありませんか。なんの罰ゲームをされているのかと思いますよ」

「そ、そんなはずないですわ」

 クジネ令嬢が慌てている。

「わたしは奇跡だと思っています。だからこれが何かの間違いでも、でしたら余計に納得すると思います。……たとえ間違いでもエスコートしてもらうってこういうことなんだと思ったら嬉しかったんです。その思いを一生の宝物にしようと思って……」

 本当の気持ちだ。間違いではなくて、演じられたものなんだけど。でもそんな演じられたものでも誰かから思われたり、大切にされたりするのはとても素敵で。気恥ずかしくもありながら、皆様との時間は幸せで嬉しかった。わたしはこれから何かあっても、何もなくても、この思い出がわたしを支えてくれる気がした。

「そんな……皆様、噂でしか知らないけれど、上流の方だしそんな薄情な方ではないはずよ」

 令嬢たちは非情になりきれないようで、思わずという感じで擁護が入った。

「あ」

「どうなさったの?」

「ああ、ごめんなさい。少し思い出したことがあって」

 令嬢たちは肩を突き合う。

「どうしたのよ?」

「私、街で見かけたの。リングマン様がメイドとデートしているのを」

「あ、私も聞いたわ。いつも一緒にいたいからメイドにしているとおっしゃったそうよ」

 まぁ、なんてこと!と悲鳴に似た同情の声があがる。
 あ、そんなことがあった気がする。

「……私も、あのタデウス・ボウマー様が仕事場にメイドを連れてきているって聞いたわ」

「私も家人から聞きましたわ。ボウマー様が自らお城を案内していたって」

 それも、わたしだな。

「まあ!」

「まさか、メイドが本命で、身分差のある女性を正妻において口を出させないようにするためとか?」

「ちょっとあなた、確証のないことを口にされるのはよくないわ」

「でも結婚してから愛人が出てきたら、それこそ気の毒だわ」

「余計なことだと思うけれど、エドマンド家はいろいろなところに借金をしているそうよ」

 そうなんだー。フレディ様、うちは貧乏だよ。

「そういえばパストゥール家のマテュー様もメイドに夢中だとか」

「女性のために家を買ったと聞いたわ」

 買ってないです。わたしが借りているだけです。なんか、思ったのと違う方向に話が流れている。

「でも、思惑があるのかもしれないなら余計に、あなたちゃんと見極めないと!」

「そうよ。迷ったって、憂いだっていいけれど、自分で幸せになるのをあきらめたら、絶対に幸せにはなれないのよ」

 最初は恋愛初心者がちょっと優しくされたのをオーバーに自慢するイタイ令嬢を演じたつもりが、わたしだって話していていけすかないなーと思うのに、自由恋愛といってもそこまで自由ではないのが現代だからか、みんなそれぞれに思うことがあるらしく、ご令嬢たちはお優しい。

「単刀直入にお尋ねしますが、クジネ様は王太子殿下と婚約されますの?」

 ど直球だ。そして納得する。みんなわたしにも興味あっただろうけれど、クジネ令嬢にもっと興味があったんだ。いつも取り巻きに守られているから、ひとりの今日は絶好の機会だったのだろう。
 クジネ令嬢は顔を真っ赤にした。

「そんな恐れ多い! 王太子様は身分が低くて不器用な私に優しくしてくださっただけですわ。……いろいろな誤解があったようですが、王太子様は婚約者様のことをとても思ってらっしゃって」

「だったら、婚約破棄するわけないじゃない」

 どこぞのご令嬢が口を出す。

「ええ、ですから誤解なのです。口止めされているので詳しくは申し上げられませんが、関係者の方々がこんがらがった糸をほぐしていると思いますわ」

 アントーン殿下からは王太子様は部屋に軟禁状態で、元婚約者様とも家族の方とも冷戦状態と聞いたけど。ふーん、顔色も変えずに嘘がつけるのね。

「では、ベルガー伯爵のマックス様とは?」

「ヴィルト子爵のベンヤミン様は?」

「ノダック伯、ファビン様は?」

 クジネ令嬢はため息を落とした。

「誤解ですわ。皆様思われる方がそれぞれいらっしゃって、女性としての意見を求められてお話ししました。皆様、それに恩を感じて優しくしてくださっていたのに、あらぬ誤解を受けて。事実、私誰とも交際も婚約もしておりませんわ」

 気のいいご令嬢たちは素直に信じているみたいだ。空気が少し柔らかくなる。

「私、想う方がおりますの。だから、その方に誤解をうけるようなことは致しません」

 今までの行いも霞む説得力のある言葉だ。

「……どんな方なんですか? 想い人は?」

 そう問いかけた令嬢は何の打算もなく、ただ恋談議として尋ねた感じだった。
 クジネ令嬢もそう感じたからだろう、優しく応える。

「とても素敵な方です。私を認めてくださったのです。信念があるのだな、と。私はそういう考えが好きだから、やり通してみなさいって。私、心から嬉しかったんですの」

 クジネ令嬢には本当に好きな人がいるんだ。これは嘘ではない。そしてそれは取り巻きの方たちではないだろう。
 ……もしかして、その人が黒幕? いや、だったら話は簡単だけど、そうとはいえない。好きにやってみろって言ってるだけだし、それだと家宝がどう絡んでくるのかがわからない。

「慕っている方がいらっしゃるのね、それなら余計にお気をつけなさい。あなた、評判が最悪でしてよ。婚約者のある方を片っ端から落としているって」

 クジネ令嬢はしおらしく視線を落とした。

「存じておりますわ。でも、誤解ですもの。身分が低いからか話しやすいと言われて、贈り物のことなど、ほんの少し相談にのっただけですのに」

「どんな贈り物を勧められましたの?」

 わたしは意地悪な気持ちで聞いた。笑顔を貼り付けて。って、ヴェールの中ではどうせ見えないんだけどさ。

「お店にご一緒しただけです。思い人のお姿やお好きな色を尋ねていいと思うものを選びましたわ」

 ふーーんとわたしは扇で自分に風を送った。

「あなたはどうですの?」

 クジネ令嬢への興味はひと段落したのか、わたしへ視線が戻ってくる。

「どなたも素敵なのはわかりますが、もう、心に強く思っている方がいらっしゃるのではありませんか?」

 紫色のドレスをきた令嬢が真っ直ぐに聞いてくる。

「どうなんでしょう……。物語みたいに、ページをめくれば気持ちが全部わかったらいいのですけれど……」

 物語みたいに次のページで全部明かされていたら、悩まなくてすむのに。

「皆様はどんなときに、慕っていることに気づかれたのですか?」

 思わず尋ねてしまった。同年代のご令嬢と話したことがなかったからな。

「私のは……あまり参考にはならないと思いますわ」

 赤いドレスの令嬢が言った。

「モルーナ様、聞きたいですわ」

 紫色のドレスの令嬢が赤いドレスのモルーナ様の手を握る。

「本当に、つまらないことですのよ。……大きな通りの向こうにいらっしゃいましたの。私は遠いから気づかないだろうと思いました。でも、彼は気づいて、手を上げて手を振って、大きな声で私を呼んだのです。周りの方にじろじろ見られましたわ。恥ずかしかった。馬車を止めたり、合間をぬって私の元に駆け寄ってくださいました。ごきげんようっていうためだけに。私、大声を出されて恥ずかしくて、危険なのに大通りを縫ってきてくださって、いたたまれない気持ちになったのに、嬉しいと思う自分にも気づきました。その時に、この方とずっと一緒にいられたらいいなぁと思いましたの」

 そう頬を染めるモルーナ令嬢はとても可愛らしかった。

「素敵ですわ!」

「そんなことありませんわ。そういうリピナ様はどうでしたの?」

 紫色のドレスの令嬢はリピナ様というみたいだ。

「私は政略結婚ですしね。でも、奥の仕事を習いに行ったときに、全く意味がわからなくて血の気がひきました。その時に、一緒に学んでいきましょう。お互い初めてなのだからって言ってくださって。この方についていくって強く思いましたわ」

 ほわーと声があがる。奥の仕事とは奥方が請け負う仕事のことで、家の中のことはもちろんだけれど、領地の何かを任されるとかそれぞれの家によって違ってくる。

「とにかく!」

 リピナ令嬢が皆様を鎮めた。

「政略でも自由でも、恋はきっとありますわ。皆様もいい恋をして素敵に過ごされることを祈っております」

 令嬢がまとめた。気がつくと周りにはそれぞれの令嬢のパートナーたちが迎えにき始めていた。
 クジネ令嬢は取り巻きたちにちやほやされながら、わたしに会釈をした。わたしも返す。
 挨拶を交わしながら、ひとり、またひとりと離れていく中でリピナ様に尋ねられる。

「あなたは贈り物の相談を受けたら、どんな物を勧めるのかしら?」

 わたしは答えた。

「ご本人に尋ねることをお勧めします」

 短く答えると、彼女はクスッと笑った。
 だってそうでしょ? いくら贈り物を選ぶためっていったって、他の女性と一緒にいたなんて贈り物の価値が一気に下がるよ。何がいいか考えつかないなら、コミュニケーション不足なんだよ。だったらそれを埋めるのに本人と話す方がよっぽどいいと思う。サプライズにしたい気持ちもわかるけどね。

「ごきげんよう」

 隣にいるのが一緒に学んでいこうといってくださった旦那様ね。リピナ様に挨拶を返す。

「ごきげんよう」

 わたしにもお迎えが来た。
 わたしも皆様にご挨拶をして席を立つ。

「ずいぶん、盛り上がっていたようですね。何を話されていたんですか?」

 マテュー様に尋ねられた。

「恋バナです」

「コイバナ?」

 はい、とわたしは微笑んだ。
 令嬢はデンジャラスだけど、普通に恋する普通な乙女たちだった。
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