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<前編>
第35話 本日のお仕事24 お礼(上)
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強制的に始まった仕事なのに、最後だと思うと淋しさを感じるぐらいのものになってしまった。ケイトや子供たちと話すのももちろんだけど、同年代の男の子たちと軽口をいいながら一緒の作業をするというのも、どうやらわたしは楽しかったようだ。今世では学校に行けなかった。前世の学校、友達の知識はあるけれど、今のわたしは体験していない。それはむず痒い感覚で、行けていたらこんなふうだったのかなと思いを寄せたりした。
明日の闇の日のパーティに来てもらうので、みんなとはまた明日会える、だからあまり悲しくならずにすんだ。そうしてくださったマテュー様に本当に感謝だ。
マテュー様には帰りの馬車で、この仕事が終わってからもうちの仕事を受けてくださいねと言われた。曖昧に受け流すとマテュー様が変な顔をした。それ以上聞かれないように明日のパーティーが楽しみだという話にすり替えた。
春の夜会が終わったら、わたしはどんな処罰をくだされるかわからない。牢屋とかに入れられるのかな。何か労働を強いられるのかもしれない。領地に引き籠ることになるぐらいならありがたいんだけど。
こうしてマテュー様とふたりきりで話すことも、もうなくなるんだなと思った。メイドのわたしに優しくしてくれた人。わたしのために馬車に手すりをつけてくれた人。どこぞのお嬢様のように送り迎えまでしてくれて、素敵な髪留めをくださった。倒れているかと心配してドアまで蹴破った人。わたしの心を揺すった人。けれど、わたしの人生とマテュー様の人生が今後接点を持つことはないだろう。
今までも仕事をしてきて、少し仲良くなりかけたり、そういう人はいた。でも仕事を終え、新しい仕事先に行けばそこで手一杯で、疎遠になることはわかっていた。疎遠になるのはわかっていても、いざその時になれば淋しさを感じる。だから、極力そんな感情には蓋をしてきた。そんな感情は見ないふりをしてきた。でも今回は、今回ばかりは、蓋をしようとしても気持ちが溢れてくる。だけど、どうにもならないのはわかっているから、やはり見えてないふりをするしかないんだ。だってその先を思ったら哀しい現実しか見えてこない。
……辛くなるのは全部終わってお別れしてから。自分に言い聞かせる。明日までは。明日のパーティーまでは、溢れる気持ちに身を委ねてもいいよね? パーティーが終わったら、ちゃんと蓋をして、いつものわたしに戻るから。それまで、もう少しだけ。
そう思いながら、そっと窓に映るマテュー様の顔を盗み見た。
闇の日、爽やかに晴れわたる暖かい日だった。
朝早くから庭でのパーティーの準備がされ、即席のカマドがいくつも作られる。料理人さんたちと顔合わせだ。なんなりとお申し付けくださいと言われる。
早速、用意してもらった醤油と味噌に興味を持たれている。味見してもらうと、これはとハッとされている。旨味が凝縮されているのを瞬時にわかってくださったみたいだ。お、これはいい反応だ。いろいろとおいしいものを作ってくれたらいいな。
朝早くから男性陣は本当に狩りに行ったらしい。野菜はとにかくなんでも揃っていた。お願いしたお米は買ってきてくださっていた。
それをまず浸水させて炊くことにする。お米は野菜の炊き込みご飯にしよう。初めての人にも味がついているから食べやすいはずだ。浸水させている間に具材の準備だ。
サラダ類もチャッチャと作っていく。お醤油を使った和風ドレッシングだ。
煮っ転がしと、グラタンみたいなこってりしたものと、スープにしようかな。メインは届いてからになるから。
料理人さんたちは素晴らしい。メニューを告げ、こういうものをといえばすぐにわかってくれる。ホワイトソースだけはわたしが作ることにした。
平民のレシピは珍しいみたいで、みなさんすっごく興味を持ってくれて、惜しみなく協力してくれた。人数が多いのでいつもの炊き出しの5倍ぐらいのイメージでいる。足りないのがパーティーでは一番格好がつかないから。多く作るのは慣れていないので、最初にいつもの炊き出しぐらいの量で作って、それを量産してもらった。
生パスタの生地を作ってもらって、それをマカロニに見立て形にしていく。面白い形と食感によってまた味が変わってくるのを想像されたみたいで、柔軟に対応してくださった。
ホワイトソースは、生涯でこんなに一度にバターを使うことはないだろうなという量を投入だ。お菓子だったらあるあるだけど、料理ではまずないだろう。ホワイトソースのだまをなんとか溶かせたので、これであらかたの下ごしらえは終わった。
炊き込みご飯がいい香りを出している。おにぎりにしておこう。ボウルに水を張り、お鍋で炊けたご飯からどんどんおにぎりにしていく。料理人さんたちは三角にするのが最初は難しかったみたいだけどすぐにきれいにできるようになる。さすがだ。
お昼前ぐらいに二軍のみんなや、ラモン様、テオドール様がいらして、いろいろ持ち寄ってくれたのでテーブルが賑やかになる。
テオドール様に声をかけ、ちょっと魔術を借りられないかお願いしてみた。快く引き受けてくださったので、アイスを作れた。アイスがあるなら、一緒にケーキ生地も食べたい! シフォンケーキは冷ます時間が足りないので、ロールケーキの生地のレシピにした。魔術でケーキを冷ますのは可能なんだけど、時間で馴染ませるおいしさは魔術では引き出せない気がしている。シフォンは冷ますだけじゃなくて、あの時間が微妙に必要なんだと思う。
電動泡立て器がないから泡立てるのに四苦八苦していたら、料理人さんが面白いことをしていますねと興味を示し、やってもらったら途端にツノがたつ。なんでこんな早くにツノが立つの? これならアイス作りの時の生クリームを泡立てるのをやってもらいたかった。薄いケーキ生地なのでどんどん焼き上がっていく。端をカットしてさっきのアイスと合わせて料理長さんに味見をしてもらう。今回はロールケーキ生地だけどアイスロールにはしない。味見をすると、この冷たいクリームと合わせるお菓子を作ってもいいかと尋ねられたのでお願いする。わたしの作るものだと見栄えも地味だし、数がやはり少なめだ。料理も合いそうなものがあったらどんどんお願いしますと調子に乗って頼んでおく。
歓声が上がったので何事かと顔を上げると、スクル様が、なんか人より大きい獣を担いでいるんですけど。伯爵様もホルン様もマテュー様もそれぞれに何か持っている。
会場の真ん中にスクル様がそれをおろす。クマだ、多分。
「リリアン、大猟だぞ」
マテュー様が嬉しそうだ。表情は至って普通だが、幻の大きなふさふさの尻尾がブンブン振られているように見える。
「皆様、お怪我はございませんか?」
ちょっと見、誰も怪我しているようには見えないけれど。
「ああ、大丈夫だ」
ちょっとだけしゅんとなる。
「お帰りなさいませ。無事で何よりです。いっぱい狩ってきてくださったんですね、ありがとうございます」
感謝を込めて伝えると、マテュー様ははにかんだように微笑んで
「ただいま」
と言った。
お肉がどんどん調理スペースに届けられる。クマだけ大きさを見せるのにそのまま持ってきてくださっただけで、あとは全部捌いての処理済みだった。クマはこれから二軍と一緒に捌くそうだ。クマはアップルベアと言って、りんご好きなクマで、お肉が柔くて臭みがなくて美味しいらしい。食べ方としてはシンプルに焼いたり、煮込んでもあまり硬くならないそうだ。
それならシンプルにステーキにしよう。
他は、鹿と鳥肉だった。鹿肉はスープに入れるのと、こってり甘辛煮にした。そしてちょっとだけ辛いコチュの実を入れる。鶏肉は下味をつけて唐揚げにすることにした。最初にやり方を見てもらうと後は料理人さんたちが揚げてくれる。楽チン。
ラモン様が抱きついてきた。捌くところを見ていて気持ちが悪くなったという。
わたしに抱きついても具合は良くなりませんからと椅子に座らせる。おしぼりを濡らして顔にあて冷やし、飲み水を持っていく。
「大丈夫ですか?」
「二度と見たくない」
「同感です」
わたしたちはひしっと手を取り合った。
「君たち、何やってるの?」
声のした方を見れば、タデウス様だ。その後ろには宰相様だ。
「同志をみつけたので、つい。
タデウス様も宰相様も、来てくださって嬉しいです。今、伯爵様を呼んでまいりますね、こちらにお掛けください」
「リリアン、元気そうだね」
花束を渡され、受け取ってしまう。
「王子様!」
「父上が残念がっていたよ。今日はお招きありがとう」
タデウス様は宰相様と、そして王子様もいらしてくださった。声は掛けたがいらしてもらえると思ってなかったので驚きだ。
「そんなもったいない。王子様も来てくださってありがとうございます。お飲み物をお持ちしますね。皆様、お茶がいいですか? それともお酒に?」
皆様お茶ということなので、冷やしておいたお茶をお出しした。
アイスを作った時にこぼれ出た氷を使って、冷凍庫もどきを作っておいた。そこにお茶のポットを一緒に入れておいたのだ。
「氷が入っているわけでもないのに、冷たいね」
「先ほどテオドール様にいっぱい氷を出していただいたので」
冷凍庫もどきの説明をする。ちょうど伯爵様が着替えて出てこられたのが見えたので、お肉のお礼と宰相様がいらしている旨を伝えに行った。
アップルベアのお肉が届いたので、厚切りにしてもらって鉄板で焼き始める。
着替えて出てきたマテュー様に準備が整ったことを伝えると、よく通る声でみんなに話しかけた。
「今日は来てくれてありがとう。いっぱい食べて、飲んで楽しんで欲しい。料理はリリアンが手掛けてくれた」
そこで拍手され、顔が熱くなった。
無礼講で、好きに食べてくれと言われ、料理人やメイドたちもわたしからのお礼なので遠慮なく食べてくれと注釈が入る。
みんなにワインやジュースが配られて乾杯して、パーティーの始まりだ。ビュッフェ形式で、みんな好きなものをお皿に取って食べてもらう。うまい、美味しいと声が上がる。
奥様のところにも、全てのものを少しずつお持ちした。メルさんたちも、給仕の合間に食べてくれたみたいで、炊き込みご飯やグラタンが好きだったと感想をもらえた。
わたしはお見舞いのお礼やお詫びを言ったり、二軍のみんなや子供たちに別れを告げて歩いて回った。
もう会えないのかとケイトに言われて辛くなる。
「頑張って会おうとしないと会えなくなる」
そう告げると、顔が歪んだ。会いにいくと言いたいけど、どうなるかわからないから。
「ケイト、困らせるな。リリアンも働いているから、仕事によっていろんなところに行くんだ」
ケイトがぐずると連鎖して弟くんも泣き出してしまった。
「大丈夫だよ、ねーちゃんオーディーン紹介所で働いてんだろ? どうしても会いたい時はオレがオーディーン紹介所に連れて行ってやる」
赤毛のマークがケイトを励ます。マークの頭をケイトの兄のロイが叩こうとしているから止める。小さな恋物語に介入するなんて無粋だ。
わたしは屈んだ。
「わたしもみんなが元気か気になるから会いに行ったりしたいけど、仕事でどうなるかわからないから約束はできないんだ。でも困ったことがあったら、オーディーン紹介所に手紙を届けて。そうしたらわたしに知らせてくれるよう頼んでおくから」
そういうと、やっと安心したようにケイトは泣くのをやめた。
機会があれば、本当にみんな騎士になれたか、それだけでも知りたいなと思った。
明日の闇の日のパーティに来てもらうので、みんなとはまた明日会える、だからあまり悲しくならずにすんだ。そうしてくださったマテュー様に本当に感謝だ。
マテュー様には帰りの馬車で、この仕事が終わってからもうちの仕事を受けてくださいねと言われた。曖昧に受け流すとマテュー様が変な顔をした。それ以上聞かれないように明日のパーティーが楽しみだという話にすり替えた。
春の夜会が終わったら、わたしはどんな処罰をくだされるかわからない。牢屋とかに入れられるのかな。何か労働を強いられるのかもしれない。領地に引き籠ることになるぐらいならありがたいんだけど。
こうしてマテュー様とふたりきりで話すことも、もうなくなるんだなと思った。メイドのわたしに優しくしてくれた人。わたしのために馬車に手すりをつけてくれた人。どこぞのお嬢様のように送り迎えまでしてくれて、素敵な髪留めをくださった。倒れているかと心配してドアまで蹴破った人。わたしの心を揺すった人。けれど、わたしの人生とマテュー様の人生が今後接点を持つことはないだろう。
今までも仕事をしてきて、少し仲良くなりかけたり、そういう人はいた。でも仕事を終え、新しい仕事先に行けばそこで手一杯で、疎遠になることはわかっていた。疎遠になるのはわかっていても、いざその時になれば淋しさを感じる。だから、極力そんな感情には蓋をしてきた。そんな感情は見ないふりをしてきた。でも今回は、今回ばかりは、蓋をしようとしても気持ちが溢れてくる。だけど、どうにもならないのはわかっているから、やはり見えてないふりをするしかないんだ。だってその先を思ったら哀しい現実しか見えてこない。
……辛くなるのは全部終わってお別れしてから。自分に言い聞かせる。明日までは。明日のパーティーまでは、溢れる気持ちに身を委ねてもいいよね? パーティーが終わったら、ちゃんと蓋をして、いつものわたしに戻るから。それまで、もう少しだけ。
そう思いながら、そっと窓に映るマテュー様の顔を盗み見た。
闇の日、爽やかに晴れわたる暖かい日だった。
朝早くから庭でのパーティーの準備がされ、即席のカマドがいくつも作られる。料理人さんたちと顔合わせだ。なんなりとお申し付けくださいと言われる。
早速、用意してもらった醤油と味噌に興味を持たれている。味見してもらうと、これはとハッとされている。旨味が凝縮されているのを瞬時にわかってくださったみたいだ。お、これはいい反応だ。いろいろとおいしいものを作ってくれたらいいな。
朝早くから男性陣は本当に狩りに行ったらしい。野菜はとにかくなんでも揃っていた。お願いしたお米は買ってきてくださっていた。
それをまず浸水させて炊くことにする。お米は野菜の炊き込みご飯にしよう。初めての人にも味がついているから食べやすいはずだ。浸水させている間に具材の準備だ。
サラダ類もチャッチャと作っていく。お醤油を使った和風ドレッシングだ。
煮っ転がしと、グラタンみたいなこってりしたものと、スープにしようかな。メインは届いてからになるから。
料理人さんたちは素晴らしい。メニューを告げ、こういうものをといえばすぐにわかってくれる。ホワイトソースだけはわたしが作ることにした。
平民のレシピは珍しいみたいで、みなさんすっごく興味を持ってくれて、惜しみなく協力してくれた。人数が多いのでいつもの炊き出しの5倍ぐらいのイメージでいる。足りないのがパーティーでは一番格好がつかないから。多く作るのは慣れていないので、最初にいつもの炊き出しぐらいの量で作って、それを量産してもらった。
生パスタの生地を作ってもらって、それをマカロニに見立て形にしていく。面白い形と食感によってまた味が変わってくるのを想像されたみたいで、柔軟に対応してくださった。
ホワイトソースは、生涯でこんなに一度にバターを使うことはないだろうなという量を投入だ。お菓子だったらあるあるだけど、料理ではまずないだろう。ホワイトソースのだまをなんとか溶かせたので、これであらかたの下ごしらえは終わった。
炊き込みご飯がいい香りを出している。おにぎりにしておこう。ボウルに水を張り、お鍋で炊けたご飯からどんどんおにぎりにしていく。料理人さんたちは三角にするのが最初は難しかったみたいだけどすぐにきれいにできるようになる。さすがだ。
お昼前ぐらいに二軍のみんなや、ラモン様、テオドール様がいらして、いろいろ持ち寄ってくれたのでテーブルが賑やかになる。
テオドール様に声をかけ、ちょっと魔術を借りられないかお願いしてみた。快く引き受けてくださったので、アイスを作れた。アイスがあるなら、一緒にケーキ生地も食べたい! シフォンケーキは冷ます時間が足りないので、ロールケーキの生地のレシピにした。魔術でケーキを冷ますのは可能なんだけど、時間で馴染ませるおいしさは魔術では引き出せない気がしている。シフォンは冷ますだけじゃなくて、あの時間が微妙に必要なんだと思う。
電動泡立て器がないから泡立てるのに四苦八苦していたら、料理人さんが面白いことをしていますねと興味を示し、やってもらったら途端にツノがたつ。なんでこんな早くにツノが立つの? これならアイス作りの時の生クリームを泡立てるのをやってもらいたかった。薄いケーキ生地なのでどんどん焼き上がっていく。端をカットしてさっきのアイスと合わせて料理長さんに味見をしてもらう。今回はロールケーキ生地だけどアイスロールにはしない。味見をすると、この冷たいクリームと合わせるお菓子を作ってもいいかと尋ねられたのでお願いする。わたしの作るものだと見栄えも地味だし、数がやはり少なめだ。料理も合いそうなものがあったらどんどんお願いしますと調子に乗って頼んでおく。
歓声が上がったので何事かと顔を上げると、スクル様が、なんか人より大きい獣を担いでいるんですけど。伯爵様もホルン様もマテュー様もそれぞれに何か持っている。
会場の真ん中にスクル様がそれをおろす。クマだ、多分。
「リリアン、大猟だぞ」
マテュー様が嬉しそうだ。表情は至って普通だが、幻の大きなふさふさの尻尾がブンブン振られているように見える。
「皆様、お怪我はございませんか?」
ちょっと見、誰も怪我しているようには見えないけれど。
「ああ、大丈夫だ」
ちょっとだけしゅんとなる。
「お帰りなさいませ。無事で何よりです。いっぱい狩ってきてくださったんですね、ありがとうございます」
感謝を込めて伝えると、マテュー様ははにかんだように微笑んで
「ただいま」
と言った。
お肉がどんどん調理スペースに届けられる。クマだけ大きさを見せるのにそのまま持ってきてくださっただけで、あとは全部捌いての処理済みだった。クマはこれから二軍と一緒に捌くそうだ。クマはアップルベアと言って、りんご好きなクマで、お肉が柔くて臭みがなくて美味しいらしい。食べ方としてはシンプルに焼いたり、煮込んでもあまり硬くならないそうだ。
それならシンプルにステーキにしよう。
他は、鹿と鳥肉だった。鹿肉はスープに入れるのと、こってり甘辛煮にした。そしてちょっとだけ辛いコチュの実を入れる。鶏肉は下味をつけて唐揚げにすることにした。最初にやり方を見てもらうと後は料理人さんたちが揚げてくれる。楽チン。
ラモン様が抱きついてきた。捌くところを見ていて気持ちが悪くなったという。
わたしに抱きついても具合は良くなりませんからと椅子に座らせる。おしぼりを濡らして顔にあて冷やし、飲み水を持っていく。
「大丈夫ですか?」
「二度と見たくない」
「同感です」
わたしたちはひしっと手を取り合った。
「君たち、何やってるの?」
声のした方を見れば、タデウス様だ。その後ろには宰相様だ。
「同志をみつけたので、つい。
タデウス様も宰相様も、来てくださって嬉しいです。今、伯爵様を呼んでまいりますね、こちらにお掛けください」
「リリアン、元気そうだね」
花束を渡され、受け取ってしまう。
「王子様!」
「父上が残念がっていたよ。今日はお招きありがとう」
タデウス様は宰相様と、そして王子様もいらしてくださった。声は掛けたがいらしてもらえると思ってなかったので驚きだ。
「そんなもったいない。王子様も来てくださってありがとうございます。お飲み物をお持ちしますね。皆様、お茶がいいですか? それともお酒に?」
皆様お茶ということなので、冷やしておいたお茶をお出しした。
アイスを作った時にこぼれ出た氷を使って、冷凍庫もどきを作っておいた。そこにお茶のポットを一緒に入れておいたのだ。
「氷が入っているわけでもないのに、冷たいね」
「先ほどテオドール様にいっぱい氷を出していただいたので」
冷凍庫もどきの説明をする。ちょうど伯爵様が着替えて出てこられたのが見えたので、お肉のお礼と宰相様がいらしている旨を伝えに行った。
アップルベアのお肉が届いたので、厚切りにしてもらって鉄板で焼き始める。
着替えて出てきたマテュー様に準備が整ったことを伝えると、よく通る声でみんなに話しかけた。
「今日は来てくれてありがとう。いっぱい食べて、飲んで楽しんで欲しい。料理はリリアンが手掛けてくれた」
そこで拍手され、顔が熱くなった。
無礼講で、好きに食べてくれと言われ、料理人やメイドたちもわたしからのお礼なので遠慮なく食べてくれと注釈が入る。
みんなにワインやジュースが配られて乾杯して、パーティーの始まりだ。ビュッフェ形式で、みんな好きなものをお皿に取って食べてもらう。うまい、美味しいと声が上がる。
奥様のところにも、全てのものを少しずつお持ちした。メルさんたちも、給仕の合間に食べてくれたみたいで、炊き込みご飯やグラタンが好きだったと感想をもらえた。
わたしはお見舞いのお礼やお詫びを言ったり、二軍のみんなや子供たちに別れを告げて歩いて回った。
もう会えないのかとケイトに言われて辛くなる。
「頑張って会おうとしないと会えなくなる」
そう告げると、顔が歪んだ。会いにいくと言いたいけど、どうなるかわからないから。
「ケイト、困らせるな。リリアンも働いているから、仕事によっていろんなところに行くんだ」
ケイトがぐずると連鎖して弟くんも泣き出してしまった。
「大丈夫だよ、ねーちゃんオーディーン紹介所で働いてんだろ? どうしても会いたい時はオレがオーディーン紹介所に連れて行ってやる」
赤毛のマークがケイトを励ます。マークの頭をケイトの兄のロイが叩こうとしているから止める。小さな恋物語に介入するなんて無粋だ。
わたしは屈んだ。
「わたしもみんなが元気か気になるから会いに行ったりしたいけど、仕事でどうなるかわからないから約束はできないんだ。でも困ったことがあったら、オーディーン紹介所に手紙を届けて。そうしたらわたしに知らせてくれるよう頼んでおくから」
そういうと、やっと安心したようにケイトは泣くのをやめた。
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