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わたし、魔法少女になったのでやることやってみようと思います(何事も最初が肝心ですからね)

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 わたしは、自分が本当に飢えるということがどういうことなのか知らなかった。
 生きてるだけで飢えるのは嫌でも知っていた。
 お腹がすいてひもじい思いをしたことは何度もあったから。
 晩御飯が肉のない野菜くずだけの母特製青椒肉絲だけのことも珍しくなかった。
 お昼のお弁当がもらってきたパンの耳にマヨネーズをつけたてかじるのは日常だった。
 朝ご飯が少ないごはんを水で膨らませてかさを増した水ご飯なのが我が家の定番だった。
 母と二人でひとつのカップ麺をわけあって食べるのがご馳走だった。
 正直それじゃあ全然足りなくていつもわたしのお腹は抗議の悲鳴をあげていた。
 それでもどこかの貧乏な国で骨と皮だけになってあとは死んでいくだけの子供に比べたら遥かにましだ、食べるものがあるだけ恵まれている、だから甘えるな、と他人に言われたことも何度かある。
 けどそんな自己満足なお説教を聞かされたってわたしのお腹は満足しない。
 それは無意味なくせに余計でいらないお世話以外の何ものでもなかった。
 そんなどこの誰かも知らない子供の生命がなくなるよりも、うちの米びつの中身が減っていくほうが遥かに大問題だった。
 それにそこまでのことを言うのなら、自分でそのを助けてあげればいいのに、何とかしてあげればいいのにと、話半分に聞きながら心の奥の片隅でぼんやり思っていた。
 昨日何を食べたのか知らないけど、毎日何を食べてるのか知らないけど、わたしにそんなを言うだけの気力と体力と時間があるならそうすればいいのにと思ってた。
 あとついでにその限定された空間ではさぞ注目の的だろう体型とそれに相応しい体重を維持するだけのごはんをわけてあげればいいのに、とも思ってた。
 お腹が空いて泣いてる子供に自分の顔を食べさせるヒーローみたいに、その体中にたっぷり余ったお肉を食べさせてくればいいのにと思ってた。
 でも、そんなこと誰もやったりしない。
 わたしも母からの教えを守って困ってる人を助けるようにしている。
 それだって助けるのはわたしの目に見える範囲のなかで、手の届く距離にいる人に、自分のできる限りのことをするだけだ。
 わざわざ自分から向かっていったりしない。
 それにわたしは
 ああ、でもそうか。自分のやらないことをひとに求めるのは卑怯だよね。
 まあこんなのは全部貧乏人の僻みだけど。
 それでも空腹は我慢できたし、なにを言われてもあんまり気にならなかった。
 それはきっとお腹は満たされていなくても、心が満たされていたからだ。
 貧しくても慎ましくても、一緒にごはんを食べてくれるひとがそばにいたからだ。
 お母さんと友達が、わたしのそばにいてくれたからだ。
 となりにいて、わたしと一緒にごはんを食べてくれたからだ。
 だからわたしは思ったこともなかった。
 生きるため以外に飢えることがあるなんて、
 自分の本質が飢えるということがこういうものだなんて思いもしなかった。
 、思ってもみなかった。
 そしてこの飢えが、どうしょうなく我慢できないものだと初めて知った。



 そんな生れて初めて味わう心の飢えをわたしはいま存分に感じていた。
 いままでどんなにお腹がすいても感じなかったほどの激しい飢えを。
 そもそも最初から味わうことがなければ知ることはなかった。
 もともと知らなかったものを感じることはなかった。
 でも一度でもその味を覚えてしまえばもう遅かった。
 味わってみたいと、思わずにはいられなかった。
 そしてこれから何度でも味わうために、味わい続けるために自分を抑えることができなかった。
 それでも大丈夫。その飢えを満たすやり方はもう知ってるし、その飢えを満たしてくれるモノは目の前にいる。
 まだ目の前にいっぱいいる。
 一緒にごはんを食べたいなんて思わない、一緒にごはんを食べてくれた友達を、ごはんにして食べたこいつらが。
「いい心がけだね、ザント・ツッカーヴァッテ砂の綿菓子。そのままキミの魔法少女になった甲斐を思いっきり振るうんだ」 
「もちろん」
 もちろん、これ以上我慢するつもりはなかった。
 わたしはまっさらになったステッキを見て考える。
 さっきは三匹まとめて、とってももったいないことをしちゃったから、こんどは一匹ずつじっくり味わおう。
 でも一度にまとめて味わうあの贅沢もなかなかに捨てがたい。
 これだけいるんだからあと一回くらいはいいよね。
 なんて、あれこれ考えてるうちに、向こうも我慢できなくなったのか群れの中の一匹だけがわたしに向かって飛びかかってきた。
 まあ、これはこれで。
 わたしは向かってくるバケモノを、心地よい胸の高鳴りを感じながら、じっと見つめて待っていた。
 ステッキを左手で肩に担いだまま、腰を落とし肩幅に開いた左足を一歩踏み込んだ体勢で、じっと見つめて待っていた。
 自分をバラバラに引き裂いて食いちぎるために大きく開いた爪と牙に、あの子の欠片がこびりついているのが見えるまで。
 その爪がわたしの顔を触れる寸前に、左足を軸にくるりと一回転しながら体をずらしてするりとかわす。
 そうして回りながら大きく頭の上に振りかぶっていたステッキを、空振りして地面に這いつくばったバケモノの回転の勢いをのせて思いっきり振り下ろす。
 初めにグシャリという卵を潰したような小さな音と軽くても気持ちいい手応えから頭を砕いたことを感じ、その後のドッカンという大きな音と重くて硬い手応えが地面を割ったことを伝えてくる。
 バケモノの頭は跡形もなく潰され砕かれ汚い染みになっていて、残った体はピクリとも動かない。
 その染みを中心に地面が大きく抉れ、波打つように陥没している。
 その様子を、わたしは甘く痺れる快感の余韻に浸りながら確認する。
 。頭を潰せば死んだね。
 何故だかわからないけど当然のようにそう思い、ごく自然に体が動きこの結果になっていた。
 何の恐れも抱かずに、何の抵抗も感じずに、何の躊躇もすることなく、できることをしてやるべきことをやっていた。
 このバケモノを、殺すために殺していた。
「もう解ってるかもしれないけど、それがキミの魔法、〈ハウ・トゥ・バイブル/ステップ・ワン:ファウンデーションいまから始まる殺しのいろは:基礎編〉だよ。ザント・ツッカーヴァッテ砂の綿菓子。何をどうしてどうやれば相手を殺せるのかが直感的にわかること、そのための必要な動作と稼働を的確かつ最適に行えること。何となく解っているのと明確に知ったいるのは天と地ほど差があるからね。それにしてもまさにキミの資質と素質と本質が見事に合致した素晴らしい魔法だね。よかったよかった、キミの魔法がキミにピッタリ合っていて」
 何だかとても非道い褒められかたをして勝手に納得してるけど、それがわたしの魔法なのか。
 使がわたしの魔法なのか。
 もういまさらだけど、ホントは何となくわかってた。
 あの変身の呪文を唱えたときから、この魔法少女の姿になったときから、そしてこの禍々しいほど機械的で、毒々しいほど魔法的なステッキを、手にしたときから何となく。
 それでバケモノを殺したときにホントにそうだとわかっちゃった。
 これがわたしだけの魔法なんだと。そのためだけの魔法なんだと。殺すためだけに使うのがこの魔法の使い方なんだと。
 もう落胆も失望もない。
 受け入れることに恐れも、抵抗も、躊躇もない。
 むしろスッキリした気分だ。
 だっていままで何となくしかわからなかったものがはっきりと認識できたんだから。
 これがわたしの魔法だと胸を張って言えるんだから。
 これこそわたしに相応しい、分相応な魔法だと思えるんだから。
 思えてしまうんだから。いまのわたしには。
「さ、自分の魔法も理解できたことだし、魔法少女の仕事をバリバリこなそう。まだ数は残ってるんだから」
 そうだ、まだ残ってるんだ。
 まだわたしの食べる分が残ってるんだ。
 いままでのやり方でまたあの快感を味わえるんだ。
 でもここからのわたしは一味違うよ。
 だってここからようやく。
「ここからのわたしは魔法少女らしく、魔法を使って戦うんだから」
 そうしてわたしはバケモノたちを殺すため、殺すための武器を振るって、殺すために魔法を使う。
 それがわたしの決めたこと、これがわたしが受け入れたもの、それこそがわたしの正しい魔法少女の姿だった。
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