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<前編>
第12話 本日のお仕事5 タデウス様
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今日は紹介所に寄らず、自宅から直でタデウス様の屋敷に向かう。紹介所に寄らないことを差し引いても昨日より30分も早く家をでた。迷わないとは思うが念のためだ。距離があるので、今日の散歩はやめておいた。
鍵を閉めていると後ろで気配があった気がして、振り向くと坊ちゃんが立っていた。
「おはようございます」
「お……はようございます」
挨拶を交わしたものの困惑する。
「あの、今日はボウマー様のお屋敷のお仕事のはずですが」
「尋ねたいことがあったので、馬車で送りがてらと思いまして」
「尋ねたいこととは何でしょう? 送っていただくのは結構ですので」
昨日反省したのだ。この坊ちゃんはイレギュラーなことばかりするから、調子が狂って昨日はおかしなことばかりしてしまった。望まれたことを静かに完璧にこなすメイドにならなければ。そう心に決めたばかりなのに、こうしてまた朝っぱらから現れてわたしの心を掻き乱す。
「試していただきたくもあるので、送らせていただくのが一番無駄がないのです」
こちらの都合はお構いなしだ。坊ちゃんはニコニコしていて、わたしが躊躇っているのを少しもわかっていない。いや、わかっているけどゴーイングマイウエーなのか?
坊ちゃん自ら馬車の扉を開けて、乗るのに手を貸してくれようとしている。
諦めて、手を借り馬車へと乗り込む。
あ。
なんと、扉の内側に手すりがあるではないか。
「これは……」
「気づかれましたか?」
マテュー坊ちゃんは馬車に乗り込んでくると嬉しそうにする。
「これで、この馬車なら落ちる心配はないでしょう」
大型ワンコが拾ってきた棒切れを見せて、褒めて褒めてとハッハしてる幻想がみえる。
まさか、わたしのため?
「どうしてこのようなことを?」
坊ちゃんは首を傾げる。
「どうしてって、リリアンが馬車に安心して乗れるようにですよ」
「わたしが馬車に乗る機会は数回じゃないですか」
それなのに、内扉に穴を開けて手すり部分を組み込むよう細工して。この技術だって後から内扉に合うように不自然でない素材など揃えたりしてお金がかかったはずだし、昨日の今日で大急ぎでやってるよね? 特急料金で割増なんじゃないの?
「約ひと月あるじゃないですか」
ひと月関わることにはなるけれど、坊ちゃんと関わるのはそのうちの数回だ。
「あ、言ってませんでしたっけ? 移動の際はうちの馬車を使ってください」
「いえいえいえいえ。そんな滅相もない」
「リリアンが安心して乗れるようにしたので、使ってください。明日も明後日もお迎えにあがりますから、そんなに早く出なくて大丈夫ですよ。テオのところもラモンのところも、そうですね50分見てもらえれば。ああ、今日も早くに出られて時間がありますね、一緒に朝ごはんでもいかがですか?」
「……いえ、結構です」
なんかもういろいろ決められている気がする。
坊ちゃんは馬車を走らせるよう指示を出した。
「あの、それでわたしに尋ねたいことというのは?」
「体調はいかがですか?」
「はい?」
「昨日もずいぶん働かせてしまったので、体調は大丈夫ですか?」
「あ……はい、大丈夫です」
そんなことを尋ねにきたの? ダメだ、調子が狂う。
坊ちゃんはわたしが朝ごはんを断ると、パンパンに膨らんだ包みを渡してくる。
「こちらは?」
「この間ご馳走になったお礼です。甘いものです。ウチのものが作りました。フレンチトーストには届きませんが、甘くておいしいですよ。お腹が空いた時にでも摘んでください」
まさかのおやつをもらってしまった。ニコニコしている。
「では、ありがたくいただきます」
こうして馬車に乗せてもらっているので、それだけでご飯のお礼を過剰にいただいているが、結局押し切られそうなので素直にいただいた。
馬車がスピードを落とし、止まる。
ドアが開くとまず坊ちゃんが降りる。降りようとすると手を貸してくれたので、手を取らせてもらう。そこには執事さんやメイドさんだけでなくタデウス坊ちゃんもいらした。
「マテュー、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「タデウス、俺が来てはおかしいか?」
タデウス様は首を傾ける。
「……会う約束はしてなかったと思うが」
「違いない。俺はリリアンを送って来ただけだ」
「リリアン?」
タデウス様にじとりと見られる。そう良くもない印象が悪い方に転がった気がする。
「リリアンを乗せるときは、この馬車を使ってくれ」
「お前は?」
「俺は演習場に向かう。ここからなら走っていく。ではリリアン、夕方に迎えにきますから」
「マテュー様、それは結構……」
「では!」
坊ちゃんは片手をわたしたちに向かってあげると、颯爽と走り去っていった。
タデウス様とご対面だ。
「おはようございます、ボウマー様。オーディーンメイド紹介所から参りました、リリアン・オッソーでございます」
顔を合わせているが、一応、名乗っておく。
「話は馬車の中でしよう。着いて早々に悪いが着替えてくれ」
タデウス様の先導についていく。
すっごい顰めっ面。機嫌が悪そうだ。
お屋敷は荘厳と言う言葉がしっくりくる。それでありながら無駄なものは一切排除されているような感じもする。
そっと目を走らせる。単調に見えるノッカーだが、この細工は見事だ。一見緻密さを見せないところにこだわりを感じる。そして細かい掘り込みが磨きにくいメイド泣かせのノッカーだ。これをこんなに輝くまで毎日きれいにしているのだから、このお屋敷のお勤めも大変だろうことが窺える。こういうのが好みだろうから、扉や階段の手摺り、いろんなところにふんだんに一見そうは見えない飾り細工で溢れているはずだ。
中に入るとタデウス様はメイドを呼んで、わたしの着替えを指示する。
ボウマー家のお仕着せはクラシカルなものだ。紺色のワンピースは足首まで隠れるタイプのもの。エプロンも遊び心もなく機能性に重きを置いているが優美に見えた。
着替え終わると、すぐにまた馬車に乗った。タデウス様はもう乗り込んでいらした。
わたしが乗るとすぐに馬車は走り出す。
馬車の中でも書類を見ていたタデウス様がわたしに尋ねる。
「マテューから概要は聞いたか」
「人となりを見るよう言われました」
「その通りだ。別にアンタを煮て食うわけじゃないから、病気になったり怪我する必要はない。ただメイドの仕事をしてくれればいい」
「あの、これはどちらに向かっているのかお伺いしても?」
「ああ……」
タデウス様は書類から目を離した。
「ウチの兄は文官なのだが、今謹慎中なんだ。その穴を埋めるのに駆り出されている」
文官……文官って言った? ってことはお城?
っていうか、文官の仕事をお兄さんの代わりにできちゃうタデウス様って何者!?
同い年だったはず。よくはわからないけど、優秀だってことは確かだろう。
「オッソー嬢は僕について補佐をしてもらう。仕事はその都度伝える。質問はあるか?」
「ただのオッソーとお呼びください」
「そう、マテューにも言ったのか?」
少しだけ首を傾げていて、そんな仕草は年相応に見える。
「あ、はい。聞き入れてはもらえませんでしたが」
「これも、あなた用かな?」
わたしがしがみついているのと反対の内扉に着いている手摺りを触る。
「そ、そのようです」
「マテューは堅物なんだが、面白いものが見られたな。どうやって懐柔したんだい?」
「そんなことはしておりません」
と言いつつ、心の中で餌付けしちゃったのか?と密かに思う。嬉しそうにご飯を掻き込んでいたから。
大きなワンコのイメージだけに、お腹を空かしていたときの恩を倍以上に返そうとしているのではないかと余計なことを考える。
「僕もリリアンと呼ばせてもらおう。僕のことはタデウスと呼んでくれ」
なんでそうなる。と思っても、立場が下のわたしは頷くしかできない。
「頭痛がされるのですか?」
さっきから時々、こめかみや首を押さえている。
「目が疲れているようだ」
ふぅと短く息を吐き出された。
馬車が止まる。ドアが開くと降りて、やはり手を差し出してくださる。
みんな紳士だ。
一般の登城口とは違うところだった。
「こちらだ。ついてきてくれ」
「はい」
お城に来ることになるなんて。
こんな広いところで、タデウス様を見失ったらアウトだ。
わたしはメイドモードに自分を追い込んだ。
鍵を閉めていると後ろで気配があった気がして、振り向くと坊ちゃんが立っていた。
「おはようございます」
「お……はようございます」
挨拶を交わしたものの困惑する。
「あの、今日はボウマー様のお屋敷のお仕事のはずですが」
「尋ねたいことがあったので、馬車で送りがてらと思いまして」
「尋ねたいこととは何でしょう? 送っていただくのは結構ですので」
昨日反省したのだ。この坊ちゃんはイレギュラーなことばかりするから、調子が狂って昨日はおかしなことばかりしてしまった。望まれたことを静かに完璧にこなすメイドにならなければ。そう心に決めたばかりなのに、こうしてまた朝っぱらから現れてわたしの心を掻き乱す。
「試していただきたくもあるので、送らせていただくのが一番無駄がないのです」
こちらの都合はお構いなしだ。坊ちゃんはニコニコしていて、わたしが躊躇っているのを少しもわかっていない。いや、わかっているけどゴーイングマイウエーなのか?
坊ちゃん自ら馬車の扉を開けて、乗るのに手を貸してくれようとしている。
諦めて、手を借り馬車へと乗り込む。
あ。
なんと、扉の内側に手すりがあるではないか。
「これは……」
「気づかれましたか?」
マテュー坊ちゃんは馬車に乗り込んでくると嬉しそうにする。
「これで、この馬車なら落ちる心配はないでしょう」
大型ワンコが拾ってきた棒切れを見せて、褒めて褒めてとハッハしてる幻想がみえる。
まさか、わたしのため?
「どうしてこのようなことを?」
坊ちゃんは首を傾げる。
「どうしてって、リリアンが馬車に安心して乗れるようにですよ」
「わたしが馬車に乗る機会は数回じゃないですか」
それなのに、内扉に穴を開けて手すり部分を組み込むよう細工して。この技術だって後から内扉に合うように不自然でない素材など揃えたりしてお金がかかったはずだし、昨日の今日で大急ぎでやってるよね? 特急料金で割増なんじゃないの?
「約ひと月あるじゃないですか」
ひと月関わることにはなるけれど、坊ちゃんと関わるのはそのうちの数回だ。
「あ、言ってませんでしたっけ? 移動の際はうちの馬車を使ってください」
「いえいえいえいえ。そんな滅相もない」
「リリアンが安心して乗れるようにしたので、使ってください。明日も明後日もお迎えにあがりますから、そんなに早く出なくて大丈夫ですよ。テオのところもラモンのところも、そうですね50分見てもらえれば。ああ、今日も早くに出られて時間がありますね、一緒に朝ごはんでもいかがですか?」
「……いえ、結構です」
なんかもういろいろ決められている気がする。
坊ちゃんは馬車を走らせるよう指示を出した。
「あの、それでわたしに尋ねたいことというのは?」
「体調はいかがですか?」
「はい?」
「昨日もずいぶん働かせてしまったので、体調は大丈夫ですか?」
「あ……はい、大丈夫です」
そんなことを尋ねにきたの? ダメだ、調子が狂う。
坊ちゃんはわたしが朝ごはんを断ると、パンパンに膨らんだ包みを渡してくる。
「こちらは?」
「この間ご馳走になったお礼です。甘いものです。ウチのものが作りました。フレンチトーストには届きませんが、甘くておいしいですよ。お腹が空いた時にでも摘んでください」
まさかのおやつをもらってしまった。ニコニコしている。
「では、ありがたくいただきます」
こうして馬車に乗せてもらっているので、それだけでご飯のお礼を過剰にいただいているが、結局押し切られそうなので素直にいただいた。
馬車がスピードを落とし、止まる。
ドアが開くとまず坊ちゃんが降りる。降りようとすると手を貸してくれたので、手を取らせてもらう。そこには執事さんやメイドさんだけでなくタデウス坊ちゃんもいらした。
「マテュー、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「タデウス、俺が来てはおかしいか?」
タデウス様は首を傾ける。
「……会う約束はしてなかったと思うが」
「違いない。俺はリリアンを送って来ただけだ」
「リリアン?」
タデウス様にじとりと見られる。そう良くもない印象が悪い方に転がった気がする。
「リリアンを乗せるときは、この馬車を使ってくれ」
「お前は?」
「俺は演習場に向かう。ここからなら走っていく。ではリリアン、夕方に迎えにきますから」
「マテュー様、それは結構……」
「では!」
坊ちゃんは片手をわたしたちに向かってあげると、颯爽と走り去っていった。
タデウス様とご対面だ。
「おはようございます、ボウマー様。オーディーンメイド紹介所から参りました、リリアン・オッソーでございます」
顔を合わせているが、一応、名乗っておく。
「話は馬車の中でしよう。着いて早々に悪いが着替えてくれ」
タデウス様の先導についていく。
すっごい顰めっ面。機嫌が悪そうだ。
お屋敷は荘厳と言う言葉がしっくりくる。それでありながら無駄なものは一切排除されているような感じもする。
そっと目を走らせる。単調に見えるノッカーだが、この細工は見事だ。一見緻密さを見せないところにこだわりを感じる。そして細かい掘り込みが磨きにくいメイド泣かせのノッカーだ。これをこんなに輝くまで毎日きれいにしているのだから、このお屋敷のお勤めも大変だろうことが窺える。こういうのが好みだろうから、扉や階段の手摺り、いろんなところにふんだんに一見そうは見えない飾り細工で溢れているはずだ。
中に入るとタデウス様はメイドを呼んで、わたしの着替えを指示する。
ボウマー家のお仕着せはクラシカルなものだ。紺色のワンピースは足首まで隠れるタイプのもの。エプロンも遊び心もなく機能性に重きを置いているが優美に見えた。
着替え終わると、すぐにまた馬車に乗った。タデウス様はもう乗り込んでいらした。
わたしが乗るとすぐに馬車は走り出す。
馬車の中でも書類を見ていたタデウス様がわたしに尋ねる。
「マテューから概要は聞いたか」
「人となりを見るよう言われました」
「その通りだ。別にアンタを煮て食うわけじゃないから、病気になったり怪我する必要はない。ただメイドの仕事をしてくれればいい」
「あの、これはどちらに向かっているのかお伺いしても?」
「ああ……」
タデウス様は書類から目を離した。
「ウチの兄は文官なのだが、今謹慎中なんだ。その穴を埋めるのに駆り出されている」
文官……文官って言った? ってことはお城?
っていうか、文官の仕事をお兄さんの代わりにできちゃうタデウス様って何者!?
同い年だったはず。よくはわからないけど、優秀だってことは確かだろう。
「オッソー嬢は僕について補佐をしてもらう。仕事はその都度伝える。質問はあるか?」
「ただのオッソーとお呼びください」
「そう、マテューにも言ったのか?」
少しだけ首を傾げていて、そんな仕草は年相応に見える。
「あ、はい。聞き入れてはもらえませんでしたが」
「これも、あなた用かな?」
わたしがしがみついているのと反対の内扉に着いている手摺りを触る。
「そ、そのようです」
「マテューは堅物なんだが、面白いものが見られたな。どうやって懐柔したんだい?」
「そんなことはしておりません」
と言いつつ、心の中で餌付けしちゃったのか?と密かに思う。嬉しそうにご飯を掻き込んでいたから。
大きなワンコのイメージだけに、お腹を空かしていたときの恩を倍以上に返そうとしているのではないかと余計なことを考える。
「僕もリリアンと呼ばせてもらおう。僕のことはタデウスと呼んでくれ」
なんでそうなる。と思っても、立場が下のわたしは頷くしかできない。
「頭痛がされるのですか?」
さっきから時々、こめかみや首を押さえている。
「目が疲れているようだ」
ふぅと短く息を吐き出された。
馬車が止まる。ドアが開くと降りて、やはり手を差し出してくださる。
みんな紳士だ。
一般の登城口とは違うところだった。
「こちらだ。ついてきてくれ」
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