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<後編>

第38話 春を祝う1 入城

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 クリスタラー家に宛てがわれたのは続きの2部屋で、中のドアで繋がっていた。これはお兄様たちと相談するのに、ちょうどいい。

 お兄様たちがお城に到着するのは午後を過ぎるから、午前中はゆったりと過ごすことができた。マテュー様が演習場に向かう時にお城まで送ってくださった。パストゥール家の方々には昨日お礼を申し上げ、皆様も夜会には参加されるので「夜会の時にまた会いましょう」とウインクされた。

 そう、結局最後までわたしはマテュー様のお屋敷で快適な生活を続けた。マテュー様が目星をつけてくださった部屋に引っ越しが決まり、とりあえず荷物だけ新居に突っ込んである。本当にマテュー様のお家にはかなりのお世話になってしまった。引っ越しも元を辿ればドアを壊したことが原因だし、出ていけと言われたのもマテュー様がドアにあーだこーだ言ったのが原因でもあるのでいつまでもいてくれてもいいんだと言われ、図々しいがお言葉に甘えた。荷物を運び込むので精一杯だったのだ。それもパストゥール家の方々に手伝ってもらったから終わったこと。大家さんは日割りした、残りの分の家賃を返してくれた。『いい縁は離すんじゃないよ』とこそっと耳打ちされた。え?と茫然と背中を見送った。

 それぞれの方の付き人の最後は、それぞれに何かしらあったが、うん、なんか、終わったからよしとしよう。マテュー様とは奇跡的にふたりきりになるということがなかったので、平静を装うことができたと思う。とにかく今は夜会だ。これからの2週間、夜会を一人二役で乗り切らなければならない。

 お兄様とは魔具で通信できたので、お城で再会することになっている。ミリアには出陣前に直接話かったけどそれは叶わなかった。ドレスはやはり新しいものを用意するのは難しく、お母様のものをミリアが直してくれたみたい。ミリアは手先が器用だから。

 クリスタラー家の2間はわたしが担当することになり、他にもヘルプのメイドをつけるかと尋ねられたが断った。
 クリスタラー家の馬車が門を通過した連絡があったので、わたしは入り口まで迎えに行った。

 そこで仰天する。何、この人混みは!

「緑の乙女が到着されたようよ」

「緑の乙女とお会いできるなんて」

 ええ?
 何こんな注目を集めているのさ。
 わたしは人混みを謝りながら進んで、一番前に行く。
 馭者の隣にトムお兄様が乗っていらしたので、わたしは頭を下げた。
 トムお兄様が馬車のドアを開けると、お兄様がおりていらした。
 通信はしていたけれど実際会うのは久しぶりだ。あ、いけない、初めましてなんだ。

「クリスタラー男爵様、お待ち申し上げておりました。オーディーンメイド紹介所からまいりましたリリアンです」

「あなたが姪の世話を引き受けてくださったリリアンさんですね。どうぞ、よろしく」

 お兄様は胸に手をやり軽く会釈する。
 そして馬車の中に向かい

「ファニー、降りてきなさい」

 声をあげた。
 わたしに扮したミリアが、お兄様の手を借りて馬車を降りようとする。
 地味なドレスに身を包み、ヴェール付きの帽子を被っている。
 顔をあげた途端、びくっとして止まって、そして崩れた。

「おっと」

「お嬢様!」

 お兄様がミリアを支える。そのミリアをすかさずトムお兄様が抱き上げた。
 体弱いアピール、最高にうまいと思ったのに、ヴェールの中で白目を向いていた。

「お、お嬢様、お気を確かに」

「侍女殿、部屋に案内してもらえるだろうか?」

 わたしはトムお兄様に頷いて、先導して歩いた。人を蹴散らして突き進む。
 部屋につき、ベッドに寝かせてもらって頬を叩いた。
 微かにまぶたがピクッとして、うっと声が上がる。
 そうっと目が開く。

「ミリア、大丈夫? わかる?」

「……ファニー?」

 わたしはガバッとミリアに抱きつく。

「よかった。ごめんね、ミリア、こんなこと頼んで」

 ミリアはわたしの後ろに回した手でポンと叩いた。
 起き上がろうとするから、まだ横になっていればと言ってみたが、起き上がった。

「ごめんなさい、気を失ってしまったのね。人が多くて驚いてしまって」

 顔色が青い。

「どうしましょ。最初から失敗しちゃったわ」

「そんなことない、びっくりするほど完璧よ! これですぐ倒れるってアピールできたわ!」

 これで夜会とかも顔だけ出して、具合が悪くなったと引っ込んでも信憑性があるってものだ。
 お兄様やトムお兄様とももっと話をしたかったが、呼び出しがあったのでメイド長のいる部屋に向かう。ウエルカムティーやお菓子などの説明で、クリスタラー令嬢が倒れたことは皆に知られていたので、お医者様を呼ぶかどうかなど聞かれた。
 お嬢様はすぐに気がつかれて、医者も呼ぶ必要のないことを伝えた。補助のメイドはいらないのか再三聞かれたけれど、わたしはクリスタラー男爵のご指示ですと断った。

 今日はいきなり夕方から顔見せの初の夜会だ。ドレスを着たり用意をしなくては。
 ウエルカムティーを届け飲む頃にはミリアも落ち着いてきたようだ。
 夜会にはわたしが出席する。

「ファニーが働いているところをきちんと見るのは初めてだが、別人のようだな」

「どういう意味です?」

「本当にメイドみたいだ。動作もキビキビしていて、私の知っているファニーとは違うように感じるよ」

 そうだ。ファニーは病弱なお嬢様然としてないとね。領地以外ではメイドがしっかり板についているので、そこは気をつけないとだ。

 ドレスに着替えることにする。夜会用のドレスは1着で、これもミリアがわたしの体型に合わせてお直しをしてくれていた。ミリアとわたしは似通った体型をしているからできたことだ。お母様は背が高く、胸が豊かだったので、裾をあげレースでごまかし、胸とウエストのところを詰めてくれていた。
 以前そのままのドレスを着た時は、胸はスカスカでドレスを引きずり、立体的に作られているドレスなのになんで着ると寸胴に見えるなんてことが起こるの?と不可解でしかなかったが、ミリアが直してくれたおかげで、なんとかドレスのようになっていた。

「さすが、ミリア。ドレスがわたし仕様に生まれ変わっているわ」

 着せてもらいながら感想を言うと、ミリアは嬉しそうにする。

「古いものだけど、ドレスがとても素敵だからよ。手を入れるのは申し訳なかったけれど、ファニーには少し大きいから詰めさせてもらったわ」

 生地はいいけれど、やはり古くさく垢抜けてはいない。そしてそれを地味なわたしが着るとやはり地味な令嬢ができあがった。でも、一応ドレスだけあって華やいだ雰囲気になったと思う。
 顔は晒さないといっても、念のためお化粧をする。リリアンとは違った、顔立ちが派手に見える化粧だ。
 髪をハーフアップにしてもらって、ヴェール付きの髪飾りを装着し顔を隠す。それからお母様の好きだったネックレスとイヤリング。装飾品もほとんど売ってしまったので、一度きりのコーディネート分しかないんだよね。今日顔見せしたら倒れるかなんかして、あとはずっと部屋に引っ込むつもりだ。
 王宮料理は今日がお目にかかる最初で最後のチャンスなので、少しだけいただいてから倒れようと思う。最後にペペシブの実を食べたら準備万端だ。

 ペペシブは獣も絶対口にしない渋い実だ。口の中に渋さが残るのは5分くらいなんだけど、その後3時間ぐらい声がおかしなことになる。獣に食べられないから赤くて艶々な実を森でよく見かけて、渋いとは聞いていたんだけど手を出した。これでお腹が膨れたらみんなが食べないものだからいいなと思って試したのだ。残念なことにお腹は膨れずただ渋いだけの実だった。まあ、何があるかわからないよね。この実が役立つ日がこようとは! お兄様に頼んで実を採ってきてもらったのだ。リリアンとして幾人か貴族と知り合ってしまっているので、顔はヴェールである程度隠し、声はこの実に頼ることにした。

 用意ができると、お兄様に呼ばれる。
 手を出すように言われその通りにすると、小さい宝石のついた指輪をわたしにつけてくれる。

「社交界デビューおめでとう、ファニー」

 あ。

「おめでとうございます。ファニーお嬢様」

「おめでとうございます、お嬢様」

 トムお兄様もミリアからも祝福の言葉をもらった。
 指輪なんて、用意するの大変だったに違いないのに。

「ありがとうございます。すっごく嬉しい!」

「では、行きますか、お嬢様」

 お兄様が腕をむけてくれる。わたしはそこに自分の手を置いた。

「おそらく陛下に直に挨拶することになる。何、一瞬挨拶をするぐらいだから緊張せずにな」

「貴族はみんな挨拶するの?」

「いや、手紙があったものだけだろう。おそらく呼ばれる」

 なるほど。
 裏方ならともかく、自分が夜会に出席するのは初めてだ。陛下への挨拶もありそうだし、緊張してきた。
 自分の姿を鏡にうつしチェックをし、お兄様と歩き出す。トムお兄様とミリアには部屋に残ってもらい、わたしたちは廊下にでた。係の人がもういて、挨拶をする。わたしたちを誘導する担当者みたいだ。彼の後ろについて歩いていく。
 会場に近づくにつれて、人が多くなっていき、視線を感じる。

「夜会にヴェールなんて、どちらのご令嬢かしら?」

「ほら、緑を持たない緑の乙女よ」

「ああ、あれが」

「なぜヴェールを被っているのかしら?」

「なんでも顔に不自由があるそうよ。それで心が病気になって社交界にも今まで出なかったとか」

「病弱と伺ってましたけど、心が病気だったのですね」

「それにしてもドレスが……あの古臭さは何?」

「みすぼらしい! 王宮の夜会にあんな格好でくるなんて」

「あまり言ってやるなよ、可哀想な子に」

 あの派手な男女の団体、言いたい放題だな。
 見てはいないようにレース越しに見やる。

「気にするな」

「大丈夫ですわ」

 半分は事実だしね。
 会場に入る時はやはり緊張した。名前を呼び上げられるからね。特にクリスタラー家は領地からほぼ出ないから注目を集めてしまう。

 裏方参加で夜会を見たことはあるけれど、やはり王宮、規模が違う。まず、照明が美し過ぎる。豪奢でありながら繊細で、光が乱反射している。そして、何より広い! 舞台袖には楽団がもう揃っていて、音の調整をしていた。壁に沿うように所々テーブルが置かれている。ビュッフェ形式の軽食を取れるところもあり、そこにはズラリと料理が並んでいた。
 華やかなドレスを着た女性に、エスコートする男性たち。誰かとすれ違うたびに香水なのかいい香りがする。肩を出すドレスが流行っているようだ。どこを見ても贅沢で、ため息をつきたくなるぐらい美しいもので構成されている。

 好奇の視線はすぐに蔑むものになり、表口と言いたくなるほど潜めないものが聞こえてきて、めんどくさくなる。あまりにも何もかもが美しくて、自分が場違いすぎると自覚したから余計に。

 あ、王子様だ。キラッキラの第二王子様他、マテュー様たちが勢揃いだ。
 彼らも一部の隙もない格好をしていて、なんだか大人っぽく見えて、貴族の中でも上流な方たちだったことを思い出した。隣にいて尊重してくれて、笑いかけてくれたから。くだらない会話を応酬したりして、身近に感じていた。ああ、そうだ。わたしは何を勘違いしていたんだろう。わたしと彼らの間には決して縮まらない距離がある。
 わたしはお兄様を少し引っ張るようにして、王子様たちから遠ざかる。

「あれが、お前の雇いびとか」

 わたしは頷いて見せた。

 それにしても様相を笑うのは女性の特権かと思いきや、男性たちから見てもわたしの格好は見るに耐え難いようで、酷い言われようだ。
 いくら本当のことといえども、あまりな言い様に心も疲弊してくる。

 確かに一番華やかな王宮の夜会で、わたしほどみすぼらしく見えるものはいないだろう。でもそれは王宮の夜会を侮辱しているわけでもなく、わたし的には最上級のもので挑んでいる。古いけれど、お母様を思い出すドレスにネックレスにイヤリング。体型に合わせてミリヤに直してもらった。指輪もお兄様がくださった。何も恥ずべきことはない。
 人と比べてもしょうがない。勘違いもしていない。
 何を言われても構わない。恥ずかしいことは何もないのだから。わたしは背筋を伸ばした。
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