転生貧乏令嬢メイドは見なかった!

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<後編>

第46話 春を祝う9 男爵令嬢

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「衛兵、何事だ!?」

 王子様の声が鋭く飛ぶ。

「大丈夫、何があっても守ります」

 耳元でマテュー様のささやき声が!
 状況も忘れて、顔がカッと火照った。

「報告致します。新しく売り出される魔術巻で術の暴走があったようです」

「暴走?」

 テオドール様の不信感ありありな声がする。

「恐れ入りますが、魔術師様がいらっしゃいましたら、本会場までご同行願います!」

 マテュー様の手が緩んだ。

「あの、ありがとうございます」

 この場で誰よりも守らなくてはいけないのは王子様だろうに、この方はわたしを守ってくれた。

「いえ、何事もなくて良かったです」

 なんとなく見つめ合い、マテュー様が少し照れる。ヴェールで向こうからは見えてないだろうけれど。

「なんの疑問もなく騎士を目指し、そのことに不満も不安も感じたことはありませんが、あなたを守る力をつけられたのなら、よかったことだと思えました」

 こくんと小さく息をのむ。マテュー様の思いはわたしの胸を突いた。
 微笑もうとして笑えない。
 その衝撃と同じ重たさが残る。
 マテュー様の指す〝あなた〟とは誰なんだろう?
 ファニー?
 賭けの中のファニー?
 リリアン?
 賭けの中のファニーに扮するリリアン?

 テオドール様の声で現実に引き戻される。

「すみません、オレちょっと本会場に戻るわ。ファニー嬢、また後で合流します」

「……お気をつけて」

 ご苦労様ですと頭を下げる。



 タデウス様のエスコートで張り詰めた気持ちが解けた。
 だって、わたしよりよっぽど緊張しているんだもん。自分よりパニクっている人がいると却って冷静になる、あれと同じかもしれない。

 明るい色が似合うと褒めてもらった。緊張していても〝常識〟を披露してくださり、さすが上流貴族様だ。
 わたしからは贈り物のお礼を告げた。
 すると照れたようにそっぽをむかれる。

「女性へのドレスを選んだのは初めてだったから、勝手がわからなかった。……気に入ってくれたのか?」

 うっ、何その反応。ちょっとキュンとくるんだけど。

「はい、可愛らしいドレスで」

「ああ、お前は可愛いからな」

 え?

「あ、違うぞ。いや、違わないんだが。美しいより可愛い系だと言いたかったんだ」

 顔が真っ赤だ。

「わたし、仕事場ではクールと言われてきたんですが」

「それはお前の本質が見えてないだけだろう」

 即答だ。

「ルト神官、お休みのところ大変申し訳ありません」

 後ろで切羽詰まったような声がした。振り返ると衛兵さんがラモン様に話しかけていた。

「なんでしょう?」

「神官長様が、至急、茶会に来られている神官様を集めておられます。本会場までお戻り願えませんでしょうか?」

 ラモン様は一瞬考えたけど「わかりました」と呼びにきた衛兵さんに告げ、殿下に何か耳打ちし、わたしに向き直る。

「ファニー嬢、僕との時間、後で作ってくださいね。今はしばし離れます」

「はい、お気をつけて」

 テオドール様に続きラモン様まで。
 なんか人が減ってくって嫌な感じがする。

「衛兵も近くにいるし、見習いといっても騎士のマテューがいるから大丈夫だ」

 不安に思ったのがわかったのか、タデウス様が安心するよう言ってくださる。

「はい、頼りになる皆様とご一緒なので安心です」

 顔を赤くする。
 まずい、なんかクセになりそう。
 仕事人間で、滅多なことで動揺しないように見える人が、言葉ひとつで頬を染めてくれちゃうとか、なんかまた見たくなる。
 あら、いやだ、わたしったら失礼ね。そう思いつつも、気分が明るくなったので、タデウス様に感謝だ。



 次はフレディ様の番のようだ。

「お疲れではないですか?」

「先ほど休ませていただいたので大丈夫です」

 立っていたり歩いたりは何でもないけれど、ドレスにはやはり踵の高い細身の靴を履くことになり、それが辛い。
 
「フレディ様とわたしはいつお会いしたんでしょうか?」

「えーー、もう降参ですか?」

「〝いつ〟だったのか、ヒントじゃない……ええと、糸口をくださいませんか?」

「うーーーん、そうですね。では。〝いつ〟は申し上げません。糸口となるかな……きっと令嬢にはいい思い出ではないです」

 え? と見上げればニコッと笑う。

「ああ、本当だ。ひとつの花の中で色が違っている」

 目当てのバラのところに着いたようだ。
 珍しいバラは花びらがグラデーションになっている。ピンクから真紅へと中央へと向かうに色が濃くなる。その真紅はハッとさせるほど濃い色で、なんだか心が落ち着かない。

「珍しい色合いですね」

 わたしも同意する。

 ふとフレディ様が視線をあげたので、そちらを見遣るとこじんまりした四阿があった。花の迷路の端っこに来たのかしら。フレディ様が掌を上に向ける。
 雨? 

「ちょうどいいですね。あそこで雨宿りしましょう」

「?」

 フレディ様が不思議そうな顔をする。


 あれ? わたしフレディ様から手を離したっけ? 四阿に入り振り返ると、滝のような雨で真っ白の水しぶきが飛んでくる壁ができたようになり、外が見えなくなった。
 あれ、わたしひとりだ。皆様、どうしちゃったの? こんな雨の中、なんで入ってこないの? とは思ったものの、この凄い雨の中、様子を見に外へ出ようとは思えなかった。

「通り雨かしら?」

 少し舌ったらずな甘ったるい声がした。

 誰もいない気がしたのに、声のした方を見れば、小柄な少女がいた。
 その女の子を見た瞬間から彼女から目を離せなくなる。
 雨のカーテンで光が入ってくるわけがないのに、彼女にキラキラした光が降り注いでいるように見えた。わたしは危険だと思った。こんな可愛くて幼気な生き物は大切に大切に守らなければいけない。守ってあげたいと強く思った。
 一言でまとめると可愛い。それに尽きる。薄いピンク色の髪を押さえる仕草もだが。そしてひき込まれそうな翡翠色の瞳!
 え? 緑を持っているの? 冷水を浴びせられたような衝撃で、わたしは固まる。

 あちらの少女もわたしに気付いて驚いたようだった。ふたりの時間が止まり、雨音だけが聞こえる。

「……ごきげんよう」

「……ごきげんよう」

 わたしも挨拶を返したが、ぎこちないものになった。

「凄い雨ですね」

「ほんとですね」

 わたしもひとりだけど、少女もひとりだ。はぐれたのかな?

「あの、その瞳の色は……」

 少女は嬉しそうに微笑った。

「私この色が大好きなんです。これは術で色を変えているのです」

 へー、そうなんだ。術でそんなこともできるんだ。強張った身体が少しずつ緩まってくる。

「失礼しました。名乗っておりませんでしたわね。私、クジネ男爵家のイザベルと申します」

 クジネ男爵か、主だった爵位持ちの名前はさらったはずだが、そのリストにはヒットしない。
 けれど、なんか聞いたことあるような。

「こちらこそ、失礼いたしました。ファニー・イエッセル・クリスタラーと申します」

 名乗ると迫害を受けそうで嫌なのだが、ヴェールでわかっていたかもしれないしね。
 名乗り合うと、彼女は不思議なものを見たような顔で、ふふふと笑う。

「クリスタラー令嬢ということは緑の乙女ですのね?」

「あ、はい、そうなります」

 可愛いらしい少女は好奇心を隠さずに、わたしを隅から隅まで見る。

「なぜ、お顔をお隠しあそばしますの?」

「……感情に敏感なので、少し覆ってますの」

 奥様が理由づけしてくださって助かった。その言を借りておく。

「やはり精霊様を感じられるのですね」

 納得している。うんうん一人頷く様子も可愛らしい。
 精霊か。もし精霊を見ることができたら、彼らはどんな姿をしているんだろう。人型かな? そうでなかったら、たとえ見えたとしてもわからない気がする。
 そう思った途端、眩しい光に包まれ、たまらず目を閉じた。 

「私、雨が嫌いですの」

 少女が拗ねたように言った。ん?クジネ男爵令嬢はなんともないの? 
 恐る恐る目を開けると、目の前に少女がいるだけで何も変わったことはなかった。
 気のせい? わたしは自分の目を擦った。

「外に出られなくて閉じ込められた気がするのですもの」

 と頬を膨らます。同年代かと思ったけれど、もっと下なのかな、仕草が子供っぽい。
 閉じ込められる気がするから雨が嫌なのね、なるほど。けれど、少し意外だ。可愛らしい彼女に嫌いという言葉は強すぎる気がしたから。嫌いなものが何もない世界じゃないと、こんな可愛い生き物は生きられないんじゃないかと思ったから。

「お嫌いじゃないですか?」

「あ、ええ」

 雨で外に出られないなら、家でできることを楽しめるし。雨が降ろうが槍が降ろうが仕事先に行くのが仕事人だからね。そんな天気に何かを思うなんてお金がない者には贅沢な憂いごとだ。
 でもこちらのクジネ令嬢はそういうことが言いたいのではなくて、閉じ込められることに忌避を持っているのだろう。

「では、何が嫌いですか?」

 わたしも嫌いなものをひとつ告白する。

「わたしは雷が苦手です」

「あれはとても怖いですね。地を轟かす音も、カクッカクッと空をはしる光も怖いです」

 とても可愛らしく怯えている。

「私、お友達があまりおりませんの。クリスタラーお嬢様とお話しできて嬉しいです」

 そして胸の前でパチンと手を合わせた。

「そうだわ。今日の夜会をご一緒していただけませんか?」

 はい、喜んでと言いそうになる自分を必死で止める。
 わたし、変だ。わたし、ものすごく彼女と一緒にいたい。いっぱい話して彼女のことを知りたい。こんな、急に、なんか変だ。

「お嬢様?」

 彼女は可愛らしく首を傾げた。

「ああ、すみません。予定がまだ決まっていなくて。確認を取ってからでないとなんとも言えませんの」

「婚約者がいらっしゃるんですね?」

 夢見るような目で見られる。

「いえ、未定です」

「……お嬢様は毎日を楽しまれていますか?」

 じとっと下から見上げてくる。
 楽しむ? 生きることを? それは憧れるけれど、……なかなか難しい。

「それじゃあ、ダメです。生きることを楽しまなくては」

 泣きそうなのに、睨まれている。そして急に声が低くなった。

「おちなかったのだから、それなら幸せでいないとでしょう?」

 ?

「イザベル?」

 唐突に降り出した雨は、唐突にやんでいた。葉に残った雨水が地面に絶え間なく落ちる。
 外から声をかけてきたのは、優しげな紳士で、お城で見た怖く感じた方だった。

「お義父様」

 ……クジネ男爵。ああ、だから聞き覚えがあったんだ。

「急に姿が見えなくなるから心配したよ」

「ごめんなさい。こちらで雨宿りをしていたの」

「お嬢さん、娘の相手をしてくださってありがとう。さあ、会場へ行こう」

「はい、お義父様」

 令嬢はわたしに頭を下げた。わたしもなんとか会釈をする。
 心臓がバクバクと速度をあげてきて、胸が痛い。なんであの人がこんなに怖いんだろう?

「ファニー嬢!?」

 マテュー様だ。服も何もかもびしょ濡れだ。
 なんでずぶ濡れ? なぜ四阿で雨宿りしなかったんだろう?
 土砂降りの中、わたしを探してた? でもすぐの距離なのに、なんで皆様こちらにいらっしゃらなかったのかしら?

「ファニー様、大丈夫ですか?」

 失礼と断ってから肩を揺すられている。なんで揺するのだ?
 やめてと言いたいのに、口が開かない。
 なんで?
 なんか苦しい? あれ?
 わたしはただマテュー様の胸の中に倒れ込んだ。

「ファニー様? どうされました? ファニー様??」
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