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邂逅、そして会敵の朝✗44
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「まったく、お前の相手は冗談ではなく疲れるな。心なしか頭痛までしきてきたぞ」
ヴァルカはそう言うと、組んだ両腕を解いて右手を額に当てる。
そのとき圧迫された柔らかな膨らみがムギュッと押しつぶされ、マシュマロのようにかたちを変える瞬間を私は見逃さない。
シャッターチャンスだ!
いまの一瞬は私の脳内コレクションに、しっかりと保存しておく。
そんなことをしているなどおくびにも出さなず、私はきりっとした表情を作りヴァルカの状態を気遣う。
「大丈夫でありますか? ヴァルカ隊長? 小官でよろしければ医務室まで付き添いますが? いえ、それだけでなく僭越ながら看護からその後の看病まで、ひと通りの治療をさせて頂きたく存じますが?」
私は直立不動の姿勢を保ったまま、視線だけを動かしてヴァルカの様子を伺う。
どうやら、ヴァルカは小さく溜め息を吐いたようだった。
余計なお世話と心配かもしれないが、気の所為かヴァルカの溜め息が多いように思える。
ヴァルカはこの小隊の部隊長だ。
私たちには解らない、預かり知らぬ気苦労があるのだろう。
もしくは先ほどヴァルカ自身も言っていたこの隊の問題児たちの扱いに、頭を悩ませているのだろう。
その問題児たちの筆頭にしてエースが私だと、ヴァルカの口からはっきりと言われたような気がする。
だが私の脳は気がするだけということはその程度の些事だと判断し、自動的に思考から削除し記憶から抹消する。
自分に都合の悪いことは、自分の都合よく忘れるに限るのだ。
「お前からそう言われると、まるで焼き場から墓場までと言われたような気分だ。そんないらん気を回さずに、もっとしっかりしろ。お前は、それだけでいい。それだけで、私の心労の半分以上は軽減される」「ハッ! 今後はヴァルカ隊長の仰るよことを体現出来るよう、鋭意努力して参ります」
「努力目標にしてほしくはないのだがな。しかしこのようなこと、命令とするほうが野暮と言うものか。まあ、いいだろう。これもまた、小隊を預かる者の務め。いや、ひととして当然の在り方か。故に、私はお前を信じる。お前は、私の信頼に応えてくれるか?」
ヴァルカの目は戯れを許さぬ真剣な色を帯び、その言葉には人肌の熱があった。
「ハッ! 勿論であります。小官の全身全霊を尽くし、ヴァルカ隊長のご期待に応えてご覧にいれます」
私の応えを聞いたヴァルカは、口の端に小さな笑みを浮かべた。
「どの口がとは言わないが、せめてその半分だけでも普段からしゃんとしていてほしいものだ。本来のお前はこの小隊の危機を誰よりも速く薙ぎ払う一番槍として、頼もしい存在のはずなのだからな」
ヴァルカの言葉が本心からのものであることは、訊くまでもなく私の心に伝わってきた。
「恐縮に存じます。ヴァルカ隊長」
私は自分の持てる全ての誠意を込めて、ヴァルカの真っ直ぐな言葉に返答した。
「うむ。ならばよろしい。なにがよろしいのかと言うとだな、これでお前への説教を再開出来るというが実によろしい」
そうだったっ! 忘れてたっ!
ついつい心地いい空気に包まれ失念してしまっていたが、私はヴァルカからのお説教の真っ最中だったのだ。
何とか、何とかして誤魔化さなければ。
私の持てる狡猾さの全てをフル回転し、この場を切り抜ける言葉を捻り出す。
「えぇと、その、ですねぇ。その件につきましてはまた後日、日を改めてというこでいかがでしょうか? 勿論これはその場しのぎの言い逃れなどではなくてですね・・・・・・・・・。そう! そうです! 隊長の素晴らしいお言葉の数々、小官は感服致しました。まさにこれが一を聞いて十を知るとうものなのだと、身を以て実感致しました。あの~、ですからこれ以上のお言葉は、不要なのではないかと小官は愚考致す所存な訳でありまして。ヴァルカ隊長に至っては言わずもがなのことになりますが、当然がらこれは自分を最優先に考え自分の被害を最小に抑えようなどという姑息な思惑など微塵もある訳ございません。ただこれ以上はヴァルカ隊長のお体に障るのではとだけ、小官は危惧しておる次第であります」
よし、何とか全部言い切った。
あとは何とかしてこの難局を乗り切って・・・・・・・・・。
「わかった、わかった。もう充分だ。お前の言いたいことはよーく解った」
ヴァルカは額に当てていた右手を振りながら、溜め息混じりに言い放つ。
「お前には何を言っても駄目だということがよく解った。少なくともいま、この場ではな。誠に業腹極まりないが、これ以上時間がないのも事実だ。自分に与えら得た職務に戻れ。お前の相方も、どうやら既に復活しているようだしな」
そう促されてアーサを見ると、ケロッとした顔をして私とヴァルカのやり取りを眺めていた。
「ああ、それとな」
その声に、私は再び顔をヴァルカに向ける。
「一を聞いて十を知るというのは自分で自分に言う言葉ではない。以後気を付けるように」
「ハッ! ご指摘頂きありがとうございます」
「まったく返事だけはいつもいつも・・・・・・・・・。とにかく続きに取りかかれ、キルエリッチャ・ブレイブレド隊員。私とお前の続きは、この任務が全て終わった後だ。それまでにもう少し、上等な言い訳を考えておけ」
そう言い残すとヴァルカは颯爽と身を翻し、自分の仕事に戻っていった。
どうやら、切り抜けることが出来たようだ。
だがこれで終わりではないところが、流石はヴァルカと言ったところか。
まあ、でも、いいか。
特に問題がある訳でもなし。
それでも一番の問題があるとすれば、私がヴァルカからのお説教が大好きだということくらいか。
「お話終わった-? キルッチー」
「ああ、終わったよ」
タイミングを見計らい、アーサが声をかけてくる。
それに応えながら、私はアーサの元へと近づいていった。
「ではヴァルカに言われた通り、さっきまでの続きをしようか」
「そうだね。続き続き-♪」
何がそんなに楽しいのか、無意味に両手でピースサインを作りながらアーサは私を出迎えた。
その仕種に何やら物足りないものを感じつつ、ヴァルカの言葉の通りに私は作業再開の準備に取り掛かった。
ヴァルカはそう言うと、組んだ両腕を解いて右手を額に当てる。
そのとき圧迫された柔らかな膨らみがムギュッと押しつぶされ、マシュマロのようにかたちを変える瞬間を私は見逃さない。
シャッターチャンスだ!
いまの一瞬は私の脳内コレクションに、しっかりと保存しておく。
そんなことをしているなどおくびにも出さなず、私はきりっとした表情を作りヴァルカの状態を気遣う。
「大丈夫でありますか? ヴァルカ隊長? 小官でよろしければ医務室まで付き添いますが? いえ、それだけでなく僭越ながら看護からその後の看病まで、ひと通りの治療をさせて頂きたく存じますが?」
私は直立不動の姿勢を保ったまま、視線だけを動かしてヴァルカの様子を伺う。
どうやら、ヴァルカは小さく溜め息を吐いたようだった。
余計なお世話と心配かもしれないが、気の所為かヴァルカの溜め息が多いように思える。
ヴァルカはこの小隊の部隊長だ。
私たちには解らない、預かり知らぬ気苦労があるのだろう。
もしくは先ほどヴァルカ自身も言っていたこの隊の問題児たちの扱いに、頭を悩ませているのだろう。
その問題児たちの筆頭にしてエースが私だと、ヴァルカの口からはっきりと言われたような気がする。
だが私の脳は気がするだけということはその程度の些事だと判断し、自動的に思考から削除し記憶から抹消する。
自分に都合の悪いことは、自分の都合よく忘れるに限るのだ。
「お前からそう言われると、まるで焼き場から墓場までと言われたような気分だ。そんないらん気を回さずに、もっとしっかりしろ。お前は、それだけでいい。それだけで、私の心労の半分以上は軽減される」「ハッ! 今後はヴァルカ隊長の仰るよことを体現出来るよう、鋭意努力して参ります」
「努力目標にしてほしくはないのだがな。しかしこのようなこと、命令とするほうが野暮と言うものか。まあ、いいだろう。これもまた、小隊を預かる者の務め。いや、ひととして当然の在り方か。故に、私はお前を信じる。お前は、私の信頼に応えてくれるか?」
ヴァルカの目は戯れを許さぬ真剣な色を帯び、その言葉には人肌の熱があった。
「ハッ! 勿論であります。小官の全身全霊を尽くし、ヴァルカ隊長のご期待に応えてご覧にいれます」
私の応えを聞いたヴァルカは、口の端に小さな笑みを浮かべた。
「どの口がとは言わないが、せめてその半分だけでも普段からしゃんとしていてほしいものだ。本来のお前はこの小隊の危機を誰よりも速く薙ぎ払う一番槍として、頼もしい存在のはずなのだからな」
ヴァルカの言葉が本心からのものであることは、訊くまでもなく私の心に伝わってきた。
「恐縮に存じます。ヴァルカ隊長」
私は自分の持てる全ての誠意を込めて、ヴァルカの真っ直ぐな言葉に返答した。
「うむ。ならばよろしい。なにがよろしいのかと言うとだな、これでお前への説教を再開出来るというが実によろしい」
そうだったっ! 忘れてたっ!
ついつい心地いい空気に包まれ失念してしまっていたが、私はヴァルカからのお説教の真っ最中だったのだ。
何とか、何とかして誤魔化さなければ。
私の持てる狡猾さの全てをフル回転し、この場を切り抜ける言葉を捻り出す。
「えぇと、その、ですねぇ。その件につきましてはまた後日、日を改めてというこでいかがでしょうか? 勿論これはその場しのぎの言い逃れなどではなくてですね・・・・・・・・・。そう! そうです! 隊長の素晴らしいお言葉の数々、小官は感服致しました。まさにこれが一を聞いて十を知るとうものなのだと、身を以て実感致しました。あの~、ですからこれ以上のお言葉は、不要なのではないかと小官は愚考致す所存な訳でありまして。ヴァルカ隊長に至っては言わずもがなのことになりますが、当然がらこれは自分を最優先に考え自分の被害を最小に抑えようなどという姑息な思惑など微塵もある訳ございません。ただこれ以上はヴァルカ隊長のお体に障るのではとだけ、小官は危惧しておる次第であります」
よし、何とか全部言い切った。
あとは何とかしてこの難局を乗り切って・・・・・・・・・。
「わかった、わかった。もう充分だ。お前の言いたいことはよーく解った」
ヴァルカは額に当てていた右手を振りながら、溜め息混じりに言い放つ。
「お前には何を言っても駄目だということがよく解った。少なくともいま、この場ではな。誠に業腹極まりないが、これ以上時間がないのも事実だ。自分に与えら得た職務に戻れ。お前の相方も、どうやら既に復活しているようだしな」
そう促されてアーサを見ると、ケロッとした顔をして私とヴァルカのやり取りを眺めていた。
「ああ、それとな」
その声に、私は再び顔をヴァルカに向ける。
「一を聞いて十を知るというのは自分で自分に言う言葉ではない。以後気を付けるように」
「ハッ! ご指摘頂きありがとうございます」
「まったく返事だけはいつもいつも・・・・・・・・・。とにかく続きに取りかかれ、キルエリッチャ・ブレイブレド隊員。私とお前の続きは、この任務が全て終わった後だ。それまでにもう少し、上等な言い訳を考えておけ」
そう言い残すとヴァルカは颯爽と身を翻し、自分の仕事に戻っていった。
どうやら、切り抜けることが出来たようだ。
だがこれで終わりではないところが、流石はヴァルカと言ったところか。
まあ、でも、いいか。
特に問題がある訳でもなし。
それでも一番の問題があるとすれば、私がヴァルカからのお説教が大好きだということくらいか。
「お話終わった-? キルッチー」
「ああ、終わったよ」
タイミングを見計らい、アーサが声をかけてくる。
それに応えながら、私はアーサの元へと近づいていった。
「ではヴァルカに言われた通り、さっきまでの続きをしようか」
「そうだね。続き続き-♪」
何がそんなに楽しいのか、無意味に両手でピースサインを作りながらアーサは私を出迎えた。
その仕種に何やら物足りないものを感じつつ、ヴァルカの言葉の通りに私は作業再開の準備に取り掛かった。
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