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わたし、魔法少女になるんですか(そんなのいきなり言われても)
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幼い頃、母から大切なことを教わった。
それはまだわたしがひとの言葉を理解できるようになる前に言われ、それからずっと言われ続けたことでもある。
困っている人がいたら助けなさいと。
自分にできるだけのことをしてあげなさいと。
でも決して見返りを求めてはいけないと。
そうしてちゃんと生きていれば、ちゃんとしたひとになれるからと。
わたしはその教えを胸に刻んで、自分に可能な限りこの教えを守りながら周りが許す限りやれるだけ実行してきた。
道に迷った子どもがいれば、手を繋いで家まで送ったこともある。
財布を失くした同級生がいれば、日が暮れるまで一緒に探して見つけ出した。
具合の悪そうな病人がいれば、保健室でも病院でも容態が確認できるまで付き添った。
重い荷物を持ったお年寄りがいれば、荷物を代わりに背負って目的地まで運んでいった。
そんなことを続けてきたせいか、皆からは何かあればあてにされて頼まれて、お願いされるようになった。
わたしはそんな要求にもできるだけ応えてきた。
そうしているうちにいつの間にか、こんなわたしにも友達ができていた。
自分にできることがあり、一緒にいてくれる友だちがいる。
不足は色々あったとけど、不平なこともそれなりで、でも不満なんて特にない。それなりに充実した毎日だった。
今日も朝起きたときはそうだった。
そうなるんだと思ってた。
だから昨日の夜眠るまで、そうなんだと思ってた。
この瞬間を見るまでは。
いままで散々、種々雑多なことに首を突っ込み手を出しては足を踏み入れてきた。
それでもこんなのは初めてだ。
正直何が何だかわからない。
こんなとき、わたしは一体どうすればいいんだろう。
さっきまた明日と言って別れた友達と、今日のうちに再会してしまったら、何を言えばいいんだろう。
その友達が、何だかわからないバケモノたちから美味しそうにグチャグチャと食べられているのをを見てしまったら、何をすればいいんだろう。
あのときわたしは、本当はどうすればよかったんだろう。
わたしの名前は満映他こいし。
どこにでもいる普通の女の子、にもしうまれていたら自分はどんな風にいまをいきていたのだんだろうか。
余裕なんてどこにもない、毎日を生きるだけで精一杯の、母一人子一人の母子家庭。
だけど希望と未来はきっとあると母はいつも言っていた。
そんな母もつい先日亡くなった。
知らないうちに死んでいた。
狭いアパートに布団を並べ、二人でいつも通りおやすみなさいと言って眠りについた。
そして朝起きて、台所にいる母にいつも通りおはようと挨拶しても、おはようとは返ってこなかった。
いつもと違ってそこに母はいなかった。
ふと隣を見るとまだ目を閉じたままの母が、昨夜見たときと同じ格好で横たわっていた。
あれは何回目のときだっけ。
何度も呼びかけ揺すっても、何の反応もない母が、もうとっくに息をしていないことに気づいたのは。
それからのことはほとんど覚えていない。
覚えているのはふたつだけ。
震える手で脈をとった、母の体の冷たさと、焼かれて骨になった、母の小ささだけだった。
そんなわたしに何かができたと思えない。
母の死を確認したから、何も考えられずただ虚ろにぼんやりしているだけのわたしに何をしたと思えない。
いまもこうして、母が入っている小さな入れ物を見ていても、何もすることができないわたしには。
全ては母の姉だという人が終わらせてくれていた。
このときうまれて初めて存在を知った親戚に、どうやって連絡をとったのか全く覚えていないしもう分からない。
それでもその人、わたしの叔母が、人が死んだときやらなけれならないことを全部やってくれた。
そしていまわたしがこのアパートにいられるのも、これからも居続けられるのも、全部その叔母のお陰だった。
母が死んで保証人のいなくなったこの部屋を、自分の名義にかえてまでわたしを住まわせてくれた。
私の身元保証人になってくれた上、家賃と学費と少ないながらも食費や光熱費といった生活費も援助してくれるという。
その叔母とは何を話したのか、何を話していないのか記憶が曖昧で覚えてないけど、ひとつだけ訊いたことははっきり覚えてる。
どうしてわたしにここまでしてくれるのか、と。
そう訊かれた叔母は、母によく似た声で、私にはこんなときに、こんなことくらいしかできることはないからだと答えた。
そのあとポツリと付け足すように、いままでの罪滅ぼしだとも言っていた。
そのとき初めて見た叔母の顔は、あまり母に似ていなっかったけど、表情だけはそっくりだった。
基本的に明るく快活だったけど、いつもどこか憂いたような、何かに疲れたような色が滲んでいた、あの表情に。
まるで日陰に咲く向日葵みたいな悲しさが、同じだった。
いきなり現れた叔母がどうしてここまでしてくれたのか、わたしにはホントのところはわからない。
だけどもそのお陰で路頭に迷うこともなく、施設に入れられることもなく、住み慣れたアパートで生活を続けることができる。
叔母はこれから何かあったら何時でも連絡してほしいと、自分の住所と電話番号のメモを置いて去っていった。
そうしてわたしは広さは変わらず狭いまま、でもこれからは一人分広くなった部屋のなかで、膝を抱えて丸くなる。
そのたった一人分の喪失が、こころにどれだけ大きな穴を開けるのか、嫌というほど味わいながら。
だから母がどうして死んだのか、何でいなくなったのか、考えたのはもっとあとになってからだった。
そしてわたしはそのことを、後悔することになる。
これからずっと、このあとずっと、後悔し続けることになる
母が死んでから何日たったかわからない。
その間どうしていたかわからない。
それでも何故か人間は、不思議とよくできている。
気づけばわたしの体はいつも通り動き出し、わたしはそのまま朝の支度を済ませ、学校へと向かっていた。
久しぶりのはずの学校なのに、何の感慨も湧いてこない、
そのままいつも通り教室の扉を開けて、いつも通り自分の席につく。
でもまわりはいつもと違ってた。
わたしが教室に入った途端、雰囲気がガラリと変わる。
それまでワイワイ騒いでいたのが、皆ヒソヒソ声を潜めてわたしのほうをチラチラと見てくる。
どうして人の親が死んだくらいでそんなに態度が変わるのか、わたしにはよくわからなかった。
「久しぶり、少し痩せたんじゃない?」
そんななか、以前と変わらず声をかけてきたのはわたしの友達、真堂京だった。
彼女は周りの反応なんて気にすることなく、その日はずっとわたしと一緒にいてくれた。
わたしに色々話しかけてくれた。
わたしはそれにただ答えるだけだったのに、母のことは触れずわたしのことを気遣ってくれた。
そんな彼女から、ほんの少しだけでも元気を貰えたような気がした。
だからわたしは放課後の帰り道、今日最後まで一緒にいてくれた彼女の、「それじゃあ、また明日ね」という別れ言葉に「うん、また明日」と答えることができたんだと思う。
また明日、次も変わらず会えるんだと、思えたんだ。
変わらぬ明日がくるなんて、そんなことあるわけないと、思い知ったばかりのはずなのに。
そんな優しい彼女はいま、バケモノたちの晩ごはんとして美味しくいただかれている真っ最中だった。
バケモノたちに行儀作法なんてあるはずもなく、ただ目の前の餌に群がり貪り食いちぎっていく。
その湿った音と生臭い匂いがここまで届いてくる。
現実感なんてまるでないのに、その音と匂いだけでこれは現実なんだと思い知る。
彼女に群がるバケモノたちは、一匹ずつはそこまで大きくない。立ち上がってもせいぜい普通の大人くらいだ。
そのかわり数が多い。
少なくとも十匹以上が彼女の体を貪っている。
わたしは音と匂いでくらくらしそうな頭を何とか動かして、どうしてこんなことになってるのか思い出し、どうすればいいか考える。
どうしてこんなことになっているのか。彼女と別れてからいつも通り帰り道を歩いていたらこの光景に出くわした。
どうすればいいのか。そんなことわかるはずもない。
幸いバケモノたちは彼女に夢中でこちらにまだ気づいていない。
今ならバケモノたちに気づかれず逃げられるかもしれない。
自分だけは? 彼女を置いて?
じゃあ彼女を助けるのか。おそらくもうとっくに死んでる彼女を。今度は自分があいつらのデザートになるのは確実なのに?
どちらを選ぶこともできず、ただ頭のなかがぐるぐると回るばっかりだ。
いつからこんなに仲良くなったのか聞きたいくらい、足と地面が拙著されたように動かない。
「わたしはどうしたらいいの? わたしは何をすればいいの?」
答えが返ってくるなんて思ってなかった。むしろ答えなんて欲しくなかった。
「決まってるじゃないか。キミがあいつらを倒すんだ」
内心から溢れた感情が口からこぼれただけの言葉。
それに応える嬉々とした声が、どこからともなく唐突に響いた。
わたしはどうにか首だけを動かして、声のするほうへと目を向ける。
「キミにもとうとう魔法少女になるときがきたんだよ」
そこに浮かぶ緑の目は嬉しそうにわたしに言った。
待ちに待ちつづけた瞬間が訪れた喜びを抑えきれない、ようやくプレゼントをもらえた子どものように、わたしに告げる。
荒唐無稽で無理難題、しかしこの場を何とかできる唯一の、現実的かつ具体的な解決策を。
それはまだわたしがひとの言葉を理解できるようになる前に言われ、それからずっと言われ続けたことでもある。
困っている人がいたら助けなさいと。
自分にできるだけのことをしてあげなさいと。
でも決して見返りを求めてはいけないと。
そうしてちゃんと生きていれば、ちゃんとしたひとになれるからと。
わたしはその教えを胸に刻んで、自分に可能な限りこの教えを守りながら周りが許す限りやれるだけ実行してきた。
道に迷った子どもがいれば、手を繋いで家まで送ったこともある。
財布を失くした同級生がいれば、日が暮れるまで一緒に探して見つけ出した。
具合の悪そうな病人がいれば、保健室でも病院でも容態が確認できるまで付き添った。
重い荷物を持ったお年寄りがいれば、荷物を代わりに背負って目的地まで運んでいった。
そんなことを続けてきたせいか、皆からは何かあればあてにされて頼まれて、お願いされるようになった。
わたしはそんな要求にもできるだけ応えてきた。
そうしているうちにいつの間にか、こんなわたしにも友達ができていた。
自分にできることがあり、一緒にいてくれる友だちがいる。
不足は色々あったとけど、不平なこともそれなりで、でも不満なんて特にない。それなりに充実した毎日だった。
今日も朝起きたときはそうだった。
そうなるんだと思ってた。
だから昨日の夜眠るまで、そうなんだと思ってた。
この瞬間を見るまでは。
いままで散々、種々雑多なことに首を突っ込み手を出しては足を踏み入れてきた。
それでもこんなのは初めてだ。
正直何が何だかわからない。
こんなとき、わたしは一体どうすればいいんだろう。
さっきまた明日と言って別れた友達と、今日のうちに再会してしまったら、何を言えばいいんだろう。
その友達が、何だかわからないバケモノたちから美味しそうにグチャグチャと食べられているのをを見てしまったら、何をすればいいんだろう。
あのときわたしは、本当はどうすればよかったんだろう。
わたしの名前は満映他こいし。
どこにでもいる普通の女の子、にもしうまれていたら自分はどんな風にいまをいきていたのだんだろうか。
余裕なんてどこにもない、毎日を生きるだけで精一杯の、母一人子一人の母子家庭。
だけど希望と未来はきっとあると母はいつも言っていた。
そんな母もつい先日亡くなった。
知らないうちに死んでいた。
狭いアパートに布団を並べ、二人でいつも通りおやすみなさいと言って眠りについた。
そして朝起きて、台所にいる母にいつも通りおはようと挨拶しても、おはようとは返ってこなかった。
いつもと違ってそこに母はいなかった。
ふと隣を見るとまだ目を閉じたままの母が、昨夜見たときと同じ格好で横たわっていた。
あれは何回目のときだっけ。
何度も呼びかけ揺すっても、何の反応もない母が、もうとっくに息をしていないことに気づいたのは。
それからのことはほとんど覚えていない。
覚えているのはふたつだけ。
震える手で脈をとった、母の体の冷たさと、焼かれて骨になった、母の小ささだけだった。
そんなわたしに何かができたと思えない。
母の死を確認したから、何も考えられずただ虚ろにぼんやりしているだけのわたしに何をしたと思えない。
いまもこうして、母が入っている小さな入れ物を見ていても、何もすることができないわたしには。
全ては母の姉だという人が終わらせてくれていた。
このときうまれて初めて存在を知った親戚に、どうやって連絡をとったのか全く覚えていないしもう分からない。
それでもその人、わたしの叔母が、人が死んだときやらなけれならないことを全部やってくれた。
そしていまわたしがこのアパートにいられるのも、これからも居続けられるのも、全部その叔母のお陰だった。
母が死んで保証人のいなくなったこの部屋を、自分の名義にかえてまでわたしを住まわせてくれた。
私の身元保証人になってくれた上、家賃と学費と少ないながらも食費や光熱費といった生活費も援助してくれるという。
その叔母とは何を話したのか、何を話していないのか記憶が曖昧で覚えてないけど、ひとつだけ訊いたことははっきり覚えてる。
どうしてわたしにここまでしてくれるのか、と。
そう訊かれた叔母は、母によく似た声で、私にはこんなときに、こんなことくらいしかできることはないからだと答えた。
そのあとポツリと付け足すように、いままでの罪滅ぼしだとも言っていた。
そのとき初めて見た叔母の顔は、あまり母に似ていなっかったけど、表情だけはそっくりだった。
基本的に明るく快活だったけど、いつもどこか憂いたような、何かに疲れたような色が滲んでいた、あの表情に。
まるで日陰に咲く向日葵みたいな悲しさが、同じだった。
いきなり現れた叔母がどうしてここまでしてくれたのか、わたしにはホントのところはわからない。
だけどもそのお陰で路頭に迷うこともなく、施設に入れられることもなく、住み慣れたアパートで生活を続けることができる。
叔母はこれから何かあったら何時でも連絡してほしいと、自分の住所と電話番号のメモを置いて去っていった。
そうしてわたしは広さは変わらず狭いまま、でもこれからは一人分広くなった部屋のなかで、膝を抱えて丸くなる。
そのたった一人分の喪失が、こころにどれだけ大きな穴を開けるのか、嫌というほど味わいながら。
だから母がどうして死んだのか、何でいなくなったのか、考えたのはもっとあとになってからだった。
そしてわたしはそのことを、後悔することになる。
これからずっと、このあとずっと、後悔し続けることになる
母が死んでから何日たったかわからない。
その間どうしていたかわからない。
それでも何故か人間は、不思議とよくできている。
気づけばわたしの体はいつも通り動き出し、わたしはそのまま朝の支度を済ませ、学校へと向かっていた。
久しぶりのはずの学校なのに、何の感慨も湧いてこない、
そのままいつも通り教室の扉を開けて、いつも通り自分の席につく。
でもまわりはいつもと違ってた。
わたしが教室に入った途端、雰囲気がガラリと変わる。
それまでワイワイ騒いでいたのが、皆ヒソヒソ声を潜めてわたしのほうをチラチラと見てくる。
どうして人の親が死んだくらいでそんなに態度が変わるのか、わたしにはよくわからなかった。
「久しぶり、少し痩せたんじゃない?」
そんななか、以前と変わらず声をかけてきたのはわたしの友達、真堂京だった。
彼女は周りの反応なんて気にすることなく、その日はずっとわたしと一緒にいてくれた。
わたしに色々話しかけてくれた。
わたしはそれにただ答えるだけだったのに、母のことは触れずわたしのことを気遣ってくれた。
そんな彼女から、ほんの少しだけでも元気を貰えたような気がした。
だからわたしは放課後の帰り道、今日最後まで一緒にいてくれた彼女の、「それじゃあ、また明日ね」という別れ言葉に「うん、また明日」と答えることができたんだと思う。
また明日、次も変わらず会えるんだと、思えたんだ。
変わらぬ明日がくるなんて、そんなことあるわけないと、思い知ったばかりのはずなのに。
そんな優しい彼女はいま、バケモノたちの晩ごはんとして美味しくいただかれている真っ最中だった。
バケモノたちに行儀作法なんてあるはずもなく、ただ目の前の餌に群がり貪り食いちぎっていく。
その湿った音と生臭い匂いがここまで届いてくる。
現実感なんてまるでないのに、その音と匂いだけでこれは現実なんだと思い知る。
彼女に群がるバケモノたちは、一匹ずつはそこまで大きくない。立ち上がってもせいぜい普通の大人くらいだ。
そのかわり数が多い。
少なくとも十匹以上が彼女の体を貪っている。
わたしは音と匂いでくらくらしそうな頭を何とか動かして、どうしてこんなことになってるのか思い出し、どうすればいいか考える。
どうしてこんなことになっているのか。彼女と別れてからいつも通り帰り道を歩いていたらこの光景に出くわした。
どうすればいいのか。そんなことわかるはずもない。
幸いバケモノたちは彼女に夢中でこちらにまだ気づいていない。
今ならバケモノたちに気づかれず逃げられるかもしれない。
自分だけは? 彼女を置いて?
じゃあ彼女を助けるのか。おそらくもうとっくに死んでる彼女を。今度は自分があいつらのデザートになるのは確実なのに?
どちらを選ぶこともできず、ただ頭のなかがぐるぐると回るばっかりだ。
いつからこんなに仲良くなったのか聞きたいくらい、足と地面が拙著されたように動かない。
「わたしはどうしたらいいの? わたしは何をすればいいの?」
答えが返ってくるなんて思ってなかった。むしろ答えなんて欲しくなかった。
「決まってるじゃないか。キミがあいつらを倒すんだ」
内心から溢れた感情が口からこぼれただけの言葉。
それに応える嬉々とした声が、どこからともなく唐突に響いた。
わたしはどうにか首だけを動かして、声のするほうへと目を向ける。
「キミにもとうとう魔法少女になるときがきたんだよ」
そこに浮かぶ緑の目は嬉しそうにわたしに言った。
待ちに待ちつづけた瞬間が訪れた喜びを抑えきれない、ようやくプレゼントをもらえた子どものように、わたしに告げる。
荒唐無稽で無理難題、しかしこの場を何とかできる唯一の、現実的かつ具体的な解決策を。
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