ゆえに赤く染まった星にひとりとなって

久末 一純

文字の大きさ
上 下
1 / 45

邂逅、そして会敵の朝✗1

しおりを挟む
 この惑星を、奴らから守らなければならない

 ――ああ、そうだ。

 このほしを、奴らの手に渡していけない。

 ――そんなことは、言われるまでもない。

 この蒼き緑の奇跡を、奴らの好きにさせはしない。

 ――当たり前だ、そのために俺がいる。
 
 だからこそ我らは。

 ――だからこそ俺は。

 貴様達を、

 ――お前らを、

「殺し尽くす」
「刈り尽くす」

✗ ✗ ✗ ✗ ✗ ✗ ✗

 甲高く無機質な電子音が、目覚めの時刻ときを告げている。
 毎朝毎朝、せっせと飽きずにご苦労なことだ。
 勤勉は金なり、だがこの音を聞くたびに、それは時と場合と人によるとつくづく思う。
 そもそもお前は、多少なりとも疑問に思いはしないのか。
 何故自分が毎日決まった時刻になると、大声で喚き散らさなければならないのか。
 どうして自分が唯々諾々と、斗雅とがの命令に従わねばならないのか。
 まったく、俺にそんな権利があるのなら、皆勤賞をくれてやる。
 いまも変わらず大音声を発し、俺の安眠を奪い覚醒させようと躍起になっているお前目覚まし時計にじゃないぞ。
 勤勉にして実直、かつ清貧な我が愛しの妹である斗雅に対してだ。
 だが残念ながら、俺にはそんな権力も気力もない。
 よってこのまま惰眠を貪ることに大決定。
 つまりその邪魔をするお前には、消えてもらうことになる。
 安眠への渇望と惰眠の誘惑を載せた俺のノールックチョップが、狙い違わず目覚まし時計のスイッチにヒット。
 毎朝の鍛錬により自然と身についた、標的を破壊することなく自分の欲求を叶える妙技が見事に炸裂。
 この技を会得するまで、数多くの犠牲を払ってきた。

 そうして、さっきまで威勢は何処へやら。
 目覚まし時計は、完全に沈黙した。
 そして室内に夜の残滓たる静寂と、朝の証明である静謐さが戻ってくる。
 さて、このまま二度寝という人類にとって上から数えたほうが早かろう幸せを甘受しよとしたその瞬間――
 ガン、ガン、ガンとさっきまでとは比べ物にならならい大音響が、一階から暴力的なまでにこだまする
「むくにぃ~! むくにぃ~! 朝だよ! 朝が来たよ! だからさっさと起きて!」
 おっとりとした声音ながらもよく通る声質が、階下から俺の名前を連呼する。
 夕暮れ時の吹奏楽部もかくやという、盛大な金属音を伴って。
「むくにぃ~、早く起きないと遅れるよ! 遅れるってことは遅刻だよ! それは何処かと訊かれたら、それはもう学校に!」
 我が愛しの妹よ、何故倒置法を使ってまで落語調で俺の睡眠を妨害するのか。
「むくにぃ~! 大変だよ! 学校に遅れるのは一大事だよ! ただでさえうちの学校の日陰者で厄介者のむくにぃの立ち位置が、更に悪い方向にスライドしちゃうよ!」
 我が愛しの妹よ、隣近所に聞こえかねない大声で、さりげなく兄を否定するのはよくないぞ。
 あとでひと言、優しく言って聞かせねば。
 俺は紳士ではないが、妹にだけは暴力を振るわない。
「むくにぃ~! ・・・・・・・・・これだけ呼んでも駄目なら仕方ないよね。もう、やるしかないよね。わたしの最終奥義が火を吹くときがきちゃったよ。そう! これはむくにぃを守るため! 心を鬼にして泣く泣くやらなきゃいけないことなの! だって、これ以上うちの学校の腫れ物が大きくならないように、プチッとちゃんと潰さなきゃ。もちろんむくにぃは悪くないよ、悪いのは全部わたし。だからむくにぃはわたしを恨んでいいよ。でもその代わり、痛みと一緒に現状の深刻さを思い知るといいよ!」
 その言葉に宿る恐怖と戦慄が、撥条ばね仕掛けのように俺の体を布団から叩き起こした。
 以前俺の唯一の親友にして悪友が、「毎朝妹に起こされるとは、お前は一体前世でどれだけの徳を積んだんだ? 一度でいいから俺もそんな体験をしてみたいものだよ。ああ、当然ながら『妹』は血の繋がらない義妹で頼む」などと、俺を指してのたまってきたことがある。
 ああ、たしかにお前の言う通り、妹に朝起こされるというのは何よりも至福を感じるひとときだ。
 たとえそこに、俺の耐久性を軽々超える痛みがあったとしても。
 妹は何処に出しても恥ずかしくない紛れもなく淑女だが、俺にだけは本物の愛情、世間では暴力と呼ぶらしきものを遠慮なく振るう。
 どうか想像してみるがいい。
 我が愛しの妹の名誉のために、具体的な数字は伏せよう。
 だが重さ二桁キログラムの物体が指向性をもって、高所から膝を立てて人体急所、主に体の正中線の何処かにピンポイントに突き刺る、その壮絶と悶絶を。
 そのとき俺はいつも思う。
 俺は前世で一体どれほどの悪業を働いたのかと。
「むくにぃ~! これが最後通告だからね! これで起きなかったらもうおしまいだよ! 後で泣いたって、頭を撫でてあげないんだから!」
「起きたよ! 斗雅! 今降りる!」
 そう言って、俺は布団から這い出し欠伸をひとつ。
 そして寝間着のまま、我が愛しの妹が待つ一階へと降りる為、自分の部屋の扉に手をかけた。
 頭を撫でられるのはいいが痛いのは嫌だなぁと、益体もないことを考えながら。
 何故ならそんなものは俺にとって、天秤に掛けるまでもないことだからだ。
  安息の約束された自分の部屋から一歩外へと踏み出したとき、階下から微かな音が漏れ聞こえてくる。
 我が愛しの妹、斗雅のものではない。
 俺の妹の声はこんな機械的で無機質な響きではない。
 もっと愛情と温もりに溢れ慈愛に満ちた、それはまるで天上の・・・・・・・・・いや、この辺にしておこう。
 俺は気力の全てを用いて、我が愛しの妹への思いを断ち切った。
 そうでもしないと、際限なく無限に想いが溢れ溢れ止まらないからだ。
 そうして頭を切り替え耳をそばだてると、詳細が理解出来てきた。
 どうやらこの無味乾燥な声は、つけっぱなしになって垂れ流されている朝のニュース番組からのもののようだ。
 朝も早くから本当にお疲れ様です。
 などと、熱のない言葉を思い浮かべ、胸の裡だけで労った。
 そして一階へと続く階段を降りながら、聞こえてくる声を聞き流す。
 曰く、絶滅が危惧される動植物が増加している。
 曰く、発展途上国を起点とする大気汚染が深刻化している。
 曰く、人工増加による食糧問題に抜本的な解決策が見えない。
 曰く、石油に代わる代替エネルギーの問題が複雑化している。
 曰く、・・・・・・・・・見事に爽やかな朝に反比例した、先の見えない暗い話題ばかりだ。
 それならそれで、せめてもう少し明るく伝えることは出来ないものか。
 嫌、それはそれで不謹慎か。
 そんなどうでもいいことをつらつら考えていると、最後のニュースが耳に入る。
 曰く、また新たな未知の巨大生命体が出現し、これを撃退した。
 ああ、よしよし。どうやら今日もまた、いつも通りの日々がいつも通りに訪れたようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

スライムイーター ~捕食者を喰らう者~

謎の人
ファンタジー
アルル・ジョーカー、十三歳。 盗賊団の下で育ったろくでなしの少女は、新しい人生を求めて冒険者となることを決意する。期待に胸膨らませ、馬車に飛び乗り、大きな街を目指して走り出す。 リンネ・アルミウェッティ、神官。 "捕食者を喰らう者"との二つ名を冠し、ベテラン冒険者へと上り詰めた悪食な神官は、しかし孤独な日々を謳歌していた。 女神の導きにより、出会ってしまった異端な少女たちは、共にコンビを組んで冒険へと繰り出していく。美味なるスライムを求めて彷徨う、飽くなき冒険心が織り成す、一大巨編超大作的なファンタジーの幕開けである。 「お味の方はいかがでしょう?」 「なにこれ、リンネさんの唾液味? それとも胃液味?」 「スライム本来の味です」  これは意外、美味でした。 だいたいこんな感じ! *「小説家になろう」にも投稿しています。 https://ncode.syosetu.com/n7312fe/

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...