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本幕/柏手の一=チャンバラの巻/その十~剣戟娘:断八七志流可の章~
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瞠目とは、このことか。
気が付けば、目の前にカルシュルナさんの姿があった。
彼女から、一瞬たりとも視線を外してはいなかった。
浅く静かに繰り返し、呼吸も乱してなんかないなかった。
カルシュルナさん程の兵を相手にして、油断なんて怖くて出来るわけがない。
だから僕は彼女の前で、隙なんて見せてはない。
でも彼女は、そんな僕を軽々と凌いでみせた。
僕のなかに未だ微かに残る驕心と慢心。
僕の心に刻まれている未熟の証。
そこに、カルシュルナさんは隙を見出した。
それは僕の瞳が揺れた刹那の須臾。
僕が息を吐ききって吸い始める一瞬の間。
そこに生まれた隙間を縫うように、空の瞬間を突かれた。
だけどそれだけだったなら僕でも如何に対応するか、思考する時間くらいはあったはず。
相手の動きに合わせて迎撃し、間合いになんて入れさせはしなかった。
那由多に比肩する程繰り返した反復の果てに手に入れた、反射と反応。
磨き抜き研ぎ澄まし続けた、ありとあらゆる感覚器官と知覚神経。
それらが溶け合いひとつとなって、相手に牙を突き立てる。
無意識の裡に覚醒している、確実な意識と殺意を伴って。
そうして張り巡らせた感覚と知覚の警戒網をすり抜けるようにして、するりと彼女は滑り込んできた。
カルシュルナさんの動きは、決して速いとは言えないものだった。
寧ろゆったりとした、余裕さえ感じられた。
なのに、僕は動けなかった。
いつだか僕がフェルにやってみせたのと同じだ。
あれと全く同じことを、今度は逆に僕がカルシュルナさんにやられてしまった。
その体捌きと足運びは、まるで空を泳ぐ蛇のように風雅にして優美。
彼女は己の持てる技倆を駆使するだけで、易易と僕の領域へと侵入を果たしたのだった。
けれど今度ばかりは見惚れなんていられない。
どれだけ美しい動きだろうと、惚れ惚れしている場合じゃない。
彼女は僕の生命に向けて、既に王手をかけているんだから。
それでもまだ、カルシュルナさんの流星は放たれていない。
構えていたままの定位置、右手ごと後ろに引かれている。
それが逆巻く風と共に撃ち出される寸前に、僕は身体を思い切り左側へと投げ出した。
全身の筋肉が軋むのも構わず、静から動へと一息に。
彼女から視れば、自分の外側へ向かって僕が逃げた格好だ。
そこそがカルシュルナさんが穿つ一閃、その唯一の死角。
拳だろうと剣だろうと、本来突きとは自分の身体の内側に向けて放つもの。
それを逆にするとなれば、速度も威力もキレも堕ちるのが自明の理。
彼女の取り得る選択肢はふたつ。
ひとつは体勢を崩しながらも僕を追って突きを放つか。
もしくは構えを解いて斬り払いの姿勢に移行するか。
どちらにせよ、肩の捻り、腕の可動、手首の返しと幾つもの工程が必要になる。
しかしそれは瞬きよりも短い時間。
だけど、それで充分。
それは先手を取られた挙げ句、無茶な躱し方をした僕が立て直すには充分な時間。
そう、見積もりをたてていた。
そんなふうに、皮算用で算盤を弾いてしまった。
その程度の目論見なんて、カルシュルナさんは容易く撃ち抜いた。
それは、今日何度目の驚愕だろう。
もう数えるのも面倒になっていた。
このひとが相手なら、僕の想像なんて幾らでも超えてくるんだから。
カルシュルナさんは確かに僕を追ってきた。
けれどそれは剣だけでなく、身体ごと僕に重ねるように跳躍していた。
このひと、真逆!?
身体が宙に浮いたままでも。
地面を噛んでいなくても。
あの突きが撃てるのか!
僕の頭に過ぎった衝撃を肯定するように、彼女は小さく微笑えんだ。
そして必殺の流星が、狙い違わず僕の心臓目掛けて撃ち込まれた。
気が付けば、目の前にカルシュルナさんの姿があった。
彼女から、一瞬たりとも視線を外してはいなかった。
浅く静かに繰り返し、呼吸も乱してなんかないなかった。
カルシュルナさん程の兵を相手にして、油断なんて怖くて出来るわけがない。
だから僕は彼女の前で、隙なんて見せてはない。
でも彼女は、そんな僕を軽々と凌いでみせた。
僕のなかに未だ微かに残る驕心と慢心。
僕の心に刻まれている未熟の証。
そこに、カルシュルナさんは隙を見出した。
それは僕の瞳が揺れた刹那の須臾。
僕が息を吐ききって吸い始める一瞬の間。
そこに生まれた隙間を縫うように、空の瞬間を突かれた。
だけどそれだけだったなら僕でも如何に対応するか、思考する時間くらいはあったはず。
相手の動きに合わせて迎撃し、間合いになんて入れさせはしなかった。
那由多に比肩する程繰り返した反復の果てに手に入れた、反射と反応。
磨き抜き研ぎ澄まし続けた、ありとあらゆる感覚器官と知覚神経。
それらが溶け合いひとつとなって、相手に牙を突き立てる。
無意識の裡に覚醒している、確実な意識と殺意を伴って。
そうして張り巡らせた感覚と知覚の警戒網をすり抜けるようにして、するりと彼女は滑り込んできた。
カルシュルナさんの動きは、決して速いとは言えないものだった。
寧ろゆったりとした、余裕さえ感じられた。
なのに、僕は動けなかった。
いつだか僕がフェルにやってみせたのと同じだ。
あれと全く同じことを、今度は逆に僕がカルシュルナさんにやられてしまった。
その体捌きと足運びは、まるで空を泳ぐ蛇のように風雅にして優美。
彼女は己の持てる技倆を駆使するだけで、易易と僕の領域へと侵入を果たしたのだった。
けれど今度ばかりは見惚れなんていられない。
どれだけ美しい動きだろうと、惚れ惚れしている場合じゃない。
彼女は僕の生命に向けて、既に王手をかけているんだから。
それでもまだ、カルシュルナさんの流星は放たれていない。
構えていたままの定位置、右手ごと後ろに引かれている。
それが逆巻く風と共に撃ち出される寸前に、僕は身体を思い切り左側へと投げ出した。
全身の筋肉が軋むのも構わず、静から動へと一息に。
彼女から視れば、自分の外側へ向かって僕が逃げた格好だ。
そこそがカルシュルナさんが穿つ一閃、その唯一の死角。
拳だろうと剣だろうと、本来突きとは自分の身体の内側に向けて放つもの。
それを逆にするとなれば、速度も威力もキレも堕ちるのが自明の理。
彼女の取り得る選択肢はふたつ。
ひとつは体勢を崩しながらも僕を追って突きを放つか。
もしくは構えを解いて斬り払いの姿勢に移行するか。
どちらにせよ、肩の捻り、腕の可動、手首の返しと幾つもの工程が必要になる。
しかしそれは瞬きよりも短い時間。
だけど、それで充分。
それは先手を取られた挙げ句、無茶な躱し方をした僕が立て直すには充分な時間。
そう、見積もりをたてていた。
そんなふうに、皮算用で算盤を弾いてしまった。
その程度の目論見なんて、カルシュルナさんは容易く撃ち抜いた。
それは、今日何度目の驚愕だろう。
もう数えるのも面倒になっていた。
このひとが相手なら、僕の想像なんて幾らでも超えてくるんだから。
カルシュルナさんは確かに僕を追ってきた。
けれどそれは剣だけでなく、身体ごと僕に重ねるように跳躍していた。
このひと、真逆!?
身体が宙に浮いたままでも。
地面を噛んでいなくても。
あの突きが撃てるのか!
僕の頭に過ぎった衝撃を肯定するように、彼女は小さく微笑えんだ。
そして必殺の流星が、狙い違わず僕の心臓目掛けて撃ち込まれた。
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