ゆえに赤く染まった星にひとりとなって

久末 一純

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邂逅、そして会敵の朝✗43

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 ・・・・・・・・・なん・・・・・・・・・、・・・・・・・・・だと・・・・・・・・・。
 それがヴァルカのチョップをまともに受けた私の、率直かつ素直な感想だった。
 その衝撃は痛みという感覚を伴って、驚愕と共に私の全身に轟いた。
 ヴァルカのチョップを私が直立不動で受けたのは、上官からの叱責だったからだけではない。
 まったく、見えなかったのだ。
 そして分からなかったのだ。
 ヴァルカのチョップが私の脳天に直撃し、痛みという電気信号が体のなかを一巡する。
 それまで、何をされたか解らなかった。
 その事実に、私は痛みより恐怖によって目を見開く。
 私の目の前にいる、手を伸ばせば届く距離にいる人間。
 腕を振り上げ、そのまま垂直に振り下ろす。
 そんな単純な挙動に、私は見切ることはおろか一切の反応ができなかったのだ。
 これを恐怖と言わずして何と言おう。
 これでも軍人として、戦士の端くれとして生きてきたのだ。
 戦場に立ち、戦争を生業とし、戦闘を生きる糧とする。
 そうした生き方をしてきた自分の経験の全てが、何の役にも立たなかった。
 落胆も消沈も通り越し、ただ恐怖と驚愕だけが私の心を支配する。
 だがそれも過ぎ去ってしまえば、また違う感情が芽生えてくる。
 それは、ヴァルカ自身への感嘆。
 自惚れではなく、真正面にいるこの私に何もさせなかったという事実。
 それに対する負け惜しみないではない、惜しみない手放しの称賛と歓喜。
 私が感じたヴァルカに対する恐怖と驚愕は、裏を返せばこれ以上ないほどの信頼へと転換する。
 流石は私が尊敬し、敬愛するヴァルカ隊長だ。
 我ら遊撃小隊の隊長殿は伊達じゃない。
 そうしてヴァルカに対する畏敬の念を改にしたところで、私は感じたことをそのまま伝えた。
「痛いであります。ヴァルカ隊長」
「そうか。それはよかったな。それが生きてる証拠だ」
 ヴァルカは呆れ顔のなかに小さく笑みを浮かべると、私の頭の上から手をどけた。
 そのタイミングで、私はヴァルカに質問する。
「隊長、ひとつよろしいでしょうか?」
「なんだ? キルエリッチャ・ブレイブレド隊員。私に答えられる範囲でよければ、お前の疑問に応えよう。先に言っておくがお前お得意の卑猥な冗句や雑多な猥談は、私の守備範囲外だからな」
 そう言ってヴァルカは両腕を胸の下で組んだ、両腕で胸を押し上げるようなお説教姿勢へと戻る。
 そんな姿を見せつけられて猥談は禁止だと言われても、私としてはひと言どころか言いたいことが山ほどある。
 それは最早大好物の餌を前にして、「待て」の命令を言い渡された犬に等しい。
 ちなみに私は自分自身を犬に例えることについて、一切の抵抗はない。
 それに同じ犬でも駄犬と忠犬では天と地ほどの差がある。
 そのどちらとして見られても、私としては気持ちがいいので問題はない。
 だが自分自身の在り方としては、上官に仲間に任務に、そして忠実でありたい。
 故に、私はヴァルカに訂正を求めることにした。
 本来の軍組織ならばありえないことだが、これくらいの物言いは我が隊では日常茶飯事だ。
 それが私たちの隊のいいところでもあり、自慢のひとつでもある。
 何故ならこの程度では、隊の規律が乱れることも規範を乱すこともない。
 そんことをする者など
 何より私たちの結んだ絆には、何の影響もないのだから。
「隊長。先ほどのお言葉ですが、僭越ながら小官にはひとつ申し上げたきことがございます」
「ほう、なんだ? 遠慮はいらんぞ。構わんから言ってみろ」
「ありがとうございます。では失礼致しまして・・・・・・・・・。小官も隊長と同じく、冗句や猥談の類は守備範囲外であります。何故なら、小官は常に本気であるからであります」
「そうか」
 そうひと言で答えたヴァルカの表情は、言葉とは裏腹に何とも言えない複雑なものだった。
「お前と私は同じか。それはまた嬉しいことを言ってくれる。本当に
 その顔は、子供の稚気に手を焼く母親のようにも見えるものだった。
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