上 下
31 / 45

わたし、魔法少女のときのことは言えません(それはひとつのお約束ってやつですよね)

しおりを挟む
 それからわたしは自分の気のすむまで、京に抱きついたままだった。
 もう空の色はは夕暮れの気だるい赤から夜の昏い青に変わっていたけど、そんなの全然気にしなかった。
 体ごとのっかるように、京の両手ごと締めるように腰の後ろに手を回し、わたしより柔らかい胸に顔を埋めたままだった。
 もうこの熱を失わいように。
 もうこの生命を逃さないように。
 もうこれはとっくにわたしのものなんだと、見せつけたやるように。
 そんなわたしに抱きつかれているあいだ、京は「なんであたし抱きつかれるの?」とか「くすぐったいよこいし」とか「あれ? なんか痛くなってきたんだけど」とか「これってハグじゃなくて鯖折りなんじゃ……」とか色々言っていたけど、それも全部気にしなかった。
 それでも京はわたしを振りほどいたりすることなく、「しょうがないなぁ」と言いながら黙ってわたしのされるがままになっていた。
 ホントは腕と足の関節を極めてるから、抜け出したくてもできないよういしてるんだけど。
 そうして気のすむまで抱きついてそのあったかさと柔らかさを堪能したあと、わたしはようやく顔を上げた、
 そんなわたしを見て、「もういいの?」と訊いてくる京に、「うん、ありがとう」と答え、わたしは体と腕を離して京を解放した。
 上にいなってるわたしがそのまま先に立ち上がって、京に手を差し出した。
 京は「ありがと」と言って、わたしの手をとってくれる。
 わたしが転ばないよう、体重をかけずにゆっくり立ち上がってくれた。
 そんな優しい友だちが戻ってきてくれて、わたしはホントに嬉しかった。
 こんなに優しくしてくれるひとをなくさずにすんで、ホントにわたしは満足だった。
 そうしてひととおり落ち着いたあと、京から「なんでこいしがここにいるの?」と「なんでわたしこんなところで倒れてたの?」というふたつの「なんで?」がわたしに向かって投げかけられる。
 まあ当然だよね。
 だから当然、予想してたよ。
 わたしがここにいる理由は、借りていたノートを返すため回れ右して京を追いかけたと伝えた。
「わたしが京から借りてた休んでたあいだの授業のノートがあったでしょ写した分は早く返そうと思ってたらうっかり忘れちゃってそれで急いで追いかけたんだ」
 その途中で倒れている京を見つけて介抱していたことを説明した。
 「きっと軽い貧血か何かじゃないかな部活の疲れがでたんだねでも念のためあとで病院に行ったほうが良いと思うよ。なんたって京は陸上部のエースなんだから」
 そんな話しを全部まとめて一気にまくしたてられた京は、なんだか狐につままれたような、狸にばかされたような、いまいちという顔になっていた。
 でも京は「まあ、こいしがそう言うなら」と何とか一応、納得してくれた。
 京にとってはわけのわからないこの状況に、わたしの話しを聞いて折り合いをつけてくれた。
 そう、ホントのことを知らない以上、納得するしかない。
 わたしがホントのことを言わない以上、納得してもらうしかない。
 それにどうせホントのことは言えないし。
 姿は見えなくても、声はきこえなくても、さっきから緑色の視線が背中にグサグサ刺ささってる。
 余計なことは言わないようにって。
 それこそ、言われなくもわかってる。
 もしかして、京がどんなふうに倒れてて、それをどんなふうに介抱したか、わたしが喋ると思ってるんだろうか。
 もしかしなくても、思ってるんだろうなあ。
 「可能性のひとつとして考慮していただけだよ」なんて言いながら。
 たしかにわたしはホントのことを言ってないけど。
 だけど嘘を言ってるわけじゃない。
 京のことを偽ってるわけでもない。
 借りたノートは、ホントにちゃんと写してカバンのなかに入ってる。
 倒れていた京をしたのもホントのことだ。
 ただ正しくないなだけで。
 間違ってるわけじゃない。
 適当な事実を詰めこんだだけの、ただの何もないカラッポの殻がってものなんだから。
 それが中身のない虚構だったとしても、単なるかたちのない物語だったとしても
 真実なんて、そんなものでいいはずだ。
 そんな程度の価値さえあれば、それで十分足りる。
 どんなものであったとしても、さえ受け入れたならそれでだけでいいはずだ。
 その殻がメッキでも、ハリボテでも、カラッポのなかに何が詰まってようとも。
 ひとが信じた虚構だけが、ひとが信じた物語こそが、信じたひとにとってだけのになるんだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今度こそ幸せになります! 拍手の中身

斎木リコ
ファンタジー
『今度こそ幸せになります!』の拍手お礼にあげていた文の置き場になります。中身はお遊びなので、本編には関係ない場合があります。拍手が見られなかった・拍手はしなかった人向けです。手直し等はないのでご了承ください。タイトル、ひねりもなんにもなかったなあ……。 他サイトからのお引っ越しです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました

ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。 そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。 家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。 *短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...