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<後編>
第50話 春を祝う13 不注意
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ひとりで行動したことをこっ酷く怒られた。
ですねー。そうでした、狙われてたりしましたっけね。ただ、怖がらせるための嫌がらせと認識したので、大したことじゃ無くなったんだよね、わたしの中で。そして冷静になろうと思っていたときは、やはり冷静ではなかったらしく、心配をかける行動をとってしまった。
クジネ令嬢と話すのはまだイヤだからあの会場にいたくはなくて、だからってせっかく着替えてお化粧もしたんだからすぐに部屋に帰るのももったいないしと、ちょっと寄り道をしたんだけど。
そういえば、なんで黒い人はあそこにいたのかしら? 温室に何かあったのかな?
皆様を心配させた罰として、夜会にまで出ることになった。今度こそ、パトリック様とフレディ様としっかり話すよう言い含められた。わたしはそうしたくてもさ、ふたりが他のご令嬢と話したくて話されていたら、どうしようもないと思うんだよねー。
さっきの青い花が頭にあったからか、マテュー様が贈ってくださったブルーのドレスに袖を通す。星が瞬く夜空のようにキラッと反射するビーズのようなものが配置されているドレスでとても素敵だ。可愛いティアラ型の髪飾り。わたしの髪は暗い赤毛だから、ブルーだと沈んでしまいがちなんだけど、ティアラはシルバーでそこに透明度の高い青い石が輝いている。これだとわたしの髪にも映えそうだ。髪はアップにしてティアラで白いヴェールを留める。ミリアのしてくれたお化粧は、素のわたしに近いものだった。ほんのり色をのせるだけ。
迎えにきてくださった皆様はわたしの装いからマテュー様をエスコート役にしてくださった。
「素敵なドレスをありがとうございます」
とお礼をいえば、少し照れたように視線を外す。そしてその態度は良くないと思ったのか、わたしに耳打ちした。
「とてもお似合いです。可愛らしい。俺の色に染めあげているのに、一緒にいられるのは会場までなんて辛いです」
!
し、心臓がバクバクしてる。俺の色に染めあげてるって何? あ、ドレスと宝石……。
そ、そういえば、自身の持つ色を贈るのは聞いたことあったけど。なるほど、そういう……。
……マテュー様以外も皆様自身の色を入れられていた。……染めあげるって言葉の破壊力が半端ないんですけどっ!
テンパっている間に、会場につき、パトリック様とフレディ様とも合流する。
会場入りすると好奇の視線に突き刺された。
パトリック様がドリンクを持ってきてくれた。スッとマテュー様が離れていく。
あ。全然、お話できなかった……。
わたしはドリンクのお礼をいって、一口いただく。
お酒だ。しかも、結構強い。
「ごきげんよう、フィッシャー様」
ヘイム侯爵令嬢だ。
「ごきげんよう、エレナ様」
ヘイム侯爵令嬢は横目でチラリとわたしを見た。
「クリスタラー令嬢と進展しましたの?」
わたしがいるのに挨拶はせず、そんなことをいうなんて失礼な人だ。
ちなみにわたしの方が身分が低いからこちらからは挨拶もままならない。
「私の初恋をからかわないでください」
フィッシャー様がわたしたちのことに口を出すなと告げた。わたしは少しだけ感動した。侯爵家と関わりがあるみたいだから、令嬢の思いに添わないことを言ったら、後から大変な目にあうだろうに。
「お二人はお似合いでしてよ」
「僕はそう思いません」
おいおいおい。言ってることは合ってると思うが、フレディ様、男爵でしょ。挨拶もしてないのに侯爵令嬢に声かけたらマズイから。
「フ、フレディ様」
「なんでしょう、ファニー様」
呼ばれたことが嬉しいとでもいうようにめっちゃ笑顔だ。
「そちらの方は侯爵令嬢です。失礼ですよ」
こそっと伝える。
「ああ、田舎者を慕う方ですもの、礼儀がなってないのも当然ね」
侯爵令嬢は嫌味をぶちかましてきた。フレディ様がショックを受けたんじゃないかと思ったが。
「ええ、恋に落ちて礼儀などどこかへやってしまいました。恋する者の哀れと思って無礼をお見逃しくださいませ。では」
と、わたしの手をとり離れる。
怒るか、傷つくかと思ったのだが、スマートにおさめた。意外な面を見た気がする。可愛らしく見えるのもそれは作られた彼なのかもしれない。エスコートの時はわからなかったが、繋いだ手の平にはマメがあった。重労働をしている働いている手だ。
パトリック様を置き去りにしてしまった。大丈夫かしら? でもわたしたちがあの場にとどまれば、立場的によけいに大変だよね。
「すみません、ファニー様は感情に敏感だから、諍いはお嫌いなんですよね? 怖かったですか?」
「でも、少しスッとしました」
本音をいえばフレディ様も笑った。
「ファニー様は何がお好きですか?」
「食べることが好きです。何がおいしいのか考えるのも」
「へー、それは意外です。僕は本を読むのが好きです。……ファニー様の領地は貧乏だとおっしゃいましたね」
「はい」
「エドマンドはこれから発展します。クリスタラー家に入れたら事業は一気に拡大すると思います。そうしたらあなたに貧乏だと言わせるようなことはしません」
エドマンド家はクリスタラーの領地を欲しているようだ。
「それでは逆にファニー様の嫌いな物はなんですか?」
昨日感じた違和感が、ここにきて形になる。
ああ、そうだ。絶対ってわけじゃないけど、だいたい好きなものから聞くよね。
好きなものを知りたい。好きなもので喜ばせたいから。
嫌いなものを知りたい。嫌いなものを遠ざけて嫌われないようにするため。
でももうひとつ、意味がある時もある……弱みを知るため。
いきなり嫌いなものは何かから会話に入ったからな。あの状況ではあの会話運びで不自然ではなかったけれど。
「ファニー様?」
「ええと。何があるかしら。フレディ様は?」
「僕は強いていうなら、鳥かな」
「鳥、ですか?」
「鳥は見透かしたような目で見るから」
見透かしたような目……、鳥が? わたしはふわふわしたものが好きなので、羽毛を持つ鳥もかわいいと思う。痒いところをカキカキしているところとか、首を傾げてじーっと見るところとか。まんまるの瞳もかわいらしいと思っていた。でも、そう思われる方もいるんだな。
「ご令嬢!」
目の前にやってきたのは、ゲッ、午後に温室で会った人だ。
ドレスは着替えたし、今はヴェールをしているのになんでわかったんだろう? 魔力? 神力? 体型??
わたしの前にフレディ様が立つ。
「ハーバート様、私の婚約者をご存知なのですか?」
そこに滑り込んできたのが殿下だ。
「アントーン殿下の……婚約者ですか?」
「正しくは交際を申し込んでいるところですが」
チラリとわたしを見る。
さっき皆様には温室でのことは言ってないんだよね。だって、黒い人のことが言えないから。
「先ほどは温室でどうも。名乗ろうにも迎えの方に連れて行かれてしまったから」
バラされた!
「………………………………ファニー嬢、こちらはディマンザ王国のエルウィス侯爵だ」
殿下のそのタメが怖い。
「ハーバート・エルウィスです。どうしてヴェールを? 可愛らしい顔を隠すなんてもったいない」
殿下だけでなくフレディ様にも凝視されている。
「お初にお目にかかります。ファニー・イエッセル・クリスタラーです」
しおらしくカーテシーを決める。
「ああ、……私が先走ったようですね、失礼しましたクリスタラー令嬢。どうぞお見知りおきを」
わたしの言わんとすることがわかったみたいだが。殿下の訝しんでいる目は……変わってないね。
「クリスタラーということは精霊姫ですね」
「何か混ざってますね。緑の乙女ですよ、彼女は」
殿下が間違った情報を正す。
「ああ、この国ではそう言われるのですね。私の国では精霊姫ですよ。精霊から愛され加護を持ち、光も闇も手懐ける」
へー、国によって伝承が違うのかもしれない。
「クリスタラー令嬢、明日にでも食事をご一緒しませんか?」
殿下の眉がわずかに寄る。
「ハーバート様、彼女は私の婚約……」
「まだ申し込んでいる段階なのですよね?」
王族の言葉を遮った! 侯爵は優雅に微笑った。
他国といっても相手は侯爵だ。身分をたてにとられたら従うしかなくなる。これはさっきのフレディ様の戦法を使わせてもらおう。フレディ様は恋で血迷った愚か者設定だけど、わたしは……。
「わたし、現在、評判が最悪ですの」
エルウィス侯爵は目を瞬いた。
「今、7人の方に交際を申し込まれていて悩んでいるところなのですが、精霊をたてにとり脅しているらしいのです。新たに男性とご一緒していたら何を言われるかわかりません。これ以上評判を落としたくないので、大変申し訳ありませんがお食事はご遠慮させていただきますわ」
落ちるとこまで落ちてるからこれ以上はないんだけどさ。
ぷはっと、侯爵は吹き出した。
「なかなかユーモアがおありだ。私の誘いを断った女性はあなたが初めてですよ」
まずかったのかな。いいや、その時は殿下になんとかしてもらおう。
「でもきっと、あなたは私を訪ねてくるでしょう。その時を待ちます」
わたしはヴェールの中でひく。
自分が自信を持てないからのやっかみなのかわからないけれど、そんな自信満々な人を見ると気持ちが萎える。
侯爵が胸に手をやり軽く会釈をして歩き出す。
「この話は後ほど」
殿下に睨まれた。
「初めまして、ですよ」
小さい声で抗議したが。
「男爵も交えて話しましょう」
まずっ。今、舌打ちするところだった。ああ、気をつけなくては。心が荒れているとボロが出やすい。
殿下は侯爵様を追いかけて行った。
「ファニー嬢!」
うっ、酒くさっ。
パトリック様、相当飲まれたようだ。
「こちらにいらっしゃったのですね」
パトリック様の方をみたら、そのずっと後ろにヘイム侯爵令嬢と、令嬢に似た少し年上の男性が見えた。飲んだんじゃなくて、飲まされたってところか? あのお酒キツかったからグラス1杯でも酔うはずだ。
歩くのやっとだよ、コレ。
「パトリック様、あちらでお水をいただきましょうか?」
わたしはフレディ様に手伝ってもらって、パトリック様を休憩室へと導いた。侍従さんにお願いして水を持ってきてもらう。
夜会では休憩室がいくつも設けられている。誰でも使っていいもので、複数のグループでひとつの部屋を使う。具合が悪くなりベッドを使って眠りたい時や個室として使う時は、ドアの手札をひっくり返して使用していることを伝えるようにする。札が返された部屋には入らないのがマナーだ。
メイド仲間から聞いたのだけど、こういう休憩室を利用して男女でアバンチュールな時を過ごす方もいるそうだ。王族の住処でそんな大それたことをする人はいないだろうけど。
パトリック様はソファーに腰掛けさせたら、寝入ってしまった。
扇で風を送ると少し楽そうな顔をしている。
「僕、フィッシャー家の方を呼んできます」
「あっ……」
〝あっ〟しか言えてない間にフレディ様が部屋を出ていってしまった。
今ファニーだから、未婚の令嬢が婚約者以外の男性とふたりで部屋にいるとマズイ気がする。
部屋の外でフレディ様が来るのを待とうかとも思ったが……。眠っているパトリック様はわたしがおくる風が心地いいみたいだ。
伯爵家が侯爵家に逆らうのは難しい。それなのに、できる範囲内でわたしを庇おうとしてくれたのを感じた。カッとなるところはあるけれど、そこまで悪い人でないと思う。
ノックの後に男性がふたり入ってきた。侍従より身なりはいいけれど、夜会に参加しているにしては地味なような。
後から入ってきた方が、後ろ手で鍵をかけた。
え? わたしたち、いるんですけど。
「クリスタラー令嬢ですね?」
呼びかけられる。なんか嫌な感じだ。
「どちら様ですか?」
答えず、表情を変えずに近づいてくる。
わたしは立ち上がった。
「近づかないで」
わたしは強めに言った。それでも歩みを止めないから、後ずさる。
「交際相手を迷っているとか。あなたにぴったりな方を選んであげるだけですよ」
ひとりは酔っ払って寝ているパトリック様に近づいた。
「何をするんです?」
パトリック様を守らなくてはと思うのに、屈強な男が怖くて近づけない。
「ベッドに運んで差し上げるだけですよ」
男は本当にパトリック様を担いで運び、ベッドの上に放り投げた。
ひとりはわたしに近づいてくる。
何?
「来ないで!」
近づいてくるから下がって、わたしは窓際に追い詰められていく。窓に向けられたソファーから手が生えてわたしは捕まった。口を押さえられて。
え、エルウィス侯爵? 彼は人差し指を口の前に立てて静かにするよう合図をした。
「令嬢? そんなところに隠れて、何を考えているのです?」
侯爵様の手が離れて、わたしを静かに床に座らせる。
そして男がソファーを覗き込んだタイミングで腕を引っ張り一本背負いだ。
キューって音が聞こえそうなほどわかりやすく、男は気を失った。
「おい、どうした?」
パトリック様をベッドに運んだ男がこちらにやってくる。同じように侯爵様は気を失わせた。
「あ。あのぅ、あ、ありがとうございました」
「レディを助けるのが男の役目だからね」
お礼を言えたまでは良かったが、力が抜けて床から立ちあがれずにいると、侯爵様はソファーにわたしを座らせてくれた。
そして男性を担ぎ上げ、ベッドから剥ぎ取ったシーツで彼らを動けないよう縛り上げる。
パトリック様の脱がされていたシャツを上にかけてあげている。
わたしは座っていなさいという言葉に甘えて窓際にあるソファーに座っていた。
なんかわからないけれど、力が抜けた。
「いくつか言わせてもらうと、令嬢は注意が足らないね」
葉巻を吸ってもいいか尋ねられて、どうぞと答える。
「まず、夜会で休憩室に女性が入るものではないよ、家族といるとき以外はね」
葉巻の先が赤く光る。
「それから先客がいないか、確かめないと」
「も、申し訳ありません」
「盗賊の真似事をするものが隠れているかもしれないから」
「……はい」
「それから、もうひとりの坊やもなってないが、未婚の女性が男性とふたりきりでひとつの部屋にいるのはよくないな。ま、実際は私が部屋に先にいたからふたりきりではないがね」
「……はい」
もう仰る通りでぐうの音も出ない。
そこにガチャガチャ音がして外から鍵を開けて入ってきたのは……。
ですねー。そうでした、狙われてたりしましたっけね。ただ、怖がらせるための嫌がらせと認識したので、大したことじゃ無くなったんだよね、わたしの中で。そして冷静になろうと思っていたときは、やはり冷静ではなかったらしく、心配をかける行動をとってしまった。
クジネ令嬢と話すのはまだイヤだからあの会場にいたくはなくて、だからってせっかく着替えてお化粧もしたんだからすぐに部屋に帰るのももったいないしと、ちょっと寄り道をしたんだけど。
そういえば、なんで黒い人はあそこにいたのかしら? 温室に何かあったのかな?
皆様を心配させた罰として、夜会にまで出ることになった。今度こそ、パトリック様とフレディ様としっかり話すよう言い含められた。わたしはそうしたくてもさ、ふたりが他のご令嬢と話したくて話されていたら、どうしようもないと思うんだよねー。
さっきの青い花が頭にあったからか、マテュー様が贈ってくださったブルーのドレスに袖を通す。星が瞬く夜空のようにキラッと反射するビーズのようなものが配置されているドレスでとても素敵だ。可愛いティアラ型の髪飾り。わたしの髪は暗い赤毛だから、ブルーだと沈んでしまいがちなんだけど、ティアラはシルバーでそこに透明度の高い青い石が輝いている。これだとわたしの髪にも映えそうだ。髪はアップにしてティアラで白いヴェールを留める。ミリアのしてくれたお化粧は、素のわたしに近いものだった。ほんのり色をのせるだけ。
迎えにきてくださった皆様はわたしの装いからマテュー様をエスコート役にしてくださった。
「素敵なドレスをありがとうございます」
とお礼をいえば、少し照れたように視線を外す。そしてその態度は良くないと思ったのか、わたしに耳打ちした。
「とてもお似合いです。可愛らしい。俺の色に染めあげているのに、一緒にいられるのは会場までなんて辛いです」
!
し、心臓がバクバクしてる。俺の色に染めあげてるって何? あ、ドレスと宝石……。
そ、そういえば、自身の持つ色を贈るのは聞いたことあったけど。なるほど、そういう……。
……マテュー様以外も皆様自身の色を入れられていた。……染めあげるって言葉の破壊力が半端ないんですけどっ!
テンパっている間に、会場につき、パトリック様とフレディ様とも合流する。
会場入りすると好奇の視線に突き刺された。
パトリック様がドリンクを持ってきてくれた。スッとマテュー様が離れていく。
あ。全然、お話できなかった……。
わたしはドリンクのお礼をいって、一口いただく。
お酒だ。しかも、結構強い。
「ごきげんよう、フィッシャー様」
ヘイム侯爵令嬢だ。
「ごきげんよう、エレナ様」
ヘイム侯爵令嬢は横目でチラリとわたしを見た。
「クリスタラー令嬢と進展しましたの?」
わたしがいるのに挨拶はせず、そんなことをいうなんて失礼な人だ。
ちなみにわたしの方が身分が低いからこちらからは挨拶もままならない。
「私の初恋をからかわないでください」
フィッシャー様がわたしたちのことに口を出すなと告げた。わたしは少しだけ感動した。侯爵家と関わりがあるみたいだから、令嬢の思いに添わないことを言ったら、後から大変な目にあうだろうに。
「お二人はお似合いでしてよ」
「僕はそう思いません」
おいおいおい。言ってることは合ってると思うが、フレディ様、男爵でしょ。挨拶もしてないのに侯爵令嬢に声かけたらマズイから。
「フ、フレディ様」
「なんでしょう、ファニー様」
呼ばれたことが嬉しいとでもいうようにめっちゃ笑顔だ。
「そちらの方は侯爵令嬢です。失礼ですよ」
こそっと伝える。
「ああ、田舎者を慕う方ですもの、礼儀がなってないのも当然ね」
侯爵令嬢は嫌味をぶちかましてきた。フレディ様がショックを受けたんじゃないかと思ったが。
「ええ、恋に落ちて礼儀などどこかへやってしまいました。恋する者の哀れと思って無礼をお見逃しくださいませ。では」
と、わたしの手をとり離れる。
怒るか、傷つくかと思ったのだが、スマートにおさめた。意外な面を見た気がする。可愛らしく見えるのもそれは作られた彼なのかもしれない。エスコートの時はわからなかったが、繋いだ手の平にはマメがあった。重労働をしている働いている手だ。
パトリック様を置き去りにしてしまった。大丈夫かしら? でもわたしたちがあの場にとどまれば、立場的によけいに大変だよね。
「すみません、ファニー様は感情に敏感だから、諍いはお嫌いなんですよね? 怖かったですか?」
「でも、少しスッとしました」
本音をいえばフレディ様も笑った。
「ファニー様は何がお好きですか?」
「食べることが好きです。何がおいしいのか考えるのも」
「へー、それは意外です。僕は本を読むのが好きです。……ファニー様の領地は貧乏だとおっしゃいましたね」
「はい」
「エドマンドはこれから発展します。クリスタラー家に入れたら事業は一気に拡大すると思います。そうしたらあなたに貧乏だと言わせるようなことはしません」
エドマンド家はクリスタラーの領地を欲しているようだ。
「それでは逆にファニー様の嫌いな物はなんですか?」
昨日感じた違和感が、ここにきて形になる。
ああ、そうだ。絶対ってわけじゃないけど、だいたい好きなものから聞くよね。
好きなものを知りたい。好きなもので喜ばせたいから。
嫌いなものを知りたい。嫌いなものを遠ざけて嫌われないようにするため。
でももうひとつ、意味がある時もある……弱みを知るため。
いきなり嫌いなものは何かから会話に入ったからな。あの状況ではあの会話運びで不自然ではなかったけれど。
「ファニー様?」
「ええと。何があるかしら。フレディ様は?」
「僕は強いていうなら、鳥かな」
「鳥、ですか?」
「鳥は見透かしたような目で見るから」
見透かしたような目……、鳥が? わたしはふわふわしたものが好きなので、羽毛を持つ鳥もかわいいと思う。痒いところをカキカキしているところとか、首を傾げてじーっと見るところとか。まんまるの瞳もかわいらしいと思っていた。でも、そう思われる方もいるんだな。
「ご令嬢!」
目の前にやってきたのは、ゲッ、午後に温室で会った人だ。
ドレスは着替えたし、今はヴェールをしているのになんでわかったんだろう? 魔力? 神力? 体型??
わたしの前にフレディ様が立つ。
「ハーバート様、私の婚約者をご存知なのですか?」
そこに滑り込んできたのが殿下だ。
「アントーン殿下の……婚約者ですか?」
「正しくは交際を申し込んでいるところですが」
チラリとわたしを見る。
さっき皆様には温室でのことは言ってないんだよね。だって、黒い人のことが言えないから。
「先ほどは温室でどうも。名乗ろうにも迎えの方に連れて行かれてしまったから」
バラされた!
「………………………………ファニー嬢、こちらはディマンザ王国のエルウィス侯爵だ」
殿下のそのタメが怖い。
「ハーバート・エルウィスです。どうしてヴェールを? 可愛らしい顔を隠すなんてもったいない」
殿下だけでなくフレディ様にも凝視されている。
「お初にお目にかかります。ファニー・イエッセル・クリスタラーです」
しおらしくカーテシーを決める。
「ああ、……私が先走ったようですね、失礼しましたクリスタラー令嬢。どうぞお見知りおきを」
わたしの言わんとすることがわかったみたいだが。殿下の訝しんでいる目は……変わってないね。
「クリスタラーということは精霊姫ですね」
「何か混ざってますね。緑の乙女ですよ、彼女は」
殿下が間違った情報を正す。
「ああ、この国ではそう言われるのですね。私の国では精霊姫ですよ。精霊から愛され加護を持ち、光も闇も手懐ける」
へー、国によって伝承が違うのかもしれない。
「クリスタラー令嬢、明日にでも食事をご一緒しませんか?」
殿下の眉がわずかに寄る。
「ハーバート様、彼女は私の婚約……」
「まだ申し込んでいる段階なのですよね?」
王族の言葉を遮った! 侯爵は優雅に微笑った。
他国といっても相手は侯爵だ。身分をたてにとられたら従うしかなくなる。これはさっきのフレディ様の戦法を使わせてもらおう。フレディ様は恋で血迷った愚か者設定だけど、わたしは……。
「わたし、現在、評判が最悪ですの」
エルウィス侯爵は目を瞬いた。
「今、7人の方に交際を申し込まれていて悩んでいるところなのですが、精霊をたてにとり脅しているらしいのです。新たに男性とご一緒していたら何を言われるかわかりません。これ以上評判を落としたくないので、大変申し訳ありませんがお食事はご遠慮させていただきますわ」
落ちるとこまで落ちてるからこれ以上はないんだけどさ。
ぷはっと、侯爵は吹き出した。
「なかなかユーモアがおありだ。私の誘いを断った女性はあなたが初めてですよ」
まずかったのかな。いいや、その時は殿下になんとかしてもらおう。
「でもきっと、あなたは私を訪ねてくるでしょう。その時を待ちます」
わたしはヴェールの中でひく。
自分が自信を持てないからのやっかみなのかわからないけれど、そんな自信満々な人を見ると気持ちが萎える。
侯爵が胸に手をやり軽く会釈をして歩き出す。
「この話は後ほど」
殿下に睨まれた。
「初めまして、ですよ」
小さい声で抗議したが。
「男爵も交えて話しましょう」
まずっ。今、舌打ちするところだった。ああ、気をつけなくては。心が荒れているとボロが出やすい。
殿下は侯爵様を追いかけて行った。
「ファニー嬢!」
うっ、酒くさっ。
パトリック様、相当飲まれたようだ。
「こちらにいらっしゃったのですね」
パトリック様の方をみたら、そのずっと後ろにヘイム侯爵令嬢と、令嬢に似た少し年上の男性が見えた。飲んだんじゃなくて、飲まされたってところか? あのお酒キツかったからグラス1杯でも酔うはずだ。
歩くのやっとだよ、コレ。
「パトリック様、あちらでお水をいただきましょうか?」
わたしはフレディ様に手伝ってもらって、パトリック様を休憩室へと導いた。侍従さんにお願いして水を持ってきてもらう。
夜会では休憩室がいくつも設けられている。誰でも使っていいもので、複数のグループでひとつの部屋を使う。具合が悪くなりベッドを使って眠りたい時や個室として使う時は、ドアの手札をひっくり返して使用していることを伝えるようにする。札が返された部屋には入らないのがマナーだ。
メイド仲間から聞いたのだけど、こういう休憩室を利用して男女でアバンチュールな時を過ごす方もいるそうだ。王族の住処でそんな大それたことをする人はいないだろうけど。
パトリック様はソファーに腰掛けさせたら、寝入ってしまった。
扇で風を送ると少し楽そうな顔をしている。
「僕、フィッシャー家の方を呼んできます」
「あっ……」
〝あっ〟しか言えてない間にフレディ様が部屋を出ていってしまった。
今ファニーだから、未婚の令嬢が婚約者以外の男性とふたりで部屋にいるとマズイ気がする。
部屋の外でフレディ様が来るのを待とうかとも思ったが……。眠っているパトリック様はわたしがおくる風が心地いいみたいだ。
伯爵家が侯爵家に逆らうのは難しい。それなのに、できる範囲内でわたしを庇おうとしてくれたのを感じた。カッとなるところはあるけれど、そこまで悪い人でないと思う。
ノックの後に男性がふたり入ってきた。侍従より身なりはいいけれど、夜会に参加しているにしては地味なような。
後から入ってきた方が、後ろ手で鍵をかけた。
え? わたしたち、いるんですけど。
「クリスタラー令嬢ですね?」
呼びかけられる。なんか嫌な感じだ。
「どちら様ですか?」
答えず、表情を変えずに近づいてくる。
わたしは立ち上がった。
「近づかないで」
わたしは強めに言った。それでも歩みを止めないから、後ずさる。
「交際相手を迷っているとか。あなたにぴったりな方を選んであげるだけですよ」
ひとりは酔っ払って寝ているパトリック様に近づいた。
「何をするんです?」
パトリック様を守らなくてはと思うのに、屈強な男が怖くて近づけない。
「ベッドに運んで差し上げるだけですよ」
男は本当にパトリック様を担いで運び、ベッドの上に放り投げた。
ひとりはわたしに近づいてくる。
何?
「来ないで!」
近づいてくるから下がって、わたしは窓際に追い詰められていく。窓に向けられたソファーから手が生えてわたしは捕まった。口を押さえられて。
え、エルウィス侯爵? 彼は人差し指を口の前に立てて静かにするよう合図をした。
「令嬢? そんなところに隠れて、何を考えているのです?」
侯爵様の手が離れて、わたしを静かに床に座らせる。
そして男がソファーを覗き込んだタイミングで腕を引っ張り一本背負いだ。
キューって音が聞こえそうなほどわかりやすく、男は気を失った。
「おい、どうした?」
パトリック様をベッドに運んだ男がこちらにやってくる。同じように侯爵様は気を失わせた。
「あ。あのぅ、あ、ありがとうございました」
「レディを助けるのが男の役目だからね」
お礼を言えたまでは良かったが、力が抜けて床から立ちあがれずにいると、侯爵様はソファーにわたしを座らせてくれた。
そして男性を担ぎ上げ、ベッドから剥ぎ取ったシーツで彼らを動けないよう縛り上げる。
パトリック様の脱がされていたシャツを上にかけてあげている。
わたしは座っていなさいという言葉に甘えて窓際にあるソファーに座っていた。
なんかわからないけれど、力が抜けた。
「いくつか言わせてもらうと、令嬢は注意が足らないね」
葉巻を吸ってもいいか尋ねられて、どうぞと答える。
「まず、夜会で休憩室に女性が入るものではないよ、家族といるとき以外はね」
葉巻の先が赤く光る。
「それから先客がいないか、確かめないと」
「も、申し訳ありません」
「盗賊の真似事をするものが隠れているかもしれないから」
「……はい」
「それから、もうひとりの坊やもなってないが、未婚の女性が男性とふたりきりでひとつの部屋にいるのはよくないな。ま、実際は私が部屋に先にいたからふたりきりではないがね」
「……はい」
もう仰る通りでぐうの音も出ない。
そこにガチャガチャ音がして外から鍵を開けて入ってきたのは……。
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