ゆえに赤く染まった星にひとりとなって

久末 一純

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邂逅、そして会敵の朝✗5

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「おはようございます! むくにぃ~!」
 その声音は、金糸雀カナリアのように綺麗だった。
 爽やかな朝に相応しいとても元気な声と言葉で、我が愛しの妹・斗雅とがは俺に向かって挨拶をしてきた。
 そうして我が愛しの妹は、俺の謝罪を最後まで聞くことなく遮った。
 そのありあまる元気の良さそのままに、俺に飛びかかってくることで。
 それはまるで、獲物を捕える猛禽類そのものだ。
 などと爽やかな朝には似つかわしくない、血腥い想像を掻き立てた。
 その場合、捕食者は我が愛しの妹の斗雅であり。
 捕食されるのは俺であるという事実には全力で目を逸らす。
 そのために俺は掻き立てられる想像を、湧き上がる妄想で打ち消すことに専念する。
 なのでここから先は、俺の主観が多分に入る。
 というよりも、俺の主観のみで構成される。
 まずは何はなくとも、否定から入らなければならない。
 最初の思考が否定というのは業腹だが、こればかりは致し方ない。
 断っておくが、否定しなければならないのは我が愛しの妹に対してではない。
 俺は斗雅のことならあらゆる全てをあまねく全肯定することに、まったくの躊躇を覚えない。
 そこに些かの罪の意識もなく、欠片ほどの責任も感じない。
 それは詰まるところ何を意味するかと言うと、こういうことだ。
 斗雅にとってはそんなもの、全然可愛くないということであり。
 それは何よりも、我が愛しの妹に一切合切似合わないということだ。
 何と言われようとこれだけは譲れない。
 俺にとって我が愛しの妹である斗雅は、可憐で清楚、純情にして純真。
 そして何者にも代え難く、何者にも変わりはない。
 そんな、何者よりも可愛く愛おしい存在だということだ。
 少なくとも俺が自主的に設置した脳内花畑で舞い踊る斗雅は、
 だが俺自らが構築した心地良い妄想に浸っているあいだにも、現実は無慈悲に進行している。
 誰であろうと何人なんぴとたりとも、止めることが出来ないが故に。
 それは、いまこのときも同様だ。
 華奢にして筋肉質、細身にしてふっくらとした柔らかさ。
 その相反する性質を絶妙に兼ね備えた、途轍もなく抱き心地の良い体。
 その肉体がいま、俺の眼前に迫っていた。
 そしてズムリという硬質の物体が肉にめり込む音とともに、俺は我が愛しの妹の体を抱きとめた。
 ああ、これぞまさしく至福のとき。
 たとえ斗雅の右手が貫手のかたちで、俺の鳩尾を抉っていようと。
 もしくは斗雅の左腕が、俺の首の関節を極めていようと。
 あるいは斗雅の両足が、鯖折りのように俺の脊髄を締め付けていようとも。
 その全てが愛くるしく、そして愛おしかった。
「それではあらためて、おはよう、むくにぃ。いい朝だね」
「あ、ああ。おは、よう。斗雅」
 俺は全精神力を振り絞って、我が愛しの妹の挨拶に応える。
 愛する妹の言葉に応えないなど、兄としてあってはならないからだ。
「ちなみには、わたしが何度起こしてもいまこの瞬間まで起きてこなかったむくにぃへのペナルティです。ちょっと痛くて苦しいかもしれないけど、我慢してください。だってこれはわたしの怒り。むくにぃが受けるべき、当然の罰なんですから」
「解って、いるさ。斗雅。この、程度、のこと、甘んじ、て、受けよう」
 俺は至極何でもないよう装いながら、我が愛しの妹斗雅の言葉に全力で応える。
 実際は、体が小刻みに震えて止まらない。
 膝はいまにもへし折れそうな程、がくがくと大爆笑を続けている。
 そして体中の穴という穴から、汁が漏れそうだ。
 先程から寝汗とは違う、もっと脂質を含んだぬるりとした汗が体中を濡らしている。
 居間に入る前に、小用を済ませておいて本当によかった。
 でなければ、確実に目も当てられない事態になっていただろう。
 そんなことを、我が愛しの妹の体を堪能しながら考えていた。
「そっか。流石はむくにぃだね。わたしの相手をしてくれて、壊れないのはむくにぃだけだよ。だからこれからもずっと、一緒にいてね」
 言われずとも、俺から斗雅の許を離れることなど決してない。
 そんなありえないことを気にするなんて、なんて心地のいいことだ。
「とりあえず、朝ごはんを一緒に食べよう。今日はわたしが、腕によりをかけて作ったんだよ」
「そうか。それは、心して、頂か、ないとな」
 ようやく震えの収まってきた口で、何とか斗雅へと返事を返す。
 それを聞いて食卓に目を向けると、とっくに朝食の準備は整っていた。
 確かにこれでは、我が愛しの妹が怒るのも無理もない。
 献立はごくありふれた、ごはんと味噌汁を中心とした和風のもの。
 しかしそれこそが、家庭の、家族の味だ。
 特に眼を見張るのは目玉焼きだ。
 完璧なかたちを保ったふたつの目玉。
 これぞまさに、目玉焼きの理想形そのものだ。
 その色が、黒一色に染まっていようとも。
 これは最早焦げているとかいう次元ではに。
 墨のなかに浸したように、完全に真っ黒なのだ。
 これぞまさしく、作った者の想いをかたちにする匠の技だと俺は納得した。
「それじゃあ早く食べよう。特にね、目玉焼きが自信作なんだ。むくにぃならきっと、美味しいって言ってくれるよね?」
「ああ、勿論だとも」
 その笑顔と言葉さえあれば、たとえ泥でも至高のメニューを凌駕する。
 俺はそう腹をくくり、朝の食卓へとついたのだった。
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