乙女の化生に紅を

久末 一純

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本幕/柏手の一=チャンバラの巻/その八~剣戟娘:断八七志流可の章~

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「完全に躱したと思ったのだけれど」
 カルシュルナさんの本気、必殺の刺突の構え。
 その不動を寸毫すんごうたりとも崩さぬままに、彼女は言葉を紡いでいく。
真逆まさか斬られているとは。流石は断八七、いえ、この言い方ではあなたに失礼ね」
 そこで彼女は言葉を切り、浮かべていた微笑みを深くする。
 それは大人の女性の魅力に満ちた、艶やかな咲き誇る薔薇のような笑み。
 僕には一生かかっても到達出来ないだろう蠱惑的な引力に、僕は思わず見惚れて引き込まれてしまいそうになる。
 だけど同時に真っ直ぐに瞳を射抜く彼女の眼差しが、蹌踉めきよろめきかけた僕の心を気付けて引き戻した。
 ふぅ、危ない危ない。
 何だかんだと言っても今は戦闘の真っ最中。
 しっかりと気を持って引き締めないと。
「あなたのようなつわものと出逢えた幸運に、最大級の感謝を捧げるわ。そしてわたしと剣を交わしてくれたあなたのことを、これから先に何がろうと何よりも誇りに思うわ。勝手な言い草で申し訳ないのだけれど、どうか許して頂戴ね」
 そう言って、彼女は長い睫毛を冠した翡翠色の瞳をパチリと閉じた。
 ああ! もう本当にこのひとは!
 一体何回、僕を
 僕ってこんなにも惚れっぽい人間だったっけ?
 いやいやそんなはずはない。
 つまり、それだけカルシュルナさんが魅力的なひとだということだ。
 うん、そうだ。そうに違いない。
 それだけは絶対に間違いない。
 だからこれは、浮気じゃない。
 彼女は戦場で出逢った敵であり。
 全力で戦える好敵手でもあり。
 生命を懸けて剣を交えたことを、誇りに思える本物の兵なのだから。
 だから、違うからね?
 大人の色香に惑わされたとか。
 女性の色気に絆されたほだされたとか。
 そんなことは、決してないからね?
 でも一応、そんな必要ないと思うけど、だけどここは念の為に謝っておくね。
 ごめんよ、フェル。
 ごめんね、ニーネ。
 ふたりが生命懸けで戦っている真っ最中に、こんなことに現を抜かして。
 謝るから、どうか僕を許してね。
 ・・・・・・・・・やっぱり駄目だ。
 思った通り、僕には無理だ。
 カルシュルナさんみたいには、出来ないや。
「いいえ、構いません。それに僕のほうこそ完璧に斬ったと思ったのに、真逆躱されるとは思いませんでした」
 そこで一旦余計な思考に区切りをつけて、カルシュルナさんの言葉に応える。
 彼女のお腹のあたり、最高級の背広と薄皮一枚を裂いた赤い線を見詰めながら。
「だから、僕からもお礼を言わせてください。さっきの一刀、
「いいえ、どういたしまして。でもそうね。それならわたしも、
 僕の言葉を聞いても、カルシュルナさんは艶やかに微笑んだままだった。
 でも僕のに応え終わったその瞬間、その気配が一変する。
「だから、わたしは次こそは・・・・・・・・・」
 その恐ろしいまでに美しい凄みが、僕の心を一気に最高潮まで昂ぶらせた。
「ええ、僕も次こそは・・・・・・・・・」
『あなたを必ず』
「殺してみせるわ」
「殺します」
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