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<前編>

第23話 本日のお仕事14 魔塔にて

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「今日はメイドと一緒か。は、肌を見せる、はしたない服を着させて」

 いきなりの先制攻撃だ。金色の髪を長く伸ばし、後ろで三つ編みにしている。暗い色の瞳でテオドール様を睨みつけている。

「これをはしたないとしか捉えられないなんて、お子様だな。女性の曲線美を追求し余すことなく魅力を引き出させる服だ。そうだな、リリアン」

 知らんがな、と思っても相槌は打つ。

「はい、テオドール様」

 テオドール様の差し出した手に手を乗せる。引き寄せられ肩を抱かれ、頬に顔を近づけてくる。そちらから見れば、イチャイチャしているように見えないこともないだろう。
 意図はわかるものの、こっちの身にもなって欲しい。過去のわたしが大喜びだ。気を抜いたらわたしから抱きつくのではないかと思うぐらい妙な気持ちが起きている。気を強く持つんだ、わたし。そして、こんなことまでさせるんだ、ぜひ、王子様には言ってもらわないと!

「お前は、また新しいメイドで! 偉大なる魔術師を輩出してきた塔で不謹慎だ!」

 その人が踵を返せば、後ろに控えていたメイドさんたちに、すっごい睨まれたんですけど。
 テオドール様は用は済んだとばかりにわたしの肩から手を外す。

 魔術師さんたちはそれぞれ小部屋をもらっていて、一人一人課題は違うらしい。テオドール様は新しい魔術を探る研究をされているそうだ。
 小部屋? わたしの居住部屋より広い。理不尽さを感じる。
 部屋の中は主に本で溢れ、散らかっている印象がある。ちろっとみると

「片付けないでくれ」

 と釘を刺された。いるんだよね、片付いていない状態がベストで、その方がどこに何かあるか把握しているとおっしゃる御仁が。

「魔術の経験は?」

「魔法陣の術式が読めませんでした」

 術式に魔力を込めて発動させるのが魔術だが、わたしは魔力はあっても術式を読み解くことができなかった。故に魔術を扱えない。

「先ほどの方は?」

「ああ、クロード・セヴラン・ジヴェ。ジヴェ伯爵家の次男だ。オレのことが大好きでな、顔を合わせるたびに、突っかかってくる可愛い奴なんだ」

 見上げると、変わらない表情。突っかかられるなんてめんどくさくないのかと思ったが、挨拶ぐらいのイメージしかないようだ。どんなに突っかかっても軽くいなされる、クロード様はそれが悔しいのだろう。でもお気の毒なことに、全くテオドール様に響いてないよ。

 給湯室を教えてもらい、お茶の用意を頼まれ、自分は没頭してしまうだろうから、好きにしていいと言われる。またここでもわたしの仕事はそうないようだ。


 給湯室に向かうといろんなお仕着せを着たメイドさんたちが、歓談しながらお茶の用意をしている。

「その服はリングマン伯爵家のメイドかしら?」

「リリアンと申します。よろしくお願いします」

 頭を下げると、道が開ける。

「お茶はここに揃っているわ。ポットやカップはそちらよ。お湯はこっちね。温度が書いてあるから。使い終わったものは全部こちらに出すの」

 魔術師の塔だけあって、魔具が惜しみなく使われている。

「ありがとうございます」

 少し年上になる教えてくれたメイドさんに頭を下げる。
 彼女はワゴンにお茶のセットを整えると給湯室を出て行った。

 わたしもお茶を選び出すと、取ろうとした缶を横から出てきた手に取られた。
 では先にカップをとカップを取ろうとするとまた横から伸びた手に取られた。
 ん? これは。

「……こんなチンクシャでもリングマン伯爵家のメイドになれますのね」

 チンクシャ、初めて聞いたわ。言葉は知っていたけれど、本当に使う人いるんだ! 
 まずい、過去のわたしの琴線に触れたみたいで、あからさまに絡まれていることを大喜びしている。楽しいみたいだ。
 いや、楽しくない。楽しくないぞ、わたし。ここで喜んで受けて立ってしまったら、……気持ちいいんだろうな……って引っ張られているっ。
 そう、昨日のあのストレスによりわたしは今日好戦的になっている。でも、この仕事を辞めるつもりだし、魔塔に来るのも今日が最初で最後だろう。今日1日乗り切ればいいのだ。平和的に関わり合わないのが一番だ。わたしはグッとこらえた。

「そうですね。わたしでもなれました」

 よし、笑顔で相槌をうったぞ。よくやった、わたし。
 本当のところリングマン伯爵家のメイドになったんじゃないけどね。
 敵が唖然としている間に、超高速でワゴンに必要な物を乗せて、給湯室を出た。

 部屋に戻ると、テオドール様は何やらノートに書き込むことに夢中だ。
 お茶をお出しして邪魔するのもなんなので、壁際で控えていた。
 2時間ほどたったところで、テオドール様が大きく伸びをした。
 そしてわたしに気づいて、お茶を頼まれる。
 菊花茶をご所望だ。

「術式が読めなかったと言っていたな。属性は試したのか?」

「火と水と風は試しました」

 魔力の有無は5歳、属性などは10歳前後で調べる。王都の魔塔で属性を調べてもらおうと、初王都行きを計画しているところに両親が他界したので、うやむやになった。それからお兄様が当主になり、魔術師を領地に呼んでくださったのだが出張費がえらく高く、さらに調べるのも割増料金だった。それで多少料金が安い簡単な3つ属性パックで調べてもらった。光と闇は高度で一気に値段が上がったし、光と闇を持つものは稀だから、安いところで済ませた。

 テオドール様は机に向かって何やら書き出した。
 それは円と三角と四角で構成されたシンプルな魔法陣だった。
 わたしに突き出すので、首を振る。

「読めません」

「そうか。これが土だ」

 おお、気前いい。属性を無料で調べてくれてるのか? いや、あとで請求されたらどうしよう。
 そしてまた机に向かう。

「これは?」

 あ、嘘、読めた。光だ。わたし、光属性あったんだ、と静かに思った。
 属性を調べてくれるテオドール様に申し訳ないが、光属性は希少価値があった気がするのでわたしは首を横に振った。
 そしてもう1枚書いてくださって、それは闇だった。わたしは首を横に振る。

「ひとつでも属性があり認識すれば、術式が読めるようになるんだがな」

 ふと机にあった魔法陣を見ると、図が頭の中に術式となって入ってきた。文言自体の意味はよくわからないが、大仰な修飾語をつけまくりながら何かの効力をゼロにしようとしている式に見えた。でもまだ完全にゼロにはならないようだ。

「術式が読めないと属性の簡単な図式さえも覚えられないそうだが、そうなのか?」

 たった今図式が読めるようになってしまったので、今までわからなかった時のことを思い浮かべて話す。

「はい。図柄は見えるんです。円や四角があったと認識はできても、円がいくつあったかは数えられず、簡単なものでもその図さえ覚えられません」

 それが図と目視できるが、実際込められているのは術式だからなのだろう。

「そんなに魔力があるのに、読めないとは残念だな」

「……なぜ魔力があると?」

 恐る恐るわたしは尋ねた。

「オレは魔力の感知能力があるみたいだから、多い者はわかるんだ」

「そうなんですねぇ」

 相槌を打ってから、あれ? と思った。

「テオドール様」

「なんだ?」

「術式が読めて、魔力があれば、誰でも魔術を使うことができるのですか?」

「術式を覚えて展開させることができればな」

「展開させるのはどこかで習うのですか? 本を読めばわかりますか?」

 テオドール様が一歩下がった。しまった、食いつきすぎたかもしれない。
 魔術は使えたら便利だろうなと思っていた。
 ただ術式を読めないから、わたしには使えないと諦めていた。
 でも、術式が読める今ならわたしにも使えるのかもしれない。
 そしたら、領地に帰り、そこで魔術や魔具を作れたりしたら、それお金になるんじゃない?
 いきなり目の前に新しい道が開けたのだ。

 わたしの勢いに驚いたテオドール様だが、彼は根っからの魔術好き。語らせたら長い長い。魔術について話すことが楽しいようで、大盤振る舞いにいろいろ教えてもらった。わかりやすい本も教えてもらったので、読んでみようと思う。もし、読んだだけで術式について理解できたら、わたしもいろいろ作れるようになるかもしれない。

 テオドール様の説明はわかりやすかった。
 魔力を使い、式の通りに展開させる術を行うことを〝魔術〟と定義されている。
 簡単な術、例えば風を呼ぶ、水を出す、火を使うなどは術式が読める者なら、術式を買って覚えれば誰でも使える。もちろん魔力があることが前提。
 術式は自分で考えて組むこともできる。それはセンスが必要になるらしい。魔塔の魔術師はみんな自分で術式を組むことが可能な人たちで、術式を売ったり、オーダーメイドで作ったりしている。国の防衛などにも関わることがあるので、国から研究費として膨大なお金が動いていて、研究はし放題。でも有事の際、役に立たないといけない。

 買った術式を転売されたらどうするのか聞いたところ、術式を買う場合、覚えるといっても理解できるわけでなく上っ面の図の形を覚えさせるだけなので、教えられた人が他者に教えることはできないらしい。術式を理解した者を魔術師と呼び、魔術師は国に登録して管理される。

 理解するとはどういうことなのか尋ねると、術式は図柄で現れるが、本来は古代語で物語のように式を綴った物だという。図柄を見て〝意味〟がわかれば理解していることになるという。

 どうやら魔術には段階があるようだ。

 魔力がある
 ↓
 魔法陣の図柄を図として覚えられる(読めている)=術を買って使うことができる
 ↓
 魔法陣、術式を、古代語の物語として理解できる(作れる)=魔術師

 登録された魔術師以外が術を作ったり売ったりすることがあるのかを尋ねれば、そう言った例は聞いたことがないという。魔術師なのに登録しなければ、国家に反逆でもする意思があるのかと思われかねないからな、とまとめられた。

 それよりも術式が読めなくても、魔術にそれだけ興味が持てるのに残念だと言われる。
 にわかに大いに興味を持った魔術だが、これは諦めた方が良さそうだ。
 驚きの展開だが、わたしは魔術の才能があるみたい。だって、その辺の魔法陣の意味がわかるから。でも魔術を使うには魔術師として登録しないとまずいらしい。それは喜ばしくない。登録したくないから、使えない、残念だ。
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