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<前編>

第24話 本日のお仕事15 古典的な

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「と、わかっているようなことを言っているが、オレは魔について現段階では、さわりしか掴めていないと思っている」

「さわりしか、ですか?」

「たとえば水を出す術式、これはな『遥かなる母に捧げる。私の願う水を出したまえ』という内容を古代語で崇めたてまつり、美しい言葉と響きを重視して作られているんだ。捧げる物がなんなのか語られていないが魔力のことだろう。術によって母だったり父だったり見護る者だったりいろいろするんだが。魔術を使うには叶えられる代償として魔力を捧げているわけだ。捧げておいてなんだが、オレたちは何相手に魔を捧げて、そして叶えてもらっているんだろう?」

 テオドール様、めちゃくちゃ誠実だ。わたしだったら魔を使うための〝文言〟〝決まり事〟と受け止めてそんなことにまで思いを馳せないよ。

「神官や司祭は〝神力〟を使う。これも実際のところよくわかっていない。使える者が使える感覚としてあり、発展し伝えられてきている。だが何もはっきりしていないんだ。ラモン、あいつは神力を使える。植物を媒体に使えるらしい」

 ああ、それでお屋敷が植物だらけだったのね、と納得する。

「植物を媒体として、術式を使うこととほぼ同じようなことができる」

 へー、神力も便利そうだ。

「わかるか? 術式を理解するわけでなく、媒体を通すことで願いを具現化することができるんだ」

 まあ、それが神の力ってやつなのかしら。
 わたしの表情を見て、テオドール様は皮肉げに笑う。

「神力が神の力だとでも思うか? オレはそうは思わない。あれも魔力だと思っている。神力とは古代語で願いを込める魔術と違う形で魔の力を具現化できることを総称しているのだと思う」

 ん? だからそれが神の力じゃなくて?
 頭を撫でられた。

「悪りぃ、お前が聞き上手だから、ついつい語っちまった。難しいこと言ったな、忘れてくれ」

「難しくて、理解はできませんでしたが、テオドール様が魔術にしっかり向き合っておられて、それを楽しまれているのはわかりました」

 うん、テオドール様は魔術のことが大好きなのだ。魔術のことを考えているのがとても楽しい、それは伝わってきた。
 テオドール様は少し驚かれたような顔をした。

「そうだな、オレは魔術に魅入られているんだろう。だってもし、魔術も神力も元は同じ魔の力だとするなら、具現化するのに発動方法はその2つだけではないかもしれない。魔力があっても魔術を使えない者がいる。使えても理解できない者がいる。だけど、それはただ今解明されていないだけで、リリアン、お前に最も適した魔の発動方法があるかもしれない。魔力のある者にはその者たちの数だけ、発現の方法があるかもしれない、そう思うとワクワクするだろう?」

 テオドール様はセクシーと言われているし、わたしもセクシーだと感じているが、知れば知るほど〝少年〟のような人だと思えた。

「はい、ワクワクしますね。もしわたしだけの発現方法があるなら、ぜひ魔法を使ってみたいです」

「マホウ?」

 あれ? また前世の言葉か。

「あ、えーと魔の方法、魔の秩序というか……」

「魔の方法……魔法、それはいいな。きっとお前にぴったりの魔法があるはずだ」

 少年のように目をキラキラさせている。
 きっといつか、テオドール様ならそれをみつけだされる気がした。

「はい、きっとありますね。楽しみです」

 わたしとのお喋りで大量に時間を使わせてしまった。でもわたしと話しているうちに術式のアイデアが湧いたとかで、それを試してみると机に向かわれた。


 わたしはお湯をいただきに再び給湯室に向かった。
 中にいたメンツを見たときになんか嫌な感じがした。皆カップやコップを持って、お茶を飲みながら井戸端会議をしていたようだ。お湯だけいただいてさっさと退散した方が良さそうだ。

 それにしてもなんでいちゃもんをつけられるターゲットになるんだろう? 派遣メイドとは言ってないし。新入りの洗礼なのかな? それぞれのお屋敷に従事しているものと思うのだけど、魔塔では魔塔の序列があるとか?

「あなた年はおいくつ?」

 年?

 それは軽いジャブから始まった。

「……18ですが?」

「……リングマン家に伝手がありましたの?」

 伝手?

「? いいえ」

 何が聞きたいんだろう?

「容姿がいいわけでも、伝手もなくて、よくテオドール様のメイドになれたものね?」

 ん? 羨望? ひょっとしてテオドール様のファンか?

「あなた自分が特別なんて勘違いなさっているわけではないわよね? もしそうならお気の毒ですから教えて差し上げますわ。テオドール様は今までも何人もメイドを連れてこられたけれど、同じ方は連れてこられないのよ」

 ……なにが言いたいんだろう? わたしをへこませようとしていることは察するけれど、意味がよくわからない。

「……そうなんですね」

 よくわからないが、相槌は大切なのでしておく。

「あなた今までどこで働いてらしたの?」

「娼館じゃありませんの? そういうことがお得意そうですものね」

 あれか、あれをイチャイチャと受け止められたんだな。

「ご主人様とふたりで部屋に籠るなんて、考えられないわ。長い時間、何をされていたのかしら」

 なるほどね、あのいちゃつきが怒りをかったのね。
 それにしても、何、メイドは部屋にいるものじゃないの?
 見てみると同じお仕着せはふたりないし3人はいる。
 魔術師はほとんどが貴族だという。魔力が多いのも貴族の特徴だ。
 そっか、身分が高いからお付きのメイドが多いのか、だから仕事場に複数のメイドを連れてくるんだ。仕事場の魔塔ではご主人様とふたりにはなりにくいものなのかもしれない。

 テオドール様は片付けも必要ないみたいだし、単にお茶が飲みたいときだけ要員だからひとりなのだろう。

「お茶をお入れして、休憩の時の話し相手ですね。一人でできる仕事ですので、メイドはわたしひとり。ですからふたりきりになるのは仕方のないことではないですかね?」

 同年代と思われるメイドさんたちが顔を真っ赤にしたのを見て、失言したと気づいた。
 言い方を間違えた。

「それはなんですの? わたくしたちが仕事ができないとおっしゃってますの?」

 あ、髪とか手とかきれいと思ったけど、ガチだった。平民メイドじゃなくて、高貴な人たちの作法見習いで入っている下級貴族のお嬢様たちだ。しまった。
 彼女たちは気位が非常に高く、我慢を嗜まない。

 バシャ

「熱っ」

 手にお湯がかかる。

「大変、熱いでしょう?」

 バシャ
 バシャ

 今度は次々にぬるいのを引っ掛けられた。手にもだけど、顔に向かってもかけられた。そして水のポットから大量にかけられる。
 なかなか低俗じゃないか。手首はひりひりするし、服の濡れてしまったところが体に張り付いて熱を奪っていく。

 くしゃん

 くしゃみがでた。

「そんなはしたない肌を出した服をきているから風邪をひかれたんではなくて?」

 間違いなくお前が水をかけたからだよ。
 このメイド服も彼女たちの気に触っているらしい。

「わたしはメイドです」

「だ、だから何よ?」

「お仕着せは自分で選べません」

 好きで着ているわけではないことを伝えておく。
 彼女たちは一瞬怯んだ顔をした。
 遠巻きに見ていたメイドたちの間を縫ってやってきたのはクロード様だ。

「何を騒いでいる!?」

 その後ろからふたりのメイドがこそっとやってきて、何気なく見ていたメイドたちに加わった。

「クロード様!」

 わたしにお湯や水をかけたメイドたちが名前を呼ぶ。
 ふうーん、クロード様のところのメイドだったか。
 彼は藍色の瞳にわたしを映しこんだ。

「こちらの女性がずぶ濡れのようだが、何があった?」

「それは……手が滑って水がかかってしまったのです」

「本気で言っているのか?」

「クロード様だって魔塔にこんなはしたないメイドがいるのをおかしいとお思いでしょう?」

「……他家の、リングマン伯爵家のメイドに口を出せる権利がお前にあるのか? 奴のメイドにこんなことをすることで、私が喜ぶとでも?」

 メイド軍団の顔色が変わる。

「主人として謝罪する。申し訳なかった。まずはその服を乾かそう」

 手をひかれクロード様についていく。こそっと加わったメイドは恐らくこの事態を知らせに行ってくれたんだと思う。わたしは通りすがりにちょこっと頭を下げた。
 部屋に入ると積んであった巻物に手を突っ込み、あれこれ見て、ひとつを取り出す。

「これは今後売り出すつもりの簡易な術式を描いたもので、魔力があれば誰でも使えるものだ。では、乾かすよ。『解呪』」

 巻物を開くと魔法陣が描かれていた。解呪という音とともに魔法陣が紙から浮かび上がってわたしの前でくるくると回りだす。すべての記号や文字が光ったと思ったら、温かい風がわたしを覆って一瞬のうちに濡れた服も髪も乾いた。
 巻物タイプの魔術。すごいこんなのあるんだ。
 本当に申し訳なかったとクロード様には謝ってもらった。
 魔塔みたいな職場でイチャイチャされるのが嫌だったのかしら?
 いまだなぜターゲットになったのかは分からないが、次から魔塔を拒否する理由もできるからそれもいいだろう。


 部屋に戻ると、テオドール様が頭をあげる。

「遅かったな」

「あ、はい、すみません」

「ん、どうした、その手は?」

 ああ、痕までは残らないだろうけれど、しばらく赤いままなやつだ。

「お湯がかかりまして」

 テオロード様は空に術式を書き込み、キラキラした結晶を出した。氷だ。それをタオルで包み、わたしの手首に巻きつける。

「気をつけろ」

「ありがとうございます」

 と、またくしゃみが出た。風邪ひいたかも。

「……お前」

「はい?」

「今日は帰ろう」

「え?」

「家にどうしても寄らなければならない理由はあるか?」

「? ……お仕着せを」

「それは3日後、必要となるだろ? このままお前の家に送る。マテューには連絡しておく。具合が悪そうだ」

 え? メイドの具合が悪くても、そんな理由でご主人様を帰らせるわけには……。



 まだ普通なら仕事も終わっていない時間に家に帰ってきた。
 くしゃみを皮切りにどんどん具合が悪くなってきた。ゾクゾクする。寒気が止まらない。風邪ひいたな。思い当たることがありすぎる。昨日からお仕着せが薄かったし。脅されたあそこも寒かったし、精神に来た。そして今日は水を引っ掛けられた。すぐに乾かしてはもらったけれど。頭もガンガンしてきた。これ、明日の仕事は無理そうだ。
 明日はマテュー様のところだ。二軍の皆さんとご飯一緒に作ったりケイトたちに会いたかったけど。一巡したし、それこそ神様がここでやめとけっていっているのかもしれない。
 わたしはベッドの上に座り込んで、魔具を発動させる。

「リリアン、お疲れさま。こんな時間にどうしたの?」

 オーディーン夫人が浮かび上がる。

「お疲れさまです。すみません、体調が悪くて明日は休ませてください。ですので仕事の手配をお願いします」

「具合、悪そうね。何か食べた? これから行きましょうか?」

「いえ、眠りたいんで。代打の場合仕事内容は炊き出しです」

「炊き出し?」

「はい」

「わかったわ。パストゥール家には朝早くに代打の打診をしておくわ。明日のお昼には様子を見に行くから。ちゃんと眠るのよ」

「はい、ありがとうございます」

 魔具を切る。

 う、しんどい。ちょっとだけ。ちょっとだけ、横になろう。
 着替えもせず、化粧も落とさずにそのままベッドの上に横になる。
 少ししたら顔を洗って着替えて寝よう……。
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