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インテルメッツォ-40 本当/反等
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「あらあらまぁまぁ。これはなんということでしょうかぁ!」
少女は頬に手を添え、やや上擦ったような声を上げる。
「先程垣間見た天の国。その扉一息にび越え、一瞬で昇りつめていまいましたよぉ!」
興奮醒めやらぬ昂りのまま告げる少女の爪先は、身体の内側に向いている。
少女に向けられた言葉は無骨にして実直。
そこには一切の虚飾も修飾も廃されている。
しかしそれ故に疑う余地なく紛れもない、真実なる男の言葉。
その魔王からの想いを正面から受けた少女の顔は、熱病に冒されたように朱に染まっていた。
そして少女は身体に籠もる狂熱を吐き出すように、熱く濡れた吐息をひとつ吐く。
そうして一転落ち着いた口調を取り戻し、静かに魔王の想いに応えてゆく。
「あなたからそのようなお言葉を頂戴する日がこようとは、これが俗にいうところの夢でも見ているような心地、というものなのでしょうか。だとしたら、あなたから称賛と求愛を同時に賜った今このときが、まさしくわたしにとって夢なのでしょう。きっと今この瞬間こそが、わたしがずっと追い求め夢見続けていた、本当の夢だったようですね。夢なんて、本当は大嫌いなはずなのに。そんなものは所詮言い訳、そんなものに希望や憧憬を見出すなど愚の骨頂だと。目の前の観るべきものから目を背ける人間が飾り立てた、趣味の悪い幻想。聞いているだけで胸焼けのする欺瞞と肯定。夢など叶うことのない現実の贋作、そしてそんなものに惑い縋る人間も、嫌悪と忌避に値するものばかりだと思っていました。ですがそれは浅慮にして浅薄な、わたしの間違った思い込みだったようです。この世界の森羅万象、ありとあらゆるものには必ず例外が存在するのだと。その程度のことは解っていたつもりでしたが、そんなことも知らなかったようです。これは認識を改めなければなりませんね。今となって初めて、漸くわたしは識ることが出来たのですから。あなたから与えられるものこそが、わたしにとっての夢だったのだと。ふふふ、ありがとうございます。これでわたしはまたひとつ、わたし自身を識ることが出来ました。そして、あなたのことも。こんなことを臆面もなく、そして此処まで来てから仰ってしまうところが、本当にあなたらしいです。人間を理解していても、心の機微が解らない。時節を見切ることは出来ても、ひとの変化を見極められない。本当に、どうしよもないひとです。ですがあなたからのお言葉は、本当に嬉しかったです。そうして自分の都合良く解釈してしまうわたし自身も、愚かな人間のひとりなのでしょうね」
少女からの返礼をゆっくりとした足取りで、しかし決して立ち止まることなく聞き入っていた魔王は満足げに頷いた。
「確かにお前は何処までも人間だよ。だが本当にお前を人間と呼べるのかについては、大きく疑問符が付くところだな」
そう少女に言い放つ男の笑みは一変していた。
安心と調和など、欠片も残さず消え去ってしまっている。
入れ替わるように浮かんだ歪みは愉悦を求め、より深く昏い虚を覗かせていた。
「どういう、ことでしょうかぁ?」
応える少女の声にも、怪訝な響きが混じっている。
「なに、そう構えるな。先程までの話の続きに過ぎん。真逆とは思うが、最早終わったなどと浅はかにも思ってはおるまいな? 俺はお前のお陰で、己が本当は何者なのかを識ることが出来た。ならば次はお前に順が回ってくるのが道理というものだろう? 折しもお前自らが語っていたではないか。またひとつ、自分を識ることが出来たのだと。その機会を、またひとつ与えてやろという、ただそれだけの話だ」
一言一歩少女に近づいてゆくごとに、魔王の影は這い寄るように伸びてゆく。
「何を仰りたいのか、そのお話とやらがさっぱり見えてきませんねぇ。どうかわたしにも理解出来るよう、出来る限り解り易くご説明願いたいものなのですがぁ?」
少女の揶揄するような言葉も鼻を鳴らして嘲笑い飛ばし、魔王は弾劾の問いを紡いでゆく。
「そんな説明などするまでもなく不要だ。こんなものは極めて単純、かつ簡潔な話でしかない。お前の罪と、その存在に関することなのだからな。お前の心は何処までも人間の極地にある。だが、果たして身体はどうなのだろうな。お前は一体、その肉体を如何にして手に入れた?」
少女は頬に手を添え、やや上擦ったような声を上げる。
「先程垣間見た天の国。その扉一息にび越え、一瞬で昇りつめていまいましたよぉ!」
興奮醒めやらぬ昂りのまま告げる少女の爪先は、身体の内側に向いている。
少女に向けられた言葉は無骨にして実直。
そこには一切の虚飾も修飾も廃されている。
しかしそれ故に疑う余地なく紛れもない、真実なる男の言葉。
その魔王からの想いを正面から受けた少女の顔は、熱病に冒されたように朱に染まっていた。
そして少女は身体に籠もる狂熱を吐き出すように、熱く濡れた吐息をひとつ吐く。
そうして一転落ち着いた口調を取り戻し、静かに魔王の想いに応えてゆく。
「あなたからそのようなお言葉を頂戴する日がこようとは、これが俗にいうところの夢でも見ているような心地、というものなのでしょうか。だとしたら、あなたから称賛と求愛を同時に賜った今このときが、まさしくわたしにとって夢なのでしょう。きっと今この瞬間こそが、わたしがずっと追い求め夢見続けていた、本当の夢だったようですね。夢なんて、本当は大嫌いなはずなのに。そんなものは所詮言い訳、そんなものに希望や憧憬を見出すなど愚の骨頂だと。目の前の観るべきものから目を背ける人間が飾り立てた、趣味の悪い幻想。聞いているだけで胸焼けのする欺瞞と肯定。夢など叶うことのない現実の贋作、そしてそんなものに惑い縋る人間も、嫌悪と忌避に値するものばかりだと思っていました。ですがそれは浅慮にして浅薄な、わたしの間違った思い込みだったようです。この世界の森羅万象、ありとあらゆるものには必ず例外が存在するのだと。その程度のことは解っていたつもりでしたが、そんなことも知らなかったようです。これは認識を改めなければなりませんね。今となって初めて、漸くわたしは識ることが出来たのですから。あなたから与えられるものこそが、わたしにとっての夢だったのだと。ふふふ、ありがとうございます。これでわたしはまたひとつ、わたし自身を識ることが出来ました。そして、あなたのことも。こんなことを臆面もなく、そして此処まで来てから仰ってしまうところが、本当にあなたらしいです。人間を理解していても、心の機微が解らない。時節を見切ることは出来ても、ひとの変化を見極められない。本当に、どうしよもないひとです。ですがあなたからのお言葉は、本当に嬉しかったです。そうして自分の都合良く解釈してしまうわたし自身も、愚かな人間のひとりなのでしょうね」
少女からの返礼をゆっくりとした足取りで、しかし決して立ち止まることなく聞き入っていた魔王は満足げに頷いた。
「確かにお前は何処までも人間だよ。だが本当にお前を人間と呼べるのかについては、大きく疑問符が付くところだな」
そう少女に言い放つ男の笑みは一変していた。
安心と調和など、欠片も残さず消え去ってしまっている。
入れ替わるように浮かんだ歪みは愉悦を求め、より深く昏い虚を覗かせていた。
「どういう、ことでしょうかぁ?」
応える少女の声にも、怪訝な響きが混じっている。
「なに、そう構えるな。先程までの話の続きに過ぎん。真逆とは思うが、最早終わったなどと浅はかにも思ってはおるまいな? 俺はお前のお陰で、己が本当は何者なのかを識ることが出来た。ならば次はお前に順が回ってくるのが道理というものだろう? 折しもお前自らが語っていたではないか。またひとつ、自分を識ることが出来たのだと。その機会を、またひとつ与えてやろという、ただそれだけの話だ」
一言一歩少女に近づいてゆくごとに、魔王の影は這い寄るように伸びてゆく。
「何を仰りたいのか、そのお話とやらがさっぱり見えてきませんねぇ。どうかわたしにも理解出来るよう、出来る限り解り易くご説明願いたいものなのですがぁ?」
少女の揶揄するような言葉も鼻を鳴らして嘲笑い飛ばし、魔王は弾劾の問いを紡いでゆく。
「そんな説明などするまでもなく不要だ。こんなものは極めて単純、かつ簡潔な話でしかない。お前の罪と、その存在に関することなのだからな。お前の心は何処までも人間の極地にある。だが、果たして身体はどうなのだろうな。お前は一体、その肉体を如何にして手に入れた?」
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