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<前編>

第26話 本日のお仕事16 蹴破る

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 夢をみた。

 お父様とお母様に二度と会えないと言われ、わたしは理解が追いつかなかった。
 一緒に行くと言ったのに留守番を言い渡され、お土産を買ってくるからふくれないのと出かけたふたりが、いくら待っても帰ってこなかった。
 オッソー夫人や執事、メイドたちが静かに泣いていた。不思議に思ったが答えははぐらかされた気がする。
 そんな屋敷にズカズカと入り込んでくる人たちがいた。
 初めて会う大人たちは、わたしを褒め称え、これから一緒に暮らそうという。
 わたしがオッソー夫人に抱きついて怖がれば、露骨に顔をしかめた。

「ったく可愛げのない。引き取ってやろうというのに」

 大人たちは誰がわたしを引き取るかで喧嘩を始めた。執事がお嬢様の前ですと諫めてその場はおさまった。わたしも部屋に戻ったが、少ししてからお腹が空いて下に降りてきた時に、客間での会話を聞いてしまった。喧嘩をしていた。彼らはお互いに牽制し合い、何をするつもりだと罵り合っていた。
 よくはわからなかったが、わたしの後見人になりこの地を外国に売るつもりだろうと言われ、そう考えているのはお前だろうとなすりつけあっていた。売ったら後見人を辞めて逃げ、当主に全て押し付ければいいんだからなと。
 意味はわからなかったが、お父様とお母様が大事にしていたここを売るのは嫌だと思った。
 激しい言い合いが恐ろしくて、身を強張らせていると後ろから抱きしめられた。外国に行っていて遅れてやってきたお兄様だった。
 お兄様の瞳は涙で濡れていた。

「何も心配しなくていい。私が当主になる。ファニーが成人するまでここを守るから」

 ……ああ、そんなことがあったなと思い出す。
 お兄様が屋敷に来て、全てを引き継ぐと言ってくださった。
 そのあと、前世の記憶が蘇り、わたしはいろいろ理解した。
 お兄様がいなかったら、わたしはどうなっていたんだろう?
 あのまま誰かが後見人となり、いつの間にか土地を譲渡され、わたしが当主に戻る。国からこの地を守るよういいつかった男爵家がそれも外国に土地を売ったとしたら。
 そもそも後見人がそんな勝手なことができるのか、外国籍の人に土地を譲渡することが可能なのかも知らないけれど、言い合っていたのだから、何かしらできる伝手とやり方はあるのだろう。そんなことになっていたら、わたしはどうなっていたか。でもそのせいで、お兄様を縛ってしまった、あの土地に。



 ドンドン、ドンドン
 ドアが激しく叩かれている。
 うるさい。頭に響く。あの大人たちの激しいなすりつけあいの言葉のようで、記憶が呼び覚まされたんだろう。
 全く誰だ。ドアはそんなふうに叩くものではない。頭が痛い。顔が熱い。熱いのに寒い。まぶたも重たくて開けるのに苦労する。起き上がろうとしたけれど、しんどくてベッドの上でべしゃっとつぶれる。部屋に光が入っている。朝になっていたらしい。
 あー、着替えるはずだったのに、顔も洗わず、お仕着せから着替えもせずわたしは眠ってしまったみたいだ。チャイナドレスがくしゃくしゃだ。起き上がるのもままならず、……叩く音が止んだのでほっとする。
 動けない。昨日休む連絡したし、午後には夫人が来てくれる。夫人にはここの鍵を渡してあるから、出られなくても問題はない。

 安堵の息をついたところにバキッとすごい音がする。

 へ? と音のしたドアを見る。
 ドアの取手の下の部分にメリッと穴があいた。

 え?
 バキッと再び大きな音がしてドアの下半分が内側に折れた。

 嘘、でしょう?
 穴から手が伸びてドアロックが解除される。上半分のドアが中途半端に開く。
 上掛けをかぶったまま、入ってくる人を見る。

「リリアン!」

「……マテュー……様?」

 呆気にとられる。

「大丈夫か? 返事がないから倒れているのかと思って」

 ワナワナと手が震えてくる。
 返事をしなかったから心配してくれたんだろう……。
 ……それはわかる。が、でも、ドア、壊すか?

「……今日はお休みさせていただくと連絡がいったかと思いますが?」

 うー、頭痛いのに。ドア、ドアが破壊……。

「失礼するよ」

 タデウス様?
 開いたドアの隙間から小柄な身を滑らすように入ってくる。

「悪かったね、本当に寝込んでいるとは思わず。マテューが君が倒れたと心配するけれど、きっと仮病だと思ったんだが……」

 あのドアどうしてくれるのよ? わたしの目は据わっていると思う。

「出てっていただけます?」

 目を開けているのもしんどいのだ。考えるのもめんどくさいのに、人の相手なんかしていられない。

「本当に申し訳ない」

 ドアを直すのにいくらかかるんだろう? って言うかいつ直してもらえるの? その間ドアのない家でどう過ごせっていうんだ。
 しかも今起き上がれないのに。
 もうたくさんだ。この間から悪いことばかりが起こる。もう、いやだ…………。






 …………ん、ここは?
 ふかふかのベッドだ。

「気がついた?」

「……メルさん?」

 視線で声の主を探すと、おぼろげな視界にやがて焦点があっていく。
 パストゥール家のメイドのメルさんがニコッと微笑んだ。

「こ、ここは?」

 体を起こすと頭がぼわんと痛い。

「具合の悪いあなたを坊ちゃんが連れて来られたのよ」

 おでこにメルさんの手が添えられる。

「お医者様に診ていただいて、薬を飲んだのは覚えている?」

 医者? 薬?
 わたしは首を横にふった。

「熱を出して、汗をかいて、そして一眠りしたら、お医者様はもう大丈夫って言ってらしたけれど、本当みたいね。顔色もずいぶんいいわ」

 わたしはものすごく手触りのいい夜着を着ていた。

「あの、こちらの夜着は?」

「ああ、奥様のものですって」

 ええええええええええーーーーーーーーー。何で。なぜ? そこはメイドさんの誰かの服を貸してくれればいいのでは?

 夕方前くらいだろうか。日当たりの良い部屋は、暖かかった。そして部屋にはまるでプレゼントのような箱が山積みされていた。
 ぼんやりしている。頭が働かない。

「坊ちゃんが留守なので、タデウス様を呼んでくるわね」

 タデウス様? マテュー様不在時にパストゥール家にタデウス様が?
 呆然としていると、淡い色の暖かいカーディガンを肩にかけてくれた。
 メルさんが出て行って、再びタデウス様と入ってこられる。
 タデウス様はベッドの横に椅子を引き寄せた。

「熱は下がったみたいだな」

 タデウス様はチラッとわたしを見る。

「マテューは演習場に行っているから、状況説明に僕が残った」

 そこで一息入れる。

「マテューを止められなくてすまなかった。まさかドアを蹴破るとは思わなかった」

 そうだ、ドアが無残な姿になったのを見た。マテュー様が焦った顔で入ってきて、目が合うなり安心したような顔をしたから。なぜか怒りが湧いてきて。
 そうか、タデウス様も予想外の出来事だったのか。

「ひどくマテューが心配していてな、あの部屋で医者を呼ぶのがベストだったとは思うが、何せドアが破壊されたろ。しばらくは暮らせる状態じゃないから、君をマテューの家に連れてきて医者にみせた。ドアが直るまでここで暮らして欲しいそうだ」

 わたしは額を押さえた。

「家の方はドアが直るまで誰も入れないようにしてあるから、心配しなくて良い」

 と、顔に触れて気づいた。お化粧が落とされている。ウイッグのままだけど、結いあげていたのが下ろされている。頬に榛色の髪があたる。胸がどきっと跳ねる。鏡を今すぐに見たい衝動に駆られた。

「どうした、気分が悪くなったのか?」

「いえ、そういうわけでは」

 タデウス様と瞳が合うと、彼はすごい勢いで顔を背けた。
 え?

「ドアの修理の話をしているときにオーディーン夫人がいらしたから、お前のことは話してある。夫人からもしっかりと頼まれた。それからあれらは、詫びや見舞いの品だ」

 タデウス様は横に山積みになっていた箱を顎でさした。

「詫び?」

「ジヴェ伯爵家の次男からメイドが迷惑をかけたと。テオからすまなかったと。火傷の痕も医者が診て薬をぬったから痕は残らないだろうとのことだ」

 なんか眠っている間にいろんなことが。

「それからラモンと王子から見舞品。そこにぶら下がっているのは、ウチの父上からだ」

 ラモン様や王子様、それに宰相様から!? 見舞い? いや、そんなはずない、わたしを怒っているはずなんだから。

「そしてこれは国王陛下から」

 ひぃーーーーーーーーーっ。

「有名な店の菓子らしいぞ。お前に会いに行って怖がらせたようだから、お詫びも兼ねているそうだ」

 説明を終えると、本調子ではないのだろうからとタデウス様は出て行かれた。

 タデウス様を送っていき、少ししてからメルさんがパン粥を持ってきてくれた。甘いパン粥が多いのでうっと思ったが、口にしてみると、香辛料が良い具合に入っていて、スススと食べてしまった。そして2日ぶりのご飯だったかもと思う。いろいろあって食事を取るのをすっかり忘れていた。食いしん坊のわたしには珍しいことだ。だからうっかり体調を崩したのかもしれない。

 食べ終わると、少しは頭の働きがましになってきた。
 まずはメルさんに。

「いろいろとありがとうございました。あのどちらかに鏡はありますでしょうか?」

 サッと手鏡を出してくれた。泣きぼくろは取れていなかったが、化粧は見事に取れている。

「あの、身を清めてくださったのは?」

「私よ」

 ありがとうございました、と頭を下げる。

「髪を梳いてくださったのも?」

「ええ、私よ。汗をかいたから一度はずして地肌を拭かせてもらったわ。その髪色でいたいのだろうと思ったからつけておいたのだけど外す?」

 やっぱり、バレるよね。

「いえ、このままで大丈夫です。ありがとうございます」

「ありのままを奥様に報告しています」

 家のことは女主人がトップだ。メイドが順守するのはあたりまえ。
 はい、とわたしは頷いた。
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