ゆえに赤く染まった星にひとりとなって

久末 一純

文字の大きさ
上 下
8 / 45

邂逅、そして会敵の朝✗8

しおりを挟む
「だーからそんなに心配すんなって。何もわかんなくたってレッドの奴らのひとつやふたつ、わたしらだけでかるーくきてやるって。まったく、キルッチは心配性だなぁ。知ってるか? わたしら、これでも結構強いんだぜ?」
 朝から元気たっぷりに臆面もなくそう言ってのけて、アルリサック・カンヴァルーは高らかに宣言した。
 その溢れる活力に反応するように、彼女の癖っ毛があっちこっちに跳ねている。
 そうは言っても朝だろうと夜だろうと、元気のない彼女など見たことないが。
 その元気のよさに浮かれつられるように、彼女の言葉と調子は水素原子よりもなお軽い。
 それもまだ戦ってすらいな、それどころか相手がどんな個体なのかも解っていないこの状況で。
 彼女は何ひとつ疑うことなく、自分達の勝利を信じて謳う。
「待てアーサ。確かにみんなの強さは私もよく知っているしよく解っているが、だからといってその慢心と油断は危険だ。東洋では、蟻一匹が城をひとつ破壊する。だからこそ、石の橋でも叩いて確認しながら渡らなければならないと、そう戒める言葉が伝わっているんだぞ」
 私は少し小言が過ぎるかなと思いつつ、それでも釘を刺しておく。
 アーサの前向きな楽天的思考はみんなを引っ張る力になるが、それは裏を返せば後ろを振り向くことのない危機管理の低さでもあるのだから。
「これはキルッチの言う通りですわ、アーサ。どんなとき、どんな相手だろうとしっかりと気を引き締めなければなりません。そんな股の緩いことを言っていますと、何に足元をすくわれて破瓜の痛みを味わうことになるか、わかったものではありませんわよ」
 そこに賛成の意を示したメルヴォルース・ドリキスが加わり、私の言葉を補強してくれる。
 彼女自慢の緩く巻かれた豪奢な金色の髪は、朝の陽光を浴びて煌めいていた。
 そんな彼女は上品かつ優雅な所作で、湯気のあがるカップを持ち上げ紅茶を口にする。
 如何なる状況でも余裕と気品を失わない、まさしく隊の精神的支柱に相応しい姿だった。
 ただその発する言葉の端々に品のない表現を選んでしまうのが、彼女唯一の玉に瑕だった。
「そうだよ。そんな油断は大敵なんだよ! それに、何も情報がないのはすごく不安だよ。何より、相手のことが解らないのは、とっても怖いよ」
 そう言いながら目にかかる程伸ばした黒髪を跳ね上げるように顔を上げ、ナナルネス・ジーンリックは話の輪のなかへと入ってくる。
 少し気弱なところのある彼女は、自分の内心の懸念を吐露していく。
 彼女はいつも、最悪の状況を思考してしまうきらいがある、
 しかしだからこそ、そうはならなよう全力でみんなを助けてくれる、健気で一生懸命な隊の支援担当だった。
「ああ、これは皆の言う通りだ。勿論、このみんなのなかにはアーサは含まれていないことを先に明言しておく。どんなことでもそうだが、情報を持たない者が最後に辿り着くのは敗北だけだ。特にレッドとの戦闘においてそれは顕著だ。敵の状態、戦場の状況、作戦の内容。これらが揃って初めて事を為せる。よってアーサは自らの発言とは裏腹に、既に脱落し負けていることになる。反論があるなら聞くが、どうせそんなものはないだろう?」
 釘ではなくチクチクと針を刺すような淡々とした口調で、フォールネルト・ツーメルはアーサの言葉を否定しつつ持論を展開していく。
「ああ? あるわけないだろ、そんなもの。でも気合と根性さえあれば、大抵のことは何とでも何とかなるって。そう言ってんの!」
「それだけではどうにもならんと、さっきからそう言っているのだが?」
 言いつつふたりの視線はぶつかり、目に見えない火花を散らす。
 隊の切り込み役であるアーサと参謀役であるフォーが話に絡むと、いつもこんな調子になる。
 真っ直ぐ前岳を見て突き進む、突撃精神に溢れたアーサ。
 何事にも冷静沈着に、どんな小さな綻びも見逃さないフォー。
 そんな相性最悪のふたりが真っ向から意見をぶつけ合えば、こうなることは自明の理だ。
 しかしそれでもお互いに相手を嫌ってはおらず、認めるところは認めあっているのが奇妙だが微笑ましかった。
「ま、要するに、だ」
 そこで最後のひとりであり隊長であるヴァルレカラッド・イーソスが、みんなの意見をまとめるように口を開く。
「確かに今回の作戦にキルッチは参加出来ん。そして情報も不確かだ。だが、それ以外はいつもと変わらん。私たち五人がそれぞれの役と任を十全にこなせば、いつも通りだ。そしてこの隊にいるみんなは、それが確実に出来る者たちだと私は確信している」
 岩のように揺るぎなく、大樹のようにみんなを包み込む言葉が、五人それぞれの心に染み込んでいく。
「ま、そんなの当然っしょ」
「言われるまでもありませんわ」
「怖いけど、あたし頑張る」
「仕方ない。必要なものは自分で見付けるとしよう」
 アーサ、メル、ナル、フォーが、隊長であるヴァルカの言葉に賛同の意を示していく。
「よろしい。我々の個の力、それが結ばれ紡がれたとき如何なる威力を発揮するか、奴らに叩き込んでやろう。そして教えてやれ。このほしには、私たちがいることを」
『了解!』
 四人が手に手にカップやグラスを掲げ持ち、同じ言葉を唱和する。
「うんうん。私の隊の子たちはみんないい子で嬉しいよ。本当の乾杯はいつも通りに雑事と仕事を片付けてから、いつも通りに行おう。どうした、キルッチ? そんな顔して。まだ何か心配事でもあるのか?」
 そうヴァルカが私に水を向けてくる。
 だけど、私は何と応えていいか分からない。
 この胸の裡に澱のように降り積もっていく気持ちを、上手く言葉に出来ない。
 だからなのか、私はどうしようもなく的外れなことを口にした。
「だってみんな、わたしより弱いじゃないか!」
 そのひと言に、全員が水を打ったように静まり返る。
 そして次の瞬間、堰を切ったようにみんなが笑い口を揃えて言ったのだった。
『余計なお世話だ』
 
✗ ✗ ✗ ✗ ✗ ✗ ✗

 このときは、まだ誰も知らなかった。
 いつも通りなど、もう二度と訪れないことを。
 私を含め六人で囲む食卓が、これで最後になることを。
 このときのみんなの笑顔が、あんなに醜く、歪むことを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

スライムイーター ~捕食者を喰らう者~

謎の人
ファンタジー
アルル・ジョーカー、十三歳。 盗賊団の下で育ったろくでなしの少女は、新しい人生を求めて冒険者となることを決意する。期待に胸膨らませ、馬車に飛び乗り、大きな街を目指して走り出す。 リンネ・アルミウェッティ、神官。 "捕食者を喰らう者"との二つ名を冠し、ベテラン冒険者へと上り詰めた悪食な神官は、しかし孤独な日々を謳歌していた。 女神の導きにより、出会ってしまった異端な少女たちは、共にコンビを組んで冒険へと繰り出していく。美味なるスライムを求めて彷徨う、飽くなき冒険心が織り成す、一大巨編超大作的なファンタジーの幕開けである。 「お味の方はいかがでしょう?」 「なにこれ、リンネさんの唾液味? それとも胃液味?」 「スライム本来の味です」  これは意外、美味でした。 だいたいこんな感じ! *「小説家になろう」にも投稿しています。 https://ncode.syosetu.com/n7312fe/

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...