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わたし、魔法少女になる前から料理はわりとできるんです(わたしは美味しくできたと思います)
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ご飯が炊けたら準備万端。あとの用意は簡単だ。
冷蔵庫に鍋ごと入っているお味噌汁を、お椀にとって電子レンジへ。
ついでにもやしと卵、そしてお肉を手に取った。
今日くらい、ちょっと贅沢してもいいよね。
一応、記念日といえば記念日だし。
わたしの願いが叶った日。
わたしの望みが果たせた日。
わたしが、魔法少女になれた日なんだから。
フライパンに油を少しだけたらし、弱火で先に火にかけておく。
もやしとお肉を適当な大きさにザクザク切って、フライパンと油が馴染んだ頃合いにまとめて投入。
包丁や火を扱うのは母に教えられて慣れている。
でもこのとき、どうしてもひとつだけ、どうしようもないことがある。
台所で作業するのに、いまだに踏み台が必要なことだった。
じゃないと台所の位置が高くてものすごくやりにくい。
されにそれはかなり危ないことでもあった。
なので安全かつ快適に作業するためには、どうしてもこの踏み台が必要なのだ。
そんなふうに台所仕事になくてならない、わたしにとって必要不可欠なこの踏み台が、わたしの気分を暗くする。
たしかにわたしは背低いし、いろいろなところも小さい。
そのことはわたしが一番わかってる。
なんたって自分のことなんだから。
だけどこれに乗るたび、わたしは自分が半端で未熟だと言われているような気分になる。
わたしがまだただの子どもにすぎないことを、嫌でも見せつけられるようで。
それこそ何かを踏み台にしないと、わたしは人並みにもなれないと思い知らされるようだから。
しかし、それもいまだけだ。
いまだけ、必要だから仕方なくそうしてるだけだ。
あと一年、いや三年もすればきっとこの踏み台も必要なくなる。
そうすれば、こんな気持ちになることももうなくなる。
だからこれはいまだけ、いまだけだ。
……いまだけだよね?
お母さんは背の高さは普通の人並みだったから、わたしもきっとそれくらいにはなれるはず。
だってわたしは、お母さんの子どもなんだから。
たかが踏み台ひとつ登るたび、こんな面倒で嫌なことをいちいち思わなきゃいけないなんて。
わたしが一番、面倒で嫌なやつだった。
そんないつもどおりの思いには慣れっこで、わたしの思いなんてお構いなしに手は動く。
もやしとお肉を油で炒めて、火がとおったら卵を絡めてできあがり。
ここでタイミングよく、材料を火にかける前にスイッチを入れておいた電子レンジが、チンッと音を鳴らして仕事の完了を伝えてくる。
よし、これで完成。
あとはお箸を用意し、ご飯をよそって、お皿にもって、ちゃぶ台に運べば晩ごはんの始まりだ。
ひとり分の献立をちゃぶ台に並べて、わたしひとりが席につく。
わたしの反対側の席に、座るひとはもういない。
わたしはこれから、ひとりでちゃぶ台に座って壁を見ながらごはんを食べるんだ。
これからは、ずっとこうなんだ。
そう思っていると、わたしの座った正面に緑の目が浮いていた。
お母さんの座っていた場所に。
お母さんのいた席に。
「なんであんたがそこにいるの? ていうかわたしの後ろから動けたんだ」
だったらずっと背中にへばりついてるの、やめてくれないかな。
「それはそうだよ。ボクはお化けや妖怪の類じゃないんだから。キミを後ろから見守るのがボクの仕事のひとつだからあそこが定位置なだけで、移動しようと思えばそれなりに動けるよ。ただキミの背中が居心地いいのは確かだけどね」
そんなこといわれても全然まったく嬉しくない。
それどころかたはた迷惑な話でしかない。
それにまだ質問にひとつしか答えてない。
「で、なんでそこにいるの?」
「キミが食事を始めるみたいだから、移動しただけだよ。人間は誰かと食卓を共にするとき、対角線上に位置どるのが一般的なんだしょ。
それともここは誰かの定位置で、何か不都合なことでもあるのかな? それならまたボクはまたキミの後ろに戻って、背中越しにキミの食事風景を眺めることにするよ」
なんだその最悪の選択肢は。
壁を見ながらごはんを食べるか。
後ろから緑色の視線に見られながらごはんを食べるか。
それとも、この緑の目と一緒にごはんを食べるか。
答えは自分でもびっくりするくるくらいあっさりでた。
「別にいいよ、そこにいても」
特に不都合なことなんてないし。
何も不愉快なこともない。
「そう、ありがとう。それなら早く食事を始めないと。せっかく作った料理が冷めちゃうよ」
「そうだね、そうさせてもらうよ。もうお腹ペコペコだし。だけど、ホントにあんたは何も食べなくていいの?」
「うん。さっきも言った通りボクには食事の必要がないからね。だからボクのことは壁の花だとでも思って気にしなくていいよ」
こんな不気味な花を見ながらごはんを食べたくない。
これならやっぱり、壁を見ながらひとりでごはんを食べるほうがよかったかも。
そんなことを思っていると、またまたグゥーっと今晩三回目のお腹が鳴った。
温かいごはんを目の前に、これ以上のお預けはお腹の虫には我慢できないみたいだ。
それはわたしも一緒だった。
だからわたしは言われたとおり、両手を合わせて。
「いただきます」
と感謝の言葉を口にして食べ始めた。
ひとりで食べる冷たいごはんじゃなく、誰かと一緒に食べる温かいごはんを。
もう二度と、食べられないと思ったものを。
冷蔵庫に鍋ごと入っているお味噌汁を、お椀にとって電子レンジへ。
ついでにもやしと卵、そしてお肉を手に取った。
今日くらい、ちょっと贅沢してもいいよね。
一応、記念日といえば記念日だし。
わたしの願いが叶った日。
わたしの望みが果たせた日。
わたしが、魔法少女になれた日なんだから。
フライパンに油を少しだけたらし、弱火で先に火にかけておく。
もやしとお肉を適当な大きさにザクザク切って、フライパンと油が馴染んだ頃合いにまとめて投入。
包丁や火を扱うのは母に教えられて慣れている。
でもこのとき、どうしてもひとつだけ、どうしようもないことがある。
台所で作業するのに、いまだに踏み台が必要なことだった。
じゃないと台所の位置が高くてものすごくやりにくい。
されにそれはかなり危ないことでもあった。
なので安全かつ快適に作業するためには、どうしてもこの踏み台が必要なのだ。
そんなふうに台所仕事になくてならない、わたしにとって必要不可欠なこの踏み台が、わたしの気分を暗くする。
たしかにわたしは背低いし、いろいろなところも小さい。
そのことはわたしが一番わかってる。
なんたって自分のことなんだから。
だけどこれに乗るたび、わたしは自分が半端で未熟だと言われているような気分になる。
わたしがまだただの子どもにすぎないことを、嫌でも見せつけられるようで。
それこそ何かを踏み台にしないと、わたしは人並みにもなれないと思い知らされるようだから。
しかし、それもいまだけだ。
いまだけ、必要だから仕方なくそうしてるだけだ。
あと一年、いや三年もすればきっとこの踏み台も必要なくなる。
そうすれば、こんな気持ちになることももうなくなる。
だからこれはいまだけ、いまだけだ。
……いまだけだよね?
お母さんは背の高さは普通の人並みだったから、わたしもきっとそれくらいにはなれるはず。
だってわたしは、お母さんの子どもなんだから。
たかが踏み台ひとつ登るたび、こんな面倒で嫌なことをいちいち思わなきゃいけないなんて。
わたしが一番、面倒で嫌なやつだった。
そんないつもどおりの思いには慣れっこで、わたしの思いなんてお構いなしに手は動く。
もやしとお肉を油で炒めて、火がとおったら卵を絡めてできあがり。
ここでタイミングよく、材料を火にかける前にスイッチを入れておいた電子レンジが、チンッと音を鳴らして仕事の完了を伝えてくる。
よし、これで完成。
あとはお箸を用意し、ご飯をよそって、お皿にもって、ちゃぶ台に運べば晩ごはんの始まりだ。
ひとり分の献立をちゃぶ台に並べて、わたしひとりが席につく。
わたしの反対側の席に、座るひとはもういない。
わたしはこれから、ひとりでちゃぶ台に座って壁を見ながらごはんを食べるんだ。
これからは、ずっとこうなんだ。
そう思っていると、わたしの座った正面に緑の目が浮いていた。
お母さんの座っていた場所に。
お母さんのいた席に。
「なんであんたがそこにいるの? ていうかわたしの後ろから動けたんだ」
だったらずっと背中にへばりついてるの、やめてくれないかな。
「それはそうだよ。ボクはお化けや妖怪の類じゃないんだから。キミを後ろから見守るのがボクの仕事のひとつだからあそこが定位置なだけで、移動しようと思えばそれなりに動けるよ。ただキミの背中が居心地いいのは確かだけどね」
そんなこといわれても全然まったく嬉しくない。
それどころかたはた迷惑な話でしかない。
それにまだ質問にひとつしか答えてない。
「で、なんでそこにいるの?」
「キミが食事を始めるみたいだから、移動しただけだよ。人間は誰かと食卓を共にするとき、対角線上に位置どるのが一般的なんだしょ。
それともここは誰かの定位置で、何か不都合なことでもあるのかな? それならまたボクはまたキミの後ろに戻って、背中越しにキミの食事風景を眺めることにするよ」
なんだその最悪の選択肢は。
壁を見ながらごはんを食べるか。
後ろから緑色の視線に見られながらごはんを食べるか。
それとも、この緑の目と一緒にごはんを食べるか。
答えは自分でもびっくりするくるくらいあっさりでた。
「別にいいよ、そこにいても」
特に不都合なことなんてないし。
何も不愉快なこともない。
「そう、ありがとう。それなら早く食事を始めないと。せっかく作った料理が冷めちゃうよ」
「そうだね、そうさせてもらうよ。もうお腹ペコペコだし。だけど、ホントにあんたは何も食べなくていいの?」
「うん。さっきも言った通りボクには食事の必要がないからね。だからボクのことは壁の花だとでも思って気にしなくていいよ」
こんな不気味な花を見ながらごはんを食べたくない。
これならやっぱり、壁を見ながらひとりでごはんを食べるほうがよかったかも。
そんなことを思っていると、またまたグゥーっと今晩三回目のお腹が鳴った。
温かいごはんを目の前に、これ以上のお預けはお腹の虫には我慢できないみたいだ。
それはわたしも一緒だった。
だからわたしは言われたとおり、両手を合わせて。
「いただきます」
と感謝の言葉を口にして食べ始めた。
ひとりで食べる冷たいごはんじゃなく、誰かと一緒に食べる温かいごはんを。
もう二度と、食べられないと思ったものを。
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