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<前編>
第25話 Side テオドール 浮名の真実
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「どういうことだ?」
訝しむより怒りを孕んだ声だった。
メイドは家まで送り届けるし、馬車はマテューの家に帰らせると言ったのだが、馬車は取りにいくからいいと断られた。そして家にやってきて第一声がそれだ。
メイドを家まで送り届けたことが気に触ったらしい。
「体調が悪そうだったんだ。だから早い時間で切り上げて送っていった」
こいつもこんな〝男〟の顔をするようになったんだなと感慨深く思う。体格は良くても、まだまだ小さな弟のように思っていたのに。
「やっぱり……」
「どうした?」
「昨日は沈んでいて、今日は様子が違った。朝から体調が悪かったんだな。休ませるべきだった」
怒りはオレに向けられたものではなく、気づけなかった自分に対してのものだったようだ。
「朝はそう悪くなかったんじゃないか? 本人もわかってなかっただろう。お昼過ぎぐらいまでは普通だったぞ」
玄関のところで話していると、もう一台馬車が入ってきた。
降りてきたのはジヴェ伯爵家の次男のクロードだった。
「どうした、何用だ?」
ほぼ毎日魔塔で顔を合わせるというのに、就業時間以降に家にまで来るとは大事な用に違いない。
「俺は馬車を引き取って帰るよ」
マテューが邪魔になると思ったんだろう、そう言った。
「いや、私はすぐ失礼する。あのメイド殿は大丈夫だったろうか?」
あのメイド?
オレとマテューは顔を合わせた。
「大丈夫とはどういう?」
「聞いてないのか? そうか。本当に申し訳なかった。うちのメイドが水をかけたんだ。服は術で乾かしたが続けてくしゃみをしていたから気になって」
後ろにいた従者が重ねた3つの箱を持っている。
「あのメイド殿に渡してくれ、詫びの品だ。私がいつも突っかかっていたことで、こんな形で人を巻き込むとは……。本当に申し訳なかった」
クロードは主人であるオレにも、きちっと謝罪をして帰って行った。
マテューもその後に続いた。
お湯がかかったと言っていた。もしかして、あれも……。
食後にメイドたちを集めた。魔塔に連れて行ったことのある者たちを。
いつも色気をたっぷり振りまいてくるのに緊張しているらしい。確かにこんなふうに呼びつけたことはなかった。
「緊張しないでくれ。聞きたいことがある。魔塔に行った時に嫌がらせを受けたことがあるか?」
息を飲んだり、顔を合わせている。
「テオドール様、私がこの場を預からせていただいてもよろしいでしょうか?」
メイド長のナラに問われ、オレは頷いた。同じメイド同士の方が話しやすいだろう。
「最近魔塔に行ったのはカレンとマリーだったわね。どうだった?」
「嫌がらせは受けていませんが……年齢を聞かれました」
「年齢を?」
「18歳以上しかこのお屋敷ではメイドを取らないのでしょう?と言われました」
なんだ、それは? そんな決まりは設けていない。
ナラに任せて自由に話させていると、実際に嫌がらせはされていないが、されそうな雰囲気ではあったようだ。そうはっきりと言ったわけではないが、総体して感じていることが、この屋敷のメイドになりたくてなれなかった者が、塔に来ているメイドの中にいるのではと思ったらしい。それからオレのファンであったとも。
オレが尋ねたことや、今日魔塔に行ったメイドが戻ってこなかったことから何があったか察したようだ。派遣メイドなら余計に馴染む必要性を感じないだろうから、そこが気に触ったんじゃないか、とも。チラチラとカレンに視線を向けられたので促す。
「あのぅ、テオドール様、もしかして今日もクロード様に絡まれましたか?」
「ああ」
「それで、その後に……」
カレンが言葉に詰まると、マリーが短く声を上げる。
「どうした?」
「あ、あの、それで煽りました?」
今度はカレンのセリフの続きを引き継ぐようにマリーに尋ねられる。
?
「その親しげな雰囲気を作りました?」
「……ああ。それが、何か?」
ナラが深いため息をついた。
「坊ちゃん、そんなことをしていたんですか?」
「引き寄せはしたが、それ以上のことはしていないぞ」
両手を上にあげお手上げのポーズをとる。身の潔白を主張する。
「私が心を込めてお育てした坊ちゃんが、同僚を煽るためだけにメイドの肩を抱くなんて嘆かわしい」
「いや、だから。みんな家のために働いてくれているんだ。誓っておかしなことはしていない」
「全く坊ちゃんは大人なようで子供なんですから」
もう一度、ナラは息をつく。
「リリアンさんは坊ちゃんのおふざけの犠牲になったのでしょう」
「犠牲?」
「おふざけを良くなく思うメイドから制裁を受けたんです」
「ふざけたのはオレで、リリアンはそれに付き合わされただけだ」
「そうでしょうとも。……女性の心がわからない坊ちゃんはお子様ってことです」
ナラはメイドたちを解散させた。
リリアンが嫌がらせをオレに告げなかったのは何故だとナラに聞いたところ、そういった周りと調子を合わせられるかということも仕事に含まれることだから、自分のできないところを告げることになるので、雇い主には言わないことだと言われた。
リリアンは評価が下がると思って、あの時言わなかったのか?
……変なメイドだ。やってることがチグハグなイメージがついてくる。
オレに好意を寄せているような態度を取ったかと思えば、だからと嫌気がさしても解雇する権限がないとわかるなり、またころっと戦略を変えてくる。
自分に使えない魔術にあんなに興味を持てるとは天晴れで、聞き上手だ。最初は興味深く聞いていても、いつの間にかただ頷くだけになる者が多いだけに、あんなに真剣に聞き、そして質問までしてくる者は稀だ。魔術師以外と魔術のことをこんなに楽しく話せたのは初めてだった。
お茶を取りに行かせれば、なかなか帰ってこなくて、戻ってくれば火傷をしていた。
そそっかしいところもあるのだなと思ったが、手当てをしないのはよくないと思った。赤くなっているということは痛いだろうに無頓着すぎる。
化粧にしてもそうだ。地味にしているから、化粧は一切していないのかと思えば、紅を差すのに顔に触れた時、しっかりと化粧をしていたことを知った。それなのに紅はささず、あの地味さはどういうことだ? 服の開いたところから見える肌は驚くほど白い。顔につける白粉はワントーン暗い色にしているようだ。わざと地味にしているように思えた。
それらを不思議に思いながら見ていると、なんだか様子が瞬く間に変わっていく。目が重たそうになり、顔も赤らんでいく。具合が悪そうだ。
見る間に具合が悪くなっていくのは、気が気でなく、腕をとり強制的に家に帰すことにした。
具合が悪くなったのも全部オレのせいだった。
髪を掻きむしる。オレは何をやってるんだ。
ナラの言うように、オレはお子様なのだろう。
噂だけが一人歩きした。
魔塔の先輩に頼まれて一度参加したお茶会。その主催者が未亡人だったことから、それ以降、年上のお姉様たちの茶会に呼ばれるようになった。参加するのもどうしても断れなかったものだけだし、特に親しくなったわけではないが、なぜか年上の女性からウケがよく、招待状は毎日かなりの量が届く。同年代より知っていることが多いし、結婚を意識した恋の駆け引きがあるわけでもないから気が楽だったのも確かだ。噂が噂を呼び、未亡人だけでなく、既婚女性から誘われるようになり、一度もそんな会に出たことはないのに、女性を悦ばすことにたけた夜の帝王のように言われる始末。誓って不義をしたことはないが、人妻専門とありがたくない浮名もついた。そんな噂に踊らされた女性やお嬢ちゃんたちに夢見るように追いかけまわされている。ひとつも真実ではないのに。そう、オレはいつだって後からしか気づけない、浅はかな男だ。
ドアをノックする。
「母上、少し、寝てください」
「ああ、テオ。私は大丈夫よ」
「毒はもう体内にはありません。あとはこいつが目を覚すのを待つだけです。起きたときに、母上が寝込んだら仕方ないでしょう? オレが代わりますから、寝てください」
「だめよ。テオだって、仕事をしてきて疲れているでしょう? あなたは解毒の魔術を編み出し、それだって大変だったと聞いているわ。あなたこそ休んで」
「はい、では少しだけガーランドと話をして、それから休みます」
「話を?」
「ええ。起きなければと思うようなことをけしかけてやります。ふたりだけにしてください」
母上はやつれられた。
「ガーランド、早く起きろ。あの魔石はオレがなんとかする。取り返せなくても、あれを無効にする魔術を創る。だから何も心配はいらない。戻ってこい、こちらに」
青白い弟の頬に手を寄せる。冷たくないのが微かな救いだ。
正気に戻ったとき、自分のしでかしたことの重さに気づき耐えきれず毒をあおった弟。
オレは追い詰められていた弟に気づかなかったし、止めることもできなかった。
どうか起きてくれ。オレがなんでもしてやる。今度はちゃんとお前を守るから。兄ちゃんが守ってやるから。だから戻ってきてくれ。オレを弟を守りきれなかった兄にしないでくれ。
もう少し、もう少しなんだ。もう少しであの魔石の効力を無効化できる術を創り出せるはず。そうすればなんの心配事もなくなるんだ。
「坊ちゃん、部屋でお眠りください」
肩を揺すられる。目を開けるとナラが心配そうに覗き込んでいた。
「すまない、うとうとしていたようだ」
「坊ちゃん、働きすぎですよ。旦那様も先ほどお帰りになり、こちらにお見えになりました」
「そうか」
ガーランドのしたことは、他の令息と同じように公にはなっていない。令嬢と接触しおかしい行動をとるようになり、気づいた周りが引き離しても、おかしいままの者がほとんどだという。ガーランドは表向きは正気に戻り、屋敷内で謹慎していることになっている。毒を飲んだことも、未だ目覚めていないのも公表していない。ガーランドが起きたときに、また不都合なく生きられるように、大人しく反省していることにしている。
だからこのことは誰にも悟られてはいけない。屋敷内でも、このことを知っているのは古参の信じられる者だけだ。
父も母も参っている。何より、なんでもないふりをするのが一番辛いことだと、今回のことで知った。この部屋の中でしか、お前を気にかけていると思えないのが辛い。
「さぁ、坊ちゃん、お眠りください。明日も魔塔に行かれるのですよね?」
「ああ」
何かあったと思われるわけにはいかないのだ。
オレは女性をとっかえひっかえしながら火遊びを楽しむ放蕩息子。魔術にだけは思い入れがあり働いているのが救い。
ああ、リリアンの様子を誰かに見に行かせなければ。
振り返って、青白い弟の顔をもう一度見る。
……お前のために、なんでもするから。
訝しむより怒りを孕んだ声だった。
メイドは家まで送り届けるし、馬車はマテューの家に帰らせると言ったのだが、馬車は取りにいくからいいと断られた。そして家にやってきて第一声がそれだ。
メイドを家まで送り届けたことが気に触ったらしい。
「体調が悪そうだったんだ。だから早い時間で切り上げて送っていった」
こいつもこんな〝男〟の顔をするようになったんだなと感慨深く思う。体格は良くても、まだまだ小さな弟のように思っていたのに。
「やっぱり……」
「どうした?」
「昨日は沈んでいて、今日は様子が違った。朝から体調が悪かったんだな。休ませるべきだった」
怒りはオレに向けられたものではなく、気づけなかった自分に対してのものだったようだ。
「朝はそう悪くなかったんじゃないか? 本人もわかってなかっただろう。お昼過ぎぐらいまでは普通だったぞ」
玄関のところで話していると、もう一台馬車が入ってきた。
降りてきたのはジヴェ伯爵家の次男のクロードだった。
「どうした、何用だ?」
ほぼ毎日魔塔で顔を合わせるというのに、就業時間以降に家にまで来るとは大事な用に違いない。
「俺は馬車を引き取って帰るよ」
マテューが邪魔になると思ったんだろう、そう言った。
「いや、私はすぐ失礼する。あのメイド殿は大丈夫だったろうか?」
あのメイド?
オレとマテューは顔を合わせた。
「大丈夫とはどういう?」
「聞いてないのか? そうか。本当に申し訳なかった。うちのメイドが水をかけたんだ。服は術で乾かしたが続けてくしゃみをしていたから気になって」
後ろにいた従者が重ねた3つの箱を持っている。
「あのメイド殿に渡してくれ、詫びの品だ。私がいつも突っかかっていたことで、こんな形で人を巻き込むとは……。本当に申し訳なかった」
クロードは主人であるオレにも、きちっと謝罪をして帰って行った。
マテューもその後に続いた。
お湯がかかったと言っていた。もしかして、あれも……。
食後にメイドたちを集めた。魔塔に連れて行ったことのある者たちを。
いつも色気をたっぷり振りまいてくるのに緊張しているらしい。確かにこんなふうに呼びつけたことはなかった。
「緊張しないでくれ。聞きたいことがある。魔塔に行った時に嫌がらせを受けたことがあるか?」
息を飲んだり、顔を合わせている。
「テオドール様、私がこの場を預からせていただいてもよろしいでしょうか?」
メイド長のナラに問われ、オレは頷いた。同じメイド同士の方が話しやすいだろう。
「最近魔塔に行ったのはカレンとマリーだったわね。どうだった?」
「嫌がらせは受けていませんが……年齢を聞かれました」
「年齢を?」
「18歳以上しかこのお屋敷ではメイドを取らないのでしょう?と言われました」
なんだ、それは? そんな決まりは設けていない。
ナラに任せて自由に話させていると、実際に嫌がらせはされていないが、されそうな雰囲気ではあったようだ。そうはっきりと言ったわけではないが、総体して感じていることが、この屋敷のメイドになりたくてなれなかった者が、塔に来ているメイドの中にいるのではと思ったらしい。それからオレのファンであったとも。
オレが尋ねたことや、今日魔塔に行ったメイドが戻ってこなかったことから何があったか察したようだ。派遣メイドなら余計に馴染む必要性を感じないだろうから、そこが気に触ったんじゃないか、とも。チラチラとカレンに視線を向けられたので促す。
「あのぅ、テオドール様、もしかして今日もクロード様に絡まれましたか?」
「ああ」
「それで、その後に……」
カレンが言葉に詰まると、マリーが短く声を上げる。
「どうした?」
「あ、あの、それで煽りました?」
今度はカレンのセリフの続きを引き継ぐようにマリーに尋ねられる。
?
「その親しげな雰囲気を作りました?」
「……ああ。それが、何か?」
ナラが深いため息をついた。
「坊ちゃん、そんなことをしていたんですか?」
「引き寄せはしたが、それ以上のことはしていないぞ」
両手を上にあげお手上げのポーズをとる。身の潔白を主張する。
「私が心を込めてお育てした坊ちゃんが、同僚を煽るためだけにメイドの肩を抱くなんて嘆かわしい」
「いや、だから。みんな家のために働いてくれているんだ。誓っておかしなことはしていない」
「全く坊ちゃんは大人なようで子供なんですから」
もう一度、ナラは息をつく。
「リリアンさんは坊ちゃんのおふざけの犠牲になったのでしょう」
「犠牲?」
「おふざけを良くなく思うメイドから制裁を受けたんです」
「ふざけたのはオレで、リリアンはそれに付き合わされただけだ」
「そうでしょうとも。……女性の心がわからない坊ちゃんはお子様ってことです」
ナラはメイドたちを解散させた。
リリアンが嫌がらせをオレに告げなかったのは何故だとナラに聞いたところ、そういった周りと調子を合わせられるかということも仕事に含まれることだから、自分のできないところを告げることになるので、雇い主には言わないことだと言われた。
リリアンは評価が下がると思って、あの時言わなかったのか?
……変なメイドだ。やってることがチグハグなイメージがついてくる。
オレに好意を寄せているような態度を取ったかと思えば、だからと嫌気がさしても解雇する権限がないとわかるなり、またころっと戦略を変えてくる。
自分に使えない魔術にあんなに興味を持てるとは天晴れで、聞き上手だ。最初は興味深く聞いていても、いつの間にかただ頷くだけになる者が多いだけに、あんなに真剣に聞き、そして質問までしてくる者は稀だ。魔術師以外と魔術のことをこんなに楽しく話せたのは初めてだった。
お茶を取りに行かせれば、なかなか帰ってこなくて、戻ってくれば火傷をしていた。
そそっかしいところもあるのだなと思ったが、手当てをしないのはよくないと思った。赤くなっているということは痛いだろうに無頓着すぎる。
化粧にしてもそうだ。地味にしているから、化粧は一切していないのかと思えば、紅を差すのに顔に触れた時、しっかりと化粧をしていたことを知った。それなのに紅はささず、あの地味さはどういうことだ? 服の開いたところから見える肌は驚くほど白い。顔につける白粉はワントーン暗い色にしているようだ。わざと地味にしているように思えた。
それらを不思議に思いながら見ていると、なんだか様子が瞬く間に変わっていく。目が重たそうになり、顔も赤らんでいく。具合が悪そうだ。
見る間に具合が悪くなっていくのは、気が気でなく、腕をとり強制的に家に帰すことにした。
具合が悪くなったのも全部オレのせいだった。
髪を掻きむしる。オレは何をやってるんだ。
ナラの言うように、オレはお子様なのだろう。
噂だけが一人歩きした。
魔塔の先輩に頼まれて一度参加したお茶会。その主催者が未亡人だったことから、それ以降、年上のお姉様たちの茶会に呼ばれるようになった。参加するのもどうしても断れなかったものだけだし、特に親しくなったわけではないが、なぜか年上の女性からウケがよく、招待状は毎日かなりの量が届く。同年代より知っていることが多いし、結婚を意識した恋の駆け引きがあるわけでもないから気が楽だったのも確かだ。噂が噂を呼び、未亡人だけでなく、既婚女性から誘われるようになり、一度もそんな会に出たことはないのに、女性を悦ばすことにたけた夜の帝王のように言われる始末。誓って不義をしたことはないが、人妻専門とありがたくない浮名もついた。そんな噂に踊らされた女性やお嬢ちゃんたちに夢見るように追いかけまわされている。ひとつも真実ではないのに。そう、オレはいつだって後からしか気づけない、浅はかな男だ。
ドアをノックする。
「母上、少し、寝てください」
「ああ、テオ。私は大丈夫よ」
「毒はもう体内にはありません。あとはこいつが目を覚すのを待つだけです。起きたときに、母上が寝込んだら仕方ないでしょう? オレが代わりますから、寝てください」
「だめよ。テオだって、仕事をしてきて疲れているでしょう? あなたは解毒の魔術を編み出し、それだって大変だったと聞いているわ。あなたこそ休んで」
「はい、では少しだけガーランドと話をして、それから休みます」
「話を?」
「ええ。起きなければと思うようなことをけしかけてやります。ふたりだけにしてください」
母上はやつれられた。
「ガーランド、早く起きろ。あの魔石はオレがなんとかする。取り返せなくても、あれを無効にする魔術を創る。だから何も心配はいらない。戻ってこい、こちらに」
青白い弟の頬に手を寄せる。冷たくないのが微かな救いだ。
正気に戻ったとき、自分のしでかしたことの重さに気づき耐えきれず毒をあおった弟。
オレは追い詰められていた弟に気づかなかったし、止めることもできなかった。
どうか起きてくれ。オレがなんでもしてやる。今度はちゃんとお前を守るから。兄ちゃんが守ってやるから。だから戻ってきてくれ。オレを弟を守りきれなかった兄にしないでくれ。
もう少し、もう少しなんだ。もう少しであの魔石の効力を無効化できる術を創り出せるはず。そうすればなんの心配事もなくなるんだ。
「坊ちゃん、部屋でお眠りください」
肩を揺すられる。目を開けるとナラが心配そうに覗き込んでいた。
「すまない、うとうとしていたようだ」
「坊ちゃん、働きすぎですよ。旦那様も先ほどお帰りになり、こちらにお見えになりました」
「そうか」
ガーランドのしたことは、他の令息と同じように公にはなっていない。令嬢と接触しおかしい行動をとるようになり、気づいた周りが引き離しても、おかしいままの者がほとんどだという。ガーランドは表向きは正気に戻り、屋敷内で謹慎していることになっている。毒を飲んだことも、未だ目覚めていないのも公表していない。ガーランドが起きたときに、また不都合なく生きられるように、大人しく反省していることにしている。
だからこのことは誰にも悟られてはいけない。屋敷内でも、このことを知っているのは古参の信じられる者だけだ。
父も母も参っている。何より、なんでもないふりをするのが一番辛いことだと、今回のことで知った。この部屋の中でしか、お前を気にかけていると思えないのが辛い。
「さぁ、坊ちゃん、お眠りください。明日も魔塔に行かれるのですよね?」
「ああ」
何かあったと思われるわけにはいかないのだ。
オレは女性をとっかえひっかえしながら火遊びを楽しむ放蕩息子。魔術にだけは思い入れがあり働いているのが救い。
ああ、リリアンの様子を誰かに見に行かせなければ。
振り返って、青白い弟の顔をもう一度見る。
……お前のために、なんでもするから。
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