ゆえに赤く染まった星にひとりとなって

久末 一純

文字の大きさ
上 下
34 / 45

邂逅、そして会敵の朝✗34

しおりを挟む
 まあ、たとえ私が鬼でも悪魔でも果たしてそれ以下でも、いまはもうどうしようもないことだ。
 いまとなってはどうでもいいこと、とは流石に言えない。
 何故ならこれは私に関わることだからだ。
 私に関わる、みんなに関係することだからだ。
 しかし、いまはそんなことを考えているときではない。
 その件については後でいくれでも考えてあげるから、いまは頭のなかの屑籠にポイっ。
 いい子だから、大人しく入っていなさい。
 いまの私がやるべきことは別にある。
 今の私には、やらなければならないことがある。
 それは目の前にあるアーサの極上の肉体を、隅々まで味わい尽くすこと。
 ・・・・・・・・・じゃなくて。
 迅速かつ的確に、スーツの確認と点検作業を進めることだ。
 片膝をつきアーサの腰に手を這わせた姿勢のまま、随分時間が経ってしまっているような気がする。
 アーサからさえ、無意識の催促をされてしまう始末だ。
 ここからは本腰を入れて、本気で作業に取り組むとしよう。
 本気でアーサに入れたいのは私の本腰のほうだろうという、頭の片隅に響く煩悩の囁きには石を載せて蓋をする。
 そんな訳あるに決まっているが、いまはそのときではないのは流石の私も解っている。
 私はこれでもTPOを弁えているのだ。
 今更こんなことを言っても説得力も信憑性もないかもしれないが、本当だよ?
 仕事は真面目に楽しく完全に。
 それが私の仕事に対する向き合い方であり、合言葉だ。
 故に実務に支障をきたさない程度に自らの趣味嗜好を満たし満足させることは、私の脳内法定において「是」とされている。
 だが今回は、少々度が過ぎてしまったようだ。
 自分で定めた規範の範囲を逸脱してしまったようだ。
 いまも私の背中にチクチクと突き刺さる、ヴァルカの視線と気配がいい証拠だ。
 ここからは真面目と完全に重点を置いて、仕事に取り掛かり作業を進めよう。
 そのためにはまず、しなければならないことがある。
 己の心の裡に巣食う邪念と欲望を、何としてでも取り払わらなければ。
 何しろいま私の目の前にあるのはアーサという、とってもいい香りのする美味しそうな大ご馳走。
 私のような人間を、羽虫のように吸い寄せる。
 ただ見ているだけ、それだけで、体中の穴から涎が溢れてくるほどに。
 そんな至高を前にしてもなお常と変わらぬ平常心と正常心。
 そして思惟的かつ恣意的な、職業意識と倫理を保たなければならない。
 ただただ機械的に仕事を消化し作業をこなすだけならば、そんなものは機械にやらせておけばいいのだ。
 人間として事を為すならば、人間でしか成し得ない付加価値を追加しなければならない。
 果たしてそれは何なのか。
 この問いに関しては、私は答えを識っている。
 この問に関してだけは、私は答えを持っている。
 私がアーサに対して抱く感情。
 この気持ち、まさしく愛だ!
 エロスでフィリアでアガペーだ!
 確かにこの感情は、
 だが人間だけがこの感情を、解剖し分析した。
 そうして人間だけがこの感情を、分解し解析し続けてきた。
 愛と名付けたこの感情の、正体を識るために。
 その結果と成果は、いまだにはっきり出ていない。
 それでも解っていることがあるとするならば、それはよく解らないという曖昧なもの。
 まだまだ人間の手に、いや、心に余る、計り知れない感情だということだけだ。
 という訳で私がアーサに対して抱き、アーサに対して向ける感情が暴走することは致し方ないことなのだ。
 それはもう、学術的にも心理的にも科学的にも証明されている。
 
 しかし、私は知っている。
 私だけが識っている。
 私の懐くこの感情。
 私がアーサに抱くこの気持ち。
 私の愛が、本物だということを。
 愛とはなんぞやと問われれば、私は無言で自分の心を親指で指すだろう。
 それは報酬も対価もいらない、無償の愛。
 
 それが今回は幾分、多少、些かなりとも行き過ぎたことを認めるこに関しては、私としてもやぶさかではない。
 これでは仕事と作業に支障が生じてしまう。
 これでは先に進めない。
 それは私の脳内法定でも「否」とでている。
 ならばなんとかしてもこの感情、溢れ出るこの私の愛の手綱を握らなければならない。
 この暴れ馬のような感情を、なんとしてでも御さなければならない。
 わたしの愛は凶暴なのだ。
 悟りを開きたいなどと贅沢は言わない。
 しかしせめても明鏡止水の境地には達したい。
 それがどれほどの苦難と困難か、解らぬままに高望みする。
 それでもまずはとりあえず、私は頭のなかに過るBGMの流れに乗って、般若心経を唱えながら素数を数え始めるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

スライムイーター ~捕食者を喰らう者~

謎の人
ファンタジー
アルル・ジョーカー、十三歳。 盗賊団の下で育ったろくでなしの少女は、新しい人生を求めて冒険者となることを決意する。期待に胸膨らませ、馬車に飛び乗り、大きな街を目指して走り出す。 リンネ・アルミウェッティ、神官。 "捕食者を喰らう者"との二つ名を冠し、ベテラン冒険者へと上り詰めた悪食な神官は、しかし孤独な日々を謳歌していた。 女神の導きにより、出会ってしまった異端な少女たちは、共にコンビを組んで冒険へと繰り出していく。美味なるスライムを求めて彷徨う、飽くなき冒険心が織り成す、一大巨編超大作的なファンタジーの幕開けである。 「お味の方はいかがでしょう?」 「なにこれ、リンネさんの唾液味? それとも胃液味?」 「スライム本来の味です」  これは意外、美味でした。 だいたいこんな感じ! *「小説家になろう」にも投稿しています。 https://ncode.syosetu.com/n7312fe/

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...