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<後編>

第43話 春を祝う6 ゲームの始まり

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 素晴らしい朝ごはんが用意されていたが、わたしは食べなかった。
 お茶会に参加しないとなので、そこで摘むぐらいがいいだろう。
 夜のパーティーは今日もあるそうだ。お茶会には行くんだから、そっちは参加しなくていいのだと思いたい。
 それにしても陛下からお茶会用と夜会用の3着ずつドレスをいただいてしまった。それでも連夜催される夜会ではダブることになる。みんなどれだけドレスを持っているんだろう。恐ろしい。

 と思っているところに、ノック音が途切れず数々の贈り物が届いた。
 5人の方々がドレスや装飾品を贈ってくださったのだ。

「まぁ、まあ!」

 とミリアは目を輝かせたが。……贈り物ばかりが増えていく。

「全行事に参加すれば、これでもドレスは足りないんだからいいんじゃないか?」

 お兄様からわけのわからない慰めが入る。

「お礼はどうすれば?」

「向こうはリリアンに迷惑をかけるお詫びも兼ねてだから、着てやればいいだろう。それにしても……なかなか本気だな」

 本気の値段がいくらからなのかは知らないが、お詫びにしても全て上等すぎて〝申し訳ない〟しかない。ドレスもそうだけど装飾品も美しいものばかり。差出人を見なくても誰がくださったものかわかる。皆様の髪や瞳の色を彷彿させるものだからだ。自分の髪や瞳の色を気に入っていらっしゃるのね。それに昨日解散したあの時間から開いているお店があったのが凄い。よく用意してくださったものだ。
 お礼状だけ慌てて書いて、それぞれ出してもらう。今は王宮の客扱いなので、お願いすれば全部手配してもらえる。楽ちんだ。
 昨日の今日で用意してくださったことを鑑みると、その中から選んだ方がいいかと思ったが、どれを選ぶかが難しかったので、とりあえず今日は王様が贈ってくださったお茶会用のドレスを着ることにした。薄いペパーミントグリーンの爽やかな色合いだ。パッと見、フリフリしてなかったのでシンプルに見えたのだが、王様からの贈り物とされるものがそんな地味なわけなく、全ての布地に刺繍が入っていた。どんだけ手がかかっているの! レースでデコったのとはまた違う趣きだが、品がよく縦のラインが強調されてすらっとして見えそうだ。裾は半円をつなげたようになっていてそこは可愛らしい。背中側は白い糸で刺繍が入っていて、繊細なレースがふんだんに使われているように見えた。そんな素敵なドレスにわたしが合うかが大問題だ。

 ミリアはわたしのお化粧の先生でもある。

「いいなー、ファニーは色が白いから、こういう淡い色も着こなせるのよね」

 鏡を覗き込むと、いつもの派手目でなく、奥ゆかしい少女に見えるわたしがいた。

「今日は会場が外だから赤みは抑えたわ。ファニー暑くなると顔が赤くなるしね」

 よくわかっている。

「目尻をちょっと下げといたわ」

 本当だ。まなじりのラインを太くしていって下げている。くっきり二重には明るい黄色っぽい色がのせられていたが、顔全体を明るくしているだけでおかしなことにはなってない。唇には淡いピンク色をのせ、はちみつでコーティングしたのかツヤツヤしている。ヴェールをするから見えないのに、手間をかけてくれて。

「困ったことがあったら、下から見上げてお願いするのよ! どんな殿方もイチコロですって」

「……その情報源はどこよ?」

「もちろんセリーヌお姉様よ」

 それはね、ミリア。妖艶でボン・キュッ・ボン体型のお姉様だからできる技なんだよ。
 でもミリアの夢を潰してしまうのも悪いので、心の中だけで思っておく。
 おしゃべりしながらも手は動かし、髪も素敵にまとめてくれた。

「ヴェールで顔を隠すなんてもったいない!」

 せめてもと、白いヴェールにして顔を隠し、髪飾りで留めた。
 最後にペペシブの実を食べて準備完了だ。
 トムお兄様とミリアに部屋でゆっくりしていてねと言って、お兄様にエスコートしてもらいながら、お茶会の会場へと赴く。





 爽やかな風が吹き抜ける。空は青く澄んでいて気持ちがよかった。
 今日のお茶会は特別どなたかの主催というわけではないので、王宮の庭を会場として開放している。入場口でチェックを受けることになるけれど、貴族なら誰でも参加できるよう間口を広げたものだ。社交界デビューしていない少女たちが、目当ての男性を見にきたり、いい人を見つけようと多く参加するのだという。

 王宮のお庭に春の花が咲き乱れていた。モッコウバラのような小さな黄色い花が咲き誇ったアーチを抜けると会場で、様々なドレスが〝咲いて〟いて、こちらも花満開だ。
 こちらが中央会場で、それぞれのアーチから花垣の迷路、外国のお花のある室温ハウス、椅子があり座ってお茶をいただけるところなどいくつかのスポットに分かれているみたいだ。
 お盆にカクテルのようなものを載せたボーイさんからドリンクをいただく。夜会とは違ってお酒は提供されない。いくつかの果実をわったもののようだ。甘酸っぱくて、おいしい。すぐに飲み終わり、空のグラスは点在しているテーブルに置く。

「お兄様、どなたかにご挨拶をするの?」

「いや、今日は……お前がされる方だと思うよ」

 気の毒そうに言われた意味がわかったのはその数秒後だった。

「クリスタラー男爵、ご機嫌よう。今日は茶会日和ですね」

 通る声でそう呼びかけてきた。
 振り返ると、王子様たちが勢揃いだ。茶会なので夜会の昨日よりちょっとラフな格好だが、やはり素敵なので注目を集めている。そんな王子様が声をかけたものだからわたしたちも注目されている。

「ゲルスターの麗しき小さな2つ目の太陽にご挨拶申し上げます」

 お兄様が礼をしたので、わたしも隣でカーテシーをする。

「緑の乙女、もうお加減はよろしいのですか? 昨日は直接ご挨拶ができずに残念でしたが、今日こうしてお会いでき光栄です。初めまして、アントーン・マンフリード・ゲルスターです」

 知ってるわ! なんで王子様がわたしに挨拶するのよ、めっちゃ目立つじゃんか。
 権力最高峰の方が男爵令嬢に自ら進んで挨拶なんて。こちらも黙っているわけにはいかない。

「ゲルスターの続く小さき太陽にご挨拶申し上げます。お初にお目にかかります、ファニー・イエッセル・クリスタラーでございます。昨日は御前で失礼しまして申し訳ございません。こうして気にかけていただけて光栄です」

「お風邪を召されました?」

 多分、リリアンと声が違ったからだ。

「いいえ」

 視線を泳がせたが、続けることにしたようだ。

「令嬢は男爵からお話を聞かれましたか?」

 周りの人たちがあからさまにわたしたちの会話を聞いている。
 わたしはお兄様を見上げる。王子様はどのことを言っているんだろう?

「……殿下、申し訳ありません。今日お茶を飲みながらファニーには話そうと思っておりましたので」

「ああ、そうなのですか! それではここに皆揃っておりますし、ここで話しましょう」

 な、なんか目立っているんですけど。何を話し出すの?
 ! まさか賭けの、わたしに交際を申し込んでいることを、今ここでぶちかましてくるわけ?
 協力をするとは思った。皆様に報いたいとも! でもそれはそれ。
 こんな注目を浴びているところで、それ何プレイ?

「お兄様たちだけで大事な話をなさってください。わたしはお花を見てきますわ」

「お兄様?」

 逃げようとしたが、マテュー様に〝呼び方〟を拾われる。
 あ、思わずいつものように呼びかけてしまった。

「私たちは年もそこまで離れていないし、小さい頃から一緒に過ごしていたので、叔父と姪というより兄と妹のようなものなのです」

「なるほど」

「ファニー、お前に関わることだから、お前もここにいなさい。実はね、殿下たちからお前宛に手紙をいただいたんだ」

 周りがざわざわしだす。

「ウチは身分が低く皆様とは合わないから幾度かお断りさせていただいたんだがね、お前と直接どうしても話がしたいと押し切られてね。この夜会の間、ファニーがいいと思う時だけ、話すのを許可することにした」

 叫び声まであがった。

「許可いただき、ありがとうございます。というわけで、ここから私たちにエスコートさせていただけませんか?」

 ええっ?? こんな好奇の目にさらされているところで。お兄様、絶対放り出さないで。
 わたしは組んだ手をギュッと上から握りしめた。
 お兄様を見上げて、ひとりにしないでと心で訴えかける。
 お兄様はその手を上からポンと叩いた。

「妹は奥手ですし、悪意に弱いのですが、ちゃんと守っていただけますか?」

「それはもちろん」

 王子様が輝かしい笑顔で応えた。

「殿下、ご歓談中失礼します。クリスタラー男爵、昨日はご挨拶できず失礼いたしました。私はパトリック・フィッシャーでございます。お見知り置きを」

 なんでフィッシャー様!? 昨日、意地悪されたので実際またお会いするとビクビクしてしまう。

「こちらこそ。アヴェル・フォン・クリスタラーでございます。フィッシャー伯爵ご子息様」

「割り込んでくるなんて、君、いい度胸しているね」

「ゲルスターの輝く小さき2つ目の太陽にご挨拶申し上げます。すみません、殿下。けれど、驚く会話をされていたので、話がまとまる前に私も参加しなくてはと思いまして」

「……参加?」

 タデウス様が低く呟く。なんか嫌な予感。

「クリスタラー男爵、私も今までずっと令嬢に会いたいと手紙を送ってきました。私にも殿下たちと同じように機会をください」

 ゲッ。何を言い出す。お前、わたしが嫌いだろうに!

「クリスタラー男爵!」

 躍り出てきたのは、タデウス様よりさらに小柄な金髪の男の子だ。顎の線で切り揃えている。瞳は榛色だ。
 呼びかけた声で注目を浴びると顔を桜色に染めた。なんだか可愛らしい子だ。

「お初にお目にかかります。僕はフレディ・エドマンドです。僕もクリスタラー令嬢を慕ってきました。どうか僕にも機会を!」

 なんですって!?
 お兄様はチラリと王子様を見た。そしてわたしを見る。

「ファニー、皆様、お前と話がしたいようだ。お前は領地に篭りきりだから同年代の方とあまり話したことはないだろう。見聞を広げるチャンスだ。花を見たいと言っていたな。庭を散策しながら少し話してきたらどうだろう?」

 お兄様に捨てられた。
 それに王子様たちだけならリリアンとして気が抜けるけれど、そこにふたりもプラスされたら。っていうか、すでに陰口がパワフルに聞こえてくるんですけど。夜会の時のように古臭いドレスではないから、そう貶めることはできないみたいで、怪しいヴェールに想いを込めている。うわっ、精霊をたてに王子様たちの気を引いたのでは説まで出た。

「ファニー、話して嫌だったら断ってやるから、今はちょっと話してこい。じゃないと埒が明かない」

 耳打ちされる。恨みがましく見上げてみたが、ヴェールの中からでは伝わらないようだ。

「……わかりました。皆様、お庭を少し歩きながらお話しいたしましょう。いかがですか?」

「はい、喜んで。最初にエスコートさせていただいても?」

 王子様が一番身分高いしね。
 わたしはお兄様から手をといて、王子様の差し出してくれた手に手を乗せる。彼はその手を腕に絡ませる。エスコートしなれていて、とても自然だ。
 とにかく、あの花垣の迷路に続く青いバラのアーチをくぐればこの好奇の視線も少しは緩むはず。

「では、皆様、ファニーをよろしく頼みます」

 お兄様にそれぞれ挨拶をして、総勢8人のわたしたちは歩き出した。

 誰かが〝何あれ?〟と言っているのが聞こえたが、わたしも見る側だったら何あれって思ったよ、うん。
 だって、ヴェールで顔を隠した怪しげなのが7人のイケメンを従えて歩いているんだよ。おかしいでしょ。
 誰しも人生で2回はモテ期が訪れると聞くけれど。わたしはそのうちの貴重な1回を誰かに仕組まれた賭けで潰すのね。
 フィッシャー様は、絶対わたしが嫌いだし。何か嫌がらせするためだよね、絶対。
 エドマンド様はわからないけど。緑の乙女に何か夢を持っているのかしら。何を思われているのかは知らないけれど、肩書きだけの貧乏令嬢ですからね、わたしは。
 賭けのこともあるし、このお二方には早いとこ退場してもらわないと!
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