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<前編>

第4話 メイドは空気です②目をつけられました

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「ドアの外で控えましょうか?」

 どことなく不穏な空気を感じて、わたしは坊ちゃんに伺った。

「そう……だな」

 と坊ちゃんが口を開いたところで王子様がにっこりと微笑った。

「その必要はないよ。ただの雑談だしね」

 花の蕾がほころぶような見るものを虜にさせる笑みだけど、心からは笑ってない気がする。

「かしこまりました」

 頭を下げ、しずしずと定位置まで下がる。
 面倒くさい人たちと関わるのはごめんなので、お茶の残り具合やお菓子のお皿にだけ注意して、あとはなるべく話を聞かないようにする。噂話は大好きなので聞き耳を立てたいところだが、この方たちは身分も高すぎるので厄介この上ない。

 口を閉ざし注意を払いながら聞かないようにするというのもなかなか難しいもので、こういう時は献立を考えるようにしている。ピコロの塩漬けのお肉があるから、あれを焼こうかな。ワサビ醤油がいいかなー。ご飯を酢飯にして野菜と一緒にいただこう。デザートにプリモの実を蜂蜜で煮てコンポートにしようかな。今日のお給金はいつもより割増だから、デザートをつけてちょっとぐらい贅沢をしてもいいだろう。
 領地から働きに出てきて知ったことだが、この世界には遠いところに日本と似ている国があるみたいで、その国の調味料でわたしはいつも気力をもらっている。お米もこの大陸だと家畜の餌らしいのだが、おいしいのを知っているし、安いので本当に助かっている。この国だと醤油や味噌、酢はほとんど使われていない。他大陸の食品を扱うアンテナショップでこれらが全然売れないと嘆いていて、大量に安く買わせてもらった。売れないということは仕入れなくなることで、それは困るので調味料の味をみられるよう試食品を出すことをお勧めした。簡単なメニューでね。実行したところ前よりは随分と売れるようになったみたいで、仕入れを続けるし、アイデア料としてわたしには少しだけ安くおろしてくれている。

 と、クリスタラーと聞こえたような気がして、わたしは耳だけそばだてる。

「だったらクリスタラー令嬢に選んでもらうしかないんじゃないか?」

 クリスタラー令嬢とはわたしのことだ。
 わたしが何だって?

「令嬢を落とすなら殿下かテオが有利に決まっているじゃないか」

 どういうこと? 

「タデウスは肝心なことを見落としている」

「なんですか?」

「何もしなくても女性が寄ってくるからね、自分から行動したことはないんだ」

 それは自慢か? でも王子様ならそりゃそうだろう。

「じゃあ、テオの一人勝ち?」

「16歳だろ、彼女。オレは子供を口説いたことがないからな」

 落とすとか口説くとか、なに言っちゃってるの? 令嬢って対象はわたし!?
 わたしはそろそろと視線をあげて、彼らを見た。

「彼女は病弱で、屋敷から一歩も外に出ないそうじゃないか。それなのにどうやって……?」

 司祭令息の赤髪様は優しい笑みを携えたまま首を傾げる。

「それに血筋は間違いなくても、精霊に好かれている証である『緑』をひとつも持っていない」

 白髪の後ろ髪だけ伸ばしている魔術師令息が事実を告げる。彼がテオドールの『テオ』様だ。

「精霊の加護を持つかどうかなんてどうでもいい。目をつけられたことが問題なんだ。早いところ賭けに勝って取り戻さなければ……令嬢だって」

 小柄な彼は拳を握りしめている。

「タデウスは優しいね」

 小柄なタデウス様に、輝きを纏っているような王子様は言った。

「優しかったら利用なんてしませんよ。それよりそんなこと言ってる場合ですか? 一番に取り戻さなければいけないのは殿下なのですよ?」

 言われて王子様は深いため息をつく。

「全くなんだってこんなことになったんだか」

 王子様、タデウス様、テオドール様は頭を抱えている。

「皆、心を決めの? ……じゃあ、僕もその賭けにのって差し上げるべきですかねぇ?」

 お茶を一口飲んでから赤髪のラモン様はどこか他人事のようだ。

「どうした? マテューは浮かない顔だな」

「何も知らない令嬢を巻き込むのは、気が引けます」

 坊っちゃま、よく言った。そうだよ、何だか知らないけど、令嬢を巻き込んじゃあかんよ。それがわたしなんてもってのほかだ。

「だからマテューは参加しなくてもいいだろう? お前は取り戻すものはない」

 そう言って3人のイケメンの令息たちは深い深ーいため息をついた。
 今の会話だけだとわたしがどう関係しているのかよくわからなかった。ご飯のことを考えてる場合じゃなかった!
 しばらく静けさが舞い降りる。重たい空気を打破したのは王子様だった。

「心を痛めることはない。遊戯と割り切ろうじゃないか」

 吐き捨てるように言ったその台詞はなぜかわたしの胸に突き刺さり、気がつくと手をきつく握りしめていた。
 全容はわかっていないけど、落とすとか口説くことをするのよね? 対象がわたしで。それがゲームだって? 賭けとも言っていた。何かを取り戻すとも。ゲームでわたしを口説き落とすって? 何それ? 顔が良ければ何をしても許されるとでも思っているの? イケメンでも最悪だ。こんな奴らと心から関わりたくない。

「ところで、オッソー嬢」

 わたしか?と思って顔をあげる。心から関わりたくないが仕事中だ。オーディーンのメイドの評判を落とすわけにはいかない。給仕の仕事はしっかりやらなくては。
 タデウス様は真っ直ぐわたしを見ていた。メイドにも〝嬢〟をつけるなんて、なるほど、そこらへんがメイドにも彼らの評判がいい理由でもあるんだろう。

「はい、何でございましょう?」

「恋人はいるか?」

 は?
 声をあげなかった自分を褒めたい。セクハラだろ。残念ながらこちらではそんな概念はないが。

「……おりますが」

 タデウス様はニヤリと笑った。

「それはいい。オッソー嬢は恋人から贈られたもので何が嬉しかった?」

 間違えたようだ。いることにした方が面倒くさくないと思ったのに。

「花束が嬉しゅうございました」

 無難なところを言っておく。本当は食べ物が一番嬉しいけど。

「花束か……」

「恐れながら申し上げます。わたしは平民ですので」

 あんたら貴族の参考にはならないことを伝えておく。
 タデウス様の瞳がきらりと光った気がした。

「オーディーンメイド紹介所からきたと言ったな。あそこの評判は知っている。出しゃばりもしないし、口も固そうだ。お前に頼みがある。ある女性と親しくなりたい。それに協力してもらいたい」

 会話の流れからいって、ある女性=クリスタラー令嬢よね? 冗談じゃない。

「恐れながら申し上げます。わたしは一介のメイドでございます。わたしにはとてもお力添えできるようなことはありません。申し訳ありませんが、業務から外れたことは致しかねます」

 丁寧に頭を下げる。

「リリアン・オッソー、気に入った」

 そう言ったのは第二王子様で。

「貴族の令息に断りを入れるなんて並外れた心臓の持ち主だ」

 確かに無礼なことをしたが、国の重鎮の息子たちだからそこまで器量は狭くないはずと思ったのだが、外したか?

「私たちを手伝ってくれまいか。給金は弾む」

 給金? 反応してしまったのか、第二王子は口の端を微かに上げた。

「時間につきここの給仕の3倍払おう」

 一瞬心を揺るがせてしまったが、いや、冷静になろう。一瞬だけ3倍という響きと、出方を知っていれば逆に有利なのではと考えがよぎったが、この重鎮の令息たちは厄介だ。関わり合うべきではない。

「ああ、わかっていると思うけど、私たちは権力のある親を持つ。オーディーン紹介所をどうにかするのなんて、小指を動かすより簡単なことだ。こちらが条件を出しているうちにそれに乗った方がいいんじゃないか? 強制になったら給金は払わないぞ」

 脅されている。見目はいいけど第二王子、ロクでもない。そしてここにお集まりの5人は仲間だ。

「……手伝うとは何を持ってしておっしゃるのでしょうか? 何を達成したことで給金を支払っていただけるのでしょうか?」

 王子がタデウス様に視線をやる。視線を受けてタデウス様は頷いた。

「僕たちはクリスタラー令嬢と親しくなる必要がある。それを手伝ってほしい」

「親しくなるとは、どういうことを想定されているのでしょうか? 顔を合わせる、話す機会を作るなどは一介のメイドのわたしには無理なことにございます。それ以上のことであれば尚更相手の気持ちあってのことです。わたしがお手伝いできることとは思えません」

 頭をフル回転させて断る糸口を言い募る。

「女性と親しくなる助言が欲しい。あちらも間に女性が入っていれば警戒しないだろうし」

 引く手数多な身分と容姿で何を言うんだ。

「貴族のお嬢様と平民のわたしに接点はございません。平民が間に入ったら馬鹿にされたと思われるかと存じます。普通の貴族様のやりとりのように、家同士で信書を送ってのやりとりが一般的ではないでしょうか? わたしがお手伝いできることはありません」

「それはもうやったんだ。でもクリスタラー令嬢に読んでもらえたかもわからない」

 ラモン様が切なそうに笑う。そんな顔しても騙されないけど。
 このところ帰ってないから手紙は読んでいないが、多分お兄様が止めているんだろう。

「でしたら余計に平民のただのメイドのわたしにできることがあるとは思えません」

「彼女を皇室の春の夜会に引っ張り出すつもりだ。その時彼女のメイドになって欲しい」

 ヒィっと声が出そうになる。それが目的だったか。春を祝う皇室の夜会は特別なもので2週間も宴が続く。メイドとしてもごめんだけど、クリスタラー令嬢としてもそんな皇室行事への参加はごめんだ。

「申し訳ございません。わたし、先ほど、嘘を申し上げました」

「何が嘘なんだい?」

 ひとりどこ吹く風の赤髪司祭長令息はにっこり微笑んだ。微笑んでいるのに細められた黄金色の瞳に見下されている気がする。

「恋人がいると申し上げましたがおりません。ゆえに男女の心の機微というものがよくわかりません。お力添えできるとは……」

「何で嘘をついた?」

 セクシー魔術師、テオドール様が冷たい声を出す。

「こういう場で聞かれて『いない』と答えると、結婚の世話を申し出てくださる方がいらっしゃるので、相手がいることにしております」

「クリスタラー令嬢は屋敷から一歩も出ておらず、お相手もいない様子。だったら、彼女と同じで考えがわかるのではありませんか?」

 坊ちゃん、何をいう!

「確かにそうだな。恋愛にたけたものの考えより、まっさらな思いの方が令嬢と合うかもしれん」

 そういいながらとテオドール様はチラリとわたしを睨めつけた。

「リリアン嬢は最初からこの計画に乗るのが嫌だったようだね。どうしてだい?」

 王子に尋ねられ、わたしは唇をかみしめた。

「尋ねられたので申し上げますが、賭けで女性を落としてどうなさるおつもりなんです? 遊戯と仰っていましたね、令嬢の気がむいたらそこで合わなかっただの言って終わりにするおつもりで? 令嬢の気持ちはどうなるんです? 社交界でそんな噂が出て結婚をしなかったらたちまちよくない噂が駆け巡ります。そんなことに加担したい女性がいると思われることが心外です」

 言ってやった。聞かれたからね。無礼だった自覚はあるが、後悔はない。

「事なかれ主義のメイドかと思ったら、意外に熱いお嬢さんだね」

 ラモン様が大して興味のないことのように相槌を打つ。

「ここまでいい人材がみつかるとは思わなかったな」

 たかがメイドに無礼なことを言われたのに怒るでもなく、王子は足を組みかえる。

「彼女なら、令嬢を護れそうだ」

 さっきまでの敵意をほっぽり投げたテオドール様がお茶のカップに口をつける。
 はい?

「リリアン・オッソー。皇室の夜会でのクリスタラー令嬢のメイドになることを命ずる。ただ彼女の身の回りの世話と心のケアに努めてくれればいい。普通にメイドの仕事をしてくれればそれで、今日の3倍の給金を支払う。ああ書面上の依頼はオーディーンメイド紹介所にちゃんと届けるよ」

 嘘でしょ。ゴクリと喉がなる。

「私、アントーン・マンフリード・ゲルスターが命じる」

 駄目押しだ。最悪! もうこれはどこにも逃げ場がない。わたしは胸に手をやり、腰を低くして頭を下げた。

「リリアン・オッソー、承りました」
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