ゆえに赤く染まった星にひとりとなって

久末 一純

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邂逅、そして会敵の朝✗35

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「ほひゃっ!」
 作業再開の鐘の音は、そんな可愛らしい悲鳴から始まった。
 それはアーサのくびれを掴んで離さない私の両手。
 それが無言で上下運動を開始したために鳴ったもの。
 そう、無言だ。
 この私がアーサの肉体に触れながら、何も言葉を発していないのだ。
 両目は見開かれ、視界に入る全てを収めるように何処にも焦点を結んでいない。
 それでいて、瞬きひとつしないのだ。
「ちょっ、急に、どうしたのキルッチ、いぃん! 何だか、考え事でも、してるのかと思ったら、あぁん! こんな、いきなり、激しく、なんて、えぇん! ていうか、コワいよ、キルッチ! ひん! それが、あふぅ! どこかって、えひぃ! 訊かれた、らぁん! その目が、その顔が、そして何よりその雰囲気が! うひゃぁ!」
 そんなけしからんことを言ってしまう、いけない子はこうだ。
 私は摩擦で火を起こさんばかりの速度で、両手をアーサのくびれにこすりつける。
 かと思えば突如として速さを切り替え、幼子をあやすように優しくゆっくりと撫で擦る。
 その静から動、動から静の緩急に、アーサは翻弄されているのだ。
 それでも自分の言いたいことを最後まで主張してくるのが、非常にアーサらしいと言える。
 それにアーサのげんにも一理ある。
 それはいまの私はかつてないほどの、無我の心境に到達していると言っても過言ではないからだ。
 結局、悟りを開くどころか明鏡止水の境地にも達することは叶わなかった。
 果たして一体何故だろう? 理由がまったく解らない。
 般若心経は飽きてきたので途中で投げた。
 素数暗唱はキリがないので中途で止めた。
 ・・・・・・・・・うん、これは考えるまでもない。
 ああ、そうだ。これしかない。
 間違いなく、これが原因だとしか考えられない。
 出来ることなら、解らないままでいたかった。
 道半ばで歩みを止めた者は、何処へも辿り着けはしない。
 そんなことは誰でも知っている、それくらい誰でも解る、自明の理。
 だが私にも言い分というものがある。
 アーサよろしく、主張したいことがある。
 この件に関しては私が悪い。
 そこはまあ、それでよろしい。
 もうこれは、終わったことなのだ。
 それは私も、認めよう。
 だからといって両方とも唱えきれば俗世を解脱出来るとは、とてもじゃないが思えない。
 加えて片方は唱え終わる前に確実に私の寿命が尽きる。
 こんなところで時間の大切さを識ることになるとは、人生とは本当に解らないものだ。
 中途半端に事を終えるくらいなら、最初からやらなければいい。
 その意見には諸手を挙げて、ではなく私は片手だけを挙げて賛成の意を示す。
 中途半端大いに結構。
 道半ばでも充分だ。
 何故ならそれは、自ら前に進んだことの証なのだから。
 その結果辿り着いたのがこの無我の心境。
 その成果が、一心不乱にアーサのくびれに手を這わせている私だ。
 精神ディスタンスは中途半端の道半ばもいいところだが、ここまで来れたのならそれでいい。
 中途半端に到達出来たからこそ、大事なものが見えてくる。
 道半ばに辿り着いたからそ、大切なものが何かが解る。
 それを私は、手に入れたのだ。
 それだけで、もういいではないか。
 などと栓のない自己弁護はここで終了。
 意味のない自己正当化はこれにて完結。
 結論を言ってしまえばこんなこと、やってもやらなくても変わらなかった。
 それはどうしてかと問われれば、答えは私のなかにあったのだ。
 最初から、私のなかにあったのだ。
 アーサへの、愛という名のLOVEのかたちが!
 それさえあれば、あとはもういらない。
 これさえ解れば、あとはもうどうでもい。
 故にいまの私に我は無し。
 ただアーサへの愛、その一念のみで満たされているのだから。
「ハッハッハ。アーサは本当に愛いういやつよのう。どれ、その可愛らしい喘ぎをもそっと私に聞かせておくれ」
「ちょ・・・・・・・・・待っ、てキル、ッチ。これ、以、上は、本、当に。うぅん!」
 きたか、きたな、いよいよきたぞ。
 待っていたぞ、この瞬間ときを!
 私の期待はアーサの声の昂りとともに、大きく膨れあがっていく。
 そしてもうひとつの冷たい音がツカツカと、私の背後から靴音高く近づいてくる。
 その音は私の心にグサグサと、氷柱つららを刺し込むように凍えさせていく。
 ああ、これは駄目なやつだな。
 私は一瞬で覚悟を決め、霜が張り付く背中を見下ろす極寒の視線へ向けて、恐る恐る振り向いた。
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