上 下
39 / 44
第二章

39. セリーヌの怒り

しおりを挟む
 セリーヌは喉の乾きを覚えた。

 エリザベスの視線を受けてセリーヌは喉がカラカラ乾く。
 彼女は紅茶を口に含み、喉を潤す。
 そして努めて冷静に振る舞いながら聞き返す。

「それは……どういうことでしょう?」
「フローラ様がパーティに遅れて登場した理由。ご存知ですわね?」
「い、いえ……」
「あら不思議なこと。そちらの従者がフローラ様のドレスを汚したのに、主人であるあなたが知らないとでも?」

 セリーヌは焦りを隠すように、わざと目を見開いて見せた。

「まあ! そんなことがあったのですね。申し訳ありません。従者が勝手にやったことでして……」

 そうセリーヌが言うと従者が顔を真っ青にさせた。
 もちろん、従者はセリーヌの指示で動いていた。
 主人に裏切られたのだ。
 従者は主人に逆らう権利がない。
 黙って罪をかぶるしかないのだ。

 エリザベスの追撃は止まらない。

「まさかそのような言い訳が通用するとでも? 私を馬鹿にしないでいただけます?」

 エリザベスは高らかに笑う。
 それは相手を威嚇する笑みだ。

「たとえあなたの従者が勝手にやったことだとして。それは主人であるセリーヌ様の失敗でもありますのよ。伯爵令嬢のあなたが侯爵令嬢、フローラ・メイ・フォーブズのドレスを台無しにし、恥をかかせようとした。この事実に変わりはありませんわ」
「…………」
「私のお友達を傷つけた。これがどういう意味かわかりまして? 今後の社交界が……いえ、学園生活がとても楽しみですわ」

 セリーヌが口をわなわなと震わせた。
 そして彼女はポツリと呟いた。

「なんで……」

 セリーヌの声が冷たく響く。
 彼女の声には怨嗟がこもっていた。

「なんであんなヤツを!」

 セリーヌがドンッとテーブルを叩き、声を上げた。
 取り巻きたちが小さく悲鳴をあげる。

「あんな豚のどこがいいのよ!? ブクブクに太って醜く。皆の笑い者だった豚の! フローラ・メイ・フォーブズは聖女でもなんでもない。ただのブタよ。ぶひぶひ鳴くだけの醜い豚だわ!」

 セリーヌはまくしたてるように感情を吐露した。
 顔を上気させ、エリザベスを睨む。
 しかし、エリザベスは冷めた表情でセリーヌを見る。

「言いたいことは済んだかしら?」

 恐ろしく冷たい声だ。
 セリーヌは背筋が凍りつくような感覚に襲われた。
 だが彼女は、ここで怯むわけにはいかなかった。

「私が、私だけが悪いって、そういいたいの? エリザベス様だって昔のフローラを見たら、きっと馬鹿にするわ」

 セリーヌはエリザベスに食ってかかるように叫んだ。
 そのあと、彼女は取り巻きたちに目を向ける。

「あなた達だって、フローラを見て笑っていたじゃない! 忘れもしないわ! 第一王子の誕生日会の日、あなたたちがフローラを馬鹿にして笑っていたことを! ふんっ、あなたたちだって同じ穴の狢よ」

 取り巻きたちは、セリーヌに気圧され気まずい顔をする。
 かつて、彼女らはフローラのことを豚令嬢だと罵っていた時期がある。

「私だけじゃないわ。それなのに私だけ悪者扱い? 私だけを断罪するのね」

 セリーヌが勝ち誇った笑みを浮かべ、エリザベスを見据えた。

 エリザベスはセリーヌの言葉に憤りを感じていた。

 ――フローラ様は必死の努力の末、今の美しい姿を手に入れられたの。その努力は褒められるべきであり、貶して良いはずありません。過去の姿が醜かったと言うのなら、なおさら今の美しさを褒め称えるべきよ。

 美しいものが好きなエリザベスは、美しく変身を遂げたフローラを賞賛している。
 フローラを貶されたことで、エリザベスは憤っていた。

「あんな豚、いなくなっちゃえばいいのよ。そうだわ! 廃棄処分しましょう。高貴な者が集う学院に豚が紛れ込んだとあれば、大変なことだわ。ここは養豚場ではないものね。なんていいアイデアなのかしら!」

 セリーヌはストッパーをなくした暴走列車のごとく、口から負の感情がダダ漏れになる。
 その一言一言がエリザベスの神経をとがらせるとも知らずに。
 エリザベスは感情を爆発させるセリーヌとは反対に、静かだった。
 しかし、彼女は憤りを覚えている。
 それは例えるなら冷たい火のよう。

「セリーヌ様。あなたは大勢の人を敵に回しました。覚悟はおありで?」
「敵?」
「公爵令嬢である私、第一王子であるハリー様、剣鬼アレックス様、貴公子ノーマン様。その他フローラ・メイ・フォーブズを慕う大勢の学院生徒」
「みんな騙されているの。豚が人間に化けて……」
「その汚い口を閉じなさい!」

 エリザベスが一喝した。
 とうとう、彼女の怒りが沸点を超えたのだ。
 セリーヌが言葉を止める。

「この件は兄上に報告しておきます。生徒会で然るべき処置が取られるでしょう」
「な!? ……私は何も悪くないわ! 私は……何も……」

 セリーヌは絶望する。
 みなから見放されたら、彼女に学院での居場所はない。
 しかし、それでも自身の罪を認められなかった。
 フローラに対する憎悪が増すばかりだった。
 悪いのは全てフローラ。
 刷り込まれたような激しい憎悪がセリーヌに纏わりつく。

 と、そんなときだ。
 コンコンと扉をノックする音が室内に響く。

 こんな時間に誰が?
 室内にいる皆が疑問を抱いた。
 無視するわけにもいかない。
 従者がささっと動き、ドアを開けた。

 次の瞬間、彼女らの表情が驚愕に染まった。

「夜分遅くに申し訳ありません。フローラ・メイ・フォーブズです」

 そこにはなんとフローラがいたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

悪役令嬢予定でしたが、無言でいたら、ヒロインがいつの間にか居なくなっていました

toyjoy11
恋愛
題名通りの内容。 一応、TSですが、主人公は元から性的思考がありませんので、問題無いと思います。 主人公、リース・マグノイア公爵令嬢は前世から寡黙な人物だった。その為、初っぱなの王子との喧嘩イベントをスルー。たった、それだけしか彼女はしていないのだが、自他共に関連する乙女ゲームや18禁ゲームのフラグがボキボキ折れまくった話。 完結済。ハッピーエンドです。 8/2からは閑話を書けたときに追加します。 ランクインさせて頂き、本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ お読み頂き本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ 応援、アドバイス、感想、お気に入り、しおり登録等とても有り難いです。 12/9の9時の投稿で一応完結と致します。 更新、お待たせして申し訳ありません。後は、落ち着いたら投稿します。 ありがとうございました!

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】悪役令嬢に転生したのでこっちから婚約破棄してみました。

ぴえろん
恋愛
私の名前は氷見雪奈。26歳彼氏無し、OLとして平凡な人生を送るアラサーだった。残業で疲れてソファで寝てしまい、慌てて起きたら大好きだった小説「花に愛された少女」に出てくる悪役令嬢の「アリス」に転生していました。・・・・ちょっと待って。アリスって確か、王子の婚約者だけど、王子から寵愛を受けている女の子に嫉妬して毒殺しようとして、その罪で処刑される結末だよね・・・!?いや冗談じゃないから!他人の罪で処刑されるなんて死んでも嫌だから!そうなる前に、王子なんてこっちから婚約破棄してやる!!

処理中です...